66.ダンジョン攻略戦Ⅱ
「至急、ギルド本部に追加の伝令を! 救出チーム第二班も召集と出発を急いで!」
数時間前と異なり、慌しくなったラインアルスト支部に支部長であるミストの声が響いた。
声に応じて、メンバーが忙しなく動く。
「悪魔……」
数時間前まではただの洞窟調査だったのが、とんだ大事になった。
去年この街を襲ったキメラなど、今の状況に比べてれば小さな話――そういうレベルだ。
そもそも極論を言ってしまえばランクなどただのおおまかな分類上の区別だ。
ランクBでもキメラは種にも寄るが、中間そこそこに位置するのに対し、デーモンはランクA。確認されているどの種もそのランクAの中でさらに最上位の魔物種。あまりに手に余る相手だ。
キメラ襲撃から半年以上経過した今、身を引いたものは多かったが、それでも自分を含め、支部全体の総合力は上がったと思っている。
だが、それでも、
――私を含め、このラインアルスト支部全員で対処しても全滅するでしょう……。
それこそ、指で数える程度しか居ないランクA、例えばギルドマスターなどが対処する案件なのだ。
それほど危険な存在が、ラインアルスト近郊に出現した。
「……いえ、もうラインアルストだけの問題ではないですね」
一度持った考えにミストは首を振って否定した。
規模で言えばこのライン地方全体を揺るがしかねない。
あのデーモンがどういった目的を持つのかはわからないが、記録を見る限り、デーモンが現れた地域一体は大きな人的被害を被っている。
今対峙しているジュンイチ、そして謎の扉を隔てているとは言え、付近に居るレオ、ツルギ、そしてリーシャの命はもう諦めるしかない。
その事に拳を握り締めたミストは、しかし、支部長としての役目を果たさなければならない。全体の指揮ならば、彼女でなくともできるのだ。
彼女は近くに居た者に命令を出す。
「ケインが戻り次第、私も現場に向かいます! 馬の用意を!」
●●●
ミストが怒声とも言える勢いで命令を出しているのを、隼人は遠目に見ていた。
こちらの仕事は、とにかく通信環境を途切れさせない事だ。ミストには既に通信連絡用の端末を渡してある。
――僕たちでは……こっちに持ってきているモノでは、対応しきれない。
ラインベルニカから持ち込んだものは大半が生活環境向上や通信設備などで、武装の類は各員の護身用武器程度だ。
「せめて通信環境とアレが完成していれば、ガリウスさんたちか、もしくはうちの戦力を呼べたのに……」
悔しさから声が漏れてしまうが、言っても仕方が無いことだ。
横、凜と陣も不安そうに純一から送られてくる映像を見ている。見知った者達が命の危険に晒されている。その事に彼女達は慣れていないはずだ。
「……それは僕もか」
恐怖と悔しさはある。だが、上に立つものとしてそれを表に出すことはできない。
浩二ならどうしただろうか。彼は自分と違って十蒼希だ。きっと一人でも純一を助けに行くに違いない。
だが、自分にはそう言った力は無い。
だから。
力ある者に託すしか無い。
誰にも聞こえない小さな声で、隼人はつぶやいた。
「……彼女が間に合ってくれれば良いんだけど」
●●●
久しぶりの戦闘ということに、身の毛が弥立つ感覚を覚えながら、俺は行動を開始した。
あれはヤバい。
何が、とは具体的には言えない。だが、この感覚は以前、ファイアエレメントやキメラと対峙したときのものと同じ――否、それ以上だ。
デーモンはこちらから視線をはずさないまま動かない。
ならば、こちらが動くしかない。というのも、俺とデーモンの間には謎の水晶が鎮座してある。あれが壊れたら出られないとかだったら困るし、何よりヴェリアルを撃つ際に射線の邪魔だ。
そして、俺の後ろにはリーシャたちがいる。これまた謎のプライバシー皆無な扉が間にはあるが、あれがデーモンの攻撃や俺の攻撃を通さない、または破壊されないと言う保証は無い。そうなった場合、リーシャたちが危険だ。
身体とヴェリアルの銃口をデーモンに向けたまま、右にすり足で移動を開始する。
……話し合いは……無理だな。
あの殺気を身に受けながら、そんな能天気なことが言えるのは、戦闘に関して一切知識が無い者か、または相手を一瞬で倒せる者ぐらいだ。
だいたい何故あんなに殺気立っているのか。
確かにこちらは侵入者なので、怒るなと言うのも無理な話だが、あのデーモンが言った言葉の中に気になる部分もある。
『奴ラガ仕エシ者』とは一体誰の事か。そしてそいつと俺の魔力が同じってどういうことだ。
つい、深く思考してしまおうとする。だが、視覚がそれを許さなかった。
デーモンの位置はそのまま、右腕が上がり、こちらに向けてきたのを捉えた。それだけでは無い。掌に黒の光が集まっているのだ。
「やばっ!」
じりじりと移動するのをやめ、思いっきり右に跳ぶ。
直後、今まで俺がいた場所を黒の閃光が駆け抜けた。
――待て、魔法が壁に激突したら跳ね返ってくるんじゃ……。
しかし、数秒経っても何も起こらない。あれがどのような威力の魔法かは知らないが、壁に当たって反射してこないなら爆発ぐらいしそうなものなのだが。
『ジュンイチ! 今の魔法、壁に吸い込まれたように見えたよ!』
扉の向こう、レオが言った言葉がヘッドセットから伝わる。距離が離れたからか、端末が自動で設定を変更したらしい。
……吸い込まれた、か。これじゃあ壁を壊してもらうってのは出来なさそうだな。
あのデーモンの攻撃が協力で反射せずに壁が壊れる――だったらひとまずダンジョンから脱出できるように誘導したかったが、そう簡単にはいかないらしい。
「とにかく、向こうから攻撃してきたんだ。正当防衛といこうか……!」
侵入者側の言葉ではないが、今更である。
俺はとりあえずの初撃として、ヴェリアルを実弾モードで、そのまま狙い打つ。
出現した位置から動かないデーモンの胴体を狙うのは容易だ。
確実に着弾する。
だが、弾丸はその皮膚にいとも容易く弾かれる。
「やっぱり駄目か。普通ならそこそこの威力なんだぞ……!」
誰に言い訳しているのか自分でもわからないが、つまりはあのデーモンの皮膚は普通では無い。元々、金属のように硬いのか、それとも魔流活性で身体強化しているのか。とにかく、実弾では通じない事がわかった。
だいたいデーモンの生態なんてわからん、と思いながら俺はストックスで取り出した手榴弾を投げつけた。しかし、効果は無いだろう。壁ですら爆弾の効果が無かったのだ。
今までもぶっつけ本番は多々あったが、周りの知識でなんとかなっていた。しかし、今回は相手が相手だ。デーモンの対処法など知る者がそこらへんにいるとは思えない。
……情報無しで戦うにはちょっと無理ゲーすぎるだろ……!
お返しとばかりに放たれた閃光をとっさに回避しながら、ヴェリアルの弾丸を魔弾に変更し、放つ。
デーモンの皮膚に着弾した魔弾は先程の実弾とは違い、デーモンの皮膚に少しの傷を残す。しかしながらそれだけだ。
やはり効果が薄い。
デーモンの弱点部位とか知らないぞ! と、そう思ったときだ。
『――《作成者》起動』
脳内ボイスが響いた。
「――何?」
何故勝手に起動した? 否、それ以前に俺は何も作ろうとはしていない。
『――悪魔種の出現を感知。《作成者》の機能制限を一部解除開始――』
機能制限だと?
訳がわからないまま、《作成者》はたんたんと言葉を続ける。
『主の総魔力量を測定――条件の達成を確認。
――解除完了』
その主である俺の意思とは別に、スキルは自動で作業をこなしていく。
思えば、レオを助けるために初めてスキルを使用したときも勝手に起動からポーション作成までを行っていた気がする。
『――《作成者》の一部機能を切除――切除機能を部分再結合――主に最適化し、《観測者》として作成――完了』
《作成者》使用の影響か、魔力を持っていかれる感覚に陥るが、今の問題はそこでは無い。
《観測者》とは何だ?
その疑問に答えるかのように、件の《観測者》が自動起動する。
『《観測者》起動――対象を敵対悪魔種に固定』
瞬間、視界に変化が訪れる。視界に映るデーモン、その身体から様々な数値データが表示されているのだ。
そして、デーモンの身体のある部位を赤く表示させている。
おそらく、そこが、
「弱点ってことか!?」
先程よりも出力を上げ放たれた魔弾が、弱点と思われるデーモンの鳩尾に着弾する。
衝撃に、デーモンがうめき声を上げ、鳩尾を手で押さえる。
どうやら効果ありだ。
「……というかあれは人間でも痛いよな……」
『グゥゥゥ! 小人ナレドモ、ヤハリ力ノ質ハ奴ラト同ジカ! ナラバ、我モ本気ヲ出ソウデハナイカ!!』
いやいやいや、そのまま! そのままで! できればもう眠りについていただいて結構ですが!
だが、俺の願い虚しく、デーモンが更に強力な魔力を帯び、視界の数値も跳ね上がる。
更に強力になったということは先程よりも魔法が過激化するはずだ。
奴の一挙手一投足に気を配らなければ、回避が間に合わない可能性が高い。
だが、俺の予想は外れた。
一度の瞬き、その一瞬でデーモンの姿が消えたのだ。
……どこに!?
『上です!』
『直上注意――』
リーシャと《観測者》の声が同時に警告してきた。
俺は魔流活性で強化した身体を前に投げ出すように跳んだ。
直後、デーモンの拳が空を切り、床を粉々に砕いた。
衝撃波を受けて、俺は体勢を崩しかけるがなんとか着地する。
『……ホウ、今ノヲ避ケルトハ。小人ハ虫ノヨウニ素早イカ』
「――まさか」
そのまさかだった。
デーモンは再度離れた俺との距離を一瞬で詰めてきたのだ。
「くそっ!」
俺とデーモン。本当の戦いが始まった。




