72.インターバルⅡ:束の間の平和
「――さて、今日皆に集まってもらったのは他でもない」
俺の眼前、レオ、剣の他、博までいる。
俺たちは今、ギルドのランクFクエストである薬草収集を終え、草原で遅めの昼食をとっている。
ちなみに博までいるのは、彩華の頼みによるものだ。
今後、博がどういった道を進むかわからないが、ギルドに所属するという選択肢もあることを踏まえての練習をさせてほしいというもの。
「俺は近いうちにリーシャにちゃんとした告白をしたいと思っている!」
宣言と同時、手が挙がる。
「なにかねレオ君」
「はい純一先生。ぶっちゃけ行動が遅いと思いまーす」
「ぐっ……、いやいや。此度の作戦は慎重を期す。もし失敗したら泣く」
泣くで済むのか……という顔のレオの横、剣が、
「でもお相手はリーシャさんっすよね? 自分で言うのもなんですが、失敗するんすか?」
「お前そういう油断が命取りになるの。あと変に期待して折られた時のくじけ率がすごい」
正直、自分でも大丈夫だと思う節はある。今までのリーシャの様子を見ての判断だ。俺の勝手な想像で無ければ。
――ただ、リーシャも変に頑固なところあるからなー……。
そこが強く出て告白失敗とかもあり得る。
「でもリーシャ姉ちゃん、純一兄ちゃんの事ぼーっとみてること多いぜー? あれ多分好きってことだろ?」
博が昼食用に買ってきたパンを手に取り言う。
「お、博君よく見てるねー。もしかしてリーシャさんのこと気になる?」
「んにゃ、俺は彩華姉ちゃん一筋? だから!」
自分でそういう辺り、小学生らしさがあるが、前に俺もそういうことやった気がするし、口には出さない。
「そもそもだよ? 失敗する要素あるの? 何かリーシャさん相手に失礼な事したとか」
失礼な事、か……。
リーシャ相手にそんな事をした覚えは無いが、自分が気がつかない内に非礼をするというのもよくある話だ。
一応当人に許してもらったことだが、覚えがあるとすれば、
「……前に、胸に顔から突っ込んだ事があるな、故意ではないけど。あ、あと一緒に風呂入った事あるんだけどその時に俺の下半身内蔵型ヴェリアルがみられた」
「ぶほっ……!? ごほっ……、ごめん、いきなりトンデモ新情報が複数飛び出してきたんだけど?」
「いや、まあ半年以上前の話なんだけど、口止めされててなぁ、内緒だぞ」
剣とか、内蔵型ヴェリアルなんてあるんすか!? なんて言ってるからこれはだめだな。
「――まあ、リーシャさんの面子もあるから詳しくは聞かないけど、逆にそんな事あって未だそこまでの関係なのさ」
「うーん、俺なりのアプローチというか、そういうのはしてたんだけどなー。なんでだろなー」
その辺り、女性経験少ないというか皆無な俺には見当がつかないところだ。
剣がお握りを一口頬張り、飲み込んでから、
「奇を衒わずに普通に告白してみてはどうっすか? リーシャさん真面目な方っすし、真正面から行くのがいいと思うんすけど」
「まさかの剣から意見が。そう思うかやっぱ。変に比喩表現入れるとリーシャ気づかなかったりするしなぁ……。レオはどう思うよ」
「……ボクも剣君と同意見かな。ボク自身、経験があればもっと力になれるんだろうけど、そういうのしたこと無いしなぁ」
「そうなのか?」
これは意外だった。レオとかラインアルストの美形ランキングトップクラスだろうし、人気あると思ったんだが。
――否、実際にあるはずだ。レオが一人で居るときとか、ギルドのお姉さま方に囲まれていたところをみたことがあるし。
そんなレオは俺の考えを知る由も無く、話を進めていく。
「博君に聞くのは……まあ無し、だよね。
……そういえば剣君は女の子と付き合った事とかあるの? さっきの口ぶりだと」
「いやー、先程それっぽい事言っておいてお恥ずかしいんすけど、自分今まで鍛える事に力を注いでいたんでそういうのとは無縁っすねー。先程のは隼人さんが純一さんに聞かれたらそう言えって伝えられてたものっす」
「あいつ……」
この展開を予想されていたようで、俺は顔をしかめた。
「まあまあ。……あ、そういえば女性関係のことでちょっとお二人に聞きたかったことあったんすけど」
「俺とレオにか?」
「はい。ギルドに赤髪の女性の方いるじゃないっすか、リーシャさんとよく話してるところ見るんすけど」
「――あぁ、エリスさんのこと?」
レオが数秒置いて、記憶の中から照合された人物の名を出す。
「あ、多分その方っすね。その、エリスさんってノードゥスに興味とかあるんすかね?」
「何でそう思う?」
「いやー、自分ミストさんに取り次いでもらって鍛錬とかの時、ギルドの訓練場を借りてるんすけど」
剣はギルドメンバーではないため、クエストは受けられない。ただし、ギルドメンバーのクエストに同行して協力する、ということは認められている。
ただ、俺もずっと剣に付き合っていられるわけでもない。そんなときは剣はギルドの訓練場で剣の修練をしているという。
「で、最近よく訓練場にエリスさんがいらっしゃるんすよね。ただ、訓練をするわけでもなく、座ってこっちの様子を眺めているみたいで」
「……へえ?」
「ノードゥスの技術には興味ある人も多いみたいっすから、なんか聞きたいことでもあるんかなって思ってるんすけど、自分が修練終えて話しかけようかなと思ったときにはもう居ないんすよね」
「なるほど……ああ、なるほど」
言って、俺はレオに向かって手招きをする。
レオも同じことを考えていたようで、顔を寄せてきた。
レオは俺にしか聞こえない声で、
「……純一はどう思う?」
「ノードゥスのことを知りたいならリーシャか俺に聞けばいいはずだ。もしくはオフィスに直接行けばいい話だ。なのに、わざわざ剣に近づく理由って言ったら、なあ?」
「だよねえ……」
「確証は持てないけど可能性は高いな……」
断定はできない。もし違ったら割と大惨事だ。
「これは俺たちが剣本人に言って詳細を言っていいことではない。それとなくかわして、温かく見守ろうではないか」
「そうだね……ていうか剣君までそういう問題出てきたら純一の方手に負えないんだからとっととリーシャさんとくっついちゃってよ」
「くっ……、そうきたか……。まあいい、ここはまかせてくれ」
それを最後に俺とレオは顔を離す。
「……こほん。剣よ。よく聞きなさい」
「はいっす」
「実はエリスは生まれつき鼻が良いらしい。つまりは――」
「つまりは……?」
「彼女は匂いフェチでお前の匂いが気にあだっ!?」
「純一さすがにそれはアウトだと思うからボクにかわって!?
……確かにエリスさん血の関係で鼻がいいらしいけど純一の今の話はスルーしてね」
「は、はあ……」
「ボクも人の心が読めるわけじゃないから推測だけど、異世界人がどうやって戦うか気になるとかそういうのも有り得ると思うんだ。だから今度修練中だったとしても、エリスさんに話しかけてみるといいよ?」
最後何故かアクセントが上がって疑問形になっている。
というか、痛いよレオ。頭が。
ツッコミを喰らった頭をさすりながら起き上がる。
「まあしかし……平和だよなぁ」
「突然どうしたの純一。もしかして張り倒した衝撃で頭が?」
「レオ、なんか今日勢い凄くないか?」
先程から俺に厳しいレオに牽制を入れながら、俺は近くに居た博の頭を撫でる。
「いやー、去年こっち着たばかりのときはキメラ襲来ぐらいまでごたごたしてて。で、最近はラインベルニカまで行ってノードゥス加わって帰ってきてデーモン倒してネットワーク環境整備して――って忙しかったのが、やっと暇な感じだろ? ひと段落って感じでさ」
安心する、という一言を加えた。
「まあ、そうだね。デーモンとの戦いより大変な事ってまず起きないだろうし、起きても今なら簡単にラインベルニカまで連絡できるしね」
「ちょっ、純一兄ちゃんやめてくれよ! 子どもじゃないんだからぁ!」
ははは、とみんなが笑いあう。
良い時間帯だ。リーシャと居るときも気分がいいが、それとはまた違う種類の心地よさ。
これは、俺がレイ・ウィングズに転移してくる前、もっと言えば左遷される前に味わった覚えがある。あの時はしょうもないことでそれは失われたが、今は自分にはそこそこの力はある。だから、何かがあっても守る自信はある。
まあ、何事も起きないのが一番なんだけど。
そう、思った時だった。
『――《観測者》オートスタート』
「……!?」
『《観測者》より主に警告。周辺に魔物種の魔力を感知――』
「レオ、剣! 《観測者》が魔物を感知した! 気を配れ!
……《観測者》、具体的な魔物の種類と数、位置はわかるか?」
『――種族、対象の魔力の乱れにより判別不能。数は一つ。位置はここより北に約三百メートル、こちらに接近中――詳細な観測のため、目視を要請』
数は一。だが、魔力の乱れにより種族判別不可とは一体どういうことだ。
とにかく、《観測者》からもたらされた情報を皆に共有する。
「レオ、ここから北に三百メートル行ったら何があるかわかるか?」
問いに、レオはルベルサイファーを腰に鞘ごと装着しながら、
「……確か、小さな林があったと思うけど、そこまで大きな規模じゃなかったはずだよ。その向こうは大街道に繋がる街道があるし」
ならば、大きな森から迷い出た魔物という線は低くなる。
個人的には魔力の乱れ、というのもそうだが、北から、という点も引っかかる。
「去年のキメラも北からやってきた」
オリジンとかいう魔物の魔力を恐れ、南下してきたと推測される、などと報告には上がっていたはずだ。
「とりあえず、ここを片付ける。数は一体でも何が相手なのか、見極めておく必要がある」
非難するのも手だが、仮に強力な魔物の場合、危険なのはここから南にあるラインアルストだ。道中、一般人や他のギルドメンバーだって街の外にいた場合は被害が出る。
「林からこっちにくるっていうなら、その前の草原で迎え撃つ。陣形はいつもの。博は俺の後ろから離れるなよ」
各々から同意の声が上がる。
●●●
「あれか」
林の手前までやってきた俺たちはそれぞれの配置をとった。
前衛にレオと剣、そのすぐ後ろに俺と博だ。
「相手によってはすぐヴィエラで離脱する」
「了解――来た!」
レオの声が林の一番外側の茂みが揺らぐのを示す。
「《観測者》」
『――観測を開始、します』
同時、それは出てきた。
「な……」
それは血だらけの狼だった。
その身体には大小様々な傷があり、体毛らしき青白い毛の大半を赤が染め上げている。
ガルフ系の魔物なのは間違いない。
「《観測者》、感知したのはあのガルフなのか?」
『肯定。周辺に存在する魔物はこの一体のみ――』
だが、あの傷はどう見ても戦闘によるものだ。それも、かなり激しいものだっただろう。
『主、観測が完了、しました』
「ガルフだって見ればわかるが……とりあえず詳細な種は?」
せっかく調べてくれたのに聞かないのも悪い。
それに、相手の情報を知らずに油断することは命取りに繋がる。
『対象種族――蒼牙狼と断定』
「蒼牙狼……?」
聞いた事が無い。
だから、《観測者》は気を利かせて、その魔物の別の呼称を俺に伝えた。
『主の記憶している言葉に変換――あれは、レイガルフです』
「なんだって!?」
この時、久々に続いていた俺の束の間の平和は、終わりを迎えた。




