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戦いに備えて

 実力テストは、ランダムに振り分けられた三人と対戦する。

 四年生だけでなく、五、六年生も合同で行われるらしい。下級生が不利にならないような採点方式になっていて、これを機に特別コースと一般コースの入れ換わりも起こるので、上級生までどことなくピリピリしていた。

「王子殿下は公務のため欠席かぁ……」

 入学して二週間。寮での集団生活にも慣れてきたシェイラは、朝食を食べながら肩を落とした。

 規定の時間を過ぎると食事にありつけないとあって、食堂の中は騎士科の全生徒が集まっているのではないかという混雑ぶりだった。ちなみに寮は文官科と別になっているので、血の気の多そうな若者が多い。食事量も文官寮より多いらしい。

 シェイラは山盛りのポテトサラダをパンに挟みながら、まだぼやき続ける。

「全学年合同の授業なんて滅多にないから、眺めるチャンスだったのになぁ」

 スープに入った山盛りのキャベツを頬張ると、ゼクスがスプーンを揺らした。

「殿下は出席しなくても特別コースに決まってるからな」

「なんで?っていうかその口でよくハッキリと喋れるね」

 商人は喋ることに全精力を注いでいるに違いない、とすっかり感心してしまう。

 ゼクスはキャベツをしっかり飲み込んでから答えた。

「一般コースの行く末は主に地方か下町の警備だぞ?そんな任務に王子殿下を追いやれると思うか?」

「あぁ、なるほど。理に叶ってるんだね」

 それでもやはり残念だと思ってしまう。王子殿下の戦闘スタイルも気になっていたし、単純にご尊顔に興味があった。

 レイディルーンといいヨルンヴェルナといい、とても整った顔立ちをしていた。クローシェザードに至っては、最早神の領域と言っても過言ではない壮絶さ。貴族とはそういうものなのだと認識しているから、その頂点に立つ王族がどんな容貌をしているのか見てみたかった。

「あぁ、そっか。王子殿下に会おうと思えば寮で会えるじゃん」

 何と言っても寮で集団生活をしているのだ。いずれどこかで会う機会もあるだろうと思ったのだが。

「お前はアホか。王子殿下が食堂でみんなと並んで仲よく飯食うと思うか?部屋で食べるに決まってんだろ」

 ゼクスは四つ目のパンをかじりながら、シェイラの頭に軽い手刀を落とした。

「ちなみに殿下の部屋は三階で、許可を受けた近衛騎士以外立ち入り禁止。しかも王族専用の通用口があるから、どこかですれ違おうと思ってもムダだからな」

「厳重だね」

「当たり前だろ、王族だぞ?」

 そんな軽口を叩いている間にも、食事は終盤に差し掛かっていた。ようやく満腹感も出てきたし、あとは食後のお茶でも飲もうかと考えていると、会話する二人の間に挟まれていたコディが呻くように声を上げた。

「――――君達、よく平然と会話できるね。僕は昨夜から、緊張でお腹が痛くて痛くて……」

 見ると、コディのスプーンは全く進んでおらず、トレーの朝食はほとんど手付かずのままだった。

「この中で自分がどの程度の実力なのか把握できてるゼクスはともかく、シェイラは何でそんなに落ち着いてるの?中途入学だから、自分の力がどこまで通用するか、全くの未知数だろ?」

「うん。だからワクワクするよね」

「……………そっか…………」

 こぶしを握って答えると、コディは消え入りそうな声で呟いた。胃の辺りをしきりに擦っている。

「コディ、お腹が痛いの?それならオウレンやコガネバナの根を乾燥させたものが効くよ。一応村から持ってきてるから、あげようか?」

 シェイラが椅子から立ち上がりかけた時、後ろのテーブルで食事をしていた厳つい男が身を乗り出し、コディの首にガッシリと腕を回した。

「何ぃコディ、腹が痛いって!?そんなもん気合いだ気合い!」

「寮長……」

 寮長のアックスは、伯爵家の子息らしいが暑苦しさが半端じゃなかった。ほとばしる汗と輝く筋肉がこれほど似合う人もそういない。下街言葉も全く違和感がなく、一体どこで覚えたのか疑問を覚えるほどだ。

 面倒見はいいのだが、力加減が間違っている。首を絞められたコディは青息吐息だ。止めるべきか、部屋に引き返しすぐにでも薬を持ってくるべきか。シェイラがうろうろ迷っていると、ゼクスが軽く手を振る合図を見せた。この場は何とかするからお前は早く行け、ということだろう。シェイラは小さく頷いて走り出した。

 背後から、アックスがゼクスに絡む声が聞こえ出した。普段どれだけからかって遊んでいても、こういう時コディを見捨てないのだから、やっぱり仲よしだよなぁと思った。


  ◇ ◆ ◇


 始業式の日に見たあの稽古場に、ぞろぞろと人が集まりだした。

 何度か授業で使用しているけれど、四年生から最高学年まで全て集まるのは初めてだ。それだけでシェイラはワクワクが止まらない。これから、顔も知らない相手と三回も戦えるのだ。

 ――実力を見るための試合だから、負けても問題ない。でも、全勝した方がいいに決まってるよね。

 頑張ろうと改めてこぶしを握り、ふとコディを見上げた。

「どう?少しは効いてきた?」

 顔色は先ほどよりよくなっている。彼は弱々しくも笑顔を見せた。

「うん、大分楽になったよ。シェイラのおかげだ」

 本当はすり鉢で延々と摺り続け粉状にして飲むといいのだが、そんな時間はなかったので細かく刻んで服用してもらった。実力テストまでに効くかは時間との勝負だったが、何とかなったようだ。

「戦う相手は、確か事前に決められてるんだよね。どこで発表されるんだろう?」

 キョロキョロと闘技場を見回していると、遠くの人波がざわりと割れた。そこから颯爽と現れたのはクローシェザードだった。彼の登場に、生徒達が一斉に静まり返る。

 クローシェザードは周囲をぐるりと睥睨すると、よく通る声で宣言した。

「これより、実力テストを開始する!」

 いやが上にも興奮が高まる。誰もが静かに闘志をみなぎらせているのが分かった。テストという授業の一環とはいえ、血気盛んな若者は対決という響きにワクワクせずにいられないのだ。

「これよりここに、対決表を貼り出す。自分の名前の横に印が三つあるはずだ。その印の上に書かれている名前が、諸君らの対戦相手だ」

 正方形の表の横と縦に、ズラリと名前が並んでいる。全く同じ順番で生徒の名前が書かれているらしい。正方形の表には丸印が幾つもあった。見たことのない記し方だが、一人ひとりの対戦相手をいちいち書き出していくより効率的だ。

 人数が多いため、最上級生の爵位が高い者から順番に表を見ていく。たまに大きなどよめきが起こるため、気になって仕方ない。けれど下級生で平民のシェイラは、順番がほとんど最後だった。

「どれどれ……」

 ようやく番が回ってきたので、ゼクスとコディと共に表を確認する。下の方に、シェイラ⋅ダナウの名前を発見した。横に視線を走らせると、早速三つの丸印を見つけた。そこに書かれた名前は――――。

「シェイラ……お前、マジかよ……」

 ゼクスが固い声で呟く。コディもシェイラの対戦相手を確認したのか、目を見開いている。


 第一試合 セイリュウ⋅ミフネ

 第二試合 リグレス⋅オルブラント

 第三試合 レイディルーン⋅セントリクス


 周囲の同級生達も、同情的な眼差しでシェイラを見ている。よく分からないが、強敵が多いということだろうか。それこそやりがいがあると思うのだが。

「厳しいんだな、クローシェザード先生って」

「そりゃ厳しい人だけど、急にどうしたの?」

「それだけお前は厳しい試合ばっかってことだよ」

 試合前だというのに疲労困憊といった様子のゼクスが、シェイラの肩に寄りかかった。

「いいか。レイディルーン先輩が強いのは言わずもがなだが、他も癖者だ。第一試合のセイリュウ先輩は最上級生の平民なんだが、これが魔力もないのに滅法強い。少し魔術を使える程度の貴族なら相手にならねぇ。そんで第二試合のリグレス先輩は、そもそも貴族だから魔力がある。それだけで強敵だっつーのに、シェイラと一番相性の悪い相手なんだ」

「戦い方がってこと?」

「違う。あの人はな…………レイディルーン先輩の、親衛隊隊長なんだよ」

「親衛隊……?」

 耳慣れない単語に、シェイラは目を瞬かせた。説明してくれたのはコディだった。

「そうか。シェイラは知らないだろうね。レイディルーン先輩ほどの方になると、ファンみたいな人が集まってくるんだよ。何しろ家柄も身分も強さも容姿も欠点なしだからね」

 確かにそう聞くとカリスマ性があるらしい。平民を蔑んでいるようなのであまり好きになれないが、貴族の子息からすれば頂点に近い存在だ。納得はできる。

「好きってこと?それは、恋って意味で?」

 シェイラが訊くと、二人は顔を見合わせて肩を組んだ。

「せっかくぼかしてたのに、難しいことを聞くよね……」

「こいつってたまに核心突くよな」

 ボソボソと喋っているが、シェイラには聞かせたくないのだろうか。ほとんど聞き取れない。

 コディとゼクスはしばらく見合って、示し合わせたように重々しく頷いた。

「いやぁ、これでシェイラを悪く言うヤツもいなくなるんじゃないか?」

「そうだね。ここまで対戦相手が厳しいのはシェイラだけだし」

 よく分からないが、質問は黙殺されたらしい。けれどシェイラも単純なもので、目先の話題にすかさず食い付いた。

「なになに?僕、悪口言われてたの?」

「クローシェザード先生が個人的に指導してるから、お前が贔屓されてるんじゃないかって言ってるヤツが、少数だけどいたんだよ。でもおかげで、そんな噂も完璧に払拭されるだろうな」

 シェイラはちらりとクローシェザードを見た。

 もしかしたらいつも先を見据えている彼のことだから、そこまで考えて対戦を組んだのかもしれない。悪口を言われていたことすら、シェイラは知らなかったのに。

 助けられている。いつも、見守ってくれている。

 揺るぎない意思を感じて、シェイラは胸が温かくなった。

 クローシェザードの信頼に応えたい。彼のくれるもの以上のものを返したい。

 シェイラは実力テストを前に、決意を新たにした。




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