60.これからの計画Ⅲ
「……なるほど。それでこちらにいらっしゃったと」
ギルド、ラインアルスト支部。その支部長室で、女が、理解した、とでもいう風に言葉を作るのを俺は聞いた。
「まあ、はい」
「工事完了までの間で良いので、了承いただけると幸いです」
困り顔の俺の横、隼人は笑顔を崩さないまま、ラインアルスト支部長であるミストに言った。
それに対し、ミストも難しい表情を作る。
「……そう簡単には許可できません」
「まぁ、そうですよねー」
予想通りの答えが返ってきた。
半ば隼人に強引に連れてこられ、ミストに事のあらましを説明したわけだが、やはりそれだけではだめだった。
俺としてもギルドの施設が使えるならば、これ以上は無い選択肢だとは思う。
だが、そう簡単に許可は下りないと想定はしていたし、許可が下りたとしても、きちんとした理由が無ければ、周囲の理解が得られない。そうなった場合、ギルドとノードゥスの間で無用な事態が起こる可能性も否定はできない。
つまり、俺の横で笑顔を継続させている親友が言いたい事は、
……そこをどうにかしろ、ということだろうなー。
元々、ノードゥスが行うこの事業は政府、ギルド、ノードゥスが合同で進めてきたものであるから、ギルドマスターであるガリウス――もっと言えばこの世界の頂点に君臨する蒼王からの許しが出ているはずのため、多少の行動は大目に見てもらえる筈だ。
それなのに、ミストが首を横に振ったのは、やはり俺が想定したものと同じものへの懸念だろう。
……変にこじれるのも嫌だしなー……。
陣や彩華などはともかく、凜はきちんと向き合わないとぶっきらぼうに見えたりするのは問題が出そうだ。皆、話してみれば意外とすんなり馴染みそうではあるが、やはりきっかけが欲しい。
――そう、きっかけだ。
俺としてはこの状況に対しての解決案は浮かんでいる。簡単な話、彼らの有用性を実際に示せばいい。つまり『プレゼン』を行い、『構築予定のネットワークシステムとそれに必要な『つながるくん』の組立から設置まで工程』と『それを行うノードゥスの面々』の必要性を理解してもらうのだ。
構築ネットワーク自体は機密扱いの代物ではないので、その辺りは問題ない。
問題があるとすれば、プレゼンのタイミングだ。
それ自体はすぐにでもできる。大会議でも行ったようにリアルタイムでの遠方との通信を実践すれば良いだけだ。
しかし――プレゼンとはいかに聴衆にインパクトを与えるか、というのが重要な点だ。
ただただ、それだけを見せても、便利なもんだな、と思われるだけの可能性もある。
何か利用できそうなクエストがあればいいんだけど……、と思った時だった。
部屋のドアが開き、支部長室に入ってくる者がいた。
「さて、どうしたもんか……あん? 誰かと思ったらミスト嬢じゃねえか。それとジュンイチに――知らねえ顔も居るな」
困った様子の初老の男はこちらを確認すると声をあげた。
それに対し、ミストが男の名を呼ぶ。
「ケイン、久しぶりです」
●●●
「おう、二ヶ月ぶりか。もうちっとあっちに居ると思ってたが……」
ケイン――ラインアルスト副支部長の肩書きを持った彼はそのまま空いているソファーに腰掛けた。
「ガリウスの奴とはちゃんと話せたか?」
「ええ、それなりに」
ミストの言葉にケインが頭を掻いた。
「あいつ、去年は俺に声もかけないまま帰っちまったからなぁ、薄情なやつだぜ」
「あれ? ケインさんってガリウスのおっさんと知り合いだったんですか?」
「若い頃……、アーインスキアとの戦前に奴と知り合ってな。その後も何かと会う機会もあったんだが、戦時中はめっきり会わなくなっちまって。てっきり死んだと思ってたんだが数年前に再会したんだ。
今度は飲むって約束もしてたんだが……」
「そうなんですか……」
「ま、お互い歳食ったが、いずれまた会う機会もあるだろうさ。……今回はそういう話をしてきたんだろ?」
ケインの最後の言葉にミストが頷く。
「そうですね。こちらの隼人さんの紹介も含め、向こうで聞いてきた事を報告しましょうか」
ミストは東ギルド大会議で聞いてきた事や今後の計画を、そして俺がそれに付随してノードゥスのことなどを説明した。
「……と、まぁそんな感じです」
「そいつはまた……。西の動向に、異世界の技術屋集団とは。
――確かに商人たちの話を聞いてると、西との交易が減ってきたなんて愚痴は聞いた事があるかもしれん」
ラインアルスト副支部長であるケインはギルドにおける商人たちとのやり取りを担っている。
――そういや、なんでケインさんが副支部長なのか、聞いた事はなかったな……。
日本であれば、年功序列の概念がまだまだ一般的だったりするので、その影響もあるとは思う。
ギルド自体が再編されたのが最近なので、そもそもの前提が違うかもしれないが、ギルド大会議では他の支部長などはケインぐらいの年齢やそれより上が大半だった。
「それに、ノードゥスだったか。まさかジュンイチの世界が俺達の世界と関わりが深かったなんてな」
「それは俺も驚きでしたよ。隼人がいることも、十蒼希――この世界の英雄の一人が従兄だった事も何もかも」
異世界という環境にいきなり放り出され、しかし自分なりに適応したつもりだったが、それでもその事実は知ってから一ヶ月経った今でも衝撃だ。
ともあれ、そんな感覚もいずれは消えていくのだろうから慣れというものは怖いものだ。
「――で、お前さん達は今は何の話をしていたんだ?」
そういえば、という風にケインが訊ねてきた。よく考えれば支部長室に俺や隼人がいるということは、ミストと何かしらの会談をしていたと思うのが自然だ。
「あー、実はですね……」
先程の説明では話さなかった、現状起こっている問題を簡潔に説明する。
俺の話を聞いたケインはしばし腕を組んでからミストにこう言った。
「……そういう話か。別に良いじゃねえか、使わせてやれば。部屋だって今なら余ってるし、そんなに長い期間じゃねえだろ」
「そう言うと思いましたよ、ケインはそういう話に甘いですから」
「逆にお前は堅すぎるんだよ。規則ってのは大事だが、何でもかんでもそれで縛っちまうのは良くねえ事だ。だいたい、この件自体、上からの承認だってとってあるんだろ?」
確認するようにケインは俺と隼人の顔を交互に見る。
問われ、頷いた隼人は、
「はい、それは大丈夫ですよ。ミストさんも知っている通り、ガリウスさんからはもちろんのこと蒼王――この場合は現蒼王ライナー様というよりは前蒼王レイア様からですが、きちんと承諾されています」
「なおさら、だ。蒼王様の命に背く方が問題じゃねえか?」
言葉に、ミストが困った顔を見せた。
そうだ。政府やギルド上層部からの要請という時点で、ミストがルールに縛られる理由は薄れる。無論、特例扱いにして結果誰かが不利益を被るというのならば、俺達も諦めるというものだが、ノードゥスの場合は逆にギルドの助けになるものだ。
では、ここまでミストが渋る理由は何か?
「……これをあまり言うのは気が引けるのですが」
ふと、ミストが口を開いた。それも、俺を見て、
「私が懸念している事の原因はどちらかと言うと、ジュンイチさん、貴方にあるんです」
「……え? 俺ですか?」
唐突な言葉に、俺は疑問の声をあげた。
横、隼人も同じような表情だ。ケインはケインで、あぁ……というわかったような感じを出しているが、それ以上は何も言わないようだ。
「えっと……俺なんかしちゃいましたっけ?」
心臓の鼓動が早くなる感覚を覚える。が、自分の記憶の中を探してみても特に問題になるようなものは無い。
「いえ、悪い事はしていないです。むしろ、ジュンイチさんはギルドに加入してからもクエストを真面目にこなしてくださっているので、評価も高いです」
思っていた言葉とは真逆の答えだ。むしろ、ほめられて若干照れくさい。
しかし、それでは先程の言葉と矛盾するのではないか。
俺の疑問を察するように、ミストは言葉を続けた。
「変に誤魔化しても時間の無駄なのではっきり言いましょう。ギルド内にジュンイチさんを疑っている人たちがいるんです」
●●●
「俺を……疑っている、ですか?」
告げられた言葉を復唱した。
「はい。去年のキメラ討伐、その時の貴方の功績を、です。それとランク試験もですか。」
言われ、俺は後半の言葉で、大体の事情を理解してしまった。
どちらも、俺のギルドでのランク判定に関わる事だ。
「ジュンイチさんがキメラを討伐した際、実際に見ていたのは私やリーシャ、数人のランクDのメンバーだけで、それ以外のランクDやE以下は撤退して直接目にはしていません。もう一体のキメラをギルドマスターが討伐したという事もそれに拍車をかけているのでしょう」
「……俺が手柄を横取りした、と」
自分で言って自分で嫌になる。この感覚は、この世界に来る直前のものと同じ類のものだ。
「ランク昇格試験が非公開で行われたのも良くねえ原因だろうな」
黙っていたケインが口を開いた。
ランクC昇格試験であるエレメントは、ラインベルニカにいる召喚専属の魔法使いを呼び、行われた。
後日聞いた話では、召喚魔法は世界観を移動するゲートを作る魔法と同じく特殊な部類に含まれ、扱いも難しいためにそれだけを専攻しなければ、碌に使えない代物であるらしい。また呼び出せる魔物も召喚者の魔力に依存するため、現存する者だとエレメント系が限度であり、それ以上――つまりはBランクより上は実戦がそのまま試験となる。
そもそも召喚魔法自体、きちんと契約した魔物などを呼び出すのが正規の使い方であり、ギルドの試験に呼び出される魔物はランダムで強引に呼び出されるようで、それもまたなんと迷惑な事だと思うが、俺にはどうしようもない。
とまぁ、そのような事情もあり、エレメント自体も俺とリーシャがキワル大火山で交戦したファイアエレメントと比べるとまったく圧を感じない程度の魔物であったが、それでもランクCの魔物だ。街中で召喚するわけにもいかず、多少暴れても危険の無い、草原で行われた。
元々、リーシャだけが受けるはずだったのだが、ケインがノリで、受けてみればどうだとか言い出したのはさすがにどうだと思ったし、それに乗った当時の俺もどうなんだ。
「……しかし、いっくんは――失礼、純一君が以降も相応のクエストを完了しているのは皆さん知っているのでは?」
隼人の言葉に、首を振ったのはミストでもケインでもなく、俺だった。
「実際にどんなに功績を出しても疑うやつは疑う。しかも一度疑念を持つとそれに縛られるからなかなかなー。まあエレメントに対しては俺との相性が良かっただけで取り下げってなっても良いんだけど」
疑惑を持たれている事については経験からか、自分で思っていたよりもショックは小さい。
ランクに関しても試験自体、突発的に受けたものだし、そもそもラインアルストに住んでいるとランクC以上のクエストがほぼほぼ存在しない。というか俺は見た事が無い。
「とは言え今はごく少数の話です。しかし、ジュンイチさんと関係するノードゥスを特別扱いした場合、それが大きく広がり、余計な状況を生み出す可能性も否定はできない」
ミストの心配している事はわかった。
こうなる場合、やるべき事が一つ増える。
「俺の実力を公開する、か。言うだけなら簡単だけど……」
ランクCの魔物、もしくは最低でもD以上の魔物を討伐することが必要となる。しかも、それを皆の前で、だ。
ここで問題となるのは、そんな魔物をEやFの者に近づけるのは危険だ。
しかし、この辺りに関しては考えがあった。
元々、ノードゥスの必要性を訴える事が目的だったなら、一気にどちらも行ってしまえば良い。
「隼人、確認なんだけど俺達が持ってる端末って距離制限があるだろ?」
「うん、お互いの距離がだいたい二十キロまでなら通信できるよ」
「それだけあれば十分だな。端末だけでも動画の送受信は可能か?」
再度の問いに隼人が理解の表情を示す。
彼は少し間を空けて、
「……うん、スペック的には大丈夫。ギルド大会議でやったのも端末だけでのテストだったからここでもリアルタイムでの大容量通信は可能だよ」
「じゃあそっちはクリアだな。あとは、それを行う舞台があるかって話になってくるんだけど……」
ラインアルストに帰ってきてからクエストボードなどは一切見ていないため、この後すぐに確認する必要がある。
……そもそもこの周辺で、都合よくクエストが発注されるような個体がいるとも限らないよなー。
世間的にはいない方が良いのだが、この場合は仕方が無い。
試験の結果を確認しに行く感覚だこれ……、などと思った時だ。
視界の端、ケインが片手を上げ、
「――何だかよくわからねえが……大丈夫そうなのか?」
「問題解決までの大体の方針は決まりましたけどまだ不確定要素もあるので、これからちょっと確認してきます」
「そうか。何か手伝える事があるなら言ってくれ。それが俺達の仕事でもあるからな」
こういうときの言葉はありがたいなぁ、などと素直に思う。
「ありがとうございます。それじゃあ、ちょっと出てきます。十分かそこらで戻ってくるとは思うので……」
言って、立ち上がったときだ。
ケインがおもむろに手を叩いた。
「そういえば、ちょっと俺からいいか? 少し話が変わるんだが、お前らの耳にも入れておきたい事があってな」
「――私達の居ない間に何かあったのですか?」
「否、そこまで早急な話ってわけでもねえんだ。実はつい先日、ラインアルストから南に少し行った森の奥で洞窟――らしきものが発見されたんだが」
「……新たに、ですか? いえ、それよりもらしきとは……」
「ああ。お察しの通り、探索等は何もできてねえ。というより、進入口が厄介でな。入り口自体は大きいんだが、縦に長く、加えて少し蛇行しているようで降りた先がどうなっているかくわしくはわからん。
――俺が心配しているのは、下の方、どうなっているかもそうだが、何がいるかわからんところだな。だからミストが戻ってきた段階で大人数のクエストにして調査するかどうか検討しようと思っていたわけだが」
「なるほど……」
ミストが深刻そうな顔をする反面、俺はいいタイミングだとでも言う風に隼人とあることについて確認しあっていた。
「――そういう感じのソフトとかあるか?」
「確かあったはずだよ。前に似たような状況になって、アギトさん――前蒼王レイア様の弟さんなんだけど、彼と浩君が洞窟探検したいからそういうの作ってくれって頼まれた事あったから」
「……かなり気になる話のような気がするがそれはおいおい聞かせてもらおう。じゃあ、可能か? 俺の『プラン』は」
「実行可能だと思う……否、可能にしてもらうよ。これを成功させれば、凜たちが動きやすくなるんだったら、彼女達もやる気になるさ」
俺の『プラン』はノードゥスのサポートありきなのだが、その言葉があれば、安心もできる。
だから、俺は声をかけた。ラインアルスト支部長と副支部長、その二人にある提案をするために。
「すみません。ちょっと俺に考えがあるんですけど……」




