86.十蒼希の現状Ⅳ
「先程は説明しませんでしたが、聖剣は守護宝石を填め込むことで、その真価を発揮します」
「なんか想像していたよりもファンタジーだなぁ」
のんきな感想を口にするが、問題はそこではない。
「オリジンはその聖剣と守護宝石を狙っていたんだろう!? まして―――」
世界単位のエネルギーを持つという魔石と、それを御する聖剣。実際振るわれればどれほどの力が放たれるかは想像もつかない。問題はオリジン自体がそれを目的に南下していたという点と、それを扱えるのがこの世界にとって要である存在であったことだ。
通常、戦いにおいて王が最前線に出るなどありえないことだ。
……そういえば、物語みたいなことを成し遂げた連中の筆頭だったな。
だが、やはり悪手だろう。
「わかってはいた、その選択は死地に赴くことを意味すると。あいつら自身も、な。あの場合はアーインスキアとの戦いとは話の次元が異なる。
―――それでも、あいつらは行った」
「……何故?」
「全員がオリジンの危険性を肌で感じていたからだ、通常の魔物とは違うとな。そして、俺の予測が拍車をかけたのだろうな……」
「予測?」
「異なる選択をした場合のその先、のだ。選択としては、オリジンから逃走する、もしくは守護宝石を放棄し、与えてしまうというもの。
だが、前者は逃走を続けて、オリジンの瘴気に蝕まれる場所が増えていく。最終的には人が―――否、まともな生物が生きる世界ではなくなるだろう。後者もそれでオリジンがとまる保証など無い。むしろ、力を取り戻し、脅威が増すだけだ。
―――そうしてこの世界を自らの色に染め上げた奴はその後、どうすると思う?」
「どうするって……」
問われ、考えてみるがすぐには浮かばない。なにせ、魔物の行動原理など知らない。
だから、勿体つけずに話を続けろ、と促すように肩をすくめて見せた。
「これはあくまで想像の上での話だが。
おそらくオリジンはこの世界を飛び出し、他の世界へと侵攻を開始する。ここと同じように現地の『力』を求めてな」
「―――!?」
「奴の最終的な目的が何であったかは今となっては知る由もないが、そこに至るまでに喰われるモノがどういう結末を迎えるかは容易に想像がつく」
『伝聞だけの判断になるが、レイア様らが力及ばない時点で、六つの魔属世界に勝ち目は無い。アーインスキアもまた然りだ。残りの二つに関してはわからんが……』
「無理だね」
バハムートとネインの言葉に、俺が何かを返す、その前に凜が介入する。
首を横に振りながら言った彼女は、
「マザーの方の最近の事情は詳しく把握してないけど、データベースを見る限り二年前のマザーじゃ、そのアルテミリアが失敗してる時点で主要国家が集結しても微妙。
マジーアはろくに情報公開されていないから断定はできないけど、ノードゥスに流れてる技術の数十年先のレベルのものは隠し持ってると思う。……だけど、話を聞く限り、物理法則とかそういうの無視するような相手だしどうにもならないと思うよ」
当時は俺もただの一般人でそのあたり詳しくは無かったので、凜が言う方が正しいだろう。
要約するならば。
完全覚醒していない状態のオリジンを、レイア王たちが討たなければ、そこで文字通り全世界が終焉を迎える可能性があった、と。
「そんなの、退ける訳が無い……か」
お前らがやらなきゃ世界が滅びる、などという重圧からそう簡単に逃げられるものか。
……否、逃げられたとしても、その選択はしなかったんだろうな。
そこで逃げるのであれば、今この世界はオリジンに支配されているどころか、アーインスキアとの戦争が継続されているはずだ。
しかし、ここで以前にも出てきた疑問が生じる。
事実として、世界はオリジンの支配下に置かれてはいない。つまり、レイア王たちは勝利、もしくは相打ちという結果を迎えたはずだ。戦闘において、無傷ということは無いだろうから、負傷した、または志望ということになる。
だが、エミリアは『療養中』という情報は隠蔽のための誤情報だとし、実際には行方不明だといったのだ。何か、話がかみ合わない。
「―――結局、オリジンには勝てたんだろう? そこから何で十蒼希が行方不明なんて状況になるんだ」
そして、返ってきた答えは俺の予想に反していた。
「……レイア様たちは勝てなかったのです」
●●●
「―――え?」
「勝てなかったのですよ、凜ちゃん」
こちらの疑問の声に、エミリアが何とも言えない表情で再度告げてきた。
前蒼王たちはオリジンには勝てなかった。それは、つまり―――、
「いや、待て待て! それじゃあ辻褄が合わない!」
確かに、そうだ。
前蒼王たちの安否はともかく、勝てなかったのであれば、それこそ先程バハムートが述べたとおりすべての世界が何らかの影響下におかれているはずだ。
「何か、あったんだね?」
問いに、エミリアが頷いた。
「というよりは、勝てもせず、しかし負けもしなかったという方が正しいでしょうか。膠着状態が続いたのです」
「それじゃ、王様の聖剣でもオリジンに有効な攻撃はできなかったの?」
「ええ、残念ながら。多くの傷は与えたようでしたが、どれもアルテミリアと同等か、それより少し上程度のものでした」
戦略兵器レベルの魔法よりも強い攻撃を、個人が白兵戦で出せることも信じられない事実なんだけど、と思いつつも口には出さない。
「遠目で見た限り、人が出せる最大出力ではあったと思うのだがな。あの二対の剣が元々人の身で使うことを前提に造られていなかったのが災いした。否、人しかいなかったこと、と言うべきか。制限機構を解除できていれば、あるいはオリジンを貫くこともできたかもしれん」
色々ツッコミたいこと連発してくるなーと思うが、今は話を進めようとも思う。
「計画が失敗して―――虎の子の聖剣も駄目で。それからどうしたの? まさか、神様が出てきて倒してくれた、なんて言わないよね?」
それこそとんでも展開だが、エミリアが否定する。
「少し戻しますね。先程は膠着状態に陥ったと言いましたが力を放出している分、レイア様とアギトさんの消耗が激しく、徐々に押し込まれていきました―――」
前蒼王と弟のアギトを軸に、ユーシス公とジークフリート公がサポートする形を取っていたらしい。
「そして、状況を見かねて飛び出した方々がいらっしゃったのです。それが、他の十蒼希や協力者の方々でした」
「協力者?」
「はい。民間の方や―――十蒼希以外の四大の方が」
「……なるほど、そういうこと」
一つ、以前から疑問があった。
自分は純一とは違い、この世界、しかもラインベルニカでの在住が長い。それ故に、異世界人の中ではある程度この世界の一般常識を心得ているつもりだ。
だから、不思議に思っていたことがある。
この事件が起きてから、十蒼希の状況はまさに今説明を受けていた。しかし、十蒼希で王族や四大であるのは、前蒼王、アギト殿下、王妃のリナ殿下、第一貴族のユーシス公、第三帰属のジークフリート公、そしてシエル公の六名だ。
彼らは皆、エミリアと同じ現役世代の人間であったわけだが、そこで今回の騒動において登場していない四大がいる。
それが、第二貴族―――レガリア『美』を司る者たちだ。
しかし、美は戦闘向きではなかったはずだ。
「私たちも止めはしたのですが……」
止められなかったと。命の危険があるのにかかわらず向かったのだ。何かしらの譲れないものがあったのだろう。
「ここから先のことは事前の打ち合わせなしで、私たちは遠目に見ていることしかできなかったため、状況判断からのお話になりますが―――」
と、念押しされる。
「オリジンに対峙されていた皆さんのうち、魔法に長けた方々がオリジンを拘束し、レイア様とアギトさんがそれぞれの聖剣をオリジンから少し離れた位置に投げつけました。
その後、彼らはとある魔法を使用したのです」
「それは?」
「空間転移魔法―――それも世界間を移動する魔法です」
……え?
災厄を、他所に移す。
だが、十蒼希たちはそうならないように戦っていたはずだが。
その考えを見越したように、エミリアは言葉を作る。
「お二人は世界と世界の間に何があるか知っていますか?」
問われ、横の純一は頭の上にはてなマークが出てるような顔をしている。
自分は―――知っている。あくまで知識としてだが。
「虚無空間、あらゆるものの存在が許されない空間……。そこに、オリジンを落とそうとしたんだ?」
「オリジンの瘴気ごしに伝わる魔力と目視によると、だがな」
「本来は虚無空間に落ちる方法など限られているのですが、そこはジークフリートさんが調べていたみたいですね」
エミリアの言うとおりだ。というより、虚無空間に転移する方法ははっきりしていないと言った方が正しい。なにしろ、歴史的に見て、故意に行こうとした者はおそらくいない。居たとしても、虚無空間に落ちた場合、どういう結末を迎えるかはわからないのだ。一説では、存在を維持できなくなり消滅するとか言われているが、それが正しいという証拠は今のところ無い。
世界間転移を失敗するとそこに落とされるらしいが、そもそもあの魔法を失敗するということも聞いた事が無い。簡単なわけではないが、元々複数人で行うために基本的に成功するからだ。
「レイア、アギト、ユーシス、ジークフリートは消耗が激しかったが、それを他の者が補う形で発動させた。拘束されていたオリジンは虚無空間に送られ、世界に平和が戻った―――なら良かったんだがな」
「オリジンは最後の抵抗として、周囲にあるものを魔法拘束したのです。それはレイア様たちに限らず、土や草など見境無しでした。幸い、二つの聖剣は難を逃れましたが……」
「前蒼王たちはオリジンに対する転移魔法に巻き込まれてしまった―――これで合ってる?」
「そんな……」
純一が言葉をこぼす。
それはもう、絶望的だ。
『しかし、希望はある』
「希望?」
虚無空間に落ちて、希望などあるのだろうか。
『オリジン転移後、二つの聖剣は残されたわけだが……そこに嵌められている守護宝石は火、水、風、土の四つだけだ。実はある理由で光と闇の守護宝石はレイア様とアギト様が直接持っていてな。つまりはその二つだけ転移に巻き込まれたわけだが―――』
「……それ、大丈夫なのか?」
否、前蒼王たちが巻き込まれた時点で大丈夫じゃないよ、とツッコミを入れる。
『守護宝石同士は、互いの場所はともかく、存在自体の有無はわかるらしい』
「……そうか、守護宝石に―――神子に聞いたんだ?」
『そうだ。もし、虚無空間に落ちたならば、守護宝石とてどうなるかは定かではないが―――曰く、消えたという感覚ではないらしい』
「ということは……」
「はい。転移中に何かしらの対処をして、何処か別の世界に脱出した可能性が高いと、信じています」
『信じています』というのは、あくまで希望であることの証拠だ。
しかし、魔法の天才といわれたジークフリートがいるのならば、あながち非現実的な話ではないのかもしれない。
「その後は皆さんのご存知のとおりです。急遽、レイア様とリナ様のご子息であるライナー様が即位され、祖母であるミレイナ様が補佐に就かれました」
「そして、王都の改修とか西部の統治とか、いろいろな問題が停滞したんだね。それに世界間転移の封鎖とかも」
「そのとおりです。
ちなみに純一さんも気になっていると思うのですが、十蒼希で唯一所在が確認できている方がいらっしゃいます、二年前の話になってしまいますが」
「……うちの社長か」
「ああ、そうだった。浩二とは、俺がこっちに転移する前に向こうで会ってるんだ」
「浩二さんは第一攻撃作戦のあと、『持ってこれるものを全部持ってくる』と仰って、一度マザー・イニーツィオに帰還されたのです」
その後は世界間転移ができなくなり、社長もこちらに来れなくなるどころか、状況の確認もできないままだろう。
「……だからあいつ。転移前に会った時、心ここにあらず、みたいな顔していたんだな……」
純一の呟きにエミリアたちの頷くのを見て、凜は端末の画面に視線を落とした。そこにはとあるレポートが表示されている。先程から探していたそのレポートの題名は『オリジン事件の結末』。書かれているものとしては、今しがたまで聞いたことを客観的にみたもののようだ。
そして、最後にはこう書かれていた。
-行方不明者:最重要人物-
敬称略
・レイア・アジュア・レーベンケーニッヒ
・アギト・アジュア・レーベンケーニッヒ
・リナ・ウリュー・レーベンケーニッヒ
・ユーシス・ウリュー・エンデシルト
・フェリシア・ディーテ・アイオルト
・ルナ・ディーテ・アイオルト
・ジン・ディーテ・アイオルト
・ジークフリート・マジル・ノーライト
・シエル・マジル・ノーライト
・神崎 烈
・ロザミア・ノーライト
・ラルファス・ハルロッド
・ニーア・ガルネシア




