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冬のはじまり

新章です。


ようやく異世界恋愛ジャンルを

名乗れるかもしれません(^_^;)


 冬の薬店は、常連客の姿もなく静かだった。

 暖炉には赤々と燃える炎が揺れ、時折薪がパチリと爆ぜる。分厚い粗悪な硝子窓は、外気との温度差にすっかり曇っていた。


『父さん 母さんへ


 お元気ですか?

 王都では最近、雪がスゴく降っています。

 もうそっちは沢山積もってるでしょうね。

 もしかしたら、この手紙も雪が解け始める春にようやく、届いてるのかもしれません。

 風邪などひいてませんか? 村のみんなは元気ですか?

 修行のために、そちらに顔を出すことができなくて残念に思ってます。

 リィナとハンスの子どもは、そろそろ生後三ヶ月になりますね。

 しばらく顔を見に行けないこと、謝っといてもらえると助かります。

 王都でいい感じの出産祝いを買っていくつもりです。

 ところで、前回の手紙で聞いた件、どうなってますか?

 できれば早いとこ、結論を聞いときたいです――――』


「……センス皆無ね~」

 背後から聞こえた声に、シェイラは素早く便箋を隠した。

「ちょっとエイミーさん、見ないでくださいよ」

 ばつが悪くなって拗ねた声を上げると、薬店の店長⋅エイミーは、いつもと変わらぬ美しさでいたずらっぽく微笑んだ。

「こんなところで書いていれば、見られても仕方ないわよ」

「あ、そうですよね。すいません、仕事中でした」

 慌てて片付けようとするシェイラの傍らに、湯気の立つ薬草茶が置かれた。

「いいのよ。便箋をあげたのは私だし、今はお客さんもいないしね」

 自分の分の薬草茶を片手に、エイミーはシェイラの向かいに座る。

 エイミー薬店で働くのも、もうすっかり慣れた。

 変装もお手のもので、むしろ黒髪のカツラと野暮ったい黒縁眼鏡より、幼女すら当たり前に着こなすスカートが一番馴染めなかったくらいだ。

「シェイラちゃんたら、可哀想なくらい文才がないのね。敬語が下手すぎるし、そもそも書き出しから知性を感じられないわ。せめて『親愛なる』くらいは付け足したらどう?」

 細かい内容まで目を通していないだろうが、それでも酷いと分かる程度には絶望的らしい。

 大げさに嘆くエイミーに、シェイラはますます頬を膨らませた。

「手紙ってあんまり書かないから、苦手なんですよ。変に緊張して、つい敬語になっちゃうし」

 家族に対して敬語を使うのも馬鹿らしい話だが、普段の口調を書き記してみてもいまいち違和感が拭えず、直した結果がこれなのだ。文才がないと言われればそれまでだった。

「突然便箋が欲しいなんて言うから一体どうしたのかと思えば、ご両親へのお手紙なのね。恋文かと期待しちゃったわ」

「私と恋文なんて、この世で一番対極にある言葉じゃないですかね」

 つまらなそうに肩をすくめるエイミーはどこまで恋愛脳なのかと、いっそ感心するほどだ。

 その女子力の欠片でもあれば、シェイラも幼馴染みのように、可愛い赤ん坊に恵まれていたかもしれない。

 恋文で想いを打ち明けるより、より大きな獲物を狩って求愛したいと考えるシェイラの女子力が向上する日は、果たして来るのだろうか。

 しんしんと降る雪のせいだろうか、少し感傷的な気分で遠い目をしていると、エイミーが微笑んだ。

「そういえば、働き始めた時に比べて随分字が上手になったのね」

「あ、気付いちゃいました?」

 一つ褒められただけで、シェイラはコロリと機嫌をよくした。

「エヘヘ、実は自分でもそう思ってたんです。学院に通い始めた頃は読めないって散々怒られてたから、これでも大分進歩したんですよ」

 何度か手紙を送っているが、回数を重ねるごとに成長しているはずだ。両親もさぞ驚いていることだろう。

「もちろん、ここで働いているおかげもありますよ。処方箋を延々書かされましたからね」

「あら。成長の一助になれたのなら何よりだわ」

「……過酷な労働環境というイヤミを込めたつもりなんですけど」

 シェイラの嘆きを、エイミーは華麗に黙殺した。

「いつもシェイラちゃんには助けられてるもの。お客さんのいない今くらい、自由にしてちょうだい。私に構わず手紙の続きを書いていいのよ」

「…………」

 優しい雇用主ぶっているが、この間までの地獄のような忙しさは忘れられない。二人では到底回せない仕事量だったのだ。

 シェイラは恨みがましい視線を送りながらも、テーブルの上を片付けた。

「いえ、やっぱり仕事中はよくないですし、続きは寮でやります」

 エイミーが淹れた薬草茶を飲みながら、窓の向こうを見る。外はまた雪がちらついていた。

「それにしても、お客さん全然来ませんね」

 冬の一の月に入ると、今までの忙しさが嘘のように客足が途絶えた。

 始めの内は仕事が楽になったことを喜んだが、流石にいつまでも続けば暇を持て余してしまう。

 エイミーもシェイラと似たような表情で、物憂げなため息をつく。

「冬になると採取できる薬草がどうしても少なくなっちゃうし、そもそも薬効自体、時期のものに比べると劣ってしまうのよね」

「成分が弱いから、体の弱い人にも使えるって利点はありますけどね」

 薬草の品揃えが少なくなってしまうので、どうしたって売り上げが落ちてしまう。わざわざ吹雪の中遊びに来る常連客もいない。薬店にとって、冬は閑散期なのだ。

「これなら、冬の間は私が出勤する必要もなさそうですね」

 修行以外にも何かと忙しくなりそうなので、休みをもらえるのは正直ありがたい。

 シェイラが一人頷いていると、エイミーが心外そうに目を見開いた。

「とんでもない! お客の少ない時期だからこそ、できることだってあるでしょう?」

 いつにない勢いに、猛烈に嫌な予感がわき上がった。彼女のやたら輝く瞳を見ていると、うなじがチリチリと熱い。

 エイミーがおもむろに立ち上がる。

「という訳で以前から構想を練っていた、薬草茶を販売してガッポリ荒稼ぎしまくる計画、今こそ始動するべきだと思うの!」

「えげつない本音が駄々漏れだぁ……」

 拍手を求める圧を感じて、シェイラは機械的に手を動かす。心の中は、『やっぱり』という思いで一杯だった。

 そしてあらかじめ用意していた言葉を口にする。

「……えっと、商売に関しては、私の友人にも聞いてみないと。誰より早く薬草茶に目を付けたのは彼ですし」

 以前ゼクスの名を持ち出したのは言い訳のためだったが、商売のいろはを知らないシェイラは、本気で友人に仲介を頼む予定だった。

「確か、ガーラント家の子だったわよね。じゃあ、販路の確保や業務拡大、大量生産については任せられるかしら」

「そんな大量になんて作れませんよ。私の一存では製法の公開もできませんし。村長にお伺いを立ててほしいって両親に伝えてあるので、もう少し返事を待ってくれますか?」

「あら、手回しがいいのね」

「こうなる予感はしてましたから」

 手紙に催促する内容を付け加えておいて本当によかった、とシェイラは安堵する。

 エイミーの情熱は本物だ。いつまでも逃げられる訳がないと思っていた。それにシェイラ自身も、薬草茶普及の有用性を感じていた。

 王都には、慢性的に体を患っている者が多い。

 常連客以外の大半は地方から出稼ぎに来ている者なので、故郷の家族を思って体を酷使するせいもあるのだろう。みな一様に顔色が悪く、病気の種を幾つも内包しているように見える。薬店で働くようになり、シェイラはそれを肌で感じていた。

 ――原因は、多分基礎体温の低さにあるんだ。

 デナン村には、未病という考え方があった。

 病気ではないけれど、健康とも言えない状態にあることを指す言葉だ。

 疲れやすい、体が重い。よく眠れない、翌朝になっても疲れがとれない。これはもう、病気の始まりなのだ。

 基礎体温が下がると代謝も低下し、体の免疫機能も衰える。常にそんな状態だから、色んな病気にかかりやすくなってしまう。

 薬草茶は、何かを劇的に治すものではない。

 けれど飲用を続けることで、体を内側から元気にできる。

 例えばコディの胃弱が改善されたように、何かできることがあるかもしれない。街の人々を見ている内に、シェイラはそう思うようになっていた。

 ――薬草茶を広めることで、誰かの助けになれるかもしれない。

 とはいえ。

 働きながら薬草茶を作り、勉強して、修行して、おまけにヨルンヴェルナの実験にも駆り出される。

 冬休みの三ヶ月間、果たしてゆっくり休む暇はあるのだろうか。

 みんなの健康のために、という決心が揺らぎそうな疲労感が襲ってきて、シェイラは乾いた笑みを浮かべた。



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