57.拠点をつくろうⅡ
ラインアルストの町を、その世界にとって異質な音が駆ける。
しかし、もはやこの町の住民にとっては慣れた音であり、そして二ヶ月ぶりの音に町の住人はその音の主が帰還したことを、直接見るまでも無く知ることになった。
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「――で、いきなり人をかっ攫っておいて何の説明もなしか? イチの字よぉ」
「だから言ったじゃないですか、改築して欲しい物件があるって」
「それを説明とは言わねぇよ! ったく……」
俺はとある人物をサイドカーに乗せて、来た道を戻っていた。
「まぁまぁそう言わずに。それがちょっと訳ありというか、難しい感じなんですよね。だから、『棟梁』の力を借りたいなーと」
俺が『棟梁』と呼んだ、サイドカーに乗った男性。ヴォルガーは腕を組んで言った。
「訳あり、なぁ……。俺の記憶じゃ、んなもんはこの町にぁ無ぇはずだが」
「普通ならそうなんですけど、どう改築するかが問題なんですよね」
「……?」
俺の言葉に屈強な男は首を傾げる。
「ま、それは到着してから詳しく。と、言ってももうすぐそこなんですけど」
ヴィエラが俺の操縦で減速を開始する。
例の家の前まで来るが馬車だけを残し、誰もいなかった。
寒いし、家の方に入ったか。
「棟梁、ここなんですけど」
「あん? 見た感じ、普通の店と家みてぇだが……?」
ヴォルガーがサイドカーから降りながら目を細めて言った時、横から声が介入してきた。
「……あれ、ジュンイチだ! ヴィエラの音がしてたからまさかとは思ったけど帰ってきてたんだ!」
男、というよりも少女のような声と、そして容姿をした者が近づいてきた。
「おっ、レオ! 久しぶりだな!」
久々の友人との再会。
俺はレオとハイタッチをする。
「なかなか帰ってこないからちょっと心配してたんだよ?」
「あー、悪い悪い。向こうで色々あってなー」
「そうなんだ、後で話聞かせてよ、できる範囲でいいから」
「おめぇら、というかイチの字! 人のことを忘れてんじゃねえ!」
ヴォルガーの怒鳴り声にレオが身体を傾けて俺の後ろにいる彼を覗き込んだ。
「あれ、ヴォルガーさんだ。なんでここに?」
「そこの異世界野郎に連れてこられたんだよ。頼みごとがあるっつってな」
「そうなの?」
確認の言葉に頷きを返す。
「ああ、この店舗と隣の一軒家を改築してもらおうと思ってな」
「へー……あれ? ここって、もしかして……」
建物を眺めていたレオは、それが元ギルドメンバーの住居だった事を思い出したようだ。
「まー、どうしてここを俺が改築したいとか、その辺り含めて中で話そうか。レオだって最終的には無関係じゃなくなるだろうし。棟梁も中で詳しく話しますよ」
俺はヴィエラを仕舞いながら二人に言葉を投げかけた。
ラインアルストのギルドメンバーでいる限り、直接的にせよ間接的にせよ、おそらくノードゥスとは必ず関わる事になる。
だったら、先に紹介なり何なりしておいた方が楽だ。
「おーい、帰ったぞー」
家の中に入り、居間に当たる部分にいけば、いつの間にか敷かれていた簡易的なシートに皆が座って談義していた。
「あ、純一。お帰りー……誰?」
最初に気づいた凛がひらひらと手を振りながらこちらを見て言った。
言葉に他の皆もこちらを見る。その視線は俺というよりも後ろにいる少女――に見える少年と厳つい男を捉えていた。
「俺の知り合いだ。レオ、棟梁。こちらは――」
レオとヴォルガーに簡潔にノードゥスの面々を紹介する。
「で、みんな。こっちはレオっていって、俺のこの世界での最初の友人だ。ちょうどそこで会って、ギルドメンバーとしてもみんなに関わってくる事になると思ったから連れてきたんだ」
「レオ・ヒューエイです。まだちょっと状況が飲み込めてないけど、よろしくね」
レオがぺこりと一礼する。
「へー、純一兄ちゃんも隅に置けないな! リーシャ姉ちゃんがいるってのに!」
博がにやりとして言ってきた。
まあ、そうだよなぁ……。
レオは一見して女の子に見える。
しかし、それを隼人が止める。
「――否、博。この子は女の子じゃないと思うよ?」
「……あれ、よくわかったな隼人」
初対面の人間だとだいたい半分より少し高い確率でレオの性別を間違える者が多いのだが、隼人は一発で見抜いたようだ。
「……まぁ、上には上がいるって言うか……。少し『そういう方向性』ですごい知り合いがいたからね……」
何か遠くを見て言った隼人に首を傾げながらも俺は紹介を再開する。
「で、こちらが俺が元々連れてくるつもりだった人だ」
「ヴォルガー・ビルレッジだ。まぁ、大工をやってる。つーか、イチの字。そろそろちゃんとした説明をしやがれ」
水城兄妹など子供たちの手前、怒鳴る事を控えたヴォルガーがむすっとしながら言った。
「そうですね、じゃあとりあえず簡単な感じから……」
俺は異世界のことについて、ラインベルニカに行った事。そこで、自分の親族が運営しているはずの会社なるものが存在していた事から、ギルドとノードゥスが正式に協力関係に入ったことまでを説明した。
だが、それがガリウスからの緊急招集からはじまったこと、大陸西の方で何か不穏な動きがある事などの機密に当たりそうな事は避けた。
「――と、まぁそんな感じでノードゥスのみんなが活動する拠点として隣の店と、あとは住居としてここを使う事にしたんですけど、なにぶん間取りやら部屋が足りないやらで困っちゃいまして」
「ふん、それで俺を呼んだわけか。
……しかし、異世界っつーのは遠い遠いもんだと思ってたがぁ、こう話されると存外近いような感じもするな」
確かに、この部屋にいる大半がレイ・ウィングズ人ではなく、マザー・イニーツィオ人だ。ラインベルニカのミロモルデア特区の中ならまだしも、異質といえよう。
「……で? どういう風にしたいんだ」
「話、受けてくれるんですか?」
意外な反応に俺は驚いた。
「受けるかどうかは話聞いてからだ。大概の事はできると自負してるがぁ、異世界の連中が満足するようなものとなると俺だって経験は無ぇし、だからと言って中途半端なもんは造りたくねぇ」
そこは職人の意地という風にヴォルガーが答える。
「わかりました。
――優先してほしいのがこの家ですね。住むつもりの人数に対して部屋が足りない。あと四部屋ぐらいは欲しいです。」
あとは、
「隣の商店。あそこに『オフィス』と『工房』、あとは『電力室』、水まわりも整備したいですね……、そういえば間取りの案はできてるのか?」
「一応できてますよ。ただ、完全に素人案なので、こうできたら良い程度のものですが」
陣から紙を受け取った俺は、それをそのままヴォルガーに渡す。
「家の方は部屋を増やすってんだけなら、土地の広さと構造的にはそこまで問題はねえはずだ。問題があるとすれば、店の方だな。聞き慣れねぇのがあるが、こりゃあなんだ?」
ヴォルガーの指が電力室を示す。
「まぁ、そうですよねー……」
基本的に電気というものを使っていないこの世界だ。
雷などのわかりやすい現象を例にして、なんとか説明する。
「……まぁ、ともかく、異世界の道具を動かす動力源って事でいいんだな?」
「はい、そう思ってくれれば」
思いの他、ヴォルガーの理解が早くて助かる。
それと、と俺は一軒家の方にもそうした改築は必要になることを言っておく。
凛たちから話を聞く限り、ミロモルデア特区内での住居は普通に電気を使っていたようだったからだ。
できれば、住居ぐらいは前の生活環境に近いものにした方が良いという俺の判断だ。
俺の横、まりが手を上げて、
「発電機から建物全体への配線云々はあたしと陣でどうにかできるから、工事の時に参加させてもらうよ」
「了解した。あとは人手かね」
「最近はうちの奴らも暇ァ持て余してるから丁度いいだろうよ」
ヴォルガーは弟子を数人持っているようで、そちらの協力を得られそうだ。
「ジュンイチ、ギルドメンバーのみんなにも手伝ってもらったら?」
レオの提案に俺は頷いた。
まだ雪が残るこの時期は、郊外に出かける必要のあるクエストはランクE以下では少なく、暇を持て余す人間が多い。
単純な労働力だけならば、ランクは問わないため、人手ならばいくらでもあるだろう。
だいたいの流れが見えてきた。
「……とは言えイチの字。家の方、先にやるっつっても一日二日じゃできるわけじゃねえぞ」
「やっぱかかりますかねー……」
問題があるとすれば、それだった。
俺の中での想定としては、仮に新築にした場合、改築や増築に比べ、諸々の費用と時間がかかってしまうため、この提案をしたわけだが、費用はともかくあまり時間がかかってしまえば本末転倒だ。
日本の感覚で言えば、新築は数ヶ月から一年、増改築は一ヶ月程度だと思っていたが、果たしてこちらの世界はどうか、調べていないのでわからない。
「どれくらいかかりますか?」
「そうさなぁ、部屋の増築だけなら――資材集めを含めて二、三週間ってところか?」
「……あれ? そんなもんなんですか?」
思ったよりも短いことに俺は驚いた。
工具などは電動ではないはずなので、もっとかかるかと思っていたのだが。
「役所への申請も伝手があるからそうかからねえだろうし、現状、他に仕事が入ってるわけでもねえ。ギルドの連中で腕の立つ奴を連れてきたらもっと早くできるだろうし、天候が悪化しなけりゃ、それこそ万々歳だ」
なるほど、そこは俺の人選と運任せと言うことか。
いいだろう。それが俺のノードゥスにおいての『仕事』なのだろうから。
「――わかりました。俺の方でもそっち系が得意な人に当たってみます。とにかく明日からお願いできますか?」
「おう、いいぜ。多少知らねぇことも出てくるみてぇだが、基本的にやる事が変わりねぇことはわかった。むしろ、久しぶりの案件。しかも客が異世界人ときたらなかなか楽しくなりそうじゃねえか」
――案外、ヴォルガーは向上心が強いのかもしれない。
否、職人として自ら知らない領域に興味を抱いているのか。想定していたよりも簡単に話が進む事に内心俺は拍子抜けしていたが、とにかく、ヴォルガーは大工としては大きな評価を得ていることは俺も知っているし、納得している。彼に頼むのであれば大丈夫だろう。
「部屋の方の間取りはもらってねぇが、好きにさせてもらっていいのか?」
「既にある部屋と同じような感じがいいですね。みんなもそれで良いか?」
問いに否定は返ってこない。
その様子に頷いたヴォルガーは立ち上がって、
「んじゃぁ、俺は早速戻って用意を始めるぜ」
「お願いします。もし何かあれば、ギルドの方に連絡お願いします」
ヴォルガーを見送るために俺達は外に出た。
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ヴォルガーを見送ると同時、俺は視界に金の色が映ったのを感じた。
「――? 皆さん、外で何をしているのですか? それに、レオ君まで」
「あ、リーシャさん。久しぶりです」
「はい、お久しぶりです。それで?」
どうしたの、と言わんばかりの表情でリーシャは問うてきた。
まだまだ寒い四月のラインアルストの外、子供たちを含め全員で外にいるのに疑問を持つのもわかる。
俺はここまでの流れをリーシャに説明する。
「――そんな感じで今しがた棟梁が戻ったところだ」
「なるほど、そんなことが。私もヴォルガーさんに挨拶できれば良かったのですが」
「まあ、明日から作業してもらうわけだし、この先機会なんていくらでもあると思うぞ」
ノードゥス所属ではない彼女がそこまでする必要性もないのだが、そこは人柄ゆえか。
ともかく、住居の部屋の拡張だけで約二週間、家のその他の改築や店舗の方も含めるとそれなりの期間になるのは明白だ。
ともすれば、二つ、新たな問題が出てくる。
「部屋の増築が済むまで私達はどこに滞在すればよいのでしょう……?」
彩華が不安がる。
普通に考えれば町にある宿屋になるわけだが、九人ともなればそれだけでかなりの出費になる。
いくらノードゥスがこの世界でもそれなりの企業だと言っても下手な支出は避けたいはずだ。
できれば、この周辺の宿屋を選びたいところだが、幸か不幸か、この世界に着た経緯の割りに衣食住に困らなかった俺はあまりこの町の宿には詳しくない。
「それと、当面の間『仕事』の方をどうするか、だな」
西の方で不穏な動きがある以上、政府やギルドとしても今回のネットワーク構築には期待しているはずだ。
あまりのんびりとしていられる状況でもないのだ。
「時間も時間です。その辺りの話もするとして、とりあえずお昼にしましょうか」
リーシャの提案にみんなが賛成する。
「――あ、でも。荷物は、どうするんですか?」
花がそういえば、という風に言う。
「そういえば、これもどうやって保管しておくかだな……」
馬車の中には各々の私物、今後使う機械類の他、燃料用の魔石などの物もある。盗まれるのはもちろん、下手に荒らされるのも厄介だ。
ならば、防犯対策するしかあるまい。
「まず裏に引っ張っていって――」
既に馬を連れた御者はいない。
俺、リーシャ、レオ、そして剣の魔流活性ができる四人に、陣と博にも手伝ってもらい、馬車を家の裏手に隠す。
「さて、次は――」
久々に力を使う時がきた。
『《創造者》起動――』
脳内で機械的な音声が力の起動を告げる。
俺は今欲しいものを想像した。
『目的物質認識――作成開始』
俺のスキルは半年という年月で成長していた。
作りたい物はそれなりに複雑なものであるが、以前よりも効率化されている今、俺の魔力だけで賄える具合だ。
『――完了』
瞬間、俺の手のひらに黒の機械が出現した。四角いプラスチック状の箱に、そこから一本の長いケーブルが伸びている。
「いっくん、それは?」
「俺の《創造者》で作った防犯グッズ。――これをこうして……」
俺は馬車の側面に箱の部分を押し付けた。
「レオ、ここ押さえておいてくれ」
レオに箱を託し、次にケーブルを持った俺は、それをぐるっと一周、馬車に縛り付けるように囲み、最後にケーブルの先を箱に開いている穴に差し込む。
「あとは長さを調節して、完成だ」
ケーブルは馬車の中への入り口を拒むように備え付けられている。
「俺以外の人間がこれにむやみに触ったり引っ張ったりすれば、電流が流れて同時に周辺に音が鳴り響くついでに俺の端末にも連絡が来る」
携帯端末をみんなに見せる。
リーシャとレオは既に見慣れた光景だ。
だが、ノードゥスの面々、隼人も含めてまるで魔法を見たかのような顔だ。
ここまでの旅の途中、説明だけはしていたが、実際に見るとやはり違うようだ。
「……すごいね、いっくんのスキルは。何も無いところからそんな物まで作っちゃうなんて」
「対価だってそれなりに必要だけどなー。とにかく、これである程度は防犯になる」
「そもそもこの辺りはギルド支部が近いから治安もいいほうだしねー」
「だな。腹も減ったし、飯にしよう」
一行は、移動を開始した。




