想いを力に変えて
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みんなの元へ戻る道すがら、シェイラは前を行くクローシェザードの背中を見つめる。
その場の勢いで、気持ちを伝えてしまった。
恥ずかしいとか居たたまれないとか、考えていていい状況ではないけれど、心は制御できない。
冷静であろうとしても、視線はついクローシェザードを追いかけてしまう。そのくせ目が合いそうになれば逃げ出したくなるのだから、本当に手に負えない。せめて顔に出ていないことを願うばかりだ。
――ダメだな。しっかりしなきゃ……。
魔物の実物を見たことがないシェイラには、緊急事態と頭で理解していても、いまいち実感が遠いのかもしれない。
絵本や物語ならば、巨大なドラゴンが火を吹いて、国一つ滅ぼす場面を見たことがある。けれどあれは、さすがに虚構も交じっているだろう。
――さ、さすがにない、よね?
もしかして、あり得るのだろうか。だからこそゼクスもコディも、あんな絶望に近い表情を見せていたのか。
「すまない、遅くなった」
ぐるぐる考えながらも足早に合流すると、ヨルンヴェルナがいつもの笑みと共に軽口で出迎えた。
「おかえり。可愛い教え子に、しっかり説得されて来たのかな?」
「というより、押し問答をしている時間が惜しかったのだ。梃子でも動かない頑固者を護るには、望みを叶えた上で一緒にいるのが一番手っ取り早い」
話題にされている頑固者とは、自分のことだろうか。シェイラは不満に思って反論する。
「僕だってさすがに、梃子を使われれば動くと思いますよ?」
「ものの例えだ、馬鹿者」
いつものように素っ気なく返されたが、内心ホッとしていた。何とか意識せずに会話ができそうだ。
コディとゼクスが、警備団員の男を両側から支えながら歩み寄った。
「治癒も済んだし、僕達はもう戻るよ。早くこの事態をみんなに報せないと。馬は、どうしようか?」
「できれば連れ帰ってもらいたいかな。万が一のことを考えると心配だし」
コディは少し眉を歪めたが、はっきりと頷いた。
「責任をもって連れ帰るから心配しないで。……あんまり無茶しないようにね」
「うん。コディ達も、無事で」
「それはこっちの台詞だよ。本当に、気を付けて」
苦笑するコディに、ぎこちなく笑顔を返す。ゼクスと目が合わないことに気付いていたが、シェイラは何も言わなかった。
別れの挨拶を済ますと、入れ替わるようにクローシェザードが進み出た。
「何をするにしても、まずは巡回兵団に頼るのが最善だろう。私の名前を使っても構わない」
「分かりました、クローシェザード先生」
彼の助言を、コディは真卒な表情で聞き入れる。そんなやり取りを静かに見つめていたゼクスが、突然進み出た。
「クローシェザード先生。前線を離れるなら、せめて巡回兵団の手伝いをしたいです」
「あ、それなら僕も」
ゼクスに追従するように、コディは何度も頷きながら同調する。クローシェザードは頭が痛いとばかりに顔をしかめた。
「シェイラ・ダナウにつられて、君達まで馬鹿になるな。全員で危険を犯す必要はない」
「俺だって避難誘導くらいならできます。何もせずに待っている方が、苦痛なんです」
真っ向からクローシェザードに対峙するゼクスは、あくまで落ち着き払った口調で答える。感情に振り回され、冷静さを欠いている様子もない。
射るような眼差しを受け止めたクローシェザードは数瞬の後、ゆっくり視線を外した。
「……いいだろう。ただし、自己責任だ。自分の身くらい護れるようでなければ、兵団にとっても足手まといになる」
「はい!」
クローシェザードは、快活な返事をした二人に剣を取り出させる。何やら口中で唱えると、刀身が輝いた気がした。
「武器を強化しておいた。普通の剣では歯こぼれして、すぐに使えなくなるからな。防衛線が破られた時のために、護身用として持っておきなさい」
防衛線が破られるとは、シェイラ達が敗けるということ。当然ただでは済んでいないだろう。
ゼクス達は一瞬目を見開いたが、何も言い返さなかった。神妙な表情で剣を受け取る。
二人は警備団員を抱え直すと、無事であるようにと全員に声をかけてから去っていった。
その背を見送っていたシェイラの背後から、不機嫌そうな声が上がる。
「それで? 俺にも説明はあるんだろうな?」
「……レイディルーン先輩」
「クローシェザード先生もヨルンヴェルナも、お前が残ることに納得しているようだ。ということは、俺が知らないお前の能力を、既に把握していると」
何となく皮肉めいた口調に感じるのは気のせいだろうか。レイディルーンは珍しく綺麗な笑顔を作っているが、それが冷気を帯びていることくらい、鈍いシェイラにだって分かる。
共に戦うのであれば、彼を納得させなければならないだろう。クローシェザードに視線で確認すると、小さく首肯を返される。
絶対に知られてはいけないと、フェリクスには口止めされている。
けれどシェイラが女であることを受け入れ、あまつさえ応援してくれたレイディルーンを信用できなくてどうする。覚悟を決めるのに、そう時間はかからなかった。
「――――風の精霊よ」
シェイラはヨルンヴェルナに打ち明けた時のように、柔らかな風を起こしてみせた。
レイディルーンの艶やかな黒髪がふわりと揺れる。彼の見開いた瞳は、精霊術を放ったシェイラの手の平に釘付けだった。
「これが僕の力、精霊術です。今は詳しい説明は省きますが、四大元素の属性は問題なく使えますし、魔力と違って枯渇することもありません。血中に魔素もないから魔物に狙われる心配もないです」
レイディルーンは愕然とこめかみを押さえた。
「精霊術、だと? 魔素がなくとも使える術? 何て規格外な……一体どういう原理で……いや、今は そんなことを議論している場合ではないな。魔力切れもないし、魔物の標的にもされない。そこだけ分かっていれば十分か」
「話が早くて助かります」
「全てが終わったら、詳しい説明をしてもらう」
じろりと睨み付けられるが、シェイラは小さく笑顔を返した。混乱しているだろうに、それ以上のことを聞こうとしない。状況に合わせた気遣いがありがたかった。
「それで、先生。具体的に、僕達にはどの程度の時間があるんでしょう?」
気を取り直したシェイラが投げかけた疑問に、クローシェザードは打てば響くように返した。
「飛行種がいなかったというのと、一昼夜休むことなく馬をとばして来たという証言が事実なら、もう少し猶予はあるだろう」
「それは、魔物の足が遅いから?」
「魔物とは、得てして欲求に忠実だ。馬より足の速い種がいたとしても、睡眠を取っている可能性を考えればまだ王都まではたどり着かないだろう。迎え撃つ準備も、ゆっくりできるというものだ。……その間に、何とか避難が済めばいいのだが」
クローシェザードはそのまま、王都の方角を見つめた。思案げな表情で考えているのはフェリクスの安否だろうか、王都民の混乱だろうか。
一方シェイラは、彼の言葉に少しばかり光明を見た気がした。
貴族や住民の避難が済めば、騎士団や巡回兵団もすぐ駆け付けてくれるだろう。もしかしたら、魔物と衝突する前に援軍が期待できるかもしれない。
「そういえば、地下に緊急用の避難施設があるんですよね。魔力のある人間がみんなそこに入ってしまえば、魔物は手出しできなくなるんじゃ?」
「残念だが、魔素の気配が消えることはないから、地下に避難したからと確実に助かるわけではない。……おそらく貴族連中は我が身可愛さに、騎士団を手放さないだろうな」
楽観視していたシェイラだったが、ちくりと付け加えられた一言に固まった。
「え、じゃあ、助けは来ない?」
「住民と貴族達の避難、そして王都を囲む防壁の強化が最優先で行われるため、来るにしてもずっと先になる。その頃には決着がついているだろうな」
「私達が全滅、って決着もあるわけですか……」
助けが全くないという可能性は考えていなかった。本当に無謀だったかもしれないと、シェイラはがっくり項垂れる。
「――そのようなことが起こり得ると思うか?」
クローシェザードの淡々とした声が頭上に降り注ぐ。いつもと変わらない調子に思わず顔を上げると、鮮烈な光を放つ孔雀石色の瞳とぶつかった。
「私がいて敗けるなどあり得ない。勝つ以外の未来は、想像するだけ無駄だ」
クローシェザードが、ぐるりと周囲を睥睨する。他を圧する覇気には、王者のような風格があった。
誰もが息を飲み、目を奪われずにいられない。レイディルーンも、何やら作業をしていたヨルンヴェルナさえ。
「どれだけの困難であっても、臆することなく立ち向かえるのならば、勝機はこちらにある。いいか、僅かにも自分を疑うな。我々は必ずやり遂げる。必ず勝利する」
「――はいっ!」
シェイラの勇ましい返事に、クローシェザードがかすかに微笑む。気付けば他の面々も不敵な笑みを浮かべていた。
呼応するように互いの心がまとまっていくのを、シェイラは肌で感じた。
前話とオチが似てるという突っ込みはなしでお願いします(^_^;)