85.十蒼希の現状Ⅲ
「それでは、ちょっと話が逸れてしまったので戻しますね。
私たちは、当時とある事情で遠征中だった十蒼希の主力メンバーを呼び戻し、オリジン討伐策を講ずることになったのですが、こちらにあまり時間はありませんでした」
「そんなに移動速度が速かったのか? というか、竜なら飛ぶ可能性もあるか……」
竜の種類など詳しくは知らないが、少なくとも俺の隣にいる現役ドラゴン様は、人間と比べて圧倒的に巨大なその体に翼を有し、高速飛行が可能な事は既に今朝の時点で目にしている。
だが、俺の懸念をバハムートが否定する。
「否、確かに奴は翼を有してはいたが、それは大昔に神王によってもがれている。しかし、問題は他にあった」
「――あ。純一、これ見て」
会話に割り込んできた凜が、持っていた端末の画面がこちらによく見えるように身体ごとこちら側に寄せてきた。
そのまま画面を指で操作し、とある映像ファイルをタッチする。
「今しがたラインベルニカにある機密サーバーにアクセスして探してきたやつなんだけど」
あまりよろしく無いワードが出てきた気がしたのだが?
「……それ、大丈夫なやつか?」
「うーん、アクセス権持って無いから強引にセキュリティ突破したんだけど、バレないように処理したし――まぁ、事後承諾?」
何で最後疑問系なんだよ。
見れば、エミリアとバハムートは顔を背けてあさっての方向を見ているし、ネインはそのまま知らぬ顔で歩きを進めている。
……というかこれ、俺の監督責任に問われるとか無いよなー!?
そんなことを思い、激しい不安に駆られ始めた俺を他所に、凜は動画を再生させる。
映し出されたのは、何処かの風景だった。
大きな山々と広大な草原、大森林などが遠く映っている。ここまでのものは日本ではお目にかかれないだろう。
そして、そんな風景よりも目を引くものが画面にはあった。
画面中央、黒い物体だ。遠近法の関係もあり、一概に断ずる事はできないが、その物体の足元とも言える場所にある木々などの大きさから想定して、大型――なんてものではない。
「画質の荒さからしてうちの望遠カメラで撮影された物だと思うんだけど、隅の日付のほう見て」
言われて見てみれば、表記は15/12/2010となっている。
それが示すのは、
「それじゃ、これがオリジンか……」
確かに、この大きさであれば、一歩歩を進めるだけで相当の距離になる。
そして、新たに気づく事があった。
オリジンの周囲、何か黒い霧のようなものが発生している。
「これは……?」
すぐ隣に居る凜にすら聞こえない、口の動きだけの呟きに、反応する声があった。
それは脳内に響く声で、
『――《観測者》から主に事象の予測を提示します。これはあくまで推定となりますが、主が認識した黒の霧状の事象は、《個体名:オリジン》から漏れ出した、または故意に発生させた超高濃度の魔力と見られます』
ただ、と《観測者》は報告を続ける。
『その特性はまさしく邪であり、通常の魔力というよりは、謂わば瘴気と言っても差し支えないでしょう』
何かますます人間っぽく喋るようになってきたなぁ……と思うが、それよりも気になるのは、
「……瘴気――」
今度の俺の呟きは、周囲にも聞こえたようで、エミリアが驚いた様子で、
「よくおわかりになりましたね。私たちに猶予がなかったもう一つの理由が瘴気なのです」
「……まぁ、一応聞いておくけど、その瘴気が及ぼす影響はどれほどだったんだ?」
「確認されている事象で言えば、『侵食』と『腐食』でしょうか」
何か嫌なワードだ。
と、凛が再度、端末を提示してくる。
「今エミリアが言ったの、これじゃないかな。データベースにあったやつだけど」
「なになに……」
『侵食』―――オリジンの魔力によって凶暴化、または突然変異してしまう事象。場合によってはランクが跳ね上がるなどの特異事項が確認。
『腐食』―――『侵食』するまでに耐えられない、魔力耐性が低い生物や物体に確認されたもの。有機物―――腐食からの壊死、無機物―――崩壊などが確認されるなど―――。
「突然変異とか分子レベルの崩壊とか、普通じゃありえないよね」
「……確かに、これは厄介だな」
凛やデータベースが示したとおり、直接的な被害も大きいだろう。加えて、これは周囲の環境にも大きな影響がでる。
ともすると、その影響はどんどん広がっていき、オリジンが通った所とは無関係な場所で何かしらの異変が出てくる可能性も出てくるのだ。
端末を凛に返しながら、思案する俺にエミリアが言う。
「最初、私たちは再度の封印を施すことができないか、検討したのですが、オリジン封印の魔法は、バハムートさんが仰った『神の王』なる存在が行ったものらしく、人間が出来るものではなかったのです。
故に、討伐案が講じられた訳なのですが、最終的に決まった計画は三段階の攻撃による討伐案でした」
「三段階?」
「はい。まずは第一段階として、あらゆる武装による物理的な攻撃です。
―――曰く、物理で殴ればだいたい死ぬ、ということらしく……」
「何処かで聞いたような文言だなぁ……」
これ、言ったのはおそらく先程も話題に上がったアギトという人物か浩二辺りだろうな。
「とは言うものの、先程知っていただいたように、瘴気ともいえるその魔力故に迂闊に近づくことすらできないため、こちらの攻撃武装は遠距離からの飛び道具のみに限定されてしまいました」
「飛び道具、って言ったって……」
正直、レイ・ウィングズの武器にオリジンに対応できそうなものが想像できないのだ。
……ただの銃ですら、あんなだったしなぁー……。
ヴェリアルを創造するまで所持していた長銃は、正直現代の代物を知っている者からすれば、化石と言っていいものだった。
それは理解していると言うようにエミリアは声を作る。
「―――頼りになったのは、浩二さん率いるノードゥスでした」
そうなるだろうなー、と思わざるおえない。
『事態を重く見た浩二は、王都グランティとラインベルニカ間に点在していたレイガルフと魔流通話を組み合わせ、ラインベルニカから使用できる武装を王都グランティに運ばせたのだ』
「レイガルフは人間よりも遠くまで魔流通話を飛ばせるんだっけ。つまりは伝言ゲームってことかな。それなら情報の連絡だけに限られるけど、個々の負担は抑えられるね」
「そして、連絡を受けたラインベルニカの倉庫から使える武装をレイガルフたちに持たせて運搬してもらえば、速達便の出来上がりか。そっちは王都との間をフルマラソンしないといけないから負担は大きいだろうけど、少なくとも人間が運ぶよりは速いだろうしな」
「ええ、実際想定していたよりも早く、攻撃準備は整い、そして火器砲撃を主体とした攻撃が行われたのです。
―――結果はご想像のとおりでしたが」
こちらを一瞥したエミリアが困った表情で言葉を付け加えた。
そんなわかりやすい顔をしていたのだろうか俺は……。
しかしここまでの話で物理でどうにかなる相手ではないと思うのだ。
―――それこそ、戦車とか戦闘機があったとしても無理だった感しかないな。
「第一の攻撃が失敗に終わった私たちは直ちに次の段階に移行しました。
……それが、地域一帯ごとを対象に行われた大規模魔法攻撃でした」
「物理で駄目なら魔法で、ってか……。安直だとは思うが、それしか無いものな」
『使用された魔法『アルテミリア』からそのまま取られたアルテミリア作戦の準備は第一攻撃作戦と同時に進められていた。
内容は、集められるだけの魔法士と魔石を以って、最大火力の魔法一撃で討伐する。
―――まぁ、なんだ。ある意味ではシンプルなものだ』
なんだろう。副音声で、頭の悪いと聞こえた気がするんだけど。
しかし、ここでも過去の俺の行動につながるとは。
去年、リーシャを伴ってわざわざラインマインズ―――もっと言えばキワル大火山内部の洞窟まで魔石を探しに行ったのは、リリエやラインマインズの商人が言っていたように魔石が買い占められていたからだ。時期や状況的にこの影響なのは間違いない。
なんともまあ、因果な……と思う横、凜も思い出したように、あ、と口を開く。
「それ覚えてるかも。確か、いきなり必要最低限の魔石以外全部無くなって開発部は大慌てだったんだけど、そういうことだったんだ」
「あー、あるよなぁ。上から何も知らされないまま状況一変して現場が混乱するの」
どちらかと言えば、当時は上の方が『現場』だったんだろうけど。
だが、気になることがある。
「最大火力の魔法一撃、と言ったよな。
……数回に分けるとか、保険は無かったのか?」
『それはした、当たり前だ。だが、アギト様とジークフリート様が、最大出力で倒せなかったら、その半分以下で倒せるわけがないだろ、と仰ってな……』
「うわー……」
確かに正論ではあるので反論し辛いのだが、その脳みそ筋肉具合は第一段階の攻撃理論といい、如何なものか。
防護結界みたいなものを張っていたら、その一回で終わりだっただろうに。
否、それを確かめる意味合いも含めての、第一段階の攻撃か。
『言いたいことは何と無く察する。しかし、そのときは珍しくユーシス様、そしてなによりレイア様までが、お二人の考えに賛同なされてな』
「レイア様、アギトさん、ユーシスさん、ジークフリートさん、あの方たちが一同に賛成した事に口を挟める人もそうはおりませんでしたから」
いるにはいるのか……。
と、話が逸れそうだったので、強引に戻すことにする。
「で、その、『アルテミリア』作戦はどうだったんだ?」
「……開発したジーク自身は未完成だと言っていたが、威力は申し分なかった。なにせ、直撃したオリジンの周囲は何も残らなかったからな」
直撃したオリジンの周囲は何も残らなかった。
では、肝心の目標は?
そう尋ねた俺に、バハムートは肩をすくめて答えて見せた。
「ああ、効果はあったさ。奴の表皮を削るくらいにはな」
「ひょう……!?」
話からして、『アルテミリア』は戦略兵器、またはそれに準ずる規模の威力を誇る攻撃魔法だと推測できる。
「アルテミリア自体は未完成だろうと、俺から見ても相当なものだった。その時、オリジンは復活時の能力低下から覚醒してはいなかった。消滅まで至るとは思っていなかったが、致命傷の一つや二つは与えてと踏んでいたんだがな」
聞こえた言葉に、以前相対した謎のデーモンを思い出す。
共に戦ったリリエ曰く、寝起き故に本来の力を出せていないと。
あれと同じか、と呟きながら俺は話を続けることにした。
討伐案は三段階による攻撃だ。で、あれば、
「第一段階の火器等による物理攻撃、第二段階の戦略兵器レベルの魔法攻撃。それらが実質失敗したその先―――第三段階の攻撃。いったいどうしたって言うんだ?」
問われ、一度目を伏せたエミリアは言葉を作る。
「―――聖剣と守護宝石による、直接攻撃です」




