48.旧友との再会
「……隼人……」
「――名前を聞いたとき、まさかとは思ったけど……」
俺の前、まだまだ二十代で通せる爽やかさを持った壮年男性が驚きの顔をしている。
俺達は、お互いに警戒しながら徐々に近づいた
「本当に……いっくんなんだね?」
「そっちこそ、俺の知ってる隼人でいいんだよな……?」
「――はっ!」
少し睨め付け合って、しかし、同時に噴出した。
俺は右手で、隼人は左手で拳を作り、こん、と軽くぶつける。
「その若干半笑いの顔は間違いなくいっくんだね」
「うるせー。お前だってもう三十過ぎてるってのに、爽やかイケメン具合残しやがって」
皮肉を言い合うが、慣れたものだ。
どちらかといえば、部屋の中で取り残されているリーシャの方が困惑している。
「……あの、ジュンイチさん?」
「あぁ、悪いリーシャ。こいつ、俺の親友のハヤトって言うんだ。で、隼人、こっちはリーシャだ」
「お初にお目にかかります。隼人 渡辺と申します。どうぞよろしくお願いします、リーシャさん」
「あ、はい、こちらこそ」
隼人に握手を求められ、おずおずとリーシャがそれに応える。
「――まったく、聞きたいことが山ほどあるぜ?」
「それは僕も一緒だよ、いっくんがなんでマザー・イニーツィオにいるのか。それと、何故昔の姿なのか」
●●●
「――と、これが今ここまで至る経緯だ」
俺は去年の夏に秋田の山での事故からこの社長室に至るまでの経緯を簡単に隼人に説明していた。
低いテーブルを挟んだ向こう側、ソファに座った隼人が顎に手を当て、頷く。
「なるほど、マザー・イニーツィオから転移させられた時にその姿になったと……」
「あぁ……、周りからはスキルじゃないかって言われてるんだけど、その辺りは自覚がないんだよな」
《作成者》と《創造者》に関しては俺が能動的に発動させるタイプのものであり、且つ『声』が聞こえたから良かったものの、俺の身体に異変をきたしたものについて、わかっていることはほとんど無かったのだ。
「しかし、前にも言いましたが魔法である可能性は低いです。仮に魔法がかけられているのであれば、魔力反応でわかりますから」
隣に座っているリーシャが魔法である可能性を否定する。
俺も一度は魔法の可能性を考えたのだが、そもそも日本で崖から落ちた時から自分の姿の異変に気づいたときまでに魔法をかけられた記憶もないし、エルフの血を持つリーシャから見てもそういった魔法の痕跡は無かったし、俺にそういった魔法をかける利点も無いのだ。
で、あれば、作成者等と同じタイミングで俺に備わったスキルだと考えるのが現実的だ。
――まぁ、スキルなんてものがそもそも現実的か、って話でもあるんだけど。
「――俺についてはそんなもんかな。で、そっちの話はどうなんだよ?」
「そうだね。……あ、でも――」
隼人が口を開いたときだ。同時に社長室の扉が開いた。
「ちょっとー! 入り口で待ってて、って言ったじゃんジュン坊ー!」
「うわっ、リリエさんのこと忘れてた」
リリエだ。隼人と再会したことですっかり忘れていた。しかし怒っていると言っても表現するならぷんすかしている、といったところだ。
「リーシャちゃんも! ジュン坊に対して何か甘くないー?」
「いえ、そんなことは――」
「まあまあリリエさん落ち着いて。俺が悪かったですから」
ひとまず宥めなければ。言われ、リリエはむすっとしながらも隼人が居た場所の隣に当然のように座った。隼人はと言えば、すっと立ち上がっており、先ほど俺達に出したように茶を淹れている。
「――相変わらずですね、リリエさん。お久しぶりです」
苦笑しながら隼人がリリエに言葉を向ける。
「うん、久しぶり。あの騒動の後に会ったのが最後だから……一年ぶり?」
「はい、早いものですね」
リリエの前に茶を置いた隼人が座りなおす。
「やっぱり知り合いだったんだな、リリエさんと」
彼女がわざわざノードゥスに向かってる時点で、関係者と知り合いだとは考えていた。
「いっくんこそ、ラインアルストにいるって聞いたから、もしかしたらとは思ったけど」
隼人に話したここまでの経緯で、作成者の詳しい情報やここに至るまでの詳しい道筋などは話していないので、リリエの話も出てこなかったのだ。
「――この様子だとここまで案内したのは間違ってなかったみたいだねー」
言って茶を飲んだリリエに対し、隼人が頷きつつも、
「確かにいっくんと会えるとは思ってませんでしたが、時間が悪いですよリリエさん」
「――ん、時間?」
社長室に備わっている時計を見れば、今は正午前。そろそろ腹の音も鳴る頃だ。
「実はこの後大事な面会が控えているんだ。相手が相手だから、凄い申し訳ないんだけど、一度いっくんたちには席を外して貰いたいんだ」
「別に良いんじゃない? ジュン坊たちが居ても。あの子達なら許してくれそうな気もするけど」
リリエがお気楽に言うのに対し、隼人は難しい顔をする。
「リリエさんは軽すぎますよ」
どうやら中々の相手のようだ。
よく考えてみれば、飛び込みでいきなり来たのは俺たちだし、ここはおとなしく引くのがベストだろう。
「いいよいいよ、いきなり来たのは俺達だし。また後日来るから……あぁ、でも特区にどう入るかが問題だな……」
今回はリリエの口利きでどうにかなったが、次回も通用するかはわからない。
「なら、僕からいっくんを訪ねよう。たまには特区の外にも出たいしね」
言って、机に向かった隼人は引き出しから何かを取り出して、そのままそれを持ってきた。
「いっくんにこれを渡しておくよ」
「――スマホ?」
隼人から手渡されたのは携帯端末だった。だが、基地局が存在しないこの世界では使う事はままならないはずだ。
「それはノードゥスで開発したものでね。魔力を応用した特殊な電波を使って、端末同士で直接やり取りできる代物なんだ。
とは言っても少し前のモデルだから、距離としてはだいたい十キロ前後がいいところなんだけど、ラインベルニカ全域に基地局を秘密で置かせてもらってるから、この都市内ならどこにいても繋がるんだよ」
「それはまた……」
「二、三日したらその端末に連絡するから、そこで今後の事を決めようか」
「了解だ」
手渡された端末をストックスにしまった俺は立ち上がった。
「じゃあ、またね、いっくん」
「おう」
そして、俺とリーシャは部屋を後にした。
●●●
「まさか、リリエさんが言っていた会わせたい人がいっくんだったとは……」
純一とリーシャが去った部屋の中、立ち上がった隼人がつぶやいた。
「まあねー……ほんとは清堂って聞いた時点で、関係はあるかも、って思ってたんだけど」
茶が入った陶器を置いたリリエが一息ついて、
「ゲートが開けなくなった後に、もともと珍しかった異世界転移をしてきて、そしてスキル持ち……。
彼が言ったように、あの竜が関係してる事だったら、不用意に王族に近寄らせない方が良いと思ってねー。まぁそれも杞憂だったみたいだけど」
「……半年間視ての判断ですか?」
「そだよー。それにこの一年、北部での魔物の生息地の南下、移動があっても、竜が見つかったって報告は無いし、大丈夫でしょ」
「いっくん自体はそうですね。しかし、ゲートが開けなくなった状況下での受動的な異世界転移、しかも元々開きにくかったマザー・イニーツィオとなると、偶然とは言い難いですね」
「――それも含めて、この後話し合えば良いと思うよー、あの子達と」
「……そうですね」
●●●
「――良かったのですか? 簡単に引いてしまって」
ノードゥスの建物から出た俺達はそのまま来た道を戻っていた。
帰りはそのまま先ほどの転送屋に行けば合同区画まで戻れるようにリリエが手配してくれていたからだ。
「隼人はそこらへん、きっちりしたがるからさ。それにまた会うって約束したし、連絡手段だって確立したんだ。焦らなくても良いさ」
「そうですか……、ジュンイチさんが良いならそれで良いんですが……あ」
きゅぅーっとリーシャの身体から音が鳴り、彼女が頬を染める。
「もう良い時間だしな、ここらで何か食べるところを探すか。日本食とかあるといいんだけど」
リーシャの方に振り向いて提案する。
確か、転送屋の近くにそれっぽい建物を見た記憶がある。
「いいですね……。
――っ! ジュンイチさん!」
「ん? おわっ……」
突然のリーシャの声に、しかし、反応できなかった。
曲がり角を曲がろうとしていた俺は、そのまま同じく角を曲がってきた者とぶつかってしまい、後ろに倒れてしまった。
「っつうー……すみません、大丈夫でした……か……?」
尻餅をついた状態で言葉をかけたとき、俺は気づいた。
相手は倒れるどころか、微動だにしていなかったのだ。
それどころか、
「ああ、すまない。倒してしまったな」
言って、手を伸ばしてきた。それを手に取りながら立ち上がり、俺はぶつかった相手を見た。
青年だった。黒いコートを纏い、白の髪を逆立てた彼はこちらを見て、
「――これは……」
「……あのー?」
こちらをじっと見て、手を離してくれない青年は、声をかけると、すまないと言って手を離す。
「大丈夫ですか、ジュンイチさん」
俺の後ろ、リーシャが近づいてきた。
「あぁ、大丈夫だよ」
「――ほう。珍しいものを見たな」
それは、俺に対しての言葉ではなかった。
リーシャを一瞥した青年は、表情を変えないまま、
「エルフの女か……しかもヒューマンとの混血と来た」
「なっ……!?」
どうしてわかった。リーシャは今、フードを被り、その頭部はほぼ見えないはずだ。
女性という事は身体のラインからわかっても、『エルフ』だということはそこから推測は出来ない。
反射的にリーシャをかばう体勢をとった俺は、
「何者だ、おまえ……!?」
「ジュンイチさん……! この人は……、いえ、これは……人間ではありません……!」
震えを伴った声をリーシャが出す。
「な……!?」
「ふむ、半分になってもエルフの血は働いているようだな」
どう見てもヒューマンである青年は腕を組んでそう言った。
「これは……この感じは……」
リーシャがそう呟いた時、新たな声が響いた。
「バハムートさん!」
それは、青年の後ろ、いつの間にか立っていた少女から発せられた。
「何をなさっているんですか! 人を驚かせて!」
「俺は別に驚かせていない。事実を言っただけだ」
「とにかく、そういうことをしちゃだめです!」
近づいてきた少女はこちらに一礼して、
「失礼致しました。お怪我などされていませんか?」
至極丁寧な問いに俺達は首を横に振った。
「いや、大丈夫です」
「それは良かったです。もう少しきちんと謝罪したいところなのですが、なにぶん急いでおりまして」
「本当に大丈夫ですから」
申し訳無さそうにする少女に対し、両の手のひらを向けて大丈夫だと仕草する。
「ありがとうございます……、ほら、バハムートさん行きますよ!」
少女に促されて青年が歩く。
――『バハムート』だって?
知っている名称で、しかも普通使われない名で呼ばれた青年と、呼んだ少女を見送りながら、
「――なんだったんだ……?」
「さぁ……?」
●●●
「もう、バハムートさん! 一般の方に不用意に接触したらいけないんですよ!」
「それはお前の話であって、俺は別にかまわないだろう、エミリア」
バハムートは肩をすくめて少女に反論した。
エミリアはばつの悪い顔をして、
「た、確かにそうですけど……」
「……それに、少々気になることがあってな」
「あのフードの方にですか?」
首をかしげて問うエミリアにバハムートは否定する。
「否、男の方だ。なに、懐かしい魔力をやつの持ち物から感じたのでな。
とは言ってもあの様子だとあいつらとは直接的に関係はないだろうが」
言っている意味がわからないという顔をしたエミリアに補足の説明を入れることもなく、バハムートは続けた。
「それに、あの力の感じ……、面白くなりそうだ」




