53.東ギルド会議Ⅱ
俺は手に持っている紙の資料を見た。数分前に俺と隼人で配ったものだ。
「……配らせておいてなんだが、部屋が暗くて見えにくそうだな。まぁ、これに同じものを映すからいいか」
ガリウスは頭をかきながらつぶやき、棒でスクリーンを再度指した。
「さて、二つ目の話をするに当たって、最初に少しだけ話を戻すことになる。ラインアルストでのキメラ襲撃の件だ」
彼は棒でラインアスルトとラインベルニカ間の大街道をなぞって、
「この地図からもわかるようにここからラインアルストまではかなりの距離がある。だいたい直線距離で二千百キロほどか? まぁ、どちらにしろおいそれと移動できる類のものではない」
航空機などの高速で移動できる輸送機械はまず存在しないし、かと言って、もしかしたらあるかもなぁと思っていた蒸気機関車は実用化されていないらしい。
船舶はあるが、それだって川を下るような規模のものか、風を利用した帆船が主なものであり、エンジンを搭載したものは無い。
というか、そもそもこの世界の大陸はマザー・イニーツィオのユーラシア大陸よりも大きく、そして同じ規模の大陸はこの大陸以外には存在しない。ライン地方のずっと北にあり、魔物が犇いていると言われる魔淵大陸ですら、一応はこの大陸と地続きなのだ。加えて言えば、そんな危険なところに船を出す訳にもいかない。
国一つ分の広さはあるかという大きな湾なども数多く存在するので、ではそこで船が役に立つかといえば、問題が出てくる。水上に居ても脅威は存在するのだ。
それは、天候や高波などの自然的な現象の他に、という意味でだ。水中にも魔物が居る事は既に確認されていた。恐竜映画に出てくるような白亜紀の巨大爬虫類よろしく、巨大な生物が目撃されたなんて話も出ており、水の中にも何が居るかわかったものではない。
それならば、商人たちは陸上にある街道を行く。盗賊や魔物の脅威が絶対無いとは言い難いが、ギルドや傭兵の警備を付けたり、自衛できる分、何時沈むか、何が襲ってくるかわからない物に乗る恐怖よりはマシという判断だ。
では、魔法はどうか。
俺達がミロモルデア特区内で使ったオームウェル。
そう思った俺は先日隼人に訪ねてみた。おそらく、あれもノードゥスが関わっているだろうという判断からだ。
そして、実際関わっていた。だが、答えとして、隼人は首を横に振った。
「うーん、僕達もあれの長距離化はできないかって試してはいるんだけど、距離が長くなる分、発動するコストも比例して高くなるし、安定しないから事故が起こる可能性も否定できないんだ」
「……事故?」
嫌な気がした。
「うん、身体の一部が取り残される事があるんだ。腕とかならまだマシだけど、身体の内部――臓器とか残してきたらちょっと大変だよねえ」
ちょっとどころじゃねえよとその時はツッコミを入れたが、本来の仕様から逸脱したもの故の結果と思えば、納得もできる。
まあ、そんなこんなで残るのは徒歩、または、馬になる。
自動車とか普及させたら、とも思うが、そうなるとそれに合わせて道路の整備、交通ルール、環境問題など別側面が付随してくるので、無しだ。
というか、俺のヴィエラもあれ、作るときに環境問題には配慮したし、道路問題もホバーモードで解決でできることを考えると割りと良い発明だった。
などと自己評価している間にガリウスが話を進めていた。
「――実はキメラ襲撃の際、ラインアルストからの救援要請が届くより前に魔物の目撃報告が俺に届いていた。これが無かったらラインアルストへの救援は間に合ってなかったと言っていい」
これは当時、ガリウス本人からも聞いた話だ。
「現状、移動の面はすぐどうこうできる見込みは無い、……だが、情報が一瞬で届くとしたら?」
ガリウスが言ったのは一つの仮定。
普通、移動の面で改善の見込みが無いならば、情報のやり取りも同じように改善はできない。人の手によって情報は行き渡っているからだ。
だが、それが一瞬でできるとしたら?
例えば、件のキメラ襲撃の時、ラインアルストに一方が届いたと同時、またはその前にラインベルニカにも同じ情報が届いたら。ガリウスはもっと早く、それこそガルフたちがラインアルストに来る前に到着していただろう。
しかし、おそらく、一部を除いて支部長達はガリウスが何を言っているかはわからないだろう。
だから、
「ここからの説明は隼人君にまかせる」
「はい」
頷いた隼人が俺に小声で、
「いっくん、手伝って。棒でスクリーンをそれっぽく指すだけでいいから」
「おう、了解」
二人で立ち上がると、今までガリウスが居た壇上に向かう。
――これはなかなか。
百人強の視線が注がれる。実際に話すのは隼人だが、隣に居る俺まで緊張してしまう。
隼人はまず一礼し、
「……では、ここからは私の方でご説明させていただきます」
隼人は机に置いた端末を手でタップした。
それと同時にスクリーンに映っている内容が切り替わる。
ラインアルストとラインベルニカ間の詳細な地図と、距離などの数値などがスクリーン上に表示され、視覚化される。
「先ほどギルドマスターが仰ったように、現状、遠隔地に情報が届くまでかなりのタイムラグがあり、政府やギルドで連携する場合も困難を極めます。
通信魔法や魔流通話も存在はしますが、手間がかかることや高レベルの魔流活技であり、緊急時の対応に使えない事やごく少数の者しか通信できないといった問題があります」
言葉に、部屋の誰もが頷くように見えた。
「だから、ある方法でそれを解決します」
隼人が結論だけを先に述べた。
「これは数年前から政府と私達ノードゥスが進めていた事業――正確に言えば、十蒼希であるアギト・アジュア・レーベンケーニッヒ様、ジークフリート・マジル・ノーライト様、そして我がノードゥスの最高責任者でもある浩二 清堂が進めていたものなのですが、一昨年から中断されていました」
理由は、それこそ先ほどのガリウスが言った『オリジン』のせいだろう。もっとも、浩二はその前にマザー・イニーツィオに一度帰っており、その時にゲートが開けなくなって、こちらに帰って来れなくなったみたいなのだが。
「――それで、ある方法とは?」
支部長の一人だろう。初老の男が隼人に尋ねる。
それに対し、隼人は急かすなとでもいうように右手の平を立てた。
「まず、前提として、異世界であるマザー・イニーツィオとマジーア・リベレーターにはある技術が存在します。それは電波等を介して遠隔地の相手にリアルタイムで音や絵などを送受信するという物なのですが……」
前列、俺の方から見えるだけでも要領を得ないという顔ばかりだ。
仕方が無い。知らない物を知るというのは存外大変な事だ。
だから、という風に隼人は言葉を続ける。
「実際にお見せした方が早いですね」
隼人は言葉とともに、再度スマートフォンの画面を触る。
瞬間、スクリーン上に黒の背景に白の電話マークが表示されたフレームが展開される。
少しした後、画面がフレーム内に映る。そこには二人の女性が映っていた。
『――お、映った映った』
それはつい先日も聞いたことのある声。
『うん、ばっちりそっちの映像も届いてるよー、はや君』
リリエだ。そしてその隣に居るのは、
『ほう、声だけでなく画までやり取りできるとはすごいね』
半年前、ガリウスとともにラインアルストにやってきた女性。確か、メニアと名乗ったはずだ。
「あれは……メニアルーエ・ヴェルン補佐!?」
ざわつく部屋の中、誰かがそう言った。
「はい、そうです。今、彼女達に協力してもらい、とある実験をしています」
隼人はそう言って携帯端末を手に持って、皆に見えるように背面部にあるカメラのレンズ部分を指差した。
「彼女達は今、ここから二十キロほど離れたミリアルノ宮殿にいます。そこにこの端末で皆さんのリアルタイムの映像を送らせていただいています。
使っているのは、お互いの情報を送受信するこのような端末とその情報を遠隔地に中継する機械です。今回、この中継器を各地に設置するお手伝いをギルドの皆様にお願いしたいのです」
一礼で終えた隼人が俺に席に戻るようアイコンタクトする。
「――と、まぁそんな感じで、今回はそれをラインベルニカからラインアルストまで結ぶ予定だ。よって、ライン地方東側のギルド支部長は明日の午後一時ごろにまた本部まで来てくれ」
壇上に戻ったガリウスが続ける。
「第二の話としてはこんな感じだ。皆、聞きたいことも多いだろうが、これも後に時間を取っているからそこで頼む。
……一度休憩を入れようか。二十分後、会議を再開するから、それまで各々休むといい」




