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謁見

久しぶりの更新になります!(*^^*)

よろしくお願いします!

 謁見の間は、王城の中でもさらに贅を凝らした造りになっていた。

 宝石を散りばめたように燦然と輝くシャンデリアが存在感を放ち、深紅の絨毯に縫い込まれた金糸を際立たせている。

 ずらりと居並ぶ近衛騎士達の見目は、まるで装飾の一部のように華やかだ。

 部屋の突き当たりにある階段は正面アプローチと同じ大理石だが、柔らかな風合いではなく雪のような純白。それを引き立てるのは、美しくドレープを描く葡萄色の垂れ絹。

 そして壇上には、黄金の玉座が鎮座していた。遠いが、顔が見えない距離ではない。

 けれど尊顔を拝謁するのは失礼にあたるので、シェイラはクローシェザード達にならって膝を着き礼をとった。

「直截を許す。面を上げよ」

 威厳があるというよりは、物柔らかな声。

 この言葉を告げられた場合のみ、顔を上げてもいいと事前に聞かされていた。シェイラは恐る恐る顔を上げる。

 国王陛下は、想像していたような恐ろしい人ではなかった。

 まだ年齢的にも二十代半ば程度ではないだろうか。穏やかな笑顔が似合う、線の細い青年。金色の髪も青い瞳も王族らしいけれど、頼りなげな風貌のせいか萎縮することもなかった。

 玉座の隣に立つ王太子、技術披露大会でも見かけたヴィルフレヒトの兄の方が、よほど堂々としている。確かベルディナードといったか。

「レイディルーン・セントリクス、ヨルンヴェルナ・アリフレイ、クローシェザード・ノルシュタイン、シェイラ・ダナウ、参上致しました。本日は国王陛下自らお招きいただき、恐悦至極に存じます」

 クローシェザードが高位の家名順に名を呼び連ね、再び深く頭を下げる。玉座の存在が苦笑した。

「相変わらず堅苦しいな、クローシェザード」

 親しげな様子を、シェイラは意外に思う。

 だがよく考えれば、玉座の人はフェリクスの実兄だ。そのフェリクスを主と仰ぐクローシェザードにも、何らかの接点があって当然かもしれない。

 とにかく、今日のシェイラは聞き役に徹し存在感を消し続けることが仕事だ。思ったことも顔に出してはならない。

 狩りで森に潜む時を真似て、空気に溶け込むように同化しておく。

 国王陛下は穏やかな表情のまま、改めて登城した全員を見回した。

「まずはそなたらに、心からの謝意を。魔物の大群を前に恐れず、死力を尽くしてくれたこと、国の代表として礼を言わせてほしい」

「もったいなきお言葉にございます」

 今度は、ヨルンヴェルナが応じた。

 こういう時の彼は、別のところから発声しているように思えるほど玲瓏な声音に変わるらしい。

 鷹揚に頷いたのち、陛下の表情は僅かに陰った。

「次に私は、そなたらの活躍を今すぐ公にできないことの謝罪をしたい。国のために、民のために尽くしてくれた英雄達への裏切りでおることは重々承知している」

 ここで、陛下の傍らに立つベルディナードが初めて口を開いた。

「私の妃が第一子を生むために、今も頑張ってくれている。慶事の前にこのような災いが起こってしまったことは遺憾だが、でき得るなら第一子誕生までは被害の公表を延期したいという、私の我が儘でもあるのだ。――本当にすまない」

 明確な謝罪を口にされ、全員が心を打たれた。

 次期国王として、簡単に頭を下げないよう教育されていることは、シェイラにだって想像できる。ましてや謝罪を受けた中には、貴族ですらない人間も混ざっているのだ。

「王太子殿下、それこそおそれ多いことにございます。国に仕える貴族として、また騎士を目指す者として、当然のことをしたまでです」

 答えるレイディルーンが、さらに深く平伏した。

 もちろん国の東側にある領地では、魔物の襲撃被害に遭った者も多いはずだし、一人ひとりを口止めすることなど不可能だ。

 王都民だって避難勧告を受けているのだから、当然状況は理解しているだろう。一、二週間もすれば商人や旅人の口の端にのって、噂は国中に広まっているに違いない。

 けれど慶事を前に口を噤むくらい、何の問題もなかった。最も打撃のあった国境警備団でも、奇跡的に死者が出なかったということなのだから。

「そなたらの国を愛する気持ち、大変嬉しく思う。妻にもこのことはすぐ伝えよう」

 安堵に微笑むベルディナードの隣には、王太子妃の姿がない。臨月の間公務は休んでいるのだろう。

「警備団員のダリウムが、直接礼を言いたいそうだぞ。私もそなた達の働き、まこと感謝をしている」

「彼の活躍があってこそ、今回の結果と相成りました。その感謝は、我らの映えあるシュタイツ王国にお捧げいたします」

 シェイラにはクローシェザードの発言の意味は分からなかったが、とにかくわざわざ会ってまで礼を言われる筋合いはないということだろうか。

 やんわりした言葉に言い換えねばならないのだから、貴族の会話とはいちいち神経を使うものだ。

 確かダリウムという青年は、人的被害が少なかったことを聞いて心から安堵していたとか。

 今はすぐにでも砦に戻り、復興作業を手伝いたいと話しているらしい。

 ――気持ちは分かるな。私も、こんな堅苦しいことしてるより素振りでもしてたいし……。

 ほんの少し気を緩めていると、下げたままの頭に視線が向けられたのを感じた。

「――そなたが、シェイラ・ダナウか」

 声音から察するに、ベルディナードだ。

 けれど彼の声からは、それ以上の情報を得られない。全く感情が窺い知れなかった。

 シェイラ以上に、隣に並ぶ面々が無表情の下で緊張したのが分かった。

「そなたは、特待生と聞いている。よく最前線にいながら無事でいられた」

 平民が、なぜ最前線に混ざっていたのか。なぜ生き残れたのか。

 あくまで柔らかい声色なのに、言外に違和感を指摘されているような気がした。魔術も使えないくせに、なぜ戦いに参加したのか。

 名指しされたために、他の誰かに返事を任せきりにはできない。

 シェイラは背中を伝う冷や汗を感じた。チリチリ警鐘を鳴らすうなじが熱い。

 答えを間違えてはいけない。答えていると見せかけ、あくまで誤魔化す形で。神々に祈る時のような謙譲語を忘れずに。

 シェイラは静かに居住まいを正し、ベルディナードと正面から向き合った。

「……私など、ただの足手まといに過ぎませんでした。全てはクローシェザード様をはじめ、魔力を自在に操る貴族の皆さまのご活躍があってこそ」

 再びうやうやしく頭を下げると、彼は人畜無害そうな笑みを浮かべた。

 もはやそれを鵜呑みにすることはないけれど。

「しかし、よくぞ戦い抜いてくれた。そなたにも、厚く礼を言おう」

「身に余る光栄にございます」

 ひたすら平身低頭に徹していると、ベルディナードが苦笑を漏らした。

「そんなに緊張することはない。そなたのことは、実は以前より聞いているのだ。ヴィルフレヒトから、大事な学友だとな」

「ヴィルフレヒト……殿下からですか」

 つい素のままで答えてしまった。

 クローシェザード達の不安そうな視線に気付き、慌てて表情を隠す。

「弟と、仲良くしてくれているらしいな。あれは引っ込み思案なところがあるから、そなたのように勇敢な友人がいるというのは、とても心強いことだと思っている」

「私こそ、殿下と行動を共にすることで、学ぶことがより多くございます。殿下の聡明さ、懐の深さには、日々感銘を受けるばかりでございますゆえ」

 王族の学友として、また弟の友として、そつのない返答ができたはずだ。

 このままベルディナードの興味が逸れてくれればと願いながらも、そうはいかないだろうことも分かっていた。彼の疑念が晴れたわけではない。

 だがベルディナードは、次に思いもよらないことを口にした。

「よかったら、今より弟に会ってやってはくれぬか。ずっと寝たきりで、ヴィルフレヒトも時間を持て余しているのだ」

「殿下が寝たきり……ですか?」

 目を見張ったシェイラの顔が、すぐに医療に携わる者のそれへと切り替わる。

 こうなっては保身などなげうってしまうだろうことは、短い付き合いでも身に染みて分かっている。

 クローシェザードを始め登城組は、これまでの努力が無駄になりそうな予感に、こっそりとため息を押し殺すのだった。


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