王都防衛
この回からしばらく戦いが続きます。
残酷な描写が出てくるかもしれませんので、
苦手な方にはおすすめしません。
よろしくお願いします。m(_ _)m
「展開としては、私とシェイラ・ダナウが主力で戦う。剣術が得意でないヨルンヴェルナは、安全圏から魔法のみの攻撃に参加。レイディルーン・セントリクスはさらにその後方に控え、治癒魔法でのサポートを頼む」
クローシェザードの言葉を意外に思って、シェイラは目を瞬かせた。
ヨルンヴェルナがどれだけ危険人物だと言っても、よく考えれば学術塔の研究者でしかないのだから弱くても当たり前なのに。何となく、何でもできる超人のように思っていた。
「それで、広範囲攻撃魔道具の首尾どうだ?」
「一応持ってきた分は、全て設置しておいたよ」
ヨルンヴェルナが指差す先には、紅く輝く魔法石が埋め込まれていた。炎属性の魔法石は、実験用とは思えないくらい高純度のものだ。
「これはね、一定以上の衝撃を与えると発動する仕組みになっているんだ。今回の場合地面に埋め込んでみたから、踏んだら爆発するよ。ただ、広範囲を炎の海にする威力は保証するけれど、細かい範囲指定が難しいんだよねぇ。分かりやすいよう魔石を地面から露出させてあるから、とりあえず半径五メートル以内に入らないようにしてね。爆発に巻き込まれるから」
「うわぁ、広範囲すぎる……」
前言撤回、やはりただの危険人物でしかなかった。弱いなどと油断していて、馬鹿をみるのはこちらの方だ。しかもあくまで笑顔で説明しているところが何より恐い。
シェイラが若干青ざめていると、レイディルーンが口を開いた。
「先生、俺が補助のみというのは納得できません」
実力があるからこそ、采配に不満があるのだろう。公爵家という立場が加味されていると分かるから、有事に力を発揮できないことが歯痒い。
けれど、彼が悔しさをぶつけても、クローシェザードの心が動くことはなかった。
「君は我々に取りこぼしがあった場合の、最後の砦と言ってもいい。最後尾だからと安全圏のように勘違いされては困る」
「ですが実際に、最も安全な位置であることは事実です」
「当然だ。公爵家の次男に万が一があっては困るからな。もしも納得がいかないというのなら、戦線から外れてもらう」
きっぱりと言い切られ、レイディルーンは俯いて眉を寄せる。
「……分かりました」
この場を仕切る人間に逆らっても仕方がないと思ったのか、あるいは口論を無意味に感じたからか。彼は素直に引き下がったけれど、瞳の闘志はますます強まっている気がした。
その後シェイラは、クローシェザードに剣を強化してもらう。
魔物を切り払い続けていれば、切れ味が鈍くなる。けれどこの補助魔法を施すことで、刃こぼれも折れることもなくなるらしい。
「いいな。僕もこの魔法、使えればいいのに」
補助系の魔法は、精霊術では使えない。羨ましがるシェイラに答えたのはレイディルーンだった。
「剣の強化は魔力を消費する、意外に難しい魔法だ。貴族だからと誰もが使えるわけではない」
「え? でも寮長……アックス先輩は普通に使ってましたよ?」
「あの人はああ見えて、魔力の扱いが上手いんだ」
レイディルーンが褒めるということは、かなりの使い手なのだろう。筋肉のことしか考えていないと見せかけて、とことん意外性のある男だ。
一種の防衛本能なのか、アックスの能天気な笑顔と筋肉踊りが自然と呼び起こされ、シェイラは頭を振った。緊張している時に限ってくだらないことを考えてしまう。
残念な思考を閉め出すように剣を納めていると、クローシェザードがシェイラを見下ろした。
「それはそうと、シェイラ・ダナウ。戦闘中は、私の前に出ないようにしてくれ」
「何でですか? 僕だって戦えますよ」
レイディルーンのみならず、シェイラまで庇いながら戦うつもりかと不満を露にする。足手まといにはなりたくない。
けれどクローシェザードは、そういう意味ではないと首を振った。
「君のことは、十分戦力として考えている。ただ単純に危険だから言ったまでだ」
「危険?」
「あぁ。……初めから全力を出さざるを得ないだろうからな」
ぞくりと、背筋を冷たいものが駆けていく。
そういえば、シェイラはクローシェザードの本気を見たことがない。デナン村の山中で戦っていた大虎だって、まるで相手になっていなかった。
伝説とまで言われている男の本気を、間近で垣間見ることができる。シェイラは場違いにも身震いしそうになった。
しばらくして、ようやく雨が止んだ。
クローシェザードが携帯食をいくらか持っていたため、固い干し肉を少しずつ口の中でふやかしながら食べる。
それから、戦いに備えてそれぞれが心の準備を始めた。
クローシェザードは静かに地平線を見つめ、レイディルーンは精神統一をしている。ヨルンヴェルナは落ち着かないのか、常ににうろうろしていた。
シェイラは、普段の運動前のように柔軟をしていた。先ほどまで体を動かしていたが、雨ですっかり冷えきっていたためだ。それと、どうしてもじっとしていられなかった。
ただ脅威の来訪を待つというのは、想像以上に気詰まりな時間だった。何もしていないと嫌な未来を考えそうになる。
肘を伸ばしていると、自分の腕がかすかに震えていることに気付いた。シェイラはこぶしを握って震えを殺そうとする。
クローシェザードの横顔に視線を送ったのは、本当に無意識だった。
街の人々を護るのは大前提だ。けれど誰より危険な場所に立とうとするだろうクローシェザードのことも、護りたい。そう考えると、不思議と心が落ち着いてくる。
腕の震えは、いつの間にか収まっていた。
耳障りな咆哮が轟いたのは、さらに少し経ってからのことだった。
低く不気味で、どこか不安になる声。シェイラはすぐさま目を凝らした。
少しずつ、少しずつ全容が見えてくる。黒い影がぞろりと、地平線を崩していくようだった。
それはまるで、蟻の大群。おびただしい数に、まるで一つの大きな生き物のようにさえ見えた。
魔物の形は実に様々だった。二足歩行の鳥のようなもの、犬の頭に蛇のような体を持つもの、とかげや昆虫のようなものまでいる。
けれどそのどれもが熊よりも巨大で、かつ凶悪な目付きをしている。鋭い爪や牙は、生き物の命を刈り取るためだけに進化したように見えた。
剣帯の鞘から剣を取り出す。クローシェザード達も、既に臨戦態勢だった。
「来るぞ。それぞれ、最善を尽くせ」
「はいっ!」
シェイラとクローシェザードは、打ち合わせ通りに走り出した。後衛のレイディルーン達を護る位置。けれど、ある程度進むと立ち止まった。
魔物達が近付いてくる。いよいよあと数十メートルといったところで、突然の轟音と共に、魔物達が炎の柱に包まれた。
ゴオォォォォォンッ
一気に吹き飛ばされていくその数、数十匹以上。ヨルンヴェルナの仕掛けた広範囲攻撃魔道具が、見事発動したのだ。
宙へと舞った魔物達が時間差でバラバラ落ちてくる音を聞きながら、シェイラは絶句した。仕掛けには絶対近付かないと改めて心に誓う。
だがぼんやりしている暇はなかった。クローシェザードが先を走り出したことで我に返り、シェイラは急いで剣を構え直す。
先陣を切ったクローシェザードが、白銀の長剣を一息に振り抜いた。
けれど群れなす魔物は、まだ十数メートルも向こうにいる。一体何のつもりなのかと疑問を抱いたのも束の間、なぜか魔物達が真っ二つになっていくではないか。
「なっ……!」
魔力で刃渡りを伸ばしているのだと気付いたのは、二振り、三振りの末、目の前の魔物があらかた片付いたあとだった。
「ちょっとそれ、どんな反則技ですか!」
「だからあらかじめ、私の前に出るなと言った」
シェイラの叫びに、クローシェザードは平坦な声で答える。
長く伸ばされた魔力の刃。
強化した剣と同じく歯こぼれすることなく強靭で、重さもない。一見いいことずくめだが、おそらく誰にも真似できないだろうと思い至った。
魔力の消費が激しいらしい剣の強化を、これほどの長さで維持し続けるというのは、並大抵のことではないはずだ。
クローシェザードが自身の魔力量に言及したことはなかったが、おそらく相当潤沢なのだろう。
持久戦だろう戦いの序盤に行使する点から考えても、莫大な魔力を持つと言われるレイディルーンさえ凌ぐのではないだろうか。
それでもまだまだ湧いてくる魔物を、後方から飛来した巨大な氷の槍が吹き飛ばした。振り返らなくてもヨルンヴェルナの仕業だと分かる。誰だ、彼を無力だと一瞬でも勘違いしたのは。
「これ、私がいる意味ないんじゃ……」
シェイラは戦いの中心で呆然と呟いた。
クローシェザードが手を休めると同時に、ヨルンヴェルナが魔法を射かける。その取りこぼしを、今度はクローシェザードが始末していく。
以前の魔物討伐時にも背中を預けて戦っただけあり、二人の息はぴったりだった。彼らがいれば何もせずとも戦いは終わるかもしれない。歴戦の猛者達の実力に、ただただ圧倒される。
けれどシェイラは気を取り直すと、敵に向かって駆け出した。
戦いはまだ始まったばかりだ。




