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商談

お久しぶりです!


なかなかお話が進まずすいませんm(_ _)m

 まず口を開いたのはシェイラだった。

「先日、デナン村から薬草茶に関する質問の返答がありました」

 テーブルに、村から届いた一通の手紙を置く。それを訝しんだのはゼクスだ。

「……ん? お前の村に手紙書いても、すぐには届かないんじゃなかったか? 冬の間は雪に閉ざされてるって」

「あぁ。そこはね、裏技を使わせてもらったよ」

 フェリクスに相談を持ちかけた時、最速で手紙を届ける知恵を授かった。というか、以前に一度だけ、シェイラはその方法を耳にしていた。

 彼がデナン村に隠れ住んでいた頃、連絡手段として用いていた方法。そう、特別な訓練を施された鳥を利用し、手紙を往復させるやり方だ。

 驚いたことに、フェリクスはその鳥に頼んで両親と手紙のやり取りをしているらしい。これもまた知らされていなかったシェイラは久しぶりに絶句してしまった。

 両親が手紙を送って来ないことを不思議に思っていたが、筆不精の娘よりしっかり者の息子を信用しているためだったようだ。

「てことは、相談したいことがあれば、これからはこまめに連絡が取れるってわけか?」

「あ。これは本当に特別なやり方だから。今回限りのことだと思ってほしい」

 鳥を利用する方法というのは、国の要衝や要人のみが用いる手段らしい。

 もしこの方法がばれた時何と言い訳すればいいのか分からないし、何よりフェリクスが大切にしている鳥だ。シェイラが酷使するのは憚られる。

「でも、問題なく進められると思う。村長からの返事には、僕の好きなようにしていいとあった。これからは僕の意見が、村の総意になる」

 村民であるシェイラならば、村に損害を与えることはないだろうという判断だ。信頼に応えるためにも慎重に進めていかねばならない。

「じゃあ、次は俺から。この薬草茶を、ガーラント商会の独占で作らせてもらいたい。もちろんデナン村で作る分には問題ないが、他の商会には絶対に製造方法を売らないでほしいんだ」

 その程度のことならば、深く考えずとも頷くことができた。村内に、儲け話に目の色を変えるような人間はいない。そんな人間にあの田舎暮らしに耐えられないだろう。

「だが、それに対するデナン村の利益を、今まで考え付けずにいたんだ。お前の村の人達は、金銭の見返りなんて必要としてないだろ?」

「そもそも通貨って概念を知らないからね」

「だよな。そんでさっき、流行について話してる時にちょっと思い付いたんだが……行商人が定期的に村を回るってのはどう思う?」

「行商人?」

 思いがけない提案に、シェイラは目を瞬かせた。

 確かにデナン村には、気まぐれに立ち寄る変わり者の行商人しか顔を出さない。だからこそ村民も、村内での自給自足を当たり前としていたのだ。

 ゼクスの提案は、これから先ガーラント商会で行商人を定期的に手配しようというものだった。頻度も品揃えについても、全面的に村の意向を受け入れる。しかも山奥まで大変な思いをして運んだものを、王都と同じ価格で売ってくれるそうだ。

「薬草茶の利益がどれほどになるか不透明だから、商品を無料で、という形にすると後々面倒な諍いの元になる。適正価格で売る、これがガーラント商会側にできる最大限の譲歩だ。その代わり、何代先も行商人を送り続けることを確約する。――――どうだ?」

 少し自信なさげに問うゼクスに対し、シェイラは込み上げるものと共に立ち上がった。

「ゼクス、スゴいよ! よくそんなことが思い付いたね! きっとみんな喜ぶよ、女の子達も、お年寄りだって!」

 興奮気味にまくし立てると、彼は戸惑いながらもホッとしたように笑う。

 早くも話がつきそうになったところで、すかさず声を上げたのはエイミーだった。

「ちょっと待ってちょうだい。その条件だと、エイミー薬店に少しも旨味がないのだけど?」

「――――あ」

 気まずい声が漏れてしまったのは仕方ないことだった。薬草茶の販売を熱心に提案したのは、確かに彼女の功績なのだ。

 慌てるシェイラとは対照的に、ゼクスは静かに頷き返した。

「もちろん、その辺りのことも考えてあります。エイミー薬店には優先的に卸すことを確約する、という条件でどうでしょう?」

 エイミーは元々ごねるつもりはなかったらしい。ゼクスの提案を聞き、試すような表情からすぐに笑顔に変わった。

「なら全然問題ないわね。そもそも私は儲けより、薬草茶が王都全体に広まる方が重要だと思っているし。その代わりあなたには、普及に尽力してほしいの。しがない薬店じゃ無理でも、ガーラント商会ならそれができると思ってるわ」

 元より互いの目的は一緒でも、利益とするところが違う。交渉が成立したゼクスとエイミーは微笑み合い、握手を交わした。

「……えっと、これってホントに売れるのかな? わざわざこんな話し合いの場まで作っておいてなんだけど、正直、全然自信がなくて」

 王都全体に広めたい。シェイラとてそう思っているけれど、彼らの方が明確に将来を見据えているような気がして、途端に尻込みしてしまう。

 つい俯きがちになっていると、両者が息の合った様子で代わるがわる口を開いた。

「王都では、不調をきたしたら医者にかかる、ないしは薬店に行く。これが当たり前だった。病気を未然に防ぐっていう考え方は画期的だ」

「しかもお茶なら、無理せず毎日続けられるもの」

「売りようによっては必ず広まる。ここからは俺の仕事だ」

 自信に満ち溢れたゼクスの不敵な笑みに、少し圧倒される。けれどそれ以上に、シェイラの胸に安心感をもたらした。彼なら信頼して任せられる。

 ゼクスの中ではどのように売り出していくのか、既に筋書きが決まっているらしい。今後の展望を詳しく話し出した。

「製造は少量から始め、段階的に増やしていく。配合の失敗もあるだろうからな。少ない内は高級路線を打ち出していくつもりだ。まず貴族に広まれば、平民の富裕層から順に売れていくだろう」

 売り出し開始時は店頭での販売をせず、紹介がなければ手に入らないようにする。特別感を演出するためだ。その間はエイミー薬店でも扱わないということで合意した。

「大量生産が可能になったら、外装を安価なものに変えて平民にも売り出していく」

「でもゼクス、新しいものって、目敏い商人がすぐに真似をしてしまうと思うんだけど……」

 弁舌なめらかに方針を披露していく友人に、おずおずとコディが意見を述べた。商売のことは門外漢でも、少しでも役に立ちたいという気持ちが伝わってくる。

 ここで、活発だった話し合いが始めて停滞した。先々のことを考えるなら、競合相手が出てくるのは避けられない事態だ。

「確かに一理あるわね。全ての薬草を採取するのも大変だし、調合だって一朝一夕で真似できるものではないわ。でも、何も完璧に真似る必要なんてないもの……」

「適当に配合した商品で万が一揉め事が起きれば、こっちにも悪評が流れてくるかもしれないな……」

 打開策が出ないまま一同が黙り込む中、シェイラは素人らしく適当な案を放り投げた。

「印を作っておけばいいんじゃない? 本物だよって証ってことで」

 しん、と空気が静まり返る。

 的外れな発言をしてしまったと気まずく思っていると、ゼクスとエイミーがガタンッと音を立てて立ち上がった。

「――――それだ! お前スゲーよ!」

「そうね! その手があったわ!」

「え? えっと?」

 商売人二人の熱気と圧が凄まじい。挟まれたシェイラは、思わずのけ反ってしまった。

「なるほどな、正規品の印章は思い付かなかった。廉価版が出回っても、信頼を育てておけば顧客の流出は最小限で済むかもしれない」

「正規品って印象が根付けば、風評被害も避けられるでしょうね」

「シェイラ、お前ってホントつくづく、たまに物事の核心を突くよな」

 またしても初対面とは思えないほどの掛け合いを見せられ、シェイラの口元は知らず引きつった。

「……たまにってところが微妙に喜びづらいなぁ。ていうか二人、血縁でもあるんじゃないの?」

 呟きは軽く聞き流され、すぐにどんな印章にするかの話し合いに移る。

「やっぱり、薬草は必要よね」

「それだけだとちょっと単調ですね。なるべく緻密で、偽造の難しい印にしたい」

 どの薬草をモチーフに使うか熟考を始めたエイミーと異なり、あくまで冷静に実用性を追求するゼクス。すっかり商人の顔をした友人に、コディは不安げに問い掛けた。

「でも、偽造の可能性はやっぱりなくならないよね。その時はどうするつもりなの?」

 コディのもっともな疑問に、ゼクスはニヤリと笑みを返した。

「ガーラント商会が以前開発した、特殊な染料を使う。商会でも上層部の人間しか製法を知らないものだ。一定の光に当てると発光する特徴があるんだが、市場では幻の染料と言われてる。単に開発に金かけすぎたせいで値段が張りまくって、よっぽどの変わり者にしか売れなかったってだけだがな。まぁおかげで、ほとんど出回ってないんだ」

 作ったはいいが最適な使い道を見出だせなかった染料が利用できるとあって、ゼクスの目はやけにギラギラしていた。現役商人も裸足で逃げ出すほどの猛禽ぶりだ。

 コディは呆れつつ引きつつ、質問を重ねた。

「……そんなに高価なものを使う許可、本当に下りるの?」

「絶対下りる。儲けの匂いがする場面で出し惜しみするのは、二流の商人だけだ」

 悪魔のような笑みを浮かべる友人を処置なしとみなし、コディは深く関わらないことにした。

 エイミーとのんびり印章の案を考えていたシェイラが、手を打って発言する。

「よし、薬草と剣のデザインにしよう」

「……何で剣なんだよ」

「え? 僕が好きだから?」

 いくらか落ち着きを取り戻したゼクスが胡乱げに訊くと、シェイラはこてりと首を傾げる。

 微妙な空気になりかけたが、エイミーがクスクスと笑みをこぼしてそれを霧散させる。

「まぁ、いいんじゃないかしら。病に打ち勝つってことで」

 とりあえず意見がまとまりを見せたところで、シェイラは満を持して立ち上がった。


「――――じゃあここで、楽しいお料理教室を始めますか」


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