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ヨルンヴェルナの怖いもの

まだまだ戦闘シーンが続いております!

 切って、切って、切り続けて。

 一体どれほど時間が過ぎたのだろう。雲間に隠れた太陽は、いつの間にかずいぶん低い位置にいた。

 体力には定評のあるシェイラも、さすがに休憩なしで動き続けるのは辛くなってきた。腕が棒のように重いが、それでも必死に剣を振るい続ける。

 クローシェザードはというと、未だ動きに衰えを見せていなかった。

 剣を魔力で伸ばす戦法が伝説たる由縁だろうと思っていたが、間違っていたのかもしれない。これだけの消耗戦にもかかわらず揺るぎなく立ち続ける姿こそが、伝説の数々を作り上げてきたのだろう。

 魔物の群れは、まだ終わりをみせない。

 それでもヨルンヴェルナの攻撃魔法が止むことはなく、レイディルーンの治癒の早さも当初のまま。疲れているのはシェイラだけじゃないのに、情けないことを言っていられない。

 大型のとかげに近い魔物が目の前に立ち塞がり、ギョロリと巨大な五つの目玉でシェイラを見下ろした。下顎からは顔よりも長い牙が二本、空に向かって突き出している。

 咄嗟に後ろへ飛んで距離を取った。長い尻尾には刺のようなものが生え揃っており、まるで棍棒のよう。直撃を受けたら重傷は避けられないだろう。

 視界を覆い尽くすほどの魔物の胴に、まずは一撃を叩き込む。鎧のように硬そうな鱗だったが、強化した剣のおかげですんなりと刃が入った。

 二撃目で致命傷を与えると、大とかげはドウッ、と小型の魔物を巻き込みながら倒れた。

 その時、クローシェザードの位置を確認し、シェイラは愕然とした。

 視認できる位置で戦っていたつもりなのに、いつの間にか随分と引き離されていた。

 クローシェザードも気付いたのか、舌打ちを堪えるように顔を歪めた。けれどどれだけ倒しても、二人の間の魔物の数が多すぎて合流できそうにない。

 ――まずい、分断された……!

 魔物とは魔素に群がる生き物であることを、戦いに没頭するあまりシェイラは失念していた。

 クローシェザードとヨルンヴェルナ、レイディルーンは、膨大な魔力を保有している。つまり魔物達にとっては極上のごちそうなのだ。彼らに魔物達が殺到し、シェイラが爪弾きにされる。あり得る展開だったのに予想すらしていなかった。

 このままだとクローシェザードの思い描いていた陣形から大きく外れてしまう。シェイラ以外の三人に負担がかかりすぎる。

 焦って戻ろうにも、行く手は魔物の濁流に阻まれている。切り捨ててもどうにもならない。このままではクローシェザード達を見失ってしまう。

 背筋をヒヤリとしたものが駆け抜けた時、クローシェザードが叫んだ。

「ヨルンヴェルナ! シェイラを護れ!」

 シェイラが意味を理解するより早く、名指しされたヨルンヴェルナは動き出していた。自らの前方に氷魔法を連打すると、すぐに駆け付ける。

 確かに、距離的にもヨルンヴェルナの方が近くなっていた。けれどそれならクローシェザードは、レイディルーンはどうなるのか。

「ヨルンヴェルナ先生! このままじゃ、クローシェザード先生達が、」

「心配いらない。レイディルーンのことは、クローシェザードが何とかしてくれる。とにかく君の孤立を避けたかったんだろう。一番早くたどり着けるのが僕だったというだけで、全く人使いが荒いよ」

「――――」

 結局、庇われてしまったのか。

 悔しさに歯噛みするシェイラに、ヨルンヴェルナが口を開いた。

「安心していいよ、君は十分役に立っている。ただ、クローシェザードの心配性が過ぎるだけさ。まぁ、レイディルーンなら魔力も体力も余裕があるだろうって判断したのだろうね」

 もしかしたらヨルンヴェルナは、慰めようとしているのだろうか。

 今までの彼からすれば考えられないが、きっと気が昂っているせいなのだろう。この苦境が、感情に少なからず影響を及ぼすことは理解できる。

 ヨルンヴェルナが遠慮なく打ち込む氷魔法のせいで辺り一帯が寒い。シェイラはかじかむ手で剣の柄を握り直すと、俊敏に動き回る猫のような魔物を薙ぎ払った。

「そうですね。……落ち込んでる暇があるなら、一匹でも多く魔物を倒さないと」

「いいね、その意気だ」

 シェイラが不敵に笑むと、似たような笑みが返ってきた。

 クローシェザードの作戦からは外れるが、しばらくはヨルンヴェルナとの共闘だ。

 ヨルンヴェルナを背中に護りながら、周辺の魔物を片付けていく。彼はシェイラが打ち漏らした分を氷の槍で貫いていった。

 お互いがどのような間合いで動くか。しばらく共に戦っていたため、呼吸を合わせるのは難しくなかった。ヨルンヴェルナは護身用の短刀を持っているので、おそらく最低限の自衛なら可能だろう。

 体を動かしていると、彼が作り出した寒さも忘れる。肌が切れそうな冷たさが心地よいほどだ。

 けれど激しい温度差のためか、シェイラを中心にして霧が出来つつあることだけは難点だった。元々周囲を細かい氷の粒子が舞っていたため、どんどん視界が不明瞭になっていく。

 シェイラは氷の霧に、しばし意識を奪われた。

 魔物達もこの視界の悪さに翻弄されているのか、ひっきりなしの攻撃がやんだ。鼻が効くもの以外とはほとんど行き当たらない。

 ――これは……。

 使えるかもしれない。

「――――光の精霊よ!」

 手の平に思い描いていたような光球を作ると、氷の霧に向かって針の細さで照射する。人指し指を間に割り込ませれば、曖昧な人影のようなものが生まれた。

 デナン村の冬山で稀に見かけることがあった現象。細かな水や氷の粒が集まっているところに太陽光が当たると、人影や獣の姿が映ったりするのだ。

 もちろんはっきりした像は結ばないが、小型の魔物達は光に浮かんだ分かりやすい標的に向かっていく。魔素という目印がないため、反応は尚更顕著だった。大いに集まったところで、シェイラは渾身の風魔法を叩き付ける。

 巨大なつむじ風の中で、呼吸の難しくなった魔物達がばたばたと倒れていく。しかも風魔法を使ったことで視界が一気に鮮明になり、一石二鳥だ。

 身を屈めていたシェイラがそろそろ立ち上がると、背後から強引に腕を引かれた。

 力の強さに非難の声を上げようとしたが、ヨルンヴェルナの顔を見て言葉を失う。

 いつもの妖しげな笑みはなく、まるで感情自体が失われているような。紺碧の瞳はどこまでも暗く、深い闇に呑み込まれてしまいそうだった。

「ヨルンヴェルナ、先生……?」

「――何、今の」

「あの、氷の微粒子に光を反射させたんです。そうすると色々な像が映せるので、それを利用して」

 平坦な声に、シェイラは戸惑いつつ答えた。

 都会暮らしのヨルンヴェルナには珍しい現象だったろうが、こんな時に研究欲を爆発させるつもりかと訝しむ。

 肩を掴む力がグッと強まったことで気付いた。

 ヨルンヴェルナの手が、かすかに震えている。それが寒さのためではないことくらい分かった。

 少しずつ、薄い膜がひび割れるように、彼の感情が露になっていく。

 張り詰めた表情が悲しみに染まった。痛みを堪えるような、母親の膝にしがみつく幼子のような。

 ヨルンヴェルナがゆっくりと、シェイラの肩に顔を埋める。接触を避けるためのブレスレットが反応しないようにか、過剰なほど慎重に。青灰色の柔らかい髪が頬をくすぐった。

 ブレスレットだけじゃなく、シェイラ自身も拒絶の気持ちが不思議と湧かなかった。

「君が…………死んでしまったかと」

 肩口で紡がれる声は掠れていた。ぎゅうっと服を掴む両手があまりに必死で、頼りない。ヨルンヴェルナはまるですがるようだった。

 いくら魔物が数を減らしているとはいえ、こんなことをしている場合じゃないことは分かっている。

 けれどシェイラは、ヨルンヴェルナの背中へと腕を回した。

 宥めるように優しく叩いてみる。研究職のわりに背中が広くて、少し意外だった。それに思いの外、体温が高い。

「…………怖い」

 ポツリと、空洞のような言葉が落ちる。

 シェイラは柔らかく目を細めた。魔物が襲ってくるまで。または、彼が落ち着くまで。

 ずっと背中を撫でていようと、ぼんやり思った。




新しい話を書き始めました。

現代に転生した因縁のある二人が、義姉弟になるお話です。

『転生して宿敵と義姉弟になったパターンのヤツ。』

ひねくれ女子とこじらせ男子の、端から見れば結構分かりやすい攻防。


よろしければ覗いてみてください。m(_ _)m


ここまでお読みくださり、ありがとうございました!(*^^*)

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