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食事情

 塩コショウののち、焼く。または手当たり次第ぶち込んで煮る。

 あまりの疲労で料理に手間暇がかけられず、そんな食事が何日か続いた。

 真っ先に逃げたのはヨルンヴェルナだ。

 研究が忙しいからと白々しい嘘をついて、今も学術塔に閉じ籠っている。

 大方、ご飯がないならお菓子を食べればいいとばかり、保存食代わりの焼き菓子でも摘まんでいるのだろう。実験に付き合わずに済み、助かっているので文句はないのだが。

 変化が訪れたのは、月の日にフェリクスの元を訪れてからだ。

 適当に作った食事を適当に食べていると話したところ、なぜか涙目になって生活の援助を申し出てくれたのだ。

 以来、シェイラ達の生活は飛躍的に向上した。食堂に保管されている食材も、全て彼が準備してくれたものだ。

「その御方は、シェイラの後見人でもあるんだよね。本当に、何から何まで頭が上がらないよ」

 夕方、雪かきでへとへとになりながら食堂に向かう道中、コディがしみじみと呟いた。

 フェリクスの名前は明かせないので、シェイラを学院に推薦したのはちょっとした知人だとぼかして説明してある。

「頭が上がらないのは、僕の方だと思うけど」

 どちらかといえば、感謝すべき立場にあるのはシェイラだ。不思議に思ってコテンと首を傾げる。

 コディは少し照れくさそうに目を細めた。

「その御方が推薦してくださったおかげで君は入学できたし、僕は君に出会えたんだ。感謝して当然だろう?」

「コディ……」

 じんとして、シェイラは黙り込んだ。疲れも吹き飛ぶような嬉しい言葉だ。

「僕もコディとゼクスに会えて、本当に幸せだよ。君達がいてくれるから、こうして頑張れるんだ」

 ほのぼの笑い合っていると、いつの間にか食堂に到着していた。細く立ち上る湯気と食欲をそそる匂いが、シェイラ達を出迎える。

「ただいま~」

「おかえりなさいませ、おじょ……シェイラ様、皆さま」

 厨房から笑顔で応えたのは、フェリクスの屋敷で働く、シェイラ専属メイドのルルだった。

 彼女が日参し厨房をまかなうようになったのも、フェリクスの援助の一つだ。

「ただいまルル。今日のご飯もおいしそうだね」

「お……シェイラ様、寒い中お疲れ様でした。本日の夕食はカボチャのポタージュと温野菜のサラダ、ラザニアになります」

 シェイラが後ろから鍋を覗き込むと、鮮やかなタンポポ色のスープを混ぜながらルルが微笑む。彼女はいまだに慣れないのか、『お嬢様』と呼びかけてはいつも言い直している。

「スープとパンはいつものように多めに作っておきましたよ」

「ありがとう。これだけあれば、明日のお昼まで持ちそうだね」

 手を洗いながら礼を言うと、ルルはやや不満げに頬を膨らませた。

「わたくし、シェイラ様のためでしたら、ここに常駐しても構いませんのに。できることなら三食出来立てのお食事をご用意したいです」

「女の子をこんなところで生活させる訳にはいかないよ。浴場も一つしかないし、君には不便をかけたくないんだ」

 女性にとって暮らしにくい環境であることは、シェイラが一番よく分かっている。健気にも役立とうとする彼女に、辛い思いはさせたくない。

 彼女一人に任せるのも悪いので、シェイラは目に付いた使用済みの調理器具を洗っていく。コディとゼクスも手を洗い、ルルの指示をあおぎながら手伝い始めた。

 にわかに活気づく厨房で、コディが口を開く。 

「ル、ルルさんは子爵家の令嬢なのに、料理から掃除から何でもできて、本当に凄いですね」

 意を決して、という内心が伝わってくるような、ぎこちない笑顔。ルルに話しかける彼からは、普段の穏やかさが感じられない。

「そうそう。僕だって、ルルが貴族のご令嬢だなんて知らなかったよ」

 彼女がコディ達に自己紹介をした時、初めて判明したことだった。

 行儀見習いのため貴族の子女が他家で働くという話は、シェイラも聞いたことがある。けれどルルはフェリクスの屋敷に就職したと言っていたので、まさか貴族とは思わなかったのだ。

「貴族といえど、我が家は末席を汚す身。一人娘であるわたくしが働きに出ることで、何とか暮らしていけるほどの貧しさなのです」

 儚げに微笑むルルに、なぜかコディが胸を押さえてうずくまった。体調が悪いなら座っていていいと促すも、大丈夫だと首を振るばかり。

 ――あれ? なんかコディって……。

 不自然な振る舞い、ぎこちない笑顔。それらを向けられるのがルルだけだということに、ピンとくるものがあった。

 シェイラは洗った器具を片付けると、使い物にならなくなったコディを厨房の隅へと引きずった。

「ねぇ君もしかして、ルルが好きなの?」

「直接的すぎるよシェイラ……」

 ズバリ直球で訊くと、コディは顔を真っ赤にさせながらも頷いた。

 やはり、と珍しく冴え渡った直感に得意顔をしていると、彼はうらめしげな視線を送ってきた。

「分かってると思うけど、くれぐれもルルさんには秘密でね」

「分かってるよ。僕もそこまでバカじゃないから」

 どれだけ信用していないのかと、同じような視線で返す。

「でも、それならそうと早く言ってくれればよかったのに。僕の立場なら、何か協力できることもあると思うよ?」

 穏やかな二人ならお似合いだ。誠実な彼がルルを泣かせるようなこともないだろうし、反対する理由がない。

「何度か、言おうとはしたんだけど……」

 なかなか打ち明ける機会がなかったと話しながらも、コディは決然と顔を上げた。

「でも、気付いたんだ。協力してもらえるのはありがたいけど、自分で頑張らなきゃ意味がないんだって。だから、応援してもらえるだけで十分だよ」

「コディ……」

 再び感動しかけたシェイラだったが。

「あの、どうかなさいましたか?」

「キャー! ル、ルルさん!」

 心配で近付いていたルルに、コディが文字通り飛び上がった。

「……………………キャーって」

 乙女のような奇声に、シェイラは何だか泣けてきた。意中の相手には絶対見せたくない、あまりに格好悪い姿だ。

「お、お話し中に申し訳ございませんでした。お食事が完成いたしましたので……」

「わぁ。じゃあ熱い内に食べようか。あ、コディのことは全然気にしないでいいから」

 シェイラはルルの肩を抱き、燃え尽きた友人の(しかばね)を放置して歩き出した。

「もちろん、ルルも一緒に食べるよね?」

 始めの内は、主人と食卓を共にするなんてと固辞していたルルだったが、一緒に食べたいと懇願することでようやく頷いてくれた。

「シェイラ様とお食事ができるなんて、何だか夢のようです」

「僕も、ルルと一緒に食べていると楽しいよ」

 シェイラは手伝いを再開し、盛り付けられた料理を運び始める。すれ違う際、コディがやけに鬼気迫る表情でシェイラの肩を掴んだ。

「わ、何?」

「シェイラ、君達とっても仲がいいようだけど……この先も、そういう関係にはならないよね?」

「…………」

 シェイラの視線から一気に温度が失われた。

 駄目だ。本格的に駄目の上塗りだ。

 ――そういえば、イザークさんもかなり腑抜けてたよね……。

 研修中、鍛練に身が入らずボンヤリしていたイザークに理由を問うと、天使に出会ってしまったのだと本気の目で語っていた。

 恋とは、ヒトを駄目にするものなのかもしれない。恐ろしい。

 シェイラは何とか鳥肌を治めると、食事の準備を終える。すると突然、背後に不穏な気配が立った。

「――――いい匂いがする」

「うわ、ヨルンヴェルナ先生っ。近いですっ」

 久しぶりに姿を現したのは、艶っぽく微笑むヨルンヴェルナだった。

「いやだなぁ。君と僕が親密な関係であることは、厳然たる事実じゃないか」

「精神じゃなくて物理の話です。というか、親密ですらないですし」

 挨拶代わりの軽口にどっと疲れる。

 ヨルンヴェルナは並べられた料理を一通り眺めると、一層笑みを深めた。

「うん。久しぶりに食事らしい匂いを堪能できた気がするよ」

「……先日は、食べ物とは思えない料理を提供してしまい、申し訳ございませんでしたね」

 女子力にも問題はあるかもしれないが、シェイラ達だって必死だった。そこまで言うなら自分で料理をしてほしいものだ。

「それにしても、出来上がった頃合いを見計らってくるなんて、物凄い嗅覚ですね」

 しかも準備も万端に整って、あとは食べるだけという状態になってから。

 貴族の彼が配膳を手伝うとも思えないが、おいしい所取りな気がしてならない。

 半眼で見つめるシェイラに、ヨルンヴェルナはぐっと顔を近付けた。

「つれないね。愛しい君に会いに来たというのに」

 その言葉にギクリとさせられる。彼はおそらく、実験に付き合えと言っているのだ。

「ぼ、僕がヨルンヴェルナ先生の命令を聞く義理なんて、ありませんからね。先生だって約束破ってるんですから」

「約束?」

「冬休み中の食事は何とかしてくれる、って言ってたのに」

 結局苦労したのはシェイラ達だし、それを解消してくれたのはフェリクスだった。今さら終わったことを責めるつもりはないが、こちらの正統性は主張しておきたい。

 ヨルンヴェルナは腕を組みながら、何てことなさそうに肩をすくめた。

「あぁ、そのこと。一応、この間まで食材を手配していたのは僕なのだけれど」

「だとしても、どうにもならなかったでしょう? 助けてくれたのは僕の後見人です」

「じゃあ聞くけれど。僕または僕が手配した料理人の作った食事なんて、食べてみたいと思うかい?」

「うっ」

 質問で返され、シェイラはあっさり怯んだ。

 ヨルンヴェルナが手を加えた料理。まず何かが混入されていることを疑ってしまうだろう。ただでさえ精神的にも肉体的にも辛い状況で、食事中まで神経を尖らせていたくない。

 食材を手配するだけに(とど)まっていたのが彼なりの気遣いだったなんて、知りたくなかった。

 シェイラが敗北を悟ったタイミングで、ゼクスがクローシェザードを連れて戻ってきた。

 いつの間にかルルがヨルンヴェルナの食事も用意していて、すぐに夕食が始まる。

 コディとゼクス、ルル。ヨルンヴェルナ、そしてクローシェザード。

 そこにシェイラも加わり、食卓を囲む。

 ……酷く不恰好だけれど、この温かさは、家族の団らんにどこか似ていて。

「いただきます」

 おいしい料理に、シェイラの心も和んでいく。


 今日の夕食はヨルンヴェルナがいるからか、いつもより騒がしい食卓となった。



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