78.オフィスでの報告Ⅰ
事態は思ったよりも早く、動き出した。
まず、俺の想定よりも早く、スレイが目を覚ましたのだ。
朝方まで目を覚まさないと思っていた彼は、俺の端末が夜九時を示す頃には言葉を喋れるまでに回復していた。
オフィスには、夕方集まっていた面々が再度集っている。ただし、彩華は水城兄妹の世話もあって、住宅の方に戻っており、また、エリスもひとまずの役目は果たしたという事で帰宅させていた。
『……申し訳ありませんエミリア様。近衛の大役を賜りながらこの失態。如何様な罰もお受けいたします』
頭を垂れたまま、そう言葉を作ったスレイに対し、画面のエミリアは頭を横に振った。
『そんな……。スレイさんが逃げ延びてくれたからこそ、こうした場を持つ事が出来たのです』
『そうだ。この段階で俺たちが動きを開始している事は、敵にとって予想外だろう』
エミリアとガリウス、両名の言葉を受け、スレイが伏せていた目を開けるのを俺は見た。
……というか、魔導流ネットワーク通信って魔流通話も送受信できるのか……。
魔力を媒介にしたやり取りなので、よく考えればそれもそうかと思う。
「しかしまあ、流石の回復力だな」
『……貴様にも感謝する。清堂の者よ』
スレイの言葉が脳内に伝わってくる。
「いや、さっきガリウスのおっさんたちにも言ったが、俺より、一緒に居たレオや剣、博にそれは言ってくれ。俺一人じゃあんたを回復しながら戦うってのは出来なかったしな」
手を横に振って言った言葉に、素直に頷くのは感謝の意を心から持っているからだろう。
「と、それより、情報の確認だ。あんたを助けた後の話は一通り共有しているが、そもそもの発端についてはまったく情報が無い。そこのところ、いいか?」
『……ああ、そうだな』
●●●
『私たちはラインベルニカからの連絡を受け、大街道を戻っていた。そして、奴らと出会ったのが今朝の事だった』
「……強襲されたのですか?」
リーシャの問いに、スレイは否定を返した。
『否、最初はそうではなかった……』
今朝の事だ、と言ってスレイは続けた。
『駐留していた街を発ち、メルズラインへ向かっていた私たちをある一行が呼び止めた。
――それが、ギルドを名乗る連中だった』
「あんたを追っていた連中か……。片方はアーインスキアの兵士だったらしいんだが、その時には気がつかなかったのか?」
『当初、呼び止めてきた者はレイ・ウィングズ人ばかりだった。私たちであれば、レイ・ウィングズ人とアーインスキア人の微妙な魔力の差を感知できる。そういった意味で、レイガルフは油断したのだ。持っているギルド証も一見してライン地方の支部の物だった』
しかし、とスレイは続ける。
『こちらとて、蒼王様をお連れしている任務の最中だった。故に、話は聞けないと近衛兵の一人がその者たちに話した時、いきなり態度を一変させ、戦闘を仕掛けてきた』
『……だが、近衛の連中は政府軍でも精鋭の中から更に選りすぐりの連中を選んでいたはずだ。おまけにお前らだって数は少ないがいたんだろう』
『最初の連中だけであれば対応は容易だった。だが、状況はすぐに変わった』
『もしや……?』
エミリアの疑問を肯定するようにスレイは頷いた。
『アーインスキア兵の強襲です。戦闘で私たちも気が散っていたのが、仇となりました。それまで周辺には一切感知できなかった魔力が西から高速で接近、敵の援軍として加わったのです。
――その中には、私が確認しただけで黒竜武器を持つ者が四名いました』
『……!』
言葉に、エミリア、ガリウス、隼人、そしてミストの表情が強張る。
……黒竜武器?
俺の疑問を、代わりというようにリーシャが言葉にした。
「……その、黒竜武器とは?」
疑問はスレイでも、画面の三人でもなく、ミストが答えた。
「『竜牙石』という特別な魔石で作られた武装の事です。レイ・ウィングズではほぼ産出されたことはないのですが、向こうは違うようですね」
つまり、感覚としては、レオの持つルベルサイファーに近いものだ。
「そして、それを持つことが許されているのはアーインスキア軍の中でも少数――将軍レベルと言われています」
「!?」
つまり、蒼王一行を襲った中に、アーインスキア軍のトップクラスが数名もいた事を指す。
「それって、敵はかなりの規模ってことなんじゃ……」
横、レオが口に手を当てて言葉を作る。
『……ああ、残党の中で将軍クラスが何人生き残っているかは知らんが、四人もいたということはその直属の配下含め、相当数いるはずだ。ただの一派だけの犯行という事は無いだろうな』
ガリウスが出した結論に、誰もが沈黙を作る。
……仕方が無いよな。
見方によっては、先の戦争の再来だ。しかも、敵はアーインスキアの人間だけでなく、レイ・ウィングズ人も含んでいるのだ。
……そういえば、と俺はある事を思い出した。
「ミストさん、尋問の方は?」
「そうでした。ジュンイチさんの助言どおり、脅したら思ったよりも簡単に吐きましたよ」
彼女の話では、男が身に着けていたギルド証はスレイの話の通り、ライン地方の物だったが、よく見れば偽造された物で、他に大陸西の町の名が刻まれたギルド証を隠し持っていたらしい。
『……やはり、西もグルということか、くそ!』
ガリウスが悪態をつく。
「あの男自体は高い地位でも無かったみたいです。
彼が言うには、今回、西ギルドがアーインスキアと組んだ理由としては、行政の地方間の差への不満という事でした」
『そう、ですか……』
確か隼人に以前聞いた話では、ノードゥスによる水道整備を始め、そういった『生活環境の近代化』は行政の中心が現状ラインベルニカに置かれている事から大陸西はほぼ手が回っていないということだったはずだ。
そのあたりの不満も当然あるだろうな……。
大陸西まで行った事が無いが、話どおりならそれこそ多少の差は有るが、ライン地方よりも数世代前の生活を送っているはずだ。
「ただ、アーインスキアとの協力関係は西ギルドの高ランクの人間が決めた物らしく、アーインスキア側の目的も不明です」
つまり、別の思惑がある可能性もある、と。
……情報が少なすぎる。
これはおそらく、全員がそう思っているだろう。
ミストが聞き出した目的だけならば、わざわざ蒼王を拉致するなどといった行動をとるのはリスクが高すぎる。
再度の沈黙の時間だ。こちらとしては何も言えない。言えるようなレベルの話ではない。
と、その時だ。
『――それで、どうするんだ?』
唐突な、新しい声に全員がはっとした。
それは、画面、エミリアから放たれた男の声で、
『バハムートか』
エミリアの後ろ、白の髪を持つ男が映りこんだ。




