70.魔流電導列車
俺とリーシャたちがデーモンと戦闘をしたあの日から一ヶ月近くが経とうとしていた。
あの日のプレゼンでノードゥスが推し進めようとする事業やノードゥスの存在は受け入れられていたのだ。
ノードゥスから正式にネットワーク設備確立のための補助、というクエストがギルドに依頼され、例の『つながるくん』はラインアルスト周辺を中心にどんどん数を増やしている。
また、ノードゥスメンバーの拠点も一応完成し、クエストを通じて知り合ったギルドメンバーたちがたまに興味本位で遊びに行っている。
そして、ある程度の作業達成率を突破したのを期に、隼人はラインベルニカに帰ることになった。
隼人の希望でメルズラインまで送る事になった俺は、メルズラインとの間にまだ『つながるくん』を設置していない箇所があることなどから、凜と、そしてメルズラインから帰還する際に俺と凜だけでは不安と言う事でリーシャがついてくる事になった。
四人が馬車でラインアルストを出立したのが一週間前。
「……サイドカー云々の事も含めて仕方が無いとは言え、やっぱ馬車は慣れねー……」
「メルズライン目前まで来ておいて、今更何を言ってるのいっくん」
俺たち四人を乗せた馬車は既にメルズラインまで目の鼻の先と言うところまで来ていた。実際、街の端は既に見えてきている。
「帰りは三人ですからヴィエラで大丈夫なんですから」
膨れ顔の俺をリーシャが宥める。
「というか何で送迎が必要なんだよ、子どもじゃあるまいし」
「あ、それは同感かも」
「だからー、ラインアルスト―メルズライン間の『つながるくん』を設置するのに、手間を無くすためだって。だから凜を同行させたし、その都度街道に設置してきたんじゃない」
凜にまで追求された隼人は、何か笑いを隠すような表情でそう言った。
「……いや、絶対何か別の目的があるだろ」
俺は隼人を睨んだ。
あいつがあのような顔をしたときは言葉とは別に何かを隠している時だ。幼馴染を舐めてはいけない。
「いっくんも白状だなー、僕がそんなことするような人間に見える?」
「――じゃあ、アレはなんだよ!?」
アレとは。
それはしばらく前から、馬車の窓より見えていたもの。
「――塀、でしょうか? ただ、その向こう側にも同じようなものが見えますね」
所々に隙間が開いてあるそれは塀、というよりは柵。
レイ・ウィングズは俺の知る限り、ライン地方の街は大小問わず、大きな塀を築いている。戦争の名残もあるが、魔物襲来の可能性も無くは無いからだ。
だいたいが石などで出来ているが、小さな村などは木でしか作れないところもある。
だが、今見えているそれは鉄で出来ていた。
「高さ三メートルほどの鉄柵、か。
……俺の記憶に似たような物があるんだが? 日本中に張り巡らされてるとある物に人や物が侵入しないようにする役目を持ったな」
「あ、そこまでわかってるなら言わなくても良いよね」
「良くねえよ……!」
いかん、幼馴染と話していると言葉が荒くなる。
「――で? 前に確か鉄道は無いって聞いたんだが?」
この世界には航空機の類はもちろん、自動車、そして鉄道の類は無いという話だったし、見たことも無い。
「実用化って意味合いでは、ね。やっぱり馬車だけじゃ運搬能力に限界はあるし、この数年、政府の方からノードゥスに依頼されていたプロジェクトの一つなんだよ」
馬車がメルズライン南方側の門をくぐる。
街並みとしてはライン地方に一般的に見られる建物が立ち並んでいる。
「一応、路線として完成しているのはまだメルズライン―ラインベルニカ間だけだし。今はここからさらに王都グランティに向けて大街道に沿うように建設してはいるけど、ラインベルニカから始めて、ここまできたのだってつい先日なんだよ? この前知らせを受けたから、試験運用もかねてそれで帰るかって思ってさ」
「なるほどな。馬車の代用ってことは一般解放するのか?」
「うーん、魔流導ネットワークと同じでしばらくは政府とノードゥスだけの運用になるかなー。今、王都グランティの再建でそっちにもノードゥスから人を派遣する予定があるから、それに使うんだよ」
「はぁ……ノードゥスって何でもやるんだな」
マザー・イニーツィオにおいてのノードゥスはエレクトロニクス分野を主体としながら成長した企業だったはずだ。それはもちろん、情報通信や機材の面などでレイ・ウィングズでも成果を出しているが。
「そうだね。政府――というよりは、こう君が仲の良い王族の方々から依頼されたのをすぐ引き受けちゃう感じだったからそれの影響もあるね。水道整備だって、うちがやったんだよ?」
「ああ、前に陣に聞いた」
話に聞くまで、ずっと疑問だった事が一つある。
この世界、建物とかの雰囲気の割りに水道が整っているのだ。
マザー・イニーツィオでさえ、きちんとした水道整備が為されている所は、地球全体で見れば少ないはずだ。
というより整いすぎている。ラインアルストでさえ、ギルドの宿舎に料金を払えばきちんとした温水のシャワーができるのだ。
「アーインスキアとの戦後、復興を進める中で一番最初にノードゥスが依頼されたのがそれだったらしいよ。僕はまだこの世界に来てなかったから聞いただけなんだけど、なんでも王族のアギト様、第一貴族の当主であるユーシス様と妹君のリナ様、あと第三貴族のジークフリート様もだったかな。彼らは異世界の技術を知っていたから、既存の水道に不安があったみたいで」
確かに水道が整備されていない場合、危険な事は多い。単純な飲み水の確保もそうだが、水を媒介にして、病が流行る事も多々あるのだ。
「まあ、そんな感じで大陸東のライン地方と南のウルダ地方はほぼ整備が終わってる状況かな。
西と北も早々に着手したかったんだけど、北は例の『オリジン』の件、西は――言わなくてもわかるね? そんな感じで滞ってるんだよ」
「『オリジン』に、西の動向……ですか」
リーシャが大会議の内容を思い出すように口にする。
関係なくは無い問題だ。
前者は間接的だがラインアルストに被害を出しているし、西にしても、話に寄ればアーインスキアの支配地域だったこともあり、きなくさい。
「みんなも注意してね。
――と、見えてきた」
「?」
「あれが、魔流電導列車駅さ」
他の建築物と比較して、場違いなほど現代的な駅がそこにあった。
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メルズライン南側の一区画にあるそれは、中に入ると世界が変わったように見えた。
この感覚はラインベルニカにあるミロモルデア特区で似たようなものを味わった覚えがある。
「……中は完全に現代式――いや、近未来って言った方がいいか?」
「建物自体のデザインやシステムもマザー・イニーツィオやマジーア・リベレーターの技術の応用だしね。ここは特に後者の方に偏重してるけど」
見れば受付などもあるみたいだが、
「……あれ、ロボットか?」
どう見ても人ではない。文字通りの機械が立っている。
「うん、試験的に配備してるやつ。この駅自体のセキュリティも彼らが担ってくれてるんだ」
ここだけまさに異世界というやつだ。
凜などは立場上、そう言ったものに慣れてるようだが、隣のリーシャは物珍しそうに辺りを眺めている。
……というかこの近未来空間にハーフエルフがいるって言う事自体、違和感ばりばりだな。
建物内を進むと、ゲートの先、ホームが見えてくる。
「あれがノードゥス社専用魔流電導列車『ハヤテ』だよ」
青と緑を基調にした車体が照明を反射して輝いて見える。
「フォルムはどちらかと言えば新幹線みたいな感じだな。速さはどれくらいでるんだ?」
「最高速は時速200キロだね。ここからラインベルニカまでなら九時間もあれば余裕だよ」
「そんな短時間でラインベルニカまで行けるのですか?」
隼人の説明にリーシャが驚く。
馬車であれば、十日間以上はかかる距離を半日かからずに移動するのはまさに大革命だろう。
「はい、車種によって速度は異なりますが、ハヤテならそれくらいです。あとは政府専用車『モルタル』と王族専用車『スカイ』もありますが、その二つは今ラインベルニカで最終調整中ですね」
「……路線は大街道に沿って作るって話だったか」
「当面はそうだね。『オリジン』事件の影響で作業が滞っていたんだけど、最近政府から王都グランティ再建も急がなくちゃならないから早く王都まで繋げてくれって催促がきてるし」
「そうか、大変だな」
「そうだよ。こう君がレイ・ウィングズに来れなくなって僕ががんばらなきゃいけないし。なのにいっくんはそんな僕を労おうともしないなんて」
「あー、悪かったから。うざ絡みするな」
言って、ぷっと吹き出した俺たちはしばらくして、
「……それじゃ、僕はそろそろ行くかな。凜たちのこと頼んだよ?」
「おう……って言ってもみんなしっかりしてるし、俺がいなくても大丈夫だと思うが」
「それはそれ、だよ。
――凜も良い機会だから色々体験してみるといい」
隼人の言葉に凜が頷いた。
「ん、そだね」
最後に隼人はリーシャの方を向いて、
「と、うちのみんながラインアルストでやっていけるようにお願いします。あ、あと二人とも式の時は呼んでね」
「――何の話だよ!?」
式……? というきょとんとした顔をしたリーシャの代わりに俺がツッコミを入れる。
対し、隼人はニヤっと笑ってとっとと車内に乗ってしまう。
「ったく……」
「でも、二人はちゃんと付き合ってる訳じゃないんでしょ。そろそろはっきりすれば?」
凜が俺にしか聞こえない声で言う。
リーシャとはここ数ヶ月で実質恋人みたいな間柄ではあるのだが、はっきりと告白したわけではない。冗談半分みたいなのでごまかしてはいたが。
「はっきり、って言ってもなぁ。今更正面きって付き合ってくれって言うのも恥ずかしいと言うか……。だいたい断られたらどうするんだよ」
「いやいやいや。それは無いでしょ」
半目で告げられる。
「純一も良い大人なんだから、微妙な距離間に甘えてないではっきりすることだね」
十七歳の少女に言われ、生意気な、とも思うが、正論でもある故、反論できない。
「うっ……と、ハヤテが動くぞー」
凜がため息をつくが、ハヤテの発車音でかき消される。
そのまま列車がラインベルニカ方面に向かうのを見送った後、俺たちは帰路についたのだった。




