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成人の日

いつも読んでくださり、

本当にありがとうございます!(*^^*)


 冬季休暇も一ヶ月が過ぎ、冬の二の月の初日。

 シェイラは厨房に佇み、途方に暮れている。

 目の前には、大量に積まれた食材の山。中には滅多にお目にかかれないような高級食材まであった。

 量も種類も嫌がらせのように充実している理由は、もちろんヨルンヴェルナだ。しかしこれが、彼だけの仕業かと言えばそうではない。

 シェイラは傍らに立つ、腕組みをした人物に視線を向けた。

「……何で今回にかぎって、ヨルンヴェルナ先生の片棒を担いだんですか、クローシェザード先生?」

 クローシェザードは、何を当たり前のことを訊くのかと言わんばかりに首を傾げた。

「今日は成人の日だ。国の定めた祝日を祝うのは当然ではないか?」

「あ―……、だから七面鳥まであるんですね」

 シュタイツ王国では、慶事に七面鳥を食べる習慣があった。

 成人の日といえば新成人が生まれるだけじゃなく、全国民が一つ年を重ねる日でもある。どこの家でも七面鳥の丸焼きで祝うのが一般的だった。

 だがせめて調理済みの七面鳥を用意してほしかったと思うのは、こちらの我が儘なのか。シェイラと似た絶望を感じているだろうコディとゼクスを一瞥し、ガックリと項垂れた。

 成人の日は祝日。どんな仕事に就いている者も、今日だけは休むことが許される。王城では議会が停止し、貴族も文官も、国王陛下ですら束の間の休息を満喫しているはずだ。

 そんな中、一使用人が休んでいるのは当然のことであって。

「ルルがいないのに、こんなに沢山どうするつもりですか……」

 学院に残っている人間が全て集結しているというのに、包丁を持ったこともないような貴族が約三名。平民のゼクスはかろうじて手伝いができる程度で、料理の心得があるわけでもない。

 狩りで暴れる方が好きだったシェイラとて、女らしく毎日料理をしていたということもなく。

 ――この面子で何とかするしかないとか……。

 どうしよう。先が見えない。

 魂が抜け出しそうなため息をついていると、ヨルンヴェルナがにこやかに微笑んだ。

「使用人に手伝ってもらおうなんて考えはいけないよ。せっかくの料理対決なんだから」

「………………へ?」

 思いがけない単語が飛び出し、シェイラは慌てて顔を上げた。

 確か、初めてゼクスを講義に誘った日、ヨルンヴェルナからそんな言葉を聞いていた気がする。

「あれって冗談じゃなかったんですね」

「心外だなぁ。僕がそんなくだらない冗談を言うと思うかい?」

「基本くだらないことと卑猥なことしか言わない人だと認識してます」

 無駄にキリリとした顔で頷き返すと、彼は面白そうに肩をすくめた。

 くだらないやり取りを続けるシェイラ達の隣で、愕然と言葉を発したのはクローシェザードだった。

「料理をするという発言は、君達のものではなかったのか……?」

 反応から察するに、彼はヨルンヴェルナに丸め込まれて食材調達に協力したのだろう。『みんなで料理をしようと話しているから、食材の手配は僕達の役目だね』、などとそそのかされ。いつもより深い眉間のシワに、腐れ縁の友人への苛立ちがくっきりと刻まれている。

 しかしクローシェザードは僅かに後悔をにじませると、即座に詫びの言葉を口にした。

「すまない。人聞きが悪いと思っていたが、片棒を担いだと言われても仕方のない失態だ。この男の言い分を少しでも信用した私が愚かだった」

 生真面目な彼は、今までもヨルンヴェルナの口車に乗って幾度となく窮地に立たされてきたのだろう。その光景がまざまざと思い描けるほど潔く、また素早い謝罪だった。

「クローシェザード先生、新年もいいように振り回されてますね」

「年明け早々ヨルンヴェルナ先生に絡まれるとか、悪夢ッスね」

 シェイラとゼクスは慰めの言葉も見つからず、同情混じりに共感する。

 一方コディは崇拝する騎士を励まそうと必死だ。

「だ、大丈夫ですよ! みんなで料理対決なんて、素晴らしい案だと思います! 騎士になったら遠征とかあるだろうし、自炊くらいできた方がいいに決まってますよね!」

 けれどクローシェザードは、更に顔をかげらせるだけだった。

「料理対決を提案したのは、私ではない……」

「そうそう、僕のお手柄だよね。今年も楽しい一年になりそうだよねぇ、クローシェザード」

「楽しいのはお前の脳内構造だ……」

 ヨルンヴェルナに肩を抱かれるクローシェザードの目は死んでいた。それでも皮肉を絞り出せるのは、長年の付き合いの成せる業か。

「一つ歳を取ったからって、大人になるわけじゃないんですね。もう三十歳も間近だっていうのに学生みたいに仲良しで」

「まだ二十五歳だし、仲もよくない。君こそ十六歳になったというのに相変わらずの失礼さだな」

「ところで先生。今日は何をしてたんですか?」

「書類仕事だが?」

「祝日くらいしっかり休まないと、本当にそろそろ頭皮にきますよ」

「まだ二十五歳だと言っているだろうが」

 じろりと睨むクローシェザードと視線を合わせると、シェイラは居ずまいを正して頭を下げた。

「とりあえず、新年おめでとうございます」

「あぁ、そちらも。この一年が君にとって素晴らしいものであるように」

 クローシェザードが口にしたのは、成人の日の定番の祝辞。シェイラが笑顔で同じような祝辞を返すと、彼も微かに笑みを浮かべた。

「よし。クローシェザード先生の気遣いを無駄にしないためにも、頑張って料理しようか」

 腕まくりをするシェイラに同調し、コディもまな板や包丁の準備を始めた。だが、ゼクスはいかにもやる気なさげだ。

「ゼクス、君も早く手を洗いなよ。ヨルンヴェルナ先生の思い通りになるのが悔しいのは分かるけど」

「あれ? 料理対決はお気に召さない? 僕はやる気満々だよ。ところでこのエプロンというものは、どうやって着たらいいんだい?」

「ヨルンヴェルナ先生には聞いてません。しかも手を洗ってないのにエプロンに触らないでください」

 やはり料理の基礎を知らない人間は頭数に入れない方がよさそうだ。シェイラはかなり切実な気持ちで再びゼクスを見た。

「ゼクスが頑張ってくれないと、ここにある食材が無駄になっちゃうよ。僕らの他はみんな料理なんて経験ないんだよ?」

「コディならある程度できるだろ。子どもの頃は、じゃが芋の皮剥きとかやらされてたぜ?」

 ゼクスに言われて思い出した。コディは男爵家に名を連ねているけれど、育ちは下町なのだ。

 振り向くと、彼は困ったように笑った。

「といっても、僕にできることなんて、本当に芋の皮剥きくらいなんだけどね」

「だそうですよ?」

 どうにか奮起させなければと画策しながら視線を送ると、ゼクスはだるそうに砂色の髪を掻いた。

「だってよ~。野郎同士で料理とか、マジで萎えるだけだろ」

 どうしようもなく彼らしい理由に笑うしかなかった。だがそれだけならば、操縦も容易い。

 シェイラはできうるかぎり不敵な笑みを作った。

「バカだなぁゼクス。今どき男子だって、料理くらいできなきゃモテないんだよ?」

「――――た し か に」

 これが効果てき面だった。

 衝撃にうち震えるゼクスを見て、その場にいる面々全ての脳裏に『単純』という文字が浮かんだ。



 かくして、対決という名目はほとんど失われた食事作りが始まった。

 朝食と昼食は作り置きで間に合わせたが、既に主食が底を尽きている。シェイラは七面鳥の丸焼きだけじゃなくパン作りも引き受けた。

 確認してみると、七面鳥は下処理の済んでいるものだった。空洞になった部分もよく洗ってある。

 首を落として内臓を取り出す作業は、シェイラにとって難しいことではない。けれど塩水に半日ほど漬け込んだりなどの工程は、さすがに今からだと時間がかかりすぎる。

 じゃがいも、玉ねぎ、ニンジン、セロリを適当な大きさで切り、香草と一緒に七面鳥へと詰め込んでいく。肉が縮むことを計算し、あまり入れすぎてはいけない。詰め終えると、脚や胴体部分をタコ糸できつく縛った。

 オーブンは低い温度を保ち、まずはじっくり火を通していく。

 その間にセージやタイム、ローズマリー、そして隠し味のニンニクを使った香草バターを作る。これを七面鳥の表面に塗り込むと旨味が増すし、焼き色もよくなる。ここからは火加減の勝負だ。

 七面鳥を焼いている間に、次はパン生地作り。

 村で親しまれていた平たいパンは、シェイラでも簡単に作れる。オーブンの様子に注意しながら小麦粉を練っていく。

 作業は順調に進んでいるのだが、ちょくちょくヨルンヴェルナの横槍が入るのである意味忙しい。食堂で大人しくしているクローシェザードを見習ってほしいものだ。

「ヨルンヴェルナ先生。手伝ってくれなくても怒りませんから、せめて邪魔しないでくれませんか」

「え? 一生懸命調理しているつもりだけれど?」

「それが気が散る原因なんですよ。何ですか、その異臭を放つ鍋は」

 火にかけられた鉄製の大きな鍋には、ボコボコと禍々しい音を立てる藻色の液体。一体どの食材を使えばあの刺激臭が生み出せるのか。立ち上る湯気が目に入るとツンと刺すように痛むのも怖すぎる。

 鍋の前に立つヨルンヴェルナは、さして気にした様子もなく小首を傾げた。

「うーん、少し焦げてしまったかな?」

「それ絶対焦げの匂いじゃありませんから」

 どう説得してもいなされてしまうため、諦めに近い呟きが漏れる。これ以上食材が無駄にならないことを祈るしかない。

 チラリと友人らの様子を見てみる。

 ゼクスはひたすら野菜をぶつ切りにしているし、コディの隣には山のようなじゃが芋が積み上げられている。何というか、混沌とした状況だ。

 成人の日のご馳走は無事完成するのか。そしてヨルンヴェルナの作るナニカで食あたりを起こし、祝日が台無しにならないか。

 シェイラは悟りを開いたような慈悲深い笑みを浮かべながら、諸々の不安からそっと目を逸らしたのだった。




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