61.挑戦者達の初仕事Ⅰ
ラインアルスト、その南二十キロの地点にある森を一台のオートバイが走行していた。
運転は黒髪の青年が、その後ろに金の髪を持ったハーフエルフが青年の身体に手を回して搭乗している。さらに、オートバイに接続されたサイドカーには二人用の座席が備わっており、それぞれの席に年の若い少年らが乗っている。
ふと、青年がサイドカーの少年らに視線を動かさずに声をかけた。
「悪いな二人とも。ここまで酷い道はホバーなり使ってきたが、やっぱり狭いだろ」
声をかけられたうち、金茶色の髪をした少年が先に返答する。
「ううん、ボクは平気だよ。それよりツルギ君の方は大丈夫? ボクよりがっしりしてるし、きつくない?」
「いえ! 全然平気っす! というよりわざわざサイドカーを二人乗りにしてもらって純一さんには大変申し訳ないというか!」
「いやいや、別に元のサイドカーに皮なり何ありの素材を集めて《作成者》で再構築するだけだから。ちょっと魔力は食うけど《創造者》ほどじゃないし」
俺は左手をひらひらと動かし、気にするなとジェスチャーを送る。
それと同時、視界の木々の割合が高くなってきたことを認識する。
ヴィエラを減速させつつ、
「うーん、ここからは降りて歩きだな。聞いた話だとそこまで距離があるわけでもないし、いい準備運動になるだろ」
「了解ー。確か、ケインさんが待ってるんだよね?」
「ああ。現場入り口のバックアップぐらいはやらせろって。ノードゥスのこともわかってるリリエさんと一緒に洞窟の入り口で待ってるらしい」
「なるほど……。しかし、いきなり新たな洞窟を探索しろ、と言われた時は驚きましたが」
停車し、俺の腰から手を離して地に降り立ったリーシャが言うのを、サイドカーごとヴィエラをストックスで異空間に格納しながら言葉を返す。
「本当は俺一人でノードゥスのバックアップを受けて攻略するつもりだったんだけど、それはだめだって隼人とかミストさんに怒られてなぁ」
「――当たり前です、何を馬鹿なことを言っているんですか」
割と本気で怒られて言わなければよかったと後悔する。
それが心配から来ていることぐらいわかっている。
そんな様子を見てレオが苦笑しながら、
「確かにそれは無謀だよー。
まあ、それが四人に増えたところで、って話でもある気がするんだけど」
「その辺りはそれこそノードゥスのバックアップに期待だな。目的の一つがそれに繋がるし」
「目的……、その言い方だと他にもあるんだよね?」
「ああ。今言ったようにノードゥスがギルドのバックアップをする有益な存在である事の証明。加えるとすれば、俺の力量の公開ってところか。
後者に関してはそれなりの魔物を討伐できれば上々、――最悪、洞窟探索だけでも規模や内容によってはそれだけで納得はさせられるだろ、俺を疑問視してる人間に対しては」
ケインの言曰く、洞窟自体は風の流れや魔力観測からすぐ行き止まりになるような規模では無いと言う。
ならば、中に何があるにしろ相当な深さであることは覚悟しなければならないだろう。
そのため、隼人と協議した結果、洞窟入り口に『つながるくん』を設置することになった。洞窟深部にいてもラインアルストのギルド本部にいる隼人たちとも連絡を取れるようにするためだ。入り口から二十五キロ以上の距離に進まない事が前提だが、徒歩での移動を考えるとそんな距離を移動する時点で危険だと判断できる。
また、洞窟に進入するメンバーである俺とリーシャ、剣に加え、レオにもノードゥス製の端末を貸し出している。四人がはぐれない事が一番なわけだが、分かれ道や魔物の襲撃など、分断されたとき、レオだけが端末を持っていないのは危険だという判断だ。
「これの使い方は昨日一通り教わったけど……すごいよね、この薄い箱で遠くの人と話ができるなんて」
「そうだなー。詳しい説明は機能したとおりだけど、要はその箱が魔法を肩代わりしてくれてるって思えば簡単だろうな。今はとりあえず通話方法だけ覚えていればいいさ」
「うん、そうさせてもらうよー。でもリーシャさんはもうかなり使いこなしてるんでしょ? すごいなぁ」
「私の場合は以前から頂いていましたし、ジュンイチさんに直接教えて頂いていましたから。それに、使えるといっても通話機能ぐらいですよ」
「俺も一通り確認してみたけどアプリとかはラインベルニカで構築されているネットワーク本体に接続しないと意味が無いものも多いし、ほんと今はそれだけでいいと思うぞ」
自分でも端末を起動し、ざっとアプリ一覧を表示する。
目に付くのはインターネットブラウザや地図アプリだが、前者に関しては現状論外、後者は詳細に表示できるのは大陸東部だけで位置情報検索機能もあるようだが、隼人に訊ねると件のインターネット機能と接続する事で使えるようになるらしい。どれだけ便利だノードゥスネットワーク。
と、まあ現代日本――日本に限った事ではないが――ではインターネットに接続していないとその機能をフルに活用できないものは世界が変わっても同じらしい。それでも端末同士だけで動画までリアルタイムで送受信できる等、端末自体も既存の物とは一線を画している。
しかしながら、ネット通信が無くとも使用できるものも多少ながらにある。
俺が気になったのは翻訳アプリだ。
マザー・イニーツィオ以外の世界で普遍的に発動している翻訳魔法とも言うべきものがありながら何故こんなものをわざわざ作ったのか。
これも隼人に訊ねるときちんとした理由はあるらしい。
曰く、例の翻訳魔法は『未修得の言語』を『自分の習得している言語』の意味に置き換えて理解できるようで、一つの言語を習得して初めてその影響下に置かれる。そのため、言葉を理解できない赤ちゃんなどと会話する事はできないし、逆に言語を持つのであれば魔物とすら会話できるのだ。
しかしながら、そうした特性のため、自身の世界で使われている言語を習得している者は他の言語をきちんと習得しようとは思わない。当たり前の話だ。日本語しかわからない人間が、この魔法の下では英語を聞いても全て日本語として理解できる、ならばわざわざ英語を理解しようと思う者は少ないだろう。
とは言え、その魔法が発動されていない唯一の世界とそうでない世界の架け橋であるノードゥスにおいて、それでは困ることがある。マザー・イニーツィオの言葉を知らない者がマザー・イニーツィオに渡った時だ。そもそもそんな異動とか有り得ないんだけどねー、という話だが、万が一のために開発したとか何とか。
ちなみにこの翻訳魔法、上手く利用すれば異言語の習得に大いに役立つ。耳にはその言語特有の発音などが入ってくるが、脳内では自身の知っている意味に置き換えられるのだ。よって、単語を覚える事もかなり楽で、この世界に来て一年も経たないが、レイ・ウィングズで使われている一般的な言語、とは言ってもそれ一つしかないらしいが、リーシャとレオの助けもあり簡単な会話ならばできるようになっていた。逆にリーシャとレオは俺の日本語に興味を持ったらしく、俺と同じように日本語を習得しかけているといった状況だったりする。
「――ああ、それと。確認なんだけど、本当にいいのか、剣?」
唐突な話題の切り替えだと、自覚しながらも、しかし、確認しておかなければいけないことを口にする。
「何がっすか?」
「いや、今回の同行についてだよ。言ったとおり、洞窟の中には何がいるか、どうなっているかはわからない」
「自分の力が今回の件には及ばないのではないか、ということっすか?」
直球の疑問が返ってきた。
答えにくいなぁ、と思いながらもしかし、
「あぁ、はっきり言えばそうだな。隼人からある程度の力量――ギルドで言えばランクEに相当すると聞いていたが、実際に見たわけじゃない」
ノードゥスメンバーと初めて会ってから一ヶ月、それぞれの特技や専門などは把握してきたが、戦闘力については運が良いのか悪いのか実戦の機会が無かった為、話を聞いただけだ。
一応、剣の他、凜や陣、まり達も護身用の拳銃――この世界においてノードゥス製の拳銃が護身用程度で収まるのかは知らないが――を持っているらしい。
だが、武装の良し悪しでクエストの全てが決まるわけではない。敵対対象、戦闘環境などにより、その武装が適しているかどうかは変化する上、今回の場合、洞窟という閉鎖空間で、しかも未知のものであり、
「仮に中で何か起こった場合、自分の判断、力で動く事になるかもしれない。そんな時に自分でどうにかできるって断言できるかどうか。正直言ってしまえば、ランクCの俺だってかなり不安だよ」
最後の言葉、これも本音だ。
ランクCはそれ相応の実力を示すものとは言え、俺の場合、かなり突貫作業じみたランクの上がり方をしている。
――実際にそこそこの場数は踏んできたとは自負できるけど、やっぱり不安だよなぁ。
「いざって時に他の誰も頼れず、最悪そこで死んでしまうかもしれない。そういうの、覚悟できてるか?」
立ち止まり、俺は剣に視線を向けた。
対し、剣もまっすぐに俺を見ていた。少しして、
「……有事の際に絶対どうにかできる――っていう断言はできないっす」
言葉に、俺は反応を返そうとする。しかし、それよりも早く、
「でも、覚悟はしてるっす。それはノードゥスに入る前からできてるっすよ」
はっきりとした、言葉が来た。
それは、見栄でもなんでもない、本当の言葉だと感じられる。
「……ならいいさ」
言った時だ。隣、リーシャが横目でこちらを見て、
「……というか、そういうジュンイチさんはどうなのですか?」
問われ、
「え? 覚悟なんてできてるわけ無いじゃん」
答えに、リーシャがため息を、レオが苦笑を、そして剣が、は? という顔になるのを見る。
……確かに、覚悟とか何とか聞いておいてなんだよなー。
「あのな? ぶっちゃけて言えば、俺なんて意識はまだ半分は一般人感覚――って言ったらおかしいか、とにかくマザー・イニーツィオに居た頃の感覚でいる。だって一年前はまだ会社員やってたんだぞ? それが気づいたら、異世界に飛ばされて若返ってなんかすごい力身につけて今に至るわけだ」
今更ながらによく平気でいられたなとは思うが。
「それで、ここで死ぬかもしれないなんて覚悟できるわけ無いって」
特に日本などは一部の特殊な環境を除いて、死と隣り合わせに生きているなんて思うことは少ない。そんな感覚が残っているなら割り切る事など不可能だ。
……そんな半端な感覚で今までよく生き残れたなとは思うけど、そこは『作成者』と『創造者』……あとは環境が良かったんだろうなぁ。
この世界に来たあの日、リーシャに出会っていなかったらどうなっていただろうか。
「……まあ、だから何かあったときに絶対どうにかするためにスキルはフル活用するわけだけど。結局、何が言いたいかというと、俺自体がまだそんな感じだからさ、周りが精神的にしっかりしてないと危険なんだ、多分。その点、リーシャもレオもしっかりしてるし、じゃあ剣はどうなんだろうって確認したかっただけ」
「なるほど! わかりましたっす!」
先程の答えと打って変わって、本当にわかっているのか怪しい答えが返ってきたが、この件については俺は何も言えない。
「あはは……。でもジュンイチもその辺り、ちゃんとしてるとは思うけどなぁ。とにかく、全員無事にこのクエストを乗り切ろうってことで!」
「おう」
《創造者》に関しては未だに魔力消費量が多く、場合によっては貴重な魔石を消費する事になるのだが、流石に安全との天秤にかけるまでもない。
いずれ、魔石の確保方法も考えなければならない。以前のように火山内部に入って、などは危険が過ぎる。
幸いにして、ノードゥスが魔石を使う機械を取り扱うならば、融通が利く可能性も大きい。
その辺り、隼人がラインアルストに滞在している間にそれとなく話しておく必要もあるだろう。
渋い顔をされるかもしれないが、それくらいの要求はしてもよいだろう。
と、その時だ。ふと、リーシャが手を挙げ、
「――ところで、少し話が変わるのですが。今回はクエスト内容が内容です。お互いの武装や戦闘スタイルなど、もう一度確認した方が良いかもしれませんね。特にレオ君とツルギ君は昨日が初対面ですし」




