成果
お久しぶりです!
スマホが壊れかけているため、更新滞っております!(;>_<;)
来週辺り買い替えるかと。
ところで、『男装少女は騎士を目指す!』が書籍化されることになりました!
詳しくは活動報告にて(*^^*)
翌日。ようやく雪かきの終わった稽古場で、シェイラ達はクローシェザードに対峙していた。全員、久しぶりに軽鎧と備品の剣を装備している。
「雪かきご苦労だった。今日から本格的な稽古を始める」
クローシェザードの言葉に、ゼクスは気まずげに周囲を見回す。
「つっても……この状態で、ッスか?」
除雪が済んでも、稽古場全体がぬかるんでいる。久しぶりの稽古をするには何かと苦戦が強いられそうだった。
この程度の事態は予想済みだったようで、クローシェザードは無表情のまま頷いた。
「足場が悪いことを想定した模擬訓練もいい経験にはなるだろうが、今回は君達の力量がどれほど向上したかを測ることが目的だ」
そう言い放つと、彼は右手を地面にかざした。
「――――――――炎よ」
クローシェザードが呪文を唱えた瞬間、地面からムワリと熱気が立ち上った。一瞬何事かと身構えたが、どうやら蒸気のようだ。
「えっと……湯気?」
シェイラ達が驚いている間に、地面はみるみる乾燥していく。まるでここだけ時間が早回しになっているようだった。
あっという間もなく乾いた稽古場が姿を現し、ゼクスはガックリ膝をついた。
「マジで……俺達の努力って……」
彼の言いたいことも分かる。
必死に雪を掻き続けてきたというのに、いとも容易く整備する様を目の当たりにしたのだ。この徒労感は計り知れない。目をキラキラさせているのはコディくらいだ。
「ゼクス、この魔法は凄く難しいものなんだよ! 水分を蒸発させすぎると地面に亀裂が走ってしまうから加減が難しいし、何よりこの広範囲だからね! これほどの魔法を息をするように使うクローシェザード先生は、やっぱり素晴らしいよ!」
「……お前、俺を慰めると見せかけて、単にクローシェザード先生を褒め称えたいだけだろ」
「やっぱりこのお方は、もっと褒め称えられるべきだと思うかい!?」
「そんなことは一言たりとも言ってねぇ!」
クローシェザードのこととなると途端に話が通じなくなる友人を無視して、シェイラは一人柔軟を始めた。
外周を回ったり素振りをしたり、いつもの手順は分かっている。それらをさっさとこなせば、一番に稽古をつけてもらえるはずだ。
騒いでいたゼクス達もシェイラの抜け駆けに気付き、慌てて柔軟に入った。わざわざ指示を出さずとも各自動き始めた生徒達に、クローシェザードは満足げに頷く。
一足先に走り出したシェイラは、気付いたことがあった。
体がとても軽いのだ。今までもほとんど息を乱さず走りきれた距離だが、それ以上に快調な滑り出しだった。
外周を走る、といっても順路には雪が積み上がっているため、その内側を回るしかない。疲れを感じないのは、単純に距離が短いためだろうか。
――いや。それだけじゃない気がする。
いつもより踏み込みが力強い。速度も増しているように感じた。
その後の素振りにも明確な違いがあった。
剣の重みに振り回されることなく、思い描いた通りに腕が動く。全てが完璧に統制下にある感覚。シェイラには打ち合う前からはっきりと、雪かきの成果が実感できていた。
他の面子はどうだろうかと見遣った先では、コディとゼクスが淡々と剣を振るっている。真剣な表情からは集中していること以外窺えなかった。
思惑通り、いの一番に素振りを終えたシェイラに、クローシェザードが歩み寄った。
「君と打ち合うのは、久々になるな」
「ですね。技術披露大会の準備も慌ただしかったですし、その後も団体での動きを身に付ける授業が多かったですもんね」
研修前から習い始めていた陣形の稽古を集中的に行い、それが一段落したところで四年生までの教育課程は終わった。
魔術を使える生徒達は、武器に魔力を注ぎ込む方法を習ったり充実していたらしいが、シェイラからすれば難しい勉強ばかりの一年だったように思う。
――個人技がどれだけ上達しているのか、ホントに疑問だけど。
ゼクスが抱いていたのと同じような不安は、シェイラにも少なからずある。
――それでも、この人についていくって決めたんだ。追い付いて、隣に立つって。
目の前に立ったクローシェザードが、腰から剣を引き抜く。
彼の髪色に似た白銀に輝く、幅広の刀身。柄の部分も同色の金属でできているため、まるで冬の空気をそのまま固めたような無機質さだ。凝った装飾もほとんどない。
遠い昔に憧れた、彼の愛刀。見るたびにシェイラの心をざわつかせる、武骨さの中にある美しさ。
「――――その剣で稽古をつけてくれるなんて、まさに大盤振る舞いですね」
普段の授業では滅多にお目にかかれない業物に、口端が自然とつり上がる。この辺りこの人は、生徒をやる気にさせるのが上手い。
隙がない。どころか、相手にもされず敗ける未来しか見えない、圧倒的な威圧感。打ち合い以前の問題だ。間合いに踏み込むことすら放棄したくなるほどの実力差。
――これでも稽古のために覇気を抑えてるっていうんだから、恐い話だなぁ。
目指す背中はどこまで遠いのだろう。
途方もない目標だからこそ、今この瞬間を、一時たりとも無駄にしたくない。
遥か高みにいるクローシェザードが、こうして向き合ってくれている時間だけは。
「――――いきます」
恐れを振り払い、ぐんと距離を詰める。
過たずに狙ったのは、急所でもある鳩尾。鋭く速い突きを繰り出したつもりだったが、あっさりといなされた。
続けざまに足元やのどを容赦なく狙っていく。獣を一撃で仕止めるために、あるいは隙を生み出すために培ってきた、シェイラの研ぎ澄まされた剣。
自身でも速さが肝だと認識していたが、数合打ち合ってすぐに気付いた。
クローシェザードが容易く防いでしまうために、攻撃は全く届いていない。けれど。
――一撃が、重くなってる……!
獣の足音を聞き分ける優れた耳は、以前までの打撃音との明らかな差異を見つけ出していた。
今までは、どうしても一撃が軽かった。力で敵わないことは分かりきっているためスッパリ割りきり、手数を増やすことで欠点を補っているつもりだった。
だが、戦術を把握されてしまえば。シェイラの速度に目が慣れてしまえば。――――攻略は決して難しくないのだ。
現にアックス然り、セイリュウ然り、入学時に比べて試合に敗けることが増えてきていた。これ以上の成長がなければ騎士など夢のまた夢だと、自分自身理解していた。
打ち合いの最中、クローシェザードが僅かに片頬を上げる。シェイラの成長をはっきりと認めたようだった。
背後に回り込むことさえ許されず、単調に正面から攻撃するしかなかったシェイラは、何とか事態を打開する策はないかと思考を巡らせる。
――やっぱり無理やりにでも隙を作るのが一番だけど……。
クローシェザードがあまりに強すぎて、何を仕掛けても隙に繋がらない。
あれこれ考えることで隙を作ってしまったのは、むしろシェイラの方だ。僅かに鈍った剣先を見逃すクローシェザードではなかった。
ギィィィンッ
稽古場の端に、細剣が弾き飛ばされる。
肩で息をしながらしばらく見合っていたが、やがてゆっくりと頭を下げた。
「……ありがとうございました」
剣を拾い上げるシェイラに、クローシェザードが歩み寄る。
「クローシェザード先生、どうでした? ちょっとは強くなってたでしょ」
「自慢げにするな、馬鹿者。私の目論見が当たったにすぎない」
調子にのるシェイラをたしなめながらも、クローシェザードもどこか誇らしげだった。
「君は下半身に比べると、上半身の筋肉が薄かった。特に肩の力が弱かったために、雪かきは都合がよかったのだ。全身を鍛えることによって、筋肉の均整がとれた」
講釈を述べるクローシェザードに、シェイラは唇を尖らせた。そんなにすぐさま講義に移らなくてもいいのに。
「理論は分かりましたけど、頑張った弟子をちょっとは褒めてくれたっていいんじゃないですか?」
「君のように面倒な弟子をとった覚えは一切ない」
口では素っ気ないことを言いながらも、クローシェザードはシェイラの頭にポンと手を置いた。不慣れな手付きで髪を梳く指先を感じて、強要したくせについはにかんでしまう。
――うぅ、ホントに褒めてくれると思ってなかったから……。
頬の熱さを自覚して、隠すように俯く。クローシェザードが挙動不審さに気付くことはなかった。
シェイラが動悸を落ち着かせている間にも、彼は待ち構えていた友人達に稽古をつけていく。つぶさに観察していれば、コディの力が強くなっていると端から見ていても分かる。
圧巻はゼクスの成長ぶりだった。以前より腰が据わっているために、打ち込まれても下半身が全くぶれていない。彼はもう、雪かきの成果を疑うことはないだろう。
シェイラも剣を握り直して立ち上がる。
稽古はまだ、始まったばかりだ。