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ヴィルフレヒトの想い

このお話、書き上がっていた後半がなぜか

スッパリ消し飛んでいました。

何かの不具合なのかもしれませんが、

なくなった言葉は二度と元には戻りません。

泣く泣く書き直した内容をとくとご覧あれ。。

。( TДT)


   ◇ ◆ ◇


 ベルディナードは、従者を連れて謁見の間へと引き返していた。

 謁見の間では今頃、義父がクローシェザード達から細かな報告を受けていることだろう。

 彼はたった今、シェイラ・ダナウを弟の私室へ送り届けてきたところだった。

「シェイラ・ダナウ、か……」

 その名前は、叔父であるフェリクス絡みでも以前から聞いていた。

 確か、叔父が隠れ住んでいた山奥の里で、兄弟のように育ったとか。

 道中話してみて、シェイラ・ダナウに不審な様子は見られなかった。

 むしろ二心なく、あくまで友人としてヴィルフレヒトを心配する姿には好感が持てたほどだ。

 あえて特徴を挙げるならば、王族相手に平然としていられる度胸が常人とはかけ離れているといったところか。

「だが、本当に魔術を使えぬただの足手まといならば、あのクローシェザード・ノルシュタインがわざわざ前線に置くとは考えにくい……」

 王国最強と言われる伝説の男、クローシェザード・ノルシュタイン。

 有事の際は必ず国を救うために駆け付けるという、近衛騎士団でも特殊な地位に立つ男。

 あそこまで有能な実利主義が、魔術の使えない平民と共に前線で戦ったと聞いて、まず感じたのは違和感だった。義父もそうだったに違いない。

 この謁見にそういった確認の意図があったことは、招かれた彼ら側にも伝わっていたことだろう。

 クローシェザードにレイディルーン、そして貴族界の問題児と称されるヨルンヴェルナまでことさら慎重に応答していたのは、何とも印象的だった。

 それも全て、シェイラ・ダナウを守るためだったと言うなら。

「シェイラ・ダナウ。……一度、調べてみた方がよいかもしれぬ」

 ゆったりと回廊を歩きながら、ベルディナードは誰にともなく呟いた。

 

   ◇ ◆ ◇


「すみません。驚きましたよね、シェイラさん。兄上は昔から少々大げさなんです」

 ベッドに上半身を起こしたヴィルフレヒトが、穏やかな微笑を浮かべる。

 おそれ多くもベルディナードに案内されたのは、何と第二王子殿下の私室だった。

 木目調のテーブルセット、落ち着いた焦げ茶のカーペット、淡い琥珀色の壁紙。

 室内はヴィルフレヒトの人柄を現すような、温かみのあるインテリアだった。

「いえ。でも本当に安心しました。殿下が病気や怪我じゃなくて」

 道すがら事情を聞く内に体調不良でないことは分かっていたけれど、やはり顔を見るまでは心配が拭えなかった。元気そうな姿にホッとする。

「えっと。確かにちょっと見ない間に、少し背が伸びたような感じが……?」

「気を遣わなくていいんですよ、シェイラ。パッと見て分かるほどの成長は、していませんから」

 ヴィルフレヒトが起き上がることもままならないでいる原因は、成長痛にあった。

 体調に異変が起きたのは、年が変わり21歳になった直後だったという。

 政変に巻き込まれたストレスのために、第二次成長期を迎えられなかったヴィルフレヒトの体。それが突然、急激な成長を始めたのだ。

「急激な成長の原因は、僕自身の強い願望にあると、医師が言ってました。そのためにあちこち無理が出ているようで」

 体の、ありとあらゆる関節が軋む。

 長年に渡る負荷のためか、ただの成長期では考えられない激痛がヴィルフレヒトを襲っていた。

 そのために彼は現在、ベッドの上の住人になっているというわけだ。

「一応、もう5センチくらいは伸びているんですけどね。でも、まだまだ痛みは続いているので、いつになったら起き上がれるようになるのか。できることなら学院は休みたくなかったのですが、少し難しいかもしれません。薬草園の管理を、もう少しあなたにお願いすることになるかと」

 ヴィルフレヒトは華やかな容貌を、申し訳なさそうに曇らせた。

 最近は執務により力を入れていたらしいから、悔しさもひとしおだろう。今も体は辛いだろうに、彼は本当に勤勉で努力家だ。

 薬草園の管理くらい苦にならないのだから、いくらでも任せてくれていい。そう口にしかけたところで、シェイラは手を叩いた。

「あぁ。そういえば、お手紙ありがとうございました。慌ただしくて読めずじまいだったんですけど、もしかしてそういう内容だったんですか?」

 魔物の襲撃があったためにすっかり後回しになっていたヴィルフレヒトからの手紙は、なくさないようにと自室の引き出しに入れていたはずだ。

 目は通していないが、薬草園の管理に関することだったのだろうか。

 シェイラが純粋に聞き返すと、彼はなぜかガックリと項垂れてしまった。

「そんな、手紙の内容を口頭で伝えるなんて、どんな辱しめですか……」

「え? えっと、何かすみません。あまりに昨日から目まぐるしくて、あんまり頭が働いてないのかもしれません」

 あるいは、謁見の緊張感から解放されたためか。

 どちらにしても、乙女のように両手で顔を覆い隠してしまったヴィルフレヒトを傷付けたのは間違いない。シェイラは頭を下げ、改めて謝罪した。

「本当にすみませんでした。寮に帰ったらちゃんと読みますね」

「それを目の前で宣言されるのも、何とも言えない気分になりますけれどね……」

 付き合いがそこそこ深くなってきたヴィルフレヒトにも、シェイラに細やかな気遣いを求めても無駄なことは分かっている。

 すぐに話題を切り替えた。

「そういえば、ご友人方と寮に残って特訓しているんですよね。どうですか? クローシェザード先生は厳しいですか?」

「厳しいですけど、やっぱり個別指導なのでためになりますよ。今日明日辺りは、さすがにお休みになりそうだけど……」

 共に稽古するコディとゼクスの顔が浮かんだ。

 事情を打ち明けるにしても、一体どこから説明すればいいのだろう。国に知られないようにしている精霊術の存在を、そう簡単に話していいのか。

 ふと、ヴィルフレヒトと目が合った。

 彼ならば、シェイラの秘密を全て承知している。今の悩みを相談するには丁度いいかもしれない。

「殿下。実は今回の戦いで、友人達と気まずくなってしまったんです。原因は僕自身の隠し事についてなんですけど、僕は彼らにどこまで話すべきなんでしょうか?」

「それは……。今回の件でバレてしまったというなら、おそらく精霊術に関しては黙っていられないでしょうね。女性であることは、言わずにおけるなら今後のためにもいいと思いますが……」

 ヴィルフレヒトは真剣な表情で考えを口にしていたが、ふと唇に笑みを刻んだ。

「そんなふうに悩むシェイラは、初めて見るような気がします。とても、大切な友人なんですね」

「大切……そうですね。とても大切です」

 言葉にしてみると、より感情が鮮明になっていくようだった。

 村を出たばかりで右も左も分からないシェイラに、初めてできた友人達。

 彼らが後方で頑張っていると思えたからこそ、ドラゴンを撃退できた。王都には守りたいものがたくさんあるからと。

 失いたくないなら、腹を割ってとことん話し合わなければならない。

 覚悟が決まると、途端に肩の力が抜けた。

「もちろん、殿下だって僕の大切な人ですよ」

 シェイラが笑いかけると、ヴィルフレヒトはにわかに動揺した。

「ぼ、僕ですか?」

「はい。殿下は大切な大切な、薬草仲間ですから」

「や……薬草……ですか……」

 熱い薬草談義に付いてきてくれるのは、王都ではエイミーとヴィルフレヒトくらいだ。貴重な仲間を大切にしたい。

 王都に来たばかりの頃からすれば、シェイラは考えられないほど多くの人と触れ合ってきた。

 下町に暮らす人々や、貴族のクラスメイト達。

 だからこそこんなに何もかもが、大切でかけがえないのだろう。

 その時、誰より大切な存在だと気付いてしまった相手の顔が浮かんだ。

 彼とも、想いを告げて以降二人きりになっていない。決定的な状況を避けられているのは、果たしていいことなのか悪いことなのか。

「――どなたのことを考えて、そんな顔をしているんですか?」

 ヴィルフレヒトの問いかけに、シェイラの思案は断ち切られた。

 顔を上げると、あまりに静謐な碧眼とぶつかる。

「ごめんなさい殿下。えっと今、何て?」

 彼はただ、空気をほどくように微笑んだ。

 ヴィルフレヒトの笑みには、冬の寒さを耐え忍ぶ木々のような強さが秘められている。生命が静かに脈動する力強さ。

 やはり彼は、以前より少し大人びたのかもしれない。頬や顎のラインは鋭く、中性的な柔らかさが削ぎ落とされた気がする。

 眼差しには、息を呑んでしまいそうな気迫。

 華やかな美貌の中に芽生え始めた男らしさに、思わず見惚れた。

「僕はこれから、もっと強くなります。あなたに負けないくらい、強く。……その時は、大事な話を聞いてもらえますか?」

 シェイラは暖炉の薪がパチパチはぜる音を聞きながら、首を傾げた。

「大切な話なら、今じゃダメなんですか?」

「はい。今じゃ駄目なんです」

 困り笑顔で首を振るヴィルフレヒトに、こぶしを握って頷いた。

「じゃあ、僕ももっともっと強くなれるよう、頑張らなくちゃいけませんね」

「今よりもさらに強くなるつもりですか、シェイラ? 僕が追い付けなくなってしまいそうだ」

 ヴィルフレヒトがクスクスと笑う。

 外には色褪せた景色が広がり、まるで世界ごと凍てついているよう。

 けれど、窓辺の日溜まりで友人と過ごすひとときは、芯から心を温めた。


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