47.ノードゥス
「――おえっ……」
建物から外に出て、吐きそうになるのをすんでのところで抑える。
横、リーシャも俺ほどではないが、かなり気持ち悪そうな表情をしている。
俺達の後から出てきたリリエが酔いを止める為か回復魔法をかけながら言う。
「ごめんねー、でもあればっかりは慣れだからー。
――まあ、慣れって言うほど使う事もないとは思うんだけどね。どうせ、この特区にしかあれは無いわけだし」
「そうなんですか?」
「うん、あれは長距離には使えないし、異世界の技術だから基本的には特区の外には持ち出し禁止なんだー……たまにずるして持ち出しちゃう人もいるんだけどね?」
「持ち出し禁止……」
ということは昨日俺達が見た冷蔵庫はあれ密輸――。
見なかったことにしておくのが良いだろう。あれのおかげで俺達もここにたどり着けたわけだし。
「――ふぅ」
魔法のおかげか、短時間で良くなった俺は改めて周囲を見渡す。
「ここが――」
ミロモルデア特区内マザー・イニーツィオ地区。それは先ほどまでいた合同区画とは異なる様相を見せていた。
日本の伝統的な様式を思わせる家屋もあれば、レイ・ウィングズの一般的な建築に近いもの、西洋風な家や欧米を意識したような家もあり、まさにカオスの一言だ。
「ここからは本当に少し歩くよー」
言葉に頷き、俺とリーシャはリリエに続いた。
「マザー・イニーツィオの話の途中だったね。これは半年前にも似たような事は言ったけど、日本が存在するマザー・イニーツィオについては私はくわしくは知らないんだ。日本人の知り合いがいるってだけ。そこにこれから向かうんだけど」
「そういえばマザー・イニーツィオはマジーア・リベレーターとは違う意味で特殊と仰ってましたが、あれは?」
「あー、うん、そうだねー。色々あるんだけど、例えばマザー・イニーツィオはさっき言った空間魔力がほぼ無いからなのかわかんないんだけど、他の世界に比べてゲートが開きにくいの。
だから、レイ・ウィングズとマザー・イニーツィオの関係も薄かったんだ……十数年前までは」
俺は脳内で計算してみる。今が2012年なので、90年代中頃か。
「これは秘密――っていうほどでもないんだけど、前回の戦争中、当時の女王であるミレイナ陛下がアーインスキアに捕縛されて数年間人質になってたことがあるんだ。
最終的になんやかんやでアーインスキアに連行された時に、世界間転移の隙を狙って救出したんだけど、そこから逃げるときに直接レイ・ウィングズにゲートを開けなかったからマザー・イニーツィオに一度退避したの」
「マザー・イニーツィオに?」
「そうだよー、しかも日本に、ね。伝手があったらしくてそこを頼ったって話らしいけど」
衝撃的な話だ。異世界の女王が日本に逃げ込んできていたなんて。
「そこから関係が強化されたって聞いてるね。ま、それ以前からちょっとだけは関係あったんだけどねー、ガリウスさんの奥さんなんて日本人だし」
「――はあ」
何か色々聞かされて混乱してきたが、思っていたよりもこの世界と俺の世界は関係があるらしい。
とは言え、あちら側でそんな話はまったく聞いたこともないし、政府ですら知っているかは怪しいレベルだ。
そんな俺の様子を見かねてか、リーシャがリリエに問う。
「それでは、ジュンイチさんが元の世界に帰れる、という希望もあるのでは?」
「んー、現状は難しいかなぁ」
否定の即答だった。
それは、
「二人とも聞いたことがあるかわからないんだけど、異世界とのゲートが開けなくなったっていう噂、聞いたこと無い?」
「はい、姉さんから少しだけ」
「うん、その噂、事実なんだよ。一昨年の末からまったく開けなくなっちゃったんだ。けっこうな騒ぎになったんだよ? 一般人には異世界ってほとんど関係ない話だから噂レベルの話で済んでるんだけど」
ふと、曲がり角を曲がったところでリリエが立ち止まった。
「ちょっと他に寄りたいところあるから、先に二人で行って待ってて? この道をまっすぐ行けば着くから、というかもう見えてるし」
言って、リリエが指差した。一軒家が並ぶ中、一つだけ階層が多い建物があった。
それは、コンクリートビルだった。
●●●
灰色のセメントでできた建築物。それにある種の冷たさを感じるのは、先ほどから降り始めた雪だけのせいではあるまい。
ビルに近づいてみれば、正面玄関にあたる場所には自動ドアが、そしてその横の壁には『NODUS』という文字が彫られていた。
「――」
自然と玄関に足が向かう。
だが、そんな俺の服の裾を掴む手があった。
リーシャだ。
彼女は首を横に振りながら言う。
「リリエさんに待っているように言われたではありませんか」
「だけど、知ってるやつがこの中にいるかもしれない」
そうだ、日本のノードゥスという会社。その現社長と秘書は俺の従兄と友人だ。もし会えたなら、色々と訊かなければならない。
元々家族経営だったノードゥスが、俺の知らないところで異世界と関係していた事。
俺と従兄と友人、三人の中で俺だけが除け者にされていたのでは、とそんな事さえ心に浮かんでしまう。
「とにかく、寒いし入ってみるだけ入ってみよう。駄目だったらリリエさんを待てばいい」
「――もう、仕方がありませんね……」
しぶしぶ言うリーシャを連れて俺は自動ドアの前に立った。
センサーが反応し、ドアが左右に開くと、中から温かい風が外に逃げてくる。
自動ドアに驚かないあたり、リーシャもその手のものに慣れたか、それとも魔法でそういうことができるのか、どちらだろうか。
玄関をくぐり、フロントホールを進んでいけば、受付に一人の女性が座っていた。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でいらっしゃいますか?」
久しぶりに聞いた日本語だ。否、この世界では知らない言語を聞いても結局脳内変換されて意味がわかるので、新鮮かと言われるとまた別だが、それでも感慨深いものがある。
「……すみません、ちょっとお伺いしたいのですが……この会社の社長の名を教えていただけませんか」
ひとまず、それを訊かねばなるまい。その答えによって、次の行動が決まる。
女性は唐突な質問に若干疑問の表情をした上で、
「え――はい。我が社の社長は『清堂 浩二』ですが……」
確定だった。浩二、俺の従兄だ。
「っ! ――あの、社長に会いたいんですが!」
興奮からか、つい語気を荒げてしまった。
それが悪かったのか、女性は不審がり、
「――申し訳ございませんが、事前のアポイントなしではご遠慮いただいておりまして……」
まあ、確かにそうだ。普通、名乗ってもいない人間に重役を会わせる訳がない。
まずはこちらの身分を証明しなくてはならない。
だから、俺は首から提げたプレートを掲げ、かつて必須としていた口調に改めて、
「……申し遅れました、俺――私はギルド、ラインアルスト支部ランクCメンバー、清堂 純一と申します」
名刺をぱっと創造者で作ってしまっても良かったが、下手にそういうものを出すより、ギルドで共通して使っている身分証を見せた方が説得力がある気がする。
大事なのは、ギルド所属で信頼できるという事、そして、俺が『清堂』の一族だとわかってもらうことだ。
効果はてきめんだった。
「え、せいどう……清堂!? も、申し訳ありません! 少々お待ちください!」
慌てて女性が電話の受話器を取り、どこかにつないだようだ。
「――受付の八木です。はい、社長に会いたいという方がいらっしゃいまして――はい、そうなのですが、実は――清堂 純一様というギルドの方が――はい……はい、わかりました」
八木は電話を終えると、こちらに一礼して、
「――申し訳ありません、社長はただいまマザー・イニーツィオでして……。ただ、純一様にこの支部の最高責任者がお会いしたいと――」
浩二がいない――。確かに、社長ならば本社がある日本にいるはずだ。肉親に会えるかと期待していたが、それは叶わないようだ。
しかし、最高責任者が会いたいとは。清堂の姓に興味を持ってくれたか。
「わかりました。えーと、どちらに行けば?」
「そこにあるエレベーターで五階にある社長室にお願いできますでしょうか」
頷く。
そして、大事な確認だが、
「この人は私の連れなのですが、一緒に居ても?」
「はい、ギルドの方でしたら大丈夫だと」
リーシャは今もフードを被っているが、見えるようにギルドのプレートは首から提げている。
「じゃあ、行くか」
ボタンを押し、エレベーターに乗り込む。
五階を押し、少ししてエレベーターが上昇を開始する。
「――っと、大丈夫か?」
流石にエレベーターの上昇は予想外だったらしく、リーシャがよろける。
「はい、ありがとうございます……しかし、いきなり重役と面会とは……」
「俺も追い返される可能性が高いと思ったんだけど、上手くいったな」
チンと音が鳴り、扉が開く。
「社長室は――あれか」
廊下の一番奥、扉の上に社長室の文字が見える。
「……いくぞ」
コンコンとノックをして扉を開ける。
「失礼します、ギルドの清堂 純一です……が……」
名乗りをしながら社長室に居た人物を見て、俺は言葉を途切れさせた。
「……隼人……」
それは、俺と浩二の共通の友人。そして、浩二の秘書をしている渡辺 隼人だった。




