82.調査開始Ⅱ
俺たちは蒼王が襲撃された現場に到着してから一時間後には、すでにその場を後にし、次の目的地である、蒼王一行が最後に立ち寄った町へと向かっていた。
理由は明白。何も見つからなかったからだ。
「やはり痕跡隠しの線が一番濃厚でしょうか……」
大街道を歩きながら、エミリアが言った。
町に近いということもあり、俺たちは徒歩で移動をしていた。
「単純に考えてそうだろう。わざわざ回収した意味はわからんがな」
バハムートが視線を動かさずに、エミリアの言葉に返答する。
普通、逃走の際に荷物が増えるのは避けるはずだ。だから、バハムートの言葉通り、痕跡を隠すにしてもわざわざ回収する理由が不明だ。
「――今は町でどれだけ情報を集められるか、だね。目撃者だっているはずだし」
大街道の人通りの多さを考慮した凜の発言だが、
『……消されていなければ、だがな』
ネインが付け加える。
あまり、凜の前でそういうことは言わないでほしいのだが……。
そう思うが、現実を見据える事も必要なのもまた事実だ。
「レンドルまではもう少しかかるか」
レンドルとは、目的地である町の名だ。
ラインアルストに近い町ではあるが、今まで訪れた事は無い。
地図で見る限り、町の大きさはそこそこあるわけだが、大街道上にある街としては小規模らしい。
「とりあえず、情報集めをする上で、二手に分かれようと思う」
俺の提案に、皆が頷く。
ネイン含め、五名いるのだ。未だ敵が残っている可能性もあるが、敵地というわけではない。
ならば、効率よく動くにはこれが一番だ。
「分け方は?」
「まあ、単純に考えて、俺と凜、エミリアとバハムート。ネインはどっちでもいいと思うが、魔流通話の関係上、エミリアたちの方が良いか。護衛的な意味合いもあるし」
俺と凜は魔流通話が出来ないため、ネインと会話する場合、普通に話すか、ヘッドセットを使って小声で会話するかの二択だ。
だが、前者は犬と会話している不審者だと思われるし、後者は端的に言って話しづらい。
『私もその案に賛成だ。町の方、ここから感じる様子だとアーインスキアの者は居ないようだが、聞いた話では敵は奴らだけでは無いようだからな』
「ここからでもわかるんだ、ネインっち」
『ああ、私はレイガルフの中でも奴らと戦った経験はトップクラスだからな、嫌でも覚える。
……というより、その呼び方はなんだ』
振り向きを伴った問いに、凜は凜の首を傾げながら、
「リリエさんがそう呼んでたから。駄目だった?」
言葉に、レインは逡巡するが、答えを出したようで、
『――否、別に良い。レイア様にも寛容さは大事だと言われたからな……』
自分のプライドと過去に蒼王に言われた助言は、後者が勝ったようだ。
「……話を戻すが、二手に分かれた上で、考えがある」
「作戦か何かでしょうか?」
「そんな大それたものじゃないさ。ただ、二手に分かれて同じ場所で情報集めってのも効率が良くないからな。
……凜、レンドルの地図って出せるか?」
俺の問いかけに、返答として凜は、持っているタブレット型端末を操作し、地図を画面に出した上で手渡してきた。
こういう時、ぱっと出てくるからありがたい。現代文明の恩恵を感じる。
というか、ノードゥスのデータベースにはレンドルのような田舎町の地図まであるのか……。
大街道上とは言え、そういった地図データがあるのは、メルズラインぐらいの規模の町ぐらいだと思っていた。
俺は受け取った端末を更に操作し、町の行政である役場、日中最も栄えているであろう市場、そして宿屋などが多い区画を表示し、それぞれマークをつける。
そのまま画面をエミリアたちに見えるようにし、右の指で役場を示した。
「蒼王一行が町に一泊したって言うなら、行政の人間が知らないわけが無い。無論、要らぬ配慮をさせないためにあえて、っていう可能性もあるが、スレイに聞いた限りだと通告はしていたみたいだしな。それに、自警団経由の情報も上がるとしたらここだから外す理由は無い」
次に、
「人が最も多いのが市場だろうな。一行は人数も多かったし、目撃してる人間も多いだろうから噂とかされてるはずだ。あと、物流の関係で街の外からの人間も多いはずだから、事件そのものや逃走した敵の目撃者がいるかもしれないから、ぶっちゃけここがメインだな」
「あとの一箇所は……宿屋が多い区画でしょうか?」
「正解。ついでに言えば、そこ、見てのとおり市場の区画と隣り合っているんだけど、区の市場よりの方は酒場なんかも多いみたいだな」
早朝から空いている店はほぼ無いと思うが、何かしらの情報が転がっている可能性はある。
「そうなのですか? 地図には書いていないようですが……」
「あー、その辺りは調べたというか。昨夜のうちに、レンドルに行った事あるやつに適当な理由つけて色々聞いてたんだ。どうせ、立ち寄る事になるとは思ってたし」
そのせいで若干寝不足気味だ。魔流活性で多少はごまかしているので、まだ大丈夫だが、戦闘などになるときついだろう。
それを察したのか察していないのか、エミリアは、
「申し訳ありません。お手間をかけさせてしまったみたいで……」
「いいって。これも仕事の内だし。文句言うなら、押し付けてきたガリウスのおっさんと隼人にでも言うさ」
肩をすくめて言ったが、まあ、本音である。
事実、エミリアが謝る事でもない。
「――話を戻すが、まず一方は役場の方、もう一方が宿屋の多い区という感じで分かれて情報収集を開始、徐々に市場に場所を移していって、最終的に合流して朝飯でも食いながら情報をまとめるって形にしたいんだがいいか?」
俺の計画に否定を示す者は出てこない。
で、あるならば、次に考えるべきなのが、
「じゃあ、それぞれどっちを担当するかなんだけど……」
これが少々問題だ。
単純に考えれば、俺と凜が宿屋の区画を担当し、エミリア、バハムートとネインには役場に行ってもらうのが妥当だ。
『私たちが行政の方に行くべきだろう。貴様はギルドメンバーとは言え、対外的にはあくまで一般メンバーだ。であるならば、エミリア様が話された方が余計な手間もかからんだろう』
「……そうですね。私が役場の方にお話を聞いてきます」
ネインとエミリアが話を進める。しかし、
――嫌だろうなぁ……。
というのも、エミリアとの付き合いはかなり短い部類な訳だが、それでも気づく事はある。
彼女は特権階級――貴族である事を周囲に示すのをどうも嫌っているという点だ。彼女自身、振る舞いは育ちの良いお嬢様といった感じで、この世界に君臨する有数の権力者、という感じは一切しない。
貴族と言えば、もっと、こう……髭を蓄えたおっさんが威張り散らしている者か、高飛車なきつい性格したレディが真っ先に思い浮かぶのだが、この辺り、ステレオタイプだろうか。
ともかく、俺がこの世界で出会った貴族――は、まぁエミリアしか現状いないが――そういったイメージとはだいぶかけ離れている。
それに、彼女はきっと苦労人だ。
……嫌な事もきちんと言わないタイプだな。
あくまで想像の上だが、そう思ってしまう。
だから、俺は進言することにした。
「その……もし、あれだったら、そっちが宿屋の方でも良いんだぞ?」
俺の言葉に、エミリアがきょとんとした。
数秒間を置いてから何かを理解したようで、ふふっと笑いながら、言葉を返してきた。
「純一さんはお優しいんですね」
「な、何がだ?」
見透かされていたようで狼狽した俺は言葉を濁した。
対し、エミリアは首を横に振って、
「でも、大丈夫ですよ。その辺りはきちんと弁えていますから。こういうの、てぃーぴーおー? が大事、と言うんでしたか」
「……それ言ったの、浩二のやつか?」
エミリアから思いっきりマザー・イニーツィオの言葉が出てきたことに鼻で笑いながら訊いた。
「いえ。でも、浩二さんと親しかった方からですね」
「――あぁ。アギトのやつか。確か、あいつがそれを言った時、お前がそれを言うな、と周りから総ツッコミが入った覚えがあるが」
エミリアの横、バハムートが思い出したように言った。
「そ、そうですね……、アギトさんはどちらかと言えば、我が道を行く方でしたから」
『まぁ……アギト様に関しては擁護のしようが無いので、私からは何も言えませぬ……』
三人――否、二人と一匹か? ともかく、散々な言われ様だが、
……また、その名か。
アギト。おそらく、前蒼王であるレイア・アジュア・レーベンケーニッヒ――その弟の事だろう。
「なんか、ノードゥスに関わるようになってから更にその名を聞くようになった気がするんだけど」
「アギトさんは十蒼希の中でも一際目立つ方でしたから……その、色々と」
その言葉の濁し方は何なのだろうか。
だが、多少の疑問点というか、食い違いが見られる気がする。
リーシャや他の人間から聞いた話では、アギトという者は身体が弱く、大人しい人物という話だ。だが、実際関係者であるエミリアたちの話を聞く限りでは真逆の人間のように聞こえる。
それに、俺やリーシャ、剣が出会ったオレンジ頭の男も気になる。
半ば、真相を予想しながらも、俺は聞いてみることにした。件の男と一緒に撮った写真。端末の写真フォルダから該当する画像を表示しながら、
「なあ、そのアギトっていうやつ、もしかしてこいつの事じゃ……ないよな?」
え? と振り返ったエミリアが俺の端末画面を見た瞬間だ。その表情が緊張の物へと変わった。
「――純一さん! この方を何処で!?」
「え、あぁ、マザー・イニーツィオ――日本のノードゥス本社でだが……でもこれ、もう四年も前の写真だぞ?」
最後の一言に、興奮していたエミリアが徐々に表情を戻していった。
「……そう、ですか」
「じゃあやっぱり、こいつがそのアギト本人で間違いないのか」
「……はい。おそらく、浩二さんやユーシスさんと一緒にマザー・イニーツィオに遊びに行った時のものでしょう。まさか、純一さんとお会いになっていたなんて思っていませんでした」
色々と紐が解けていく感じがする。しかし、
――あの反応。
明らかにおかしい。
仮にエミリアが、この写真を最近の物であると勘違いして慌てたとしても、『療養中の王族が抜け出して一般人と写真を撮っていた事に対して』の反応とはまた違う気がするのだ。
……この際、はっきり訊くべきだろうな。
それは、この一連の事件が起こって、ラインベルニカに報告してからずっと疑問だった事。
先程の慌てふためいた理由がそれに直結するはずだ。
「……こんな状況で、療養中とは言え十蒼希が関わってこない事。それでもって、さっきの様子……理由、聞いていいか?」
問いに、エミリアがためらいを見せた。
『――エミリア様』
ネインが首を横に振っている。
駄目だ、と。そう言いたいのだろう。
だが、
「いいえ、ネインさん。純一さんたちに協力して頂いているのです。隠し事は失礼に当たるでしょう。
……それに、純一さんは浩二さんの親族の方ですから、間接的とは言え、十蒼希に無関係では無いでしょう」
アギトさんが一緒に写真を撮るぐらいの方ですしね、と付け加えたエミリアは、ふいにバハムートを見た。
目を閉じていたバハムートは一度頷き、
「――周囲、人や魔法の反応は無い。今なら盗み聞かれる事も無いだろう」
「わかりました。純一さんたちにお話しましょう。
――十蒼希の現状について」




