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魔物襲撃

本当にお久しぶりです!

たいへんお待たせいたしました(^^)

 冷たい雨はどんどん強くなっている。

 髪は濡れそぼり、すっかり肌に張り付いていた。寒さも相まって震えそうになる。

 けれど誰一人、それを気にする者はいなかった。

 動けない。糸の切れた操り人形のように。雨をしのぐなんて、考えが及ばないとでもいうように。

 些末なことなど気にしていられなかった。目前に迫る逃れがたい危機に、年少組は理解が追い付かないでいる。

 緊迫した空気の中、それでもクローシェザードとヨルンヴェルナは比較的冷静だった。

 すぐに落ち着きを取り戻し、疲れ果てている警備団員をひとまず木陰で休ませようと動かす。

 雨に濡れ続けていれば体力の消耗を誘う。辺りに民家はなく森小屋も遠いため、たとえその場しのぎであろうと彼にとっては幾分ましだろう。

 大樹の根本に入ると、僅かながら雨足が弱くなった。男が腰を下ろしたところで詳細を聞き出す。

 彼は、東の国境沿いにある城塞に勤務しているらしい。何の前触れもなく魔物が国境を突破してきたのは、昨日の昼頃だったという。

 国境沿い、ファリル神国側には『死の森』と呼ばれる大樹海が広がっている。

 そこは、宗教的に禁忌とされているだけでなく、魔物が生息するゆえの禁足地でもあるらしい。

 ファリル神国は、法力によって魔物を閉じ込めているのだ。

 張り巡らされた護符によって森から出られなくとも、樹海は広大だ。魔物達が暴れ狂うことはない。

 けれど数年に一度、結界には綻びが生じる。それは必ずと言っていいほど、シュタイツ王国側の国境沿いで。

 普段は森で暮らしている魔物達も、ここぞとばかりに暴走する。我先にと綻びから抜け出す。勢いそのままに国境を突破し、魔素の塊のような王候貴族目指してやって来るのだそうだ。

 ファリル神国の民に魔力持ちはいないそうなので、そのままシュタイツ王国を襲撃するのも当然と言えるかもしれない。空気中を漂っている魔素を吸収するより、魔素の濃い血液を摂取する方が効率的だとヨルンヴェルナも言っていたのだから。

 男は、悔しそうに続けた。

「伝令として戦線を離脱したのは、上官の指示でした。仲間達が、何とか持ち堪えている内に、王都民や王族、貴族に現状を伝えろと」

 命令を忠実に遂行しようと、男は馬を乗り継ぎ、夜通し駆けて来たらしい。

 シェイラとフェリクスが王都に来た時は馬車だったし、海を見るために北寄りの進路をとっていた。

 それでも、到着までに十四日かかったのだ。たった一日で国境から駆けてきたならば、消耗がひどい理由も頷ける。

「有翼の魔物がいなかったのは不幸中の幸いと言えます。砦の仲間達が足留めに尽力していても、追い付かれるのは時間の問題でしょうから。今こうしている間にも、奴らが姿を現すかもしれない」

 砦にどれほどの被害が出ているのか。魔物の足留めをしている仲間達はどうなってしまったのか。嫌な想像ばかりが浮かぶのか、男は落馬の時より一層苦しげだった。

 当たり前だ。魔物が今にも襲撃するかもしれないというのに、迎え撃つに必要な準備も時間もない。

 白亜に輝く王城も、王都に暮らす人々の穏やかな営みも、何もかもがなす術なく蹂躙されようとしているのだ。

 シェイラ達とて、いち早く情報を得られる場所に居合わせたものの、十分な備えはない。

 ひたひたと押し寄せる無力感を、それでも気合いでねじ伏せる。

 僅かにでも戦力が集まっていたことは、僥幸だ。ましてやここにはクローシェザードがいる。一騎当千の実力者が。

「……やりましょう」

 シェイラの凛とした声が、雨音を圧した。

 どこか呆然としていたコディやゼクスが、ゆっくりと視線を動かす。

「森に害獣でもいるのか、この辺り一帯は民家がない。おかげで防衛線を張れます。――――魔物を迎え撃つなら、ここしかない」

 シェイラの言葉に、コディはすっとんきょうな声を上げた。

「た、戦うつもりなの?」

「それしかないだろ。コディとゼクスはこの人を王城へ連れてってあげて。ついでに王都民にも避難指示をしてくれると助かる」

 指示を、と言ったところで方法はさっぱり浮かばないが、おそらく巡回兵団に駆け込めば何とかなるだろう。兵団経由で王城にも伝わるかもしれない。

 皇太子殿下の第一子誕生ということで王都に貴族が多く残っているのも、今となっては好都合かもしれない。各地方にいて個々に狙われては、自衛にも限界があったはずだ。

 とにかく今は時間がなかった。複数人に別れて行動し、それぞれ役割を全うするのが最良だ。

 けれど今度は、ゼクスが訝しげに眉を寄せた。

「俺達には避難してろって言うのか? お前は?」

「僕はここで戦うよ。コディは男爵家の跡取りだし、魔力持ちだから魔物との戦いには不利だ。適材適所ってヤツだね」

「なら、俺も残るべきだろ。立場はお前と一緒だ」

「それは、」

 学院も卒業していない一学生が、魔力なしで魔物に立ち向かうのはただの無謀だ。魔力を持っていれば魔物の餌食にされるし、魔力がなければ歯が立たない。ヨルンヴェルナが以前言っていたもどかしい矛盾を、こんな状況になって実感する。

 だが、その枠から外れた者ならぱ。

 自身に魔力はなくとも、精霊の力を借りて魔法と同等の力を振るうことが可能ならば。

 それは、まさしく適材適所と言えるだろう。

「……僕は、戦わなくちゃいけない。魔物との戦いに、僕はきっと役立つから」

「だから、それはどういうことなんだよ」

「――――」

 どう説明すれば納得してもらえるのだろうか。

 切迫した事態にあっても躊躇ってしまう。隠し事があることを、大切な友人達に、こんな状況下で話さなければならないなんて。

 ゼクスの詰るような視線が怖かった。

「シェイラ、お前一体何を隠して……!」

「ゼクス。今は言い争っている時間が惜しい」

 友人を諌めたのは、その場にはそぐわないほど穏やかなコディの声だった。落ち着き払った様子で肩を叩かれ、ゼクスは悔しげに瞳をすがめた。

「何でだよ……魔力のないこいつが残るなんて、よっぽど無謀だろ……なのに、何で止めないんだ!」

「今はそんなことを言ってる状況じゃないだろ? それよりシェイラ、信じてもいいんだよね? 必ず無事、戻ってきてくれるって」

 コディの手が、シェイラの肩も叩いた。

 彼も、ゼクスと同じく何も知らない。混乱しても当然なのに、栗色の瞳には、ただ友を案じる色だけが宿っている。

 揺るぎない信頼に、胸が熱くなった。

「…………うん。戻ったら、絶対ちゃんと説明するよ。全てが終わったあとに」

 しっかり応えて、ゼクスに向き直った。 

 彼の激しい動揺も怒りも、根本には優しさがあると分かるから、申し訳なさで胸が一杯になる。

 それでもシェイラは、友を真っ直ぐ見つめた。

「僕は本当に大丈夫。だから、心配しないで」

 静かに告げると、ゼクスの肩から震えるように力が抜けた。榛色の瞳が光をなくし、ゆっくりと項垂れる。もう、視線は合わない。

 はっきりと、溝ができてしまったことを思い知らされる。けれど修復することはできるはずだ。

 無事に帰って、事情を話して。黙っていたことを誠心誠意謝ろう。許してもらえるまで何度だって。

 シェイラが決意を固めている隣で、コディが今後の動きを考え始める。

「確かに僕は、住民の避難に動いた方がいいだろうね。僕の魔力量じゃ、ここにいても足手まといになるかもしれない。レイディルーン先輩はセントリクス公爵家の子息だから、本当は先輩を優先的に避難させるべきだけど」

「あぁ、それもそうだね。先輩なら王城の出入りも簡単そうだし、話も早そう」

 彼の意見にシェイラも同意を示す。

 コディ・ゼクス組とレイディルーンの二手に別れて動いた方が、避難指示も円滑に進むだろう。魔物に狙われやすい王候貴族もより早く退避できる。

 期待を込めてレイディルーンを見つめるも、彼は傲然と腕を組んだまま鼻を鳴らした。

「俺の家は確かに公爵家だが、俺自身はただの次男だ。危急時に戦うくらいの自由はある」

「でも先輩、危険すぎますよ」

「対魔物戦では、治癒魔法が不可欠だ。クローシェザード先生とヨルンヴェルナが前衛で戦うのなら、後衛で補助する人間も必要だろう。俺の潤沢な魔力量は、必ず役に立つ」

 一理ある、と黙り込んだところで、間延びした声が不満を上げた。

「ちょっとぉ。僕は前衛をするなんて、一言も言っていないのだけれど?」

 いかにも面倒そうに肩をすくめたのはヨルンヴェルナだ。親戚ゆえの気安さで、レイディルーンはすぐに言い返す。

「経験のあるお前が前に出ないでどうする? 生徒を盾にする気か?」

「うわぁ、こんな時ばかり教師扱い~」

 ヨルンヴェルナをやる気にさせるのは至難の業だろう。けれど長年慕っていたからか、レイディルーンは変人を操る術を熟知していた。

「どうせ何か隠し玉でもあるんだろう? お前のことだ、そうでもなければわざわざ研究室を出るはずがない」

「失礼だなぁ。シェイラ君達の戦いぶりを純粋な気持ちで観戦していたのに。まぁ、暇だった時の手慰みに、広範囲攻撃用の魔道具を幾つか持ってきているけれど」

 端で聞いていたシェイラ達は『広範囲攻撃魔道具』という恐ろしい単語に戦慄したが、二人は平然と会話を続ける。

「あぁ、ちょっと広い場所で実験しようと思っただけなのに。本当に災難だよ」

「そうか? 今ならば、むしろ合法的に実験ができるのではないか? 魔物相手に手加減は不要だ。お前にとっては都合がいいだろう?」

「おや、確かに」

 話が物騒な方向にまとまりかけたところで、シェイラはクローシェザードが一言も発していないことに気付いた。こういった時彼ならば、誰より的確な指示を出してくれそうなものなのに。

「クローシェザード先生?」

 黙り込むクローシェザードを見上げる。塑像のような無表情は、雨に濡れているためか少し青白い。

 視線が集まる中、彼はゆっくり口を開いた。


「私は、君を避難させねばならない。――――すまないが戦線を離脱する」



更新ペース、まだ上がらないかもです。

申し訳ありませんm(_ _)m

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