50.誘いⅡ
「……俺が? ノードゥスに?」
唐突な誘いだった。
「うん、あの後、少し考えてはいたんだ。今は知っての通りゲートが開けない状況下だけど、もしそれが改善されたらノードゥスにいればゲート魔法官の協力も得るのも難しくは無いし」
「ゲート魔法官?」
「ゲートを開く事を専門の生業にしてる人たちだよー。ゲートは特殊な魔法の一つでけっこう魔力もいるからそれに特化した魔法使いを目指す人もいるんだよ。
――最近は無職同然だけど」
最後の一言が非常に悲しい。
「――で、どうだろ?」
「……」
隼人の言ったとおり、ノードゥス所属になればゲートが開けるようになった時、優先的に元の世界――マザー・イニーツィオに帰還できるだろう。それに、帰りたいという気持ちもある。なにしろ、こちらに来る前は自分の状況などごちゃごちゃしていたし、家族だって心配だ。
だが、驚く事に俺はすぐに答えを出せなかった。
しかし、ノードゥスに入るということはラインベルニカ、もっと言えばミロモルデア特区内に移り住む事になる。それはすなわち、リーシャやレオたちギルドの仲間達と疎遠になるということだ。ノードゥスでの仕事もあるだろうからギルドでの仕事を続けるという事もできないだろう。
今になって思い知らされる。異世界のギルドでの生活は俺にとってかなり居心地が良かったらしい。危ない事も多々あったが、充実感も楽しい事もたくさんあった。それを簡単に手放せるはずもない。
ならば、
「……俺は――」
言いかけたときだ。俺の声を遮るようにリリエが切り出した。
「はや君も意地が悪いねー。大事な事言ってないじゃないー」
「バレましたか」
「――あ?」
「ごめんごめん、ちょっといっくんに意地悪した」
「……どういうことだ?」
「ノードゥスに入社しないかっていう提案は本当だよ。でも、言わなかった事があるんだ」
隼人は姿勢を正した。
「今、ノードゥスは政府、ギルド上層部と連携して通信インフラを整備しています」
「――これか」
俺はそう言って、ストックスで先日受け取った通信端末を取り出した。
「それは?」
ミストが興味を示したので、隼人が答える。
「簡単に言えば、遠隔地の人間と話せる機械端末です。
――今はこれがラインベルニカ、または周辺でしか使えない訳なんですが私達はこれをレイ・ウィングズ全土で使えるようにしたいと考えています」
隼人が言っている事はだいたいわかる。
この世界は蒼王という存在を頂点に、君主制で成り立っている。
『国』という概念が存在しないが、基本的には都市や街、または貴族が治める領地単位での自治が認められているので、蒼王率いる中央政府が布いている法に反しない限りは自由であり、支配されているという感じがしない。広い土地では、統治の質がどこかしら落ちるので、逆手をとって各自治体に任せているのだ。
反面、地方で何か起こった時に対処するのも各自治体なのだ。しかし、それが許容できないレベルの場合、政府やギルド本部の力を要請することになるが、遠隔地であるほど、どうしても収束まで時間がかかる。
いい例が半年前のラインアルストでの魔獣襲来だ。あの時は、ラインアルストからの支援要請が本部のあるラインベルニカに届く前に別口から連絡を受けていたから対処が間に合ったものの、そうでなければ、今の俺やリーシャたちがどうなっていたかはわからない。
だが、有事が起こった際にすぐにそれがわかるとしたら。対処は半分の時間、ものによってはそれ以下で済む。
「馬よりも速いレイガルフのみんなにもそういう伝達の仕事は協力してもらえるけど、それだって場所によっては数日、十数日は必要になっちゃうしねー。
だいたい、ネインちゃんのおかげで前よりはレイガルフの存在も知られるようになってはきたけど、今でも魔物としか見られないから逆にパニックが起こっちゃうんだよねー」
……いや、ネインには悪いけどぶっちゃけレイガルフって犬にしか見えないですよ、と言いたかったが、これを言って伝えられたらまた会った時に齧られそうになる気がするのでやめる。
「とにかく、そのような点もあり、政府からも公式で要請されている案件なのです。しかし、何も無いところからそのようなものを作るのは手間だし、時間もかかる。なにより、土地が広大すぎる」
だから、と隼人は言った。
「当面の目標は現在の政府、ギルド本部が置いてあるラインベルニカと再建途中の王都をつなごうということになったのです」
「……なるほど、それで私に会いたいと?」
ミストの言葉に頷いた隼人が続ける。
「御名答です。後日、正式に本部――というよりはガリウスさんから支部長に話が行くと思いますが、まずは王都とラインベルニカの中間、ラインアルストまでを高速通信できるようにギルドがある街や街道に整備することになるので、私の方からも挨拶をしようと、そう考えた次第です」
「――ミストさんに対しての話はわかった。だけど、それと俺の話がどう繋がるんだ?」
ミストへの事前の報告は大事だ。だが、俺がノードゥスに入社するのと話の関連性があまり見えない。
「いっくんにはノードゥスにおいて、ギルドと連携する役割をしてほしいんだ」
それはつまり、
「ギルドに所属したまま、ノードゥスにも所属して欲しい」
●●●
「どちらにも……?」
俺は眉をひそめて、隼人が言った事を確認するように言葉にする。
「そう。具体的に言うとね、この事業を行うためにラインアルストにも支部を作る事を計画しているんだ。いっくんにはそこに配属される人たちのサポートをしてほしいんだ」
「サポートって言ったって……。俺は専門的な事はできないぞ?」
力仕事であれば魔流活性を行う事で大概のことはできるが、専門的な事となるとそうもいかない。
スキルを使えば物や規模によってはできなくもないが、使う魔力、魔石のことを考えると費用対効果は微妙なところだろう。
「うーん、どちらかと言えば、今までどおりの感じになるかもしれない。例えば、基地局を設置するにしても、街に置けるのが一番いいけれど、ギルドがある街だって限られてくるし、街道に設置するっていうことになったら場所によっては魔物が出るかもしれない。
一応護身用の武装は持たせるけど、それこそ戦い方なんてわからない子たちだからそこはギルドのほうで対処をお願いする事になる」
「……なるほどな」
要は雑用係という事だ。基本は道案内や力仕事、場合によっては護衛をすることになる。
「もちろん全部いっくんにまかせたらいっくんの負担が大きくなっちゃうからこちらも正式にギルドに協力要請はするよ?
――ただ、ラインアルストに配属予定の人たちはミロモルデア特区から出たことがない人たちばかりだから、『外』だと不安になると思うんだ。その点、いっくんは一人で半年間も過ごしてきたから何かアドバイスできるんじゃないかって」
「アドバイスなぁ……」
割と流れに身を任せて過ごしてきたので、役割を果たせるかはわからない。
だが、ノードゥスに属していれば、ゲートの件もそうだが、隼人に会うことも容易いだろうし、その上でラインアルストから離れなくて済む。
ギルドとノードゥス、両方からバックアップを受けられるのは今後有事の際に便利だし、両者の関係は良好なので板ばさみになるということもあまり無いだろう。
ならば、
「――いいぜ、その話乗った」
俺の答えに、隼人が頷いた。
「ありがとう」
「礼を言う事でもないだろ」
「はは、そうかもね。……とりあえず、いっくんにはこれを」
隼人がそう言って持ってきていたかばんから小さな箱を取り出し、俺の前に置いた。
「なんだこれ……?」
開けてみれば、そこにはネームプレートと、
「またスマホか?」
そこには先日預かった物とはまた違う機種の端末が納まっている。
「うん、この前渡したのは古い物だったからね。これは今使ってるタイプで性能も向上してる」
「ほー」
試しに起動して触ってみれば、確かにレスポンスなど違う。
「ノードゥスの人間は基本的にそれを持ってるから今後連絡を取るときはそれを使って」
「了解、それと――」
ネームプレート。そこには『NODUS ギルド特別連携係 清堂 純一』という文字が入っている。
「――用意がいい事で」
「いっくんなら引き受けてくれると思ったからね」
爽やかな顔で言われるから良いが、よく考えたらこちらの考えを見透かされているようで腹が立つ。
「――ラインアルスト配属のメンバーとの顔合わせはまた後日にしようか。ギルドでもこれから忙しくなるだろうし……」
「それは……」
言いかけたときだ。
ドンドン、と部屋のドアがノック――というよりは叩かれた。
誰だ? と、そう思って立ち上がり、ドアに向かったときだ。
『レイガルフのネインだ、ドアを開けるが良い』
上から目線で言われたので、開けるのを止めた。
しかし、少しして勝手にドアが開き、白の犬がとことこと部屋に入ってきた。
『ええい、開けろと言ったではないか。余計に跳ぶ破目になったぞ!』
「自分で入ってこれるのかよ」
そんな俺を無視してネインが言う。
『ガリウスからの伝言だ――おや、リリエ殿に隼人殿ではないか。こんなところで何を』
「ちょっとねー。それより伝言伝言」
『あぁ、そうだな。ミスト殿、東ギルド会議の日が決まった』
それは、
『一週間後の昼過ぎ、ギルド本部にて大陸東の主要なギルド支部長を集めた大会議を行う――以上だ』
●●●
「なあ、隼人」
ネインからの通達後、女性陣はリリエを中心にネインをモフって遊んでいる。
「なんだい?」
「さっき、何で最初から本当のことを言わなかったんだ?」
意地悪、と言っていたが、よくわからない。
「――ああ、いっくんは選択できるのかなって」
「選択?」
「うん、レイ・ウィングズとマザー・イニーツィオをね。無論、ゲートが開けば行き来はできるようになるけど、じゃあ、どちらを主軸にしていくかっていう話」
「それはお前……」
「――元の世界、って断言できる?」
「……」
それが先ほど出来なかった。
「この世界に来たばかりのいっくんなら即答できただろうけどね。でも、もういっくんはこの世界で過ごしすぎた。こっちでも大事なものが出来たと思う。
……それにリリエさんから聞いたよ?」
「……何を?」
いやにニヤニヤした表情をする隼人にいやな予感を覚えながら聞き返す。
隼人はそれをまずは言葉ではなく、目線で返してきた。
俺もそれを追う。その先にはネインをモフっているリーシャがいた。
「彼女と良い感じなんだって?」
「やめろよ、別にそんなんじゃ」
古くからの親友にそういうことを言われると変に恥ずかしくなり、否定の言葉を作る。
「いいっていいって。大事だよ? そういうの。結婚してない僕が言っても説得力はあんまり無いけど」
まったくその通りだ。
しかし、そんな話をしているところに火に油を注ぐような話題をしなければならないことがあった。
「――そういえば、前にもらった端末、あれってさっきもらったやつとも連絡は取れるんだろ?」
「うん、規格はずっと一緒だからできるよ?」
「じゃあ、前のやつもそのままもらっちゃっていいか?」
「良いけど……どうするの?」
言いたくはないが、一応これから隼人は俺の上司になる訳だし、説明は必要だ。
「……はぁ……リーシャに渡すんだよ。一緒に行動する事が多いし、連絡取れる方がいいと思ってさ」
言って、ちらりと隼人の顔を見る。
そして、見なければ良かったと後悔した。




