68.ダンジョン攻略戦Ⅳ
「がっ……!?」
壁に打ち付けられた衝撃で一瞬呼吸が出来なくなる。
「ごほっ! ぐっ……!」
胸に手を当て、身体を落ち着かせる。
二つの再度の警告が、命を救ったと言っていい。あれがなければ直撃だった。
顔を上げ、見渡してみれば、レオ、剣が倒れている。リーシャとリリエはなんとか立ち上がろうとしている。
「くっ、《観測者》! レオと剣は無事なのか!?」
『――両者、損害軽微――気絶状態――』
気絶、それだけならばまだいい。
「――っ痛ー……。なーんで心臓貫いたのに動けるのかなー?」
背中をさすりながら、リリエが立ち上がる。
確かに、リリエの魔法はデーモンの身体を貫いた。
仮に致命傷を避けていたとしても大きいダメージを与えたはずだ。
しかし、《観測者》の示すデーモンの状態は、
『敵対悪魔種――損害状況低度――戦闘続行可能領域と判断――』
デーモンは拳を床に打ち付けてから動いていないが、《観測者》の言が正しければ、すぐさま活動を再開できるはずだ。
「ほんと、何で動けるんですかねアレ――ああ、リリエさんに聞いてもだめですね」
「ちょっとー!? なんかジュン坊冷たくないー!?」
「いえいえ、なんかすごい自信ありげにデーモン倒したと思ったら普通にやられたんでちょっとだけ、『あっ……』ってなっただけです」
「傷つくー!」
めそめそと嘘泣きを始めるリリエから視線をそらし、俺はリリエとは反対側にいるリーシャに声をかける。
「大丈夫か?」
「……はい。すみません、私がもう少し早く気づいていれば……」
「リーシャのせいじゃない。リリエさんだって気づいていなかったし」
「ねージュン坊ー。女の子を慰めるのに人を利用しないでー!」
嘘無きしていたと思ったら今度は怒りはじめたリリエにため息をついて言う。
「だったら次は油断しないでください。
――来ますよ!」
人のことを言えた義理では無いが、それどころではない。《観測者》がデーモンの行動再開を感知したのだ。
俺が告げた言葉に、リリエが動いた。
床を蹴った、その力だけでデーモンの目前まで跳躍した彼女はデーモンが完全に立ち上がるよりも前に拘束を開始する。
「ヴァルベルズバインド!」
黒の鎖がどこからともなく出現し、デーモンの身体に絡みつく。
だが、身体が完全に拘束される前にデーモンは力ずくで鎖を振りほどき、眼前のリリエに拳を振りぬく。
対し、リリエは左半身を引き、最小限の動きだけでそれを避ける。同時、彼女の胴体すれすれにあるデーモンの左腕に、いつの間にか左手に持っていた短刀を振り上げた。
短刀はデーモンの左腕を引き裂――かなかった。刃は皮膚に食い込むことなく、止められていた。
「リーシャ! 傷口を狙え!」
そのままではデーモンが左腕を外側に振るだけでリリエが飛ばされる。だから、それを止めるべく、俺の魔弾とリーシャの魔法がデーモンの右胸に追撃する。
「――とっと。二人ともありがとー」
こちらの近くまで跳躍し戻ってきたリリエが言った。
「いえ……しかし、どうするのですか?」
「うーん、ここまで来る道、めんどくさくなっちゃって途中から壁に穴開けてきたし、援軍待ちでもいいんだけどね。ただ――本音を言えば、ここで討ちたいかなー」
「何でですか?」
「あのデーモンが未だ本調子じゃないからだよ」
「……アレでですか?」
何回か殺されかけた身としてはあまり信じたくない言葉だ。
「みんなも朝起きたときは本調子じゃないでしょ? それと同じ。私が今まで戦ったデーモンはもうちょっと動きよかったし。
……ただ、それは抜きで、あのデーモン、今までのとちょっと別物な感じ」
訝しげにデーモンを見たリリエはふいにデーモンに届く声量で、
「そこのデーモン君さー、なんで心臓貫いたのに生きてるのー?」
唐突な質問に俺とリーシャがぎょっとする。
敵対する魔物に――しかも自身が心臓を貫いた者に対し、疑問を直接聞く者がいるだろうか。
デーモンも俺たちと同じ気持ちだろうと思っていると意外な事に言葉が返ってくる。
『フ、普段デアレバ神想世界ノ虫ノ言葉ナド聞カヌガ、貴様ハ我ノ身体ニ傷ヲツケタ者ダ。答エテヤロウ。
――簡単ナ事ダ。我ガコノ世界ニ住ム雑種タチトハ格ガ違ウダケノ事』
相手も相手で変な奴なんだろう、と思う事にした。
それにしても言っている事を完全には理解できない。神想世界とはレイ・ウィングズのことだろうか。
「……ふーん。ちょっとだけど、ピースが集まってきたって感じかなー」
「……?」
リリエがわかったような言葉を出すが、おれたちにはさっぱりだ。
「まあ、今は最後の方が大事だね。つまりはデーモンの通常種とは訳が違うと……。面倒だなぁ」
「面倒の一言で済む事態ではないと思いますが……」
半ば呆れる様な声でリーシャが言う。
だが、悪びれた様子の無いリリエは、ヴェリアルに視線を移して問うてきた。
「ジュン坊のヴェリアル、あいつの身体は貫けるの?」
「……正直、通常の使い方だと無理でしょうね。やるなら銃身が壊れるような使い方になると思います。かと言って、俺がアイツを足止めできるかといえばそっちの方が無理ですね」
きっぱりと言う。拘束魔法などは覚えて無いし、どちらかと言えば、攻撃の方がまだ仕事が出来るはずだ。
俺はヴェリアルの損傷を覚悟する。
……まあ、魔石があれば、また元に戻せるだろう。
どちらかと言えば、撃つ際に俺の身体が吹き飛ばないかが心配だ。そう思った時、
『――《観測者》、魔銃ヴェリアルと同期完了。敵対悪魔種の解析情報を共有――』
最適化した、と《作成者》が言っていたが、その件の《観測者》は俺の知らぬ間に色々やっていたらしい。
そして、どうやらそれは《観測者》だけではなかったらしい。
《観測者》の言葉より数秒置いて、
『魔銃ヴェリアルの要請により《作成者》起動――』
今度はヴェリアルかよ!
スキルも勝手な奴らだと思ったら武器までも俺の意思とは別に何かをし始めた。
というか、スキルはまだしも、ヴェリアルに関しては《創造者》を使ったとはいえ、俺が作ったものだ。AIなど搭載した覚えは無いのだが……。
『――要請内容から《創造者》を追加起動。《観測者》の情報と魔銃ヴェリアルの要請から魔銃ヴェリアルの最適な構築を計算中――』
ヴェリアルの最適な構築だと? 一体、こいつらは何をしようと――?
『主の、疑問に返答――敵対悪魔種の情報、から――魔銃ヴェリアルの強化を提案――』
最適化されたからか、《作成者》《創造者》よりも人間味を帯びた《観測者》の声が聞こえる。
『《創造者》――目的物質認識――――条件未達成を確認』
魔力が足りない。
ならば、手持ちの魔石で――。
『《観測者》より、主に警告――固有異空間内に現存する魔力石では《創造者》の条件を達成不可能。別の方法を推奨――』
別の方法って言ったって、どうしろと。ここには他に魔石なんて……。
そう思った時、俺の視界にある物が入った。
それは、そもそもにおいて、この広間に入った時、一番最初に調べようとした物。
「《観測者》、あの水晶の魔力で、確実にデーモンを倒せるレベルまでのヴェリアル強化は可能か?」
『――可能』
ただ、それだけが返ってきた。ならば、次にやる事は決まっている。
「リリエさん、確実に奴を倒すためにやりたいことがあります。そのためにあいつの相手、お願いできますか?」
俺の願いに、リリエがにやりとして言葉を返してきた。
「へえ。あいつを確実に倒すんだったら、最低でも上級魔法レベルは必要になると思うけど。できるの?」
「できるんじゃないですかね。今まで、俺を救ってきたスキルたちが言うんですから」
俺としてはスキルたちの言葉を信じるだけだ。
『ソロソロ虫タチノ最後ノ囁キハ終ワッタカ』
わざわざ待っていたデーモンが動きを再開する。格下だと思い、余裕を持っているのだろう。しかし、それがこちらとしては大いにありがたい。
「……ま、あまり選択肢もないし、ジュン坊に賭けよっか。ラインアルストの救世主にさ」
「それ恥ずかしいからやめてくださいよ」
その言葉を最後に戦闘が再開した。
瞬間移動ともとれる勢いで迫ってきたデーモン相手に俺たち三人は散開する。
「――ライミーグ!」
「……ヴァンクリンゲ!」
中級光属性魔法、ライミーグ。そして中級風属性魔法、ヴァンクリンゲ。リリエから貫通力のある光の閃光が、リーシャから風の刃がデーモンに射出される。
どちらも戦闘魔法として強力だが、デーモンを傷つけるほどの威力にはならない。
だがそれはデーモンの気を引く囮だ。
その隙を突いて、俺は水晶までたどり着く。
水晶に触れ、俺は《創造者》に問いかける。
「やってくれ、《創造者》!」
『条件達成を確認、主の承認を確認――魔銃ヴェリアルの再構築を開始――』
直後、右手のヴェリアルと水晶が光となって、消える。
『――ム……!?』
その異変をデーモンが気づかないわけが無い。
元々、俺のスキルに警戒を持っていたはずだ。
リリエとリーシャからくるりと向きを変えたデーモンは俺に向かってこようとする。
「行かせません! フィーラバインド!」
リーシャがそう唱えると半透明の風がデーモンを拘束する。しかし、それだけではすぐに破られる。だから、
「お、いいねえリーシャちゃん。じゃあ私も……ヴァルベルズバインド! 追加でリュミノルドバインドも!」
デーモンを拘束する鎖に黒と白が追加される。
先程破られたヴァルベルズバインドだけでは危険と判断したのだろう。魔法同時使用を簡単にやってのけるあたり、やはり只者ではないリリエは俺に声を飛ばした。
「ジュン坊、出来るだけ急いでくれると助かるかな! あんまり持ちはしないよー!」
「……ええ、今終わります」
『――完了。天魔銃ヴェリアルを顕現――』
《創造者》の言葉が終わると同時、俺の前にヴェリアルが現れる。
手に取った俺は内心で驚く。見た目にさしたる変化は無い。重量もだ。しかし、
……なんだ、この魔力……!?
今までのヴェリアルとは段違いの魔力だ。
魔銃ヴェリアルはキワル火山で採れた赤の魔石から作られた事もあり、銃自体が魔力を持っていたが、それでも俺と同等なぐらいだった。
だが今の――天魔銃ヴェリアルはデーモンと同じくらいの魔力を感じるのだ。
『天魔銃ヴェリアル構築に、水晶の核であった天霊石という特異な魔石を使用――モード追加、魔流暴裂』
「魔流暴裂?」
俺の《観測者》への疑問の言葉に、反応したのは天魔銃ヴェリアルだった。
銃身がガシャンという音とともに変形する。
『天魔銃ヴェリアルのモード:魔流暴裂への移行を確認、敵対悪魔種の魔力を超過――暴走させるための魔力補充を主に要請』
今ので大体魔流暴裂が何なのかわかった。
だから、俺は異空間から今残っている最大の魔石を引っ張り出した。
「これで足りるか!?」
答えはまず、魔石が消えた現象で現れる。
『魔力充填――完了。天魔銃ヴェリアル、魔流暴裂発射可能――』
「そうかい、それじゃあ試させてもらおうか!」
変形したヴェリアルの銃口をデーモンに向ける。
二人が拘束してくれている今、当てるのは容易だ。
「――魔流暴裂」
言葉とともに放たれた魔弾は、見た目は普段のそれと変わらない。
普通の魔弾ならば、デーモンの皮膚に傷をつけるか、それもできないままに霧散してしまうだろう。
しかし、デーモンの傷口にめり込んだ魔弾はそのままデーモンに入り込み、
『――ナ、ナンダコレハ……? 魔力ガ溢レル……!? 否! 暴レテイル!?』
「……! リーシャちゃん離れて!」
リリエの警告で、二人がデーモンから距離をとる。
直後、悲鳴とも取れる咆哮とともに、デーモンの身体が膨張、そして爆発した。
『――魔流暴裂着弾。敵対悪魔種の魔力暴走に因る破裂を確認』
「……えげつない」
淡々とした《観測者》の報告を聞きながら、飛び散ったデーモンの身体を見て、俺は無意識に感想を述べた。
だが一つの事実も確証を持って、言えるだろう、
俺たちはデーモンに勝てた、と。




