58.これからの計画Ⅰ
「――さて、そろそろ現状確認といくか」
俺は、テーブルの上にある料理があらかた消化されたのを確認してこう切り出した。
ここはギルド支部から少し離れたところにある大衆食堂だ。
カールズという名を持つこの店は、昼は一般的なレストランとして、夜は居酒屋としての顔を持つのだが、なかなかどうしてかなり料理が美味い。
それは人伝の評判だけでなく、自ら出した評価だ。
日本の味に慣れた俺でも食べやすく、しかし日本では味わえないような料理の数々に感動したのを今でも覚えている。
というのも、ここの料理長はラインベルニカの一番賑わう地区に店を構えている有名な料理人の下で修行した事があるらしく、そこで身に着けた技や俺が知らなかった独自の調味料がそのうまさを後押ししているらしい。
ちなみにギルド支部の食堂を営業している人物はこの店の料理長の一番弟子だったようで、同じく高いクオリティの品が出ることでその筋では有名だ。
「……そうだね。凜達の宿泊場所もそうだし、諸々の事を考えるとネットワーク構築もあまりだらだらして欲しくはないかも」
隼人がフォークを持ったまま、言葉を作った。
濁して言った内容はもちろん、大陸西の事だろうが、しかし、
……割と他人事みたいな言い方だな。
言葉の最後の方だ。部下に対しての上司の言葉と見れば自然だが、それはつまり、
あまり手出しはせず、こちら側に任せる、か……。
指で数えるほどしかいない、それも普通なら新米と捉えられる年代しかいないのだが、それでも信頼しているという事だろう。
「それに構築作業自体はそれほどかからないと思うし」
「……そうなのか?」
ここまでに簡単な説明は受けているが、詳細な事まではまだ聞いていない。
正直聞いても理解できるかは別として、簡単にできるものだとは思っていなかった。
「うん、基本的には基地局の役割を果たす機材を既に街道や街に設置してある機械に接続してもらうのが主な仕事になってくるかなぁ。さすがにこの周辺は機械の設置が間に合ってないからそれもやってもらうことにはなるとは思うけど」
「ちなみにその機械が設置してあるのってだいたいどの辺りまでなんだよ?」
それによって俺達の仕事量も変化してくる。
内容の根幹を理解しているのが数人という現状、あまり範囲を広げられても完遂できるか微妙な感じなので、出来る限り近いほうが良い。
「んー、メルズライン周辺までかな。だから実際のところ、みんなにまずお願いするのは、街周辺とメルズラインまでの区間になるね」
メルズラインはラインアルストとラインベルニカの間にある都市だ。大きさとしては大都市クラスであり、先の戦時中は防衛拠点としての役割も持っていたらしい。
詳細な地理を言うと、ラインアルストとラインベルニカの中間点があるとすれば、さらにそことラインアルストの中間に位置する事になる。
しかし、二つの街を直線状に結ぶという訳ではなく、ラインアルストの北部を通る大街道上にミルズラインがあるのだ。
つまり、ラインアルストから見れば北東に位置する街なのだが、距離にして七百キロはあり、
――まぁ、行った事は無いなぁ……。
今回のラインベルニカまでの遠征も距離的な面を考えて直線に伸びた街道をミストが選んだし、ヴィエラがあってもふらっと行くような距離でもない。
とは言え、俺の想像していたのはもっと長い距離であって、想定よりもだいぶ短い。
「なんか、拍子抜けだな」
「……まぁ、元々この計画自体も最初の目標点はメルズラインまでだったし、実際そこまでならもう少しで終わるからね」
「――ん?」
聞き捨てならない言葉が来た。
「待て待て、それじゃ俺は――こいつらは何のためにここまで来たんだ」
「言ったじゃない、ラインベルニカからラインアルストまでの通信を確立させるためだって。今言ったのだって、あくまで元々の計画で、の話だよ」
言葉が終わるや否や、隼人が肩から提げたバッグから一枚の板を取り出した。
「……タブレットか」
「うん。こっちじゃ小さくて説明しにくいからね」
タブレットを持っていない方の手で携帯端末をひらひらとさせてからポケットにしまった彼は、皆に見えるようにタブレットをテーブル中央付近に置く。
映し出されているのは、以前東ギルド大会議で見たライン地方の地図だ。
「小型中継端末機『つながるくん』の性能的に……これくらいかな?」
隼人がその地図上、大街道を指でなぞっていくと、どんどん大街道周辺が薄い水色を帯びていく。
「メルズラインまで整備された場合はこの水色の範囲が通信可能区域になる、ということですか?」
俺の正面、花の口の汚れをふき取っていた彩華がタブレットを眺めて隼人に尋ねた。
「そうなるね」
「……この際、そのネーミングについては置いておこう。
――小型中継端末、って言っていたけど、詳細な性能はどうなってるんだ? この地図だってライン地方だけとは言え、実際の距離にしたらかなりあるだろ」
「そうだね……、『つながるくん』の開発主任は陣の師に当たる人だし、ここは陣に任せようかなー」
隼人はフォークで皿に残っている肉を突き刺しながら陣に振った。
「……え、僕ですか?」
唐突な指名に、陣が顔を九十度回転させ、こちらを向いた。
「うん、だってこのままだと明日香と二人の世界に入りそうだし」
確かに今の今まで明日香がスプーンで運ぶ料理を口にしており、その光景はまさにカップルのそれだ。
「やだなぁ、隼人さん。僕だって明日香とそういう風にするのは時と場所ぐらい選びますよ……」
選んで無かったよ、という周囲の顔を他所に、
「――それで、『つながるくん』のスペックでしたっけ」
「そうそう。それくらいならここでも明かしていいような情報だし」
この世界において、この手の代物でわかるような内容は無いと思うがなぁと思う手前、陣がこほんと一息ついた。
「かなり大雑把になりますけど、通信可能範囲は『つながるくん』を中心として半径二十五キロメートル。通信データ総量もかなりの余裕がありますね、リアルタイムでの高品質映像のやり取りも可能です」
俺の中の知識で考えても小型の装置一つでそれだけ広範囲の地域をカバーできるようなサービスは思い当たらない。
「……でも、あくまでそれは無線式だろ? ここからラインベルニカまで直線距離で見ても約二千キロはある。ラグとか酷いんじゃないか? それに建物内部とか、電波が届きにくいこともあるだろ」
問題はそこだ。マザー・イニーツィオでもトンネルや地下などに入ってしまうと電波が届かないなどは多々発生する。
トンネルが頻繁にあるような世界ではないが、ロント大山脈に囲まれたライン地方は山の方に行くと天然の洞窟などが多く、また深森なども点在している。
ギルドに所属しているとわかるのだが、その辺りなどで取れる素材のクエストなども割とあり、状況などから自然とランクが高いものが行くハメになる。
――何かあった時、外部と連絡が取れるとかなり安心するよなぁ……。
半年前のラインマインズ・キワル山内部での一件が脳裏をよぎる。
「それがそうでもないんですよ。タイムラグは無いと言ってもいいレベルですし、電波も空間魔力を介して繋がるので、繋がらないって事はまず無いかと」
「どんな仕様してるんだ……。マザー・イニーツィオの――現代技術の数歩先を行ってるんじゃないか」
「……実際、マザー・イニーツィオの数歩先を行ってるんだよ。なにせ、大元の技術はマジーア・リベレーター製だからね」
テーブルの端、いつの間にか追加で注文していたデザートを食べていた凛が参加してきた。
「基本的にうちの技術はあの世界のものを基にして作るか、魔属世界でも問題なく使えるように改変したものが大半なんだよ」
「マジーア・リベレーター……、機械などの文明が発達した世界、だったでしょうか」
横、リーシャが思い出したように口を開いた。
以前、俺と彼女はレイ・ウィングズやマザー・イニーツィオの他に存在する世界について、リリエから聞かされていた。
そのうちの一つに、機械文明が発達した世界があることも聞いていた。それこそ、アンドロイドや空間転移装置などがあるレベルで、だ。
「ん、どんな世界かわかってるなら説明しなくていいかな。元から規格外のものを魔力強化でさらに改良してるからさらに、って感じ」
「ちょっと話がずれてきたね。とりあえず、『つながるくん』のスペックについてはそんな感じで。
――それで、最初の計画だとある問題が出てくるんだけど……」
まるで、わかる? とでも言うように両の手を広げて問うてきた隼人に対し、子どもじゃねえよという思いを持って苦笑しながら、俺は答えを返す。
「簡単な話だろ。これじゃあ、ライン地方全域をカバーするなんて到底無理だ」
大街道はライン地方の北部を東西に通っている。マザー・イニーツィオで言えば、中国ほどの広さであるのに対し、大街道周辺を整備したところで、不十分が過ぎるというものだ。
「そもそもの計画から破綻してないか?」
「いやいや、そうでも無いよ? 大きな目標としては王都グランティと極東都市ラインベルニカを繋げる! っていうものだったし」
それに、と一息ついて、隼人は続ける。
「ここだけの話、本来、凜たちもラインアルストじゃなくてグランティに派遣されるチームの一員だったのを急遽、ラインアルストに中間支部を作るっていう名目を立てて変更したんだ。
――言ってしまえば、例のキメラ事件の件からライン地方に通信網を整備したいっていうギルドからの要請を利用した、ってことになるんだろうけどね」




