76.争乱の幕開けⅠ
俺たちがラインアルストに帰還する頃にはすでに太陽は地平線に近く赤みを帯びている頃だった。
ヴィエラにはサイドカーの他、《作成者》による急造ではあるが、しっかりとした木製の荷台が連結されており、サイドカーには博が、二台には未だ目を覚まさないレイガルフとギルドの男、そしてレオと剣が乗っていた。
「――純一さん!」
ラインアルストの一画、ギルド支部の近くでもあるこの区画で俺は呼び止められた。
リーシャだ。
「ミストさんたちは?」
「中に。今、ちょうどラインベルニカのギルドマスターと繋がったところのようです」
リーシャは手で建物を示す。それは今月に入り改築が終了したノードゥス拠点のオフィス兼住宅。
俺はレイガルフを運ぶ場所をギルド支部ではなく、ここを選んだ。
それは、通信機器の有無などもあるが、
――確定ではないとは言え、ギルド絡みだ。支部の中に敵がいたら困る。
だから、わざわざミストにもご足労願ったのだ。
「裏口から運ぶ。正面からじゃ、この大きさは無理だ」
重さもそうだが、大きさも大概だ。ここにくるまで、かなり人目を引いたが、それも仕方が無いし、説明している暇も無い。
裏口にヴィエラを止めた俺は、そのままリーシャ、レオ、剣とともに、レイガルフとギルドの男を中に運び入れる。博は住宅の方に帰らせておく。
ノードゥスのオフィス内は、レイ・ウィングズの一般的な施設や家屋とはまったく異なる様相を見せていた。とは言っても、ミロモルデア特区の建物やメルズラインの魔流電導列車駅とまではいかない。レイ・ウィングズの建築要素も残しつつ、近代的な雰囲気を持っている。
この辺り、隼人やまり、陣などが関わったのだろうが、それに答えることができているヴォルガーや部下たちも凄い。
レイガルフをそっと床に敷いた毛布におろしたと同時、声が飛んでくる。
「おっすジュンイチ」
「おう、エリスじゃないか。どうしたんだ?」
顔をあげれば、近くにエリスと彩華が待機していた。
「丁度、リーやノードゥスの女の子たちと話してる時にあんたから連絡が入ったんだ。医療班必要って言ってたからそのままの流れでさ。
って言っても他の人たちは去年の事もあって、拒否るの多くてあたししかいないけど」
「いや、助かる」
俺は肩をすくめて言った彼女に感謝の意を示した。
去年のキメラ襲来事件では多数のガルフやハイガルフもラインアルストを襲った。あの事件で町を去った者も多数居るのも事実であるし、残った者が魔物を忌避するのも当然といえば当然だろう。
「まあアヤカもいるし、二人でも大丈夫でしょ。
――で、その子が?」
エリスが俺の肩越しにレイガルフを見やる。
「ああ。傷口は粗方治療したが急ぎだったから、精査を頼む」
「ほいさー」
至極軽い動きでレイガルフに近づいたエリスと、こちらに一礼して近づいた彩華は触診のためか毛に触れながら精査を開始する。
「……ジュンイチさん」
二人の様子を眺めていると、ミストが声をかけてきた。
その後ろ、壁に設置されている大型のモニターにはニ分割でガリウスと隼人の顔が映っており、どちらも険しい表情だ。
『悪いな少年――と、青年の方がいいか。そのレイガルフの容態はどうだ?』
「俺の作り出せるポーションありったけで治療はしたから峠は越した、って言ってもいいだろうが、やっぱり衰弱が激しい。今晩中は目を覚まさないと思うぞ」
『そうか……。いや、救ってくれて感謝する』
「俺だけの力じゃないさ」
言って、レオ、剣、博の存在を示す。
「ああ、そうだったな。……ところで、すまんがお前から事の顛末を話してくれるか? 人伝はあったが、見た者の言葉を確認したい」
「了解した」
俺はランクFのクエスト終了後、草原で昼食を取っていたところから、ここまでの話をした。
「――以上がここまで俺が見聞きした事だ」
レオと剣が相手と会話した内容も直接聞いていた訳ではないが、《観測者》が口の動きから内容を俺に伝えている。
『そうか……』
俺の話を注意深く聞いていたガリウスの顔がいっそう険しさを増す。
その時だ。オフィスのドアが開き、声とともに女性が入ってきた。
「遅れてごめんー」
「リリエ……どこに行っていたのですか」
「うわーミストっち、そんな怖い顔しないでよー、隣町に用事があってさー。連絡もらって走って帰ってきたんだからー」
確かにリリエの服がいつもよりも乱れている。
というか隣町から走ってきたって何キロあると思ってるんだ……。
「――で? ライナー君が攫われたって本当かな?」
この世界で最も地位が高い人間すらもそう呼ぶリリエに対し、
『リリエちゃん、良いのか?』
ガリウスからの確認の言葉。それはおそらく、政府に関係しているのが周囲に知られてしまうぞ、ということだろうが、
「うん、なんかもうバレちゃったからさー」
自分でバラしていたような気もするが、今そこに突っ込むのは野暮だろう。
『ならいい。早速だが、そのレイガルフが誰なのか教えてくれるか。姿だけだとわからん』
「そうなのか?」
疑問の声を出すが、よく考えれば動物の顔を見ただけでは判別できないのと一緒だろう。
「うん、私たちはレイガルフの個体識別って魔力で判別してるからねー。顔とかでわかるのって十蒼希のみんなぐらいじゃないかなぁ。
――と、この子は確か……スレイ君だったかな」
『スレイ……ああ、確かにライナーの護衛につかせたレイガルフの一体だ……』
これで確定だ。蒼王ライナーは攫われた。
では、誰に。
「このレイガルフ……スレイは、俺が初め、ギルドの者だと言ったら明らかな警戒を示した。『どちらだ』、ってな。そしてそこで未だ寝てる男もまんまと自分からギルドの人間だと示した――」
『……ギルドのメンバー証を持っていたんだな?』
「あぁ……って、言っても確認したのはランクを示すバッジだったが。所有物は未だ調べてないから何か出てくるかもな。
あと、更に問題なのはそいつと一緒に居た男だ」
フード男。最期には自爆してしまい、捕らえることが出来なかった。
「俺はよくわからないが、レオがアーインスキアの奴らで間違いないって言うからそうなんだろう」
『……ふむ』
俺の言葉に一度間を空けたガリウスはこちらに問いを投げてきた。
『その、レオ、というのはそこにいるか?』
「ああ。レオ、ちょっと来てくれ!」
エリスの手伝いをしていたレオを呼び出す。
「ん、どうしたの純一」
「ガリウスのおっさんが用事あるってさ」
ん、と俺が顎で示した先、画面に映ったガリウスを見たレオは、数秒考えてから慌てて、
「あれ、隼人さんと……って、ギルドマスターじゃない!? 純一ってば、そんな顎で……」
『いや、いい。君がレオか』
「は、はい。ラインアルスト支部ランクDのレオ・ヒューエイと申します」
レオが緊張の面持ちで答える。いきなり所属している集団のトップと話すのだ。当たり前の反応といえる。
『自害した男がアーインスキアの者だというが、間違いないか?』
「はい、間違いありません」
お……。
はっきりとした答えがレオから出る。
レオは即答したことに対し、さらに補足を入れる。
「過去に見たアーインスキア兵と同じ鎧を着用していましたし、その者自身がそれを認めました。念のため、回収した鎧の一部がこれです」
言って、レオはレイガルフの横に置いてあった鎧の残骸を拾い、ガリウスに見えるように示す。
『……確かにやつらの物と酷似している。それに自らアーインスキアを名乗るのは本物のアーインスキア兵かそれに与する者、またはその名を盾に威張り散らす賊ぐらいだ。当然、族ごときにレイガルフが負ける訳も無い。となれば、前者が自然か……』
『ギルドという点に関してはアーインスキアが騙っている可能性も十分考えられます』
隼人の言葉に俺は肩をすくめた。
「というよりは本来ならそっちを先に疑うんだけどな……」
だが、今この場にいる者の半分は違う考えが脳裏を離れない。
西ギルド。アーインスキアが戦時中、大陸西を中心に支配、かつ、残党が今でも多いのは西側だ。
今、この場に居るのは俺、リーシャ、レオ、剣、リーシャ、ミスト、リリエの他、エリスと機材調整で陣がいるが、正直エリス以外のギルドメンバーが居なくてよかったと思う。
『いずれにしろ、鍵を握るのはその男だろう』
ガリウスの言葉で気絶している男が視線を集める。
『――ミスト支部長』
「はい」
いつものちゃん呼びではない、ガリウスの声に神妙な面持ちでミストが答えた。
『その男からなんとしてでも情報を聞きだせ。方法は任せるが、多少手荒でもかまわん』
「承知いたしました。レオ君、それと、ツルギ君も。その者を支部地下にある牢屋まで運んでもらえますか」
ミストの指示の下、二人が男を運び出し、オフィスから出て行く。次いで、出て行こうとするミストを見て、俺はあることを思い出す。
そういえば……。
「ミストさんちょっと待って。……これも一応持って行ってくれると。多分使えると思うから」
手渡したのは、レオが回収した鎧の残骸と、ストックスで取り出したフード男が使っていた大剣だった。
「……なるほど、そういうことですか。それではお預かりします」
俺の言いたい事がわかったという風に頷いたミストはそれらを受け取り、異空間にしまった後、オフィスから出て行く。
《観測者》での剣たちのやり取りを確認してみる限り、あの男はそこまで実戦慣れした様子も見受けられない。となれば、実際に拷問やらの方法を行わなくとも、情報を吐かせる事は難しくない可能性がある。
俺が提案したのは、要は脅しだ。自らが捕まっている状態で、相方だった物が身に着けていた物がぼろぼろの状態で提示される。それが何を意味するか、少し考えればわかる。
……まあ、奴の死は自分で選んだわけだから事実とは異なるけど。
だが、敵にわざわざ本当のことを教える義理もない。悪いが、使える物は使わせてもらう。そういうことだ。
そう思いながら俺はミストを見送った。




