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男装少女は騎士を目指す! 作者:浅名ゆうな

第一章

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始まり

 野生動物がうろつく自然そのままの山に、茂みを掻き分け鹿を追う一人の少女がいた。
 山を駆け回ることに慣れた体はすらりと細く、獲物を見定める眼差しは凛と厳しい。
 幾何学模様に染め上げられた膝丈の上衣を腰ひもで結び、下履きは皮をなめした長靴に入れ込んでいる。頭には、赤と白に染め分けられた尾羽が幾つも刺さった帽子を被っていて、これには山の恵みを分けていただくことへの感謝が込められている。狩猟時の儀式的な帽子だ。
 素早い身のこなしで追い詰めた牡鹿の角に、錘のぶら下がった鎖を投げつける。勢いそのままに、遠心力でぐるぐると巻き付いた。
 鎖から逃れようともがく牡鹿に対し、少女は揃えた指をピッと差し向けた。

「――――風の精霊よ!」

 鋭い声音に応えるように、立派な角を中心につむじ風が突如として巻き起こる。驚いた牡鹿はいななき、棹立ちになった。そこをすかさず狙い、手に馴染んだ弓矢を放つ。見事眉間を撃ち抜き、たった一撃で牡鹿を仕留めた。
「――――よし!」
 スムーズに狩りを終え、シェイラ⋅ダナウは笑顔で額の汗を拭った。無造作にくくられた赤毛が、馬の尻尾のように宙を舞う。
 シェイラの体ほどもある大きな牡鹿の傍らに跪くと、額にこぶしを当てて感謝の祈りを捧げる。弓矢を置き、素早く短刀を取り出した。鹿肉に臭みが出ないよう、その場で血抜きを済ませるのが村での常識だった。血の匂いを嗅ぎ付けて新たな獣が出現したら御の字、という豪快な考えが根付いているのだ。
 王都を離れた山奥に、小さな小さな集落がポツリと存在した。それがシェイラの住まうデナン村だ。
 あまりに人里から離れているために、自給自足が当たり前。むしろその存在を同国の民が認識しているかさえ分からぬほど、ひなびた村だった。
 村人たちは排他的ではあるものの穏和な人柄で、いつも助け合って暮らしていた。そんなのどかな村内で、シェイラは頭抜けて活発だった。
 子どもの頃から野山を駆け回り、木登りで服をボロボロにするのはしょっちゅうだった。女は幼い時分から刺繍を習い、服を縫い上げることができたら一人前と見なされるのだが、滝壺に飛び込んだり、泥だらけになって遊ぶ方が好きだった。
 年頃に成長し、同世代の女の子達が恋の話を楽しむようになっても、シェイラは女らしさとは縁遠い日々を過ごしていた。
 彼女がそんな成長を遂げた原因は、父親にもあった。
 山での狩りのやり方や素材の採集方法など、あらゆる男の仕事を幼少から教え込んでしまったのだ。何にでも興味をもち、好奇心で目をキラキラさせる一人娘が可愛くて仕方なかったとはいえ、その責任は重い。
 本来なら10代前半で許嫁が決まり、15歳の成人の儀と同時に結婚するのが一般的であるのに、15歳になった今でもシェイラには求婚の一つも舞い込まない。
 そう、彼女は完全に嫁き遅れてしまったのだ。
 けれどシェイラは落ち込まない。恋を夢見るより、素敵な夢を見つけてしまっていたからだ。

「どうせ結婚できないなら、私、山を下りて騎士になりたい」

 彼女がとてつもない爆弾を落とした瞬間、いつもの朝食風景が凍り付いた。
「………………なっ、何を言っちゃってるの、うちの可愛い子は」
「ごめん、聞こえなかった?あのね、私は騎士になりたいですって言ったの」
「いやそういう意味じゃなくて」
 娘を溺愛している父⋅ヒューイでさえ流石に首を振る。その隣で母も頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「シェイラ……あんたがしてるのはただの現実逃避よ。子どもの頃から、ちゃんと私の言うこと聞いて裁縫の練習をしておけばよかったの。今のあんたが男の子に敬遠されてるのは、今まで好き勝手してきたツケが回ってきただけなのよ」
 天を仰いで「あぁ。せっかく可愛く産んであげたのに……」と嘆く母⋅タニアに、シェイラはこてりと首を傾げた。
「別に敬遠されてないよ?いつもみんなで一緒に遊んでるし」
「友達としてはね。いいヤツなんだけど、どうしても女とは思えないから嫁にはちょっと……って、あんたの幼馴染み達はみんな思ってるのよ」
「え、スゴいお母さん!あの場にいなかったのに何で知ってるの?」
「――――あぁ。ハッキリ本人に宣言しちゃうほどナイのね……」
 お小言を言い飽きた母が遠い目になる。タニアの言葉の半分以上も理解できず、シェイラは反対側に首を傾げた。
「僕はアリだと思うけれどね」
 シェイラに加勢したのは、3歳違いの兄、フェリクスだった。
 透き通るような艶のある銀髪に、淡いグレーの瞳。端整な顔立ちも丁寧な物腰も、妹とは似ても似つかない。フェリクスは、常に口元に湛えた笑みを、今は苦笑に変えていた。
「どう考えたって、村の男達にシェイラを御せるわけがないからね。この子の魅力が分からないような奴にあげるつもりもないし。僕が結婚できるなら一番よかったけれど、兄弟だからそうもいかないのが本当に残念だよ」
「って、こんなじゃじゃ馬と結婚なんてしたがる人がいるわけないでしょう。妹だから可愛く思うのは分かるけど」
 フェリクスは不思議そうに、こてりと首を傾げた。そんな仕草だけはよく似た兄弟だった。
「そうかな?僕はシェイラの、規定の枠に収まりきらないところも、獣のように本能で動くところも、とても魅力的だと思うよ」
「ありがとう、兄さん」
「シェイラ、全然褒められちゃいないからな?」
 背中を押してくれる兄の優しさに顔を綻ばせていると、ヒューイが申し訳なさそうにツッコんだ。
 シェイラは特に頓着せずに小麦粉で薄く伸ばした硬いパンを口に運ぶ。そんな姿を見て、『駄目だこりゃ』と言わんばかりに、両親が揃って頭を抱えた。
 場の空気を塗り替えるように、フェリクスがニッコリ微笑んだ。
「とにかく、僕はシェイラの王都行き、賛成だよ。色々協力もできると思うしね」
 その言葉を聞いて、明らかにタニアの雰囲気が変わった。誤魔化しは許さないとばかり、鋭い視線をフェリクスに向ける。
「…………あんたには、アテがあるってわけね?」
 村で親しまれている薬草茶を優雅に口へ運びながら、兄は意味深に微笑む。
「まずは騎士を育成する学院に行かなきゃいけないね。確か専門コースに別れるのは15歳の春からだったはずだから、中途入学で今からでも何とかなると思う。入学時から三年分の勉強を突貫で詰め込む必要はあるけれど」
 村人の兄がなぜ王都にアテがあるのか、都会の学園になぜ詳しいのか。シェイラには分からないが、とりあえず昨日狩った鹿肉の塩焼きを口一杯に頬張った。ヒューイはもはや言葉もなくのんきな娘を見つめる。
 父娘を置き去りに、緊迫した会話が続く。
「シェイラを野放しにしない?」
「もちろん。可愛い妹を手放すつもりなんて毛頭ないよ」
「まぁ、フェリクスの溺愛っぷりは身に染みて知ってるから、その辺は心配してないけど。ていうか、そもそもこの子はあんたのものじゃないからね」
 常識の通用しない我が子達に、タニアが疲れきったため息を吐き出した。娘だけじゃなく、一見非の打ち所がなさそうな息子も十分問題児だと、彼女はよく分かっているのだ。
 タニアは潔く、また決断も早かった。目を瞑って黙り込み、しばらく後には覚悟を決めて顔を上げた。
「……分かった。フェリクスのこと、信用するわ」
「母さん!?何を言ってるんだ!?」
 まさか賛成するとは思っていなかったヒューイが仰天して立ち上がる。けれどタニアの瞳は冷静で、小揺るぎもしなかった。
「この子は女の子なんだぞ!?騎士だなんて、普通あり得ないだろう!どうして……」
「普通じゃない子達なんだから、もう仕方ないでしょう。それに反対するならあなた、今すぐシェイラの嫁ぎ先、見つけて来れる?」
「……………………………………」
 父は、絶望しきって項垂れた。

 ――――こうしてシェイラの進路は、まさかの嫁ぎ先ナシという決まり手で決着がついたのだった。

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