補講仲間(という名の道連れ)
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数日後。早速ヨルンヴェルナが魔法の講義をしてくれるということで、シェイラはゼクスを引き連れ研究室に向かっていた。
「コディは?」
「今日は兵法書を読む予定だって。結構たくさんあるけど、あの調子でいけば卒業前に読みきっちゃいそうだよね」
ゼクスの質問に軽快な足取りのまま答える。
そもそもコディには基礎の魔法教育など必要ないので誘っていない。ゼクスには今日の目的を、道すがら説明するつもりだった。
「あいつ、兵法書はとっくに読破してるんだぜ」
「え? どういうこと?」
「入学した時から読み続けて、確かもう三周目だったはずだぞ。繰り返し読むことで理解を深めてるらしい。低学年の頃は分からなかったことが分かるようになったりして、それが楽しいんだと」
「僕には絶対理解できない……」
「安心しろ、俺もだ」
会話をしている内に、目的地が近付いてくる。勘のいいゼクスは途端に渋りだした。
「あ、そういや俺、やらなきゃいけないことがあったような」
「いいからいいから。君にとっても悪い話じゃないんだって」
「イヤもう悪い予感しかしねーんだよ」
尻込みするゼクスの腕を掴んで引き止める。二人は既に学術塔の入り口に立っていた。
「帰りたい……」
「安心して。ゼクスの血は抜いたりしないって、ちゃんと約束させたから」
「ってことは、お前は血を抜かれたのかよ! なおさら安心できない情報だな!」
「ゼクス、薬店に商談行ってからツッコミが鋭くなってない?」
「お前のせいだろうが! 頼むから、俺の心の平穏を返してくれよ……」
声を張り上げたかと思えば、ゼクスは萎れるように勢いをなくした。情緒不安定なのは悩みでもあるせいだろうか。
「俺はお前と違って全教科それなりに優秀なんだよ。だから補習は必要ない」
「今日の講義は魔法の基礎なんだよ」
立ち去ろうとするゼクスの背中を引き止める。彼は怪訝そうに振り返った。
「魔法?」
「うん。せっかくだし、ゼクスもどうかなって。呪文を知ればどんな魔法が来るか予測できるし、どんな座学よりためになると思うんだよね。最終的には平民でも魔術関連の本を自由に読めるようにするのが目標なんだけど、まずは一緒に講義で頑張ろう」
さりげなく本の閲覧申請について触れたのは、巻き込んでしまおうという目論見からだ。ゼクスは案の定おかしな顔になった。
「閲覧申請?」
「図書館の魔術本が、貴族にしか見れないのは知ってるよね? 僕はその制度を変えたいんだ。『時間を割いて魔術を勉強するなら素振りしてた方がマシ』って思うかもしれないけど、これは一見遠回りに見えて近道なんだ。騎士になったら、嫌でも魔力をもつ相手と戦う時が来るだろう? でも対処法を知っていれば、戦い方は大きく変わるはずだよ」
シェイラは反論を防ぐように長々と語った。おそらくうんざり顔で切り捨てられるだろうが、そう簡単にめげたりしない。ゼクスが味方につけば頼もしいことは商談で実感している。長期戦覚悟で説得していくつもりだ。
ところが彼は、思いもよらない反応を見せた。
「お前も案外、まともなこと考えるんだな……」
「あ、ヨルンヴェルナ先生と同じ感想」
「こればっかりはどんな人間でも同じ感想に行き着くと思うぞ?」
いつもの調子で軽いやり取りをしたあと、ゼクスは不敵に口端をつり上げた。
「――――いいかもな」
「え」
シェイラは驚きで目を瞬かせた。
「俺達特待生は、ここを卒業したって巡回兵団が関の山だ。でもお前の言う通り魔法への対策を知っていれば、成績如何では王城勤めも夢じゃなくなるかもしれない」
中途入学のシェイラは当然だが、やはり特待生は魔法の講義についていけない者が大半らしい。素地のできている貴族のための教育だから仕方ないと、ゼクスも割り切っていたという。
「よっしゃ、ウダウダ言ってても始まらねぇ。ヨルンヴェルナ先生ってのが不安だが、行ってみるか」
逃げ腰だったゼクスが、腹を決めて扉を叩いた。
教えを請う相手がヨルンヴェルナだと察していながら立ち向かう様は、惚れぼれするほど男らしい。気になる子にはこういった面を見せるようにすればいいかもしれない。
「晴れてゼクスも補習仲間だね」
「俺は馬鹿が理由じゃないからな!?」
「……そういう細かいところは女の子に嫌われるんじゃないかな~」
「誰のせいだと思ってやがる」
そこで会話が途切れたのは、内側から扉が開いたからだ。開いたのはもちろん、この部屋の主であるヨルンヴェルナだった。
「おや。今日は珍しい客人がいるようだ」
「突然押しかけて申し訳ありません。魔法についての基礎講義をご教授くださるということで、本日は失礼させていただきました」
「シェイラ君のお友達のわりに、礼儀正しいねぇ。でも形式ばった挨拶は不要だよ。遠慮せず入りなさい、ゼクス君」
折り目正しく頭を下げ、ゼクスが入室する。
ヨルンヴェルナへの苦手意識を知っていたので多少面食らったが、本人の前で態度に出すほど彼は愚かではない。
室内に消えていく背中を眺めながら、シェイラは僅かに目を伏せた。
――ゼクスに、精霊術のことを打ち明けてみるべきかもしれない。
ゼクスは、成長するための努力を決して怠らない。誰もが忌避するような事柄でも頭ごなしに否定せず、真摯に向き合おうとする。
以前に、脳裏をかすめた考えが甦る。
『神と精霊への感謝を習慣化すれば、誰でも精霊術を使えるようになるのではないか』。
中途入学したシェイラを、ゼクスは幾度となく助けてくれた。談話室で宿題を見てもらったのも一度や二度じゃない。
そんな大切な友人に、隠し事をしている。しかもそれは、莫大な力を手に入れる手段だ。
惜しげもなく手の内をさらけ出す友人に比べ、自分の態度はあまりに卑怯な気がした。
「どうした、シェイラ?」
扉の向こう側から、ゼクスが不思議そうに顔を覗かせる。
「……ううん。何でもない」
シェイラは笑顔を作って応えた。
――話そう。何より私が、ゼクスとコディに聞いてほしい。
女であるという秘密も、いつか打ち明けることができたら。
胸に小さな決意を秘め、シェイラは歩き出した。
突然ゼクスを連れて来ても、ヨルンヴェルナは機嫌を損ねなかった。事前に断りを入れていなかったので内心安堵する。
シェイラが物思いに耽っている間に淹れたであろう紅茶を、至極楽しげに差し出された。
「はい、どうぞ。致死量に近い蜂蜜をドバドバ入れてあるからね」
「……好みを熟知されていることも気味が悪いし、言い方も嫌がらせのように聞こえますが、一応ありがとうございます」
確かにシェイラは紅茶の渋味を誤魔化すため、周囲の顔が引きつるほどの蜂蜜を投入するが、決して致死量ではない。
少し丸みを帯びた形状のティカップに口を付けると、想定していたより熱くて驚いた。
「あれっ?」
シェイラに共感し、ゼクスがしきりに頷いた。
「これ、やっぱり熱いよな。さっきから冷まそうとしてるんだけど、なかなか冷めないんだよ」
「というかゼクス、よくヨルンヴェルナ先生が出したものを飲んだね。勇者だね」
「おう、毒を食らわば皿までって言うしな」
「……君達、物凄く失礼な会話をしていることに気付いているのかなぁ~?」
相変わらず雑然としているテーブルの正面に居場所を確保したヨルンヴェルナが、頬杖をついて呆れている。ゼクスは慌てて取り繕おうとしたが、視線で宥められて引き下がった。
「僕が魔道具の研究をしていることは、知っているよね? これは、飲み物を保温できるようにした、特別製のティカップなんだよ」
「へぇ、便利ですね」
安価な魔法石が核になっているため、魔力のない平民にも使用可能らしい。
ヨルンヴェルナは基本ろくでもない人間だが、魔力を持たない者でも使える魔道具研究に腐心している点だけは、好ましいと思っている。
「他にも、遠くにいる人間と話せる魔道具なんかを開発中だよ。声を信号化することで可能になるのではないかと、様々な実験の最中なんだ」
「スゴいですね。ヨルンヴェルナ先生って、ただ人体実験してるだけじゃないんだ」
「お前それ、本人の前で一番言っちゃいけないヤツだろ……」
シェイラのあんまりな態度に、ゼクスの緊張も解れつつあった。すっかり空気が和んでいる。
「じゃあ一息ついたところで、せっかくだから魔法石について説明してみようか」
ヨルンヴェルナはご機嫌で笑った。