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71.インターバルⅠ:乙女達の昼下がり

「はぁ……」


 人も少なくなった昼下がりの食堂で、女がため息をついた。


「良い女がなーにため息ついてんのよ、リー」


 言われ、視線を上げたリーシャは、自分の正面にいつの間にか女性が座っている事に初めて気がついた。


「ああ、すみません。昼食ですか? エリス」


 赤髪の女性、エリスの目の前にはこの食堂で一番人気のメニューができたてほやほやで並んでいる。


「そ、遅めのね。午前のクエストが長引いちゃって、もー()になるわー。あんたは?」


「私は今日は休日にしようかと。特にめぼしいクエストもなかったですし」


「まあ、今日あったクエストでランクCがわざわざ受けるようなの無かったしねー、って嫌味になるかこれ」


「大丈夫ですよ、それも含めてエリスだってわかっていますから」


「……最近あんたもいい性格になってきたわねー……」


 昼食を口に運んだエリスは半目になってこちらを見る。


「――ところで、リー。あんた今日、旦那はどうしたの」


「ぶっ!?」


 ちょうど水を口に含んだリーシャは、エリスの言葉に噴く。

 エリスは間一髪昼食をトレイごと持ち上げて水を回避する。


「ちょっと! 危うくあたしのご飯がエルフの体液添えになるところだったじゃない!」


「言い方……というか旦那って……純一さんとは、その……そういうのじゃないというか……」


「――はあ?」


 半目だったエリスが今度は怪訝な顔をした。

 信じられないものを見る目つきで、


「あんた、あんなに夫婦オーラ出しておいてそれはないわよ」


「……何か同じような事を前に凜ちゃんにも言われた気がします……」


「リンちゃん? あぁ、ノードゥスの。どの子だっけ?」


「物静かな――ってそれだと彩華さんと被ってしまいますね。先のダンジョン攻略の時に、機材を調整していた子です」


「ああ、あの子ね。……噂をすれば、一行のお出ましじゃん」


 え? と振り向くと、ちょうど食堂に四人の人影が入ってきたところだった。

 凜、まり、彩華、花の四人だ。


「あら、リーシャさん。こんにちわ」


 こちらに最初に気づいた彩華が挨拶してきた。


「あ、はい、こんにちわ。皆さんお揃いで昼食ですか?」


「そうさ。今日は作業が一通り落ち着いたってことでノードゥスは休日。陣と明日香は二人で何処かに出かけちまったし、剣と博は純一と一緒にクエストに行っちまったからね。残ったあたし達はすることもなく、ひとまず昼飯って訳だ。時間は遅いけどね」


 まりが肩をすくめて言った。

 ノードゥスが担う、ラインアルスト周辺の『つながるくん』設置は既に一通りが終了していた。それを示すように、約一週間前、ラインベルニカとのネットワーク接続が可能となった。

 今は、次の指示があるまで、ノードゥスメンバーは各自待機、もしくはギルドの手伝いという実質自由時間が与えられているそうだ。


「リーシャさん、そっちの人は?」


 凜がエリスのことを問うてきた。


「ああ、こちらはエリス・ガルネシア。私の友人で、ランクDのギルドメンバーです」


「こんちわー、エリスだよー。よろしくねー」


 エリスの気さくな挨拶に全員が各々の自己紹介で返す。


「よし、みんなの事、記憶完了っと」


「ほう、名乗ってすぐに宣言されるとは」


「あたしはちょっと特殊な覚え方出来るからねー」


「特殊な覚え方?」


 まりが疑問の表情を作る。


「そ。ぶっちゃけ言えばニオイで覚えるんだ」


「――に、匂い、ですか?」


 彩華が若干身を引いた。

 仕方ない、という表情で、リーシャは補足を入れた。


「エリスは高ランクのガルフ系の魔物の血を引いていますから、人よりも匂いに敏感なんです。彼女は何故かそれを人を覚える事に利用しているそうですが」


「いやー、って言っても良いニオイする女の子とかしか覚えないよ?」


 それもそれでどうなんだという顔を全員がする中、凜が挙手する。


「はい、リンちゃん!」


「ん、ガルフの血をひいてるってことは、リーシャさんみたいにどこかヒューマンと違うの?」


「んにゃ、ガルフと一発やらかしたのは曾ばあちゃんで、その後はヒューマン同士だからガルフの血はけっこう薄れてきててねー。リーみたいに外見的特長はないんだなーこれが」


 彩華が花の耳を押さえて、そのまま凜とまりから聞いた注文をするために二人で受付に向かったが、正解の行動だろう。

 というか確か凜なども未成年だったはずだが、何故かうんうんと頷いてある辺りどうなのだろうか。


「にしてもリーの旦那はクエスト行ってるのかー。珍しいじゃん、二人で一緒に行かないって」


「別に……いつも一緒という訳ではないですし……」


 と、反論したものの、実際はエリスの言う事の方が正しい。最初は彼を拘束したことの罪滅ぼしという点もあり、同行していたのだが、今ではそれが当たり前となっている。


「ていうか、あたしとしては何時(いつ)二人が結婚しましたって言うかって思ってたんだけど未だそんな段階なの?」


「けっ……!?」


「……でも純一も悪いと思うかな私は。リーシャさんにちゃんと告白してないんでしょ?」


 リーシャとエリス、それぞれの横に座った凜とまりの内、凜がそう口にする。


「え? そうなん?」


「いや、まあ……時々アプローチはくださいますが、正式には……」


「じゃーいろいろ話は変わってくるじゃんー」


 エリスがため息混じりに言う。

 しかし、彼女はでも、と前置きしてから言葉を続ける。


「それだったらあんたから攻めればいいじゃん」


「ああ、それはあたしも思ったね。あの手のタイプは逆に女から攻めるのが有効だと思うが」


 まりが腕を組んで言った。

 横、エリスがうんうんと頷いて、


「それにジュンイチだって結構人気なんだよ? 女子の間でさ」


「え、そうなの?」


 凜が不思議そうにエリスを見た。


「そだよ。顔はそこそこ、性格は悪くない。ギルドランクCで支部でも有数の実力者。収入もそれに付随して多いはずだし」


 近くに居るとそう意識する事は無いが、改めて言われると確かに中々の条件だ。


「ま、それはリーも同じことが言えるんだけどね。ただ、二人がそんな感じだから誰も間には入れないって雰囲気なんだけどさ」


「なるほどね、っと彩華が呼んでるね、ちょいと行ってくる」


 向こう、彩華と花だけではこちらまで料理を持って来れないのだろう。まりを呼ぶ声が聞こえてきた。


「――で、話は戻るけど」


「戻らなくてもいいですよ……!」


 慌てて言うが、そうはいかないという顔をエリスと凜がしている。


「だめ。そろそろはっきりさせておきなさい。

 ……まあ、あんたが考えてる事はだいたいわかってるけど」


「……?」


 凜の表情にエリスが説明する。


「たぶん、リーはエルフの血のことを気にしてるのよ」


「ハーフエルフだってこと? でも純一はそういうのは……」


 気にしないはずだ。気にしていれば、こんなに一緒にはいてくれないだろう。


「というよりはエルフの血の特性ね。聞いた事あるかわからないけど、エルフってすごい長生きなの、それこそ千年以上は生きるんだっけ?」


「……母の話では、長老は二千年を超えていて、初代蒼王様ともお知り合いらしいですが」


「うわ、予想よりすごかった。でもまあ、そんな感じで。じゃあハーフエルフになってそれがなくなるかって言うとそんなわけも無いんだよね、リー?」


「……はい。おそらくですが、エルフの血が半分になっても寿命は最低五百年はあるかと」


 だから、自分は誰とも交わるつもりは無かった。未だ行った事も無いエルフの里には諸々の事情で帰れないはずだし、かと言ってハーフエルフなんて稀有な存在はこの世界でも自分ひとりのはずだ。

 そう、最後まで一緒に居られる相手が居ない。必ず、自分が看取る側、置いていかれる側になる。それが怖かった。

 そう思うと自分以上に差が出ている、母と父は本当にすごいと思う。

 とは言え、実はこの問題は、一ヶ月ほど前に解決されていると言ってもいい。

 純一のスキル『最盛期』が彼の言うとおりならば、多少のずれはあるとしても、長い時間彼と一緒に居られるはずだ。

 だから、あとは……。


「……その問題は、もう解決しました」


「ん? 何、気にしないことにしたの?」


 純一の『最盛期』についてはあれ以来、誰にも言っていないという話なので、あの場に居た者しか知らないはずで、エリスや凜はおろか、支部長の姉すら知らない。

 ただのヒューマンがそれだけ長生きというのはスキル持ちという以上に異質に見える。だから、隠す事にしたのだという。

 だからこの場は適当に誤魔化すのがいいだろう。


「……まあ、はい。ずっと気にしていても仕方がありませんから」


「ふーん。ならもうアタックしちゃえばいいじゃん」


 と、必然的にその話になるだろう。


「――恋愛の話は私にはよくわからないのですが、純一さんはよく危険な目にあってると聞きますし、そう言った話は早めの方が良いのではないですか?」


 向こう側に援軍が来た。

 トレイに料理を載せて、彩華たちが戻ってきたのだ。


「そうかもね。ギルドなんて割りと身体ありきな職業だし、場合によっては何時命を落とすかわからないんだよ? それこそ前のデーモンの時なんてリー含めて駄目だと思ってたし」


「――あの時は本当に心配をかけました」


 デーモン出現で、自分たちはまず助からないという前提でギルドは動いていたので、デーモン撃破の一報はガルフ以上に皆に衝撃を与えた。

 だが、言うとおり、確かにランクCともなれば、危険なクエストも多い。そうならないために二人でいるということもあるのだが。


「だったら、とっとと告白でも何でもしちゃいな。恥ずかしがらずにさ。うちの陣と明日香を見てみなよ。あれを見習えとは言わないが、人生謳歌してる感あるだろう?」


 あれはあれでどうなのだろうとも思うが、抑えているこの気持ちにちゃんと向き合えば自分もああなってしまうのだろうか。

 と、凜とは反対側に花が座ってきて、唐突に、


「――リーシャお姉ちゃん。純一、お兄ちゃんのこと……好き……?」


「…………はぁ、降参です」


 花からすれば、恋愛云々のことはわからないだろうが、小さな子にまでそんな事を言われては、こちらとしては引くに引けない。


「はい、純一さんのことが好きですよ」


「ん、仲良しさん、なんですね」


「……そこ、ニヤニヤしないでください」


 エリス、凜に注意する。


「いやいや、しょうがないって。で、リーどうすんの?」


「――もう散々純一さんからはそれっぽい事も言われましたし、今日私から切り出します」


 かなりの決意だ。

 だが、うじうじ悩んでいても終わらない問題だ。

 エリスと凜がハイタッチしているのが見えるが、この人たち、さっき自己紹介したばかりですよね?


「なら、ちょうど旦那も居ないし、一緒に考えよっか、作戦」


 まんまとエリスの罠にはまっているとリーシャは感じるが、そう思うにはもう遅かった。



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