みんなでごちそう
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波乱だらけの料理作りが何とか無事に終わった。
いや、無事というと語弊があるかもしれない。
ヨルンヴェルナが煮込み続けていた謎の液体が、最終的にはどぎついピンクに変色し、周囲は阿鼻叫喚に陥った。一時は技術披露大会の悪夢再び、といった惨状が繰り広げられた。
後処理でシェイラは既にヘトヘトだったが、夕食の準備が調うとたちまち元気になった。やはり年に一度の七面鳥に勝るごちそうはない。
テーブル中央にはメインの七面鳥がどんと存在感を主張しており、それぞれの席には平たいパンが取り分けられている。ゼクスが作ったサラダとスープ、コディ作の揚げ芋と一緒に、なぜか見覚えのないケーキまで並んでいた。
「……ヨルンヴェルナ先生が作ってたあの液体が、劇的な進化を遂げたとか?」
疲れた頭で何とか絞り出した推理は、クローシェザードに一蹴された。
「あれが食物に昇華するはずないだろう、本当に君は馬鹿なのか」
「えぇ~。だってそうすると……」
シェイラはチラリと彼を見上げる。厨房にいた者であり得ないなら、該当するのは一人しかいない。
クローシェザードは、照れる素振りもなく堂々と肯定した。
「もちろん、私が買ったに決まっている。戦力にならないとはいえ、面倒な調理を押し付けてしまったからな。せめてもの詫びだ」
「えぇ? クローシェザード先生が、この可愛らしいケーキを、わざわざ? 男一人で可愛らしい内装のケーキ屋さんに入って?」
評判のケーキ屋には、若い娘がひしめいていただろう。そんな中にこの無骨なクローシェザードがいるなんて、想像するだけでおかしい。周囲は一体どんな反応だったのか。さぞ見物だったに違いない。
ニヤニヤ笑うシェイラを、彼は睨み付けた。
「わざと私の怒りを煽るような物言いを選んでいないか?」
「冗談ですよ。男の人がケーキを好きだって、全然恥ずかしくありませんから」
「不本意な誤解をするな、私は甘い物は得意ではない。だが君は、好きだろう?」
意表を突かれて、からかい混じりの笑みが消える。じわじわと頬を上る熱に、シェイラ自身戸惑ってしまう。
「……僕のため、ですか」
何気ない口振りで、何てことを言うのだろう。
間違いなく人数分用意されているけれど、シェイラの好みに合わせて買ったケーキ。
――そんなの、嬉しいに決まってる。
顔を俯かせる教え子に頓着せず、クローシェザードはテーブルに向かう。
「早く食べないと冷めるぞ」
「そ、そうですね」
促され、シェイラは救われた心地で席に着いた。あのまま話していたら、何かとんでもない失態を犯してしまいそうだった。
全員が席につく。シェイラは気持ちを切り替えるように、コディに話しかけた。
「コディ、揚げ芋たくさん作ったんだね。皮剥きも揚げるのも、この量だと大変だったでしょ?」
こんもりとした芋の山を見れば、コディの奮闘ぶりが伝わってくる。久しぶりに包丁を握ったらしいが、腕は鈍っていないようだ。
「ごめんね、本当に芋の皮剥きしかできなくて……揚げ芋くらいしか作れなかったよ」
コディは恥ずかしそうに栗色の髪を掻いた。
「でも、一応工夫だけはしてみたんだ。色々な味を楽しめるようにしてあるよ」
彼の言うように、揚げ芋には様々な付けダレが添えられていた。定番のケチャップにマヨネーズ、唐辛子、バジルソース。中でも異彩を放っているドロリとした茶色の液体を、コディは選り分けた揚げ芋に回しかけた。
「えっ、それって付けダレじゃないの?」
「他は各自で付けた方が食べやすいけど、これは早く使わないと固まっちゃうから」
「固まっちゃう……?」
フワリと鼻先をかすめる甘い香りに、シェイラはハッとした。
濃厚な、それでいて全くくどくない芳醇な香り。同じ物を、フェリクス邸で一度だけ味わったことがあった。
「そ、それってまさか、チョコレート?」
「うん。食材のところにあったんだ」
コディは平然としているが、隣に座ったゼクスも彼の暴挙に頬を引きつらせていた。
気温の高い土地で育つチョコレートは、シュタイツ王国では生産されない。当然輸入に頼るしかなく、稀少価値も高い。それゆえ平民には到底手が届かないほどの高値になるのだ。
「平民じゃ一生お目にかかれないほど高級なチョコレートを、揚げ芋にかけちゃうなんて……」
「コディがここまで攻撃的な料理を作るなんて、意外すぎるだろ……」
「え? え? 攻撃的って、意味が分からないんだけど。何で二人して、そんな青い顔をしてるの?」
コディは普段から自分を弱小貴族だと卑下しているが、それでも貴族は貴族なのだと思い知らされる。高級なチョコレートを溶かして揚げ芋にかけるなんて、平民には決して真似できない。
とはいえ、やはり奇抜すぎるためか、クローシェザードも微妙な顔をしている。どう見ても食べ合わせが悪すぎる。
シェイラは震える指先を伸ばし、チョコレートをまとった揚げ芋をつまんだ。
「おい、シェイラ?」
「こんな高級食材を無駄にするなんて、僕には絶対できないっ」
ゼクスの制止の声を振り切り、思いきって口に放り込んだ。押し寄せるチョコレートの甘さにぎゅっと目を閉じる。カリッとこうばしく揚がった芋が、噛むたびに塩気を主張する。
「…………あれ? 思ったよりおいしい」
シェイラはコテリと首を傾げた。どんなに不味くても食べきる覚悟だったが、これなら難なく完食できそうだ。むしろ足りるだろうかと不安になる。
「本当だ。チョコレートの甘味と揚げ芋の塩気が絶妙に混ざり合っているね」
「恐ろしいほど何の躊躇いもなく食べましたね、ヨルンヴェルナ先生」
もぐもぐと口を動かす彼には、怖いものなどないのだろうか。
我先にと手を伸ばすシェイラ達の勢いにつられ、他の面々も食事を始める。七面鳥の切り分けはクローシェザードが行った。
「七面鳥、結構いい感じに焼けてるでしょ。肉を焼くのだけは得意なんです」
肉の臭みを消す月桂樹の葉などを調合して焼くので、調理工程は見た目より繊細だ。女らしい料理だとシェイラ自身は思っている。
「この薄いパンもお前が焼いたのか?」
「うん。うちの村で食べてたパンだよ。発酵させずに熱した石の上で焼くんだけど、今回はフライパンで焼いてみた」
「もっちりした歯応えでおいしいね」
ゼクスの問いに頷いていると、同じくパンを口にしていたコディが褒めてくれる。
デナン村を出てフワフワパンのおいしさを知ったが、噛み応えがあるものもシェイラは好きだ。
「それにしても、このスープもおいしいね」
「スープなんざ、色んな野菜ぶち込んでじっくり煮込めば大抵美味くなるもんなんだよ」
キャベツや人参がごろごろと入ったスープは、野菜の大きさが不揃いで男らしい。だが優しい塩味と旨味で、意外にも繊細な味付けになっていた。
「スープとかサラダみたいな細かい料理は苦手だから、ゼクスが作ってくれて助かったよ」
「細かい料理、か」
「何か文句でも?」
「別にぃ」
「もう、食事中くらい喧嘩はやめようよ」
嫌みなゼクスと言い合いに発展しかけたところで、コディがいつものように宥めにかかる。
成人の日という特別さのせいだろうか。他愛のないやり取りがいつもより楽しい。
穏やかで居心地のいい空気。シェイラは我慢できずに顔を綻ばせた。
「こうして食卓を囲んでると、家族みたいだ」
途端、ゼクスが薬草茶を盛大に吹き出した。ポタポタと落ちる水滴を拭いもせず、硬直している。
シェイラはテーブルナプキンを手に取り、呆れながら彼の口元を拭った。
「あーもう、汚いなぁ。服まで濡れてるよ」
「そんなことはどうだっていいんだよ! お前、何言ってんの!? どう考えても家族構成が壊滅的じゃねぇか!」
突如勢いよく怒鳴りだすゼクスに、シェイラは目を瞬かせた。
「そう? コディがしっかり者の長男だろ。君がやんちゃで粗暴で皮肉っぽい次男、僕が三男。結構それっぽいと思うけど」
「さりげなく人の悪口紛れ込ませるんじゃねぇよ。でもまぁ、お前は確かに迷惑で破天荒な末っ子って感じだな」
「そっちこそ失礼じゃない?」
不満を口にしながらも、シェイラはルルの配役を考える。
幾ら設定とはいえ、彼女を兄弟に数えたらコディがあまりに不憫だ。長男の奥さんの方が彼も喜ぶだろう。あくまで設定だが。
誰もが呆れ顔だったが、ヨルンヴェルナだけは楽しそうに話を広げた。
「となると、クローシェザードはさしずめ苦労性のお父さんって感じかな」
「それでいくと、ヨルンヴェルナ先生は……」
「結構お似合いだと思わない? 家族を優しい笑顔で見守る『お母さん』」
ニッコリと笑うヨルンヴェルナの言葉は、総出で否定された。
「僕なんかがこんなことを言うのは失礼だと思いますが、それは優しい笑顔ではないと思います……」
「胡散臭さしか感じねぇな」
「今すぐ全国のお母さんに謝ってください」
「そもそもお前のような人間と配偶関係になるなんて、心の底から御免こうむる」
優しいコディが申し訳なさそうに首を振る隣で、ゼクスが吐き捨てるように一人ごちる。
シェイラとクローシェザードの暴言には慣れているヨルンヴェルナだったが、予想外の総ツッコミに目を瞬かせた。けれどすぐ嬉しそうに笑う。
「うわぁ、いい感じに団らんしてきたねぇ」
「どこがですか」
ツッコんだのはシェイラだけだったが、これも間違いなくヨルンヴェルナ以外の総意だろう。
いつまで経っても雑談は尽きない。
シェイラとクローシェザードは、王都の話題に移っていた。
「王都って広いですよね。通い慣れたところにしか行かないから、知らない場所も多くて」
「君は飲食店に入り浸っているのだろうな」
「一応薬店にも通ってます。人を食いしん坊みたいに言わないでくれますか」
店員として働いたり、薬の材料を卸したり。真面目に働いていることを知っているくせに、クローシェザードの冗談は分かりづらいから困る。
「そういえば、王都の東側に結構大きい森がありますよね。どんな植物が生えてるんだろう?」
学院内にある森や、薬草園のある山にはすっかり慣れたため、植生事情もあらかた頭に入っている。
行ったことのない森に興味はあれど、一人で王都を出ることを心配性の兄は許してくれるだろうか。
もりもり七面鳥を頬張りながら考え込んでいると、クローシェザードが口を開いた。
「今度、行ってみるか?」
「ぅむ?」
「食べ終えてから喋りなさい」
呆れつつ彼は続ける。
「学院の森のように整備されているわけではないが、それほど危険もないだろう。あの方の許可は、私が取っておく」
人の目もあるので名前はぼかされたが、『あの方』とは間違いなくフェリクスのことだろう。主への忠誠心だけで生きているような彼が意見を申し立てることは、実は少ない。珍しさに一瞬二の句を継げなくなる。
――な、何でこんなに動揺してるんだ、私。
驚きのあとにじわじわ込み上げてきたのは、嬉しさだった。クローシェザードにお出掛けの誘いを受けたのは初めてだ。
シェイラは急いで口の中の七面鳥を片付けた。
「えっと、ぜひお願いします」
フワフワと夢を見ているようで、何を喋っているのか自分でも分からない状態だったが、シェイラは何とか頷き返した。