44.ミロモルデア特区Ⅰ
ミロモルデア特区。
それは、レイ・ウィングズにおいて唯一の政府公認異世界特区だ。
交流がある世界の特使や移住者などが集まっているが、一般人は基本的に入区を許される事が無く、その中がどうなっているかは隣の区に住んでいる者さえほとんど知らないという。
また、さらに言えば、大都市の人間は自らが住まう区画とそれに隣接する区画以外は生活する上で訪れるということが少なく、同じ都市の中でも遠方だとどこに何があるか知らない人間が多い。それ故にミロモルデア特区と聞いてもそこが何なのか知る者も少ないのだ。
というのが昨夜、宿に戻ってからミストから聞いた話だった。
リーシャが特区について知らなかったのもこれに起因するだろう。
入区制限についても、元々、異世界との交流は政府の管轄として行われていた、と聞いてはいたので、その影響が大きいのだろうとは思う。
しかし、そこが問題だった。
そう。
俺達は肝心のミロモルデア特区に入れないでいた。
入区手続きというものが必要ならしく、そこで引っかかってしまった。どうやら政府からの特別な証明書が必要なようだった。
ギルドメンバーであれば、もしかしたら簡単に入れるかと思ったが関係はないらしい。
メンバー証を見せても首を横に振らないときは「俺は異世界人だ」とも言おうと思ったが、証明する術もないし、下手をしたら通報されて拘束される可能性もあるため、撤退した。
今は特区入り口の前にある喫茶のテラスに居た。
「困ったな……」
「入るのは難しい可能性も考慮していましたが、あそこまで厳しいとは……」
「いっそ、賄賂でも渡すか?」
通れない所を通る時の伝統の技だ。金なら余っている。
しかし、リーシャが首を横に振った。
「確かにそれもアリだとは思いますが、今回は悪手かと。仕事に誇りを持っている者、または不満を持っていない者に対しては逆に気分を不快にさせるものです」
おそらく手続き管理を行っている者は政府直轄の人間だ。下手をすれば、政府から追われる身になるか。
「――正式な証明書を発行してもらう方が懸命でしょう。ただ、それが出来るかが問題ですが」
そう、正式なルートで入るのも難しいのだ。
特区は高い壁で蔽われているので、飛び越えるにも魔流活性で思いっきり跳んでいけるかという具合だし、目立つので後で見つかる可能性もある。
「こうなったらちょっと前に作った光学迷彩でするっと――」
「――あれー、ジュン坊とリーシャじゃない」
唐突に、聞き覚えのある、のんびりとした女の声が響いた。
「……リリエさん? 何でここに?」
それはラインアルストで商店アルガドを営んでいる女店主、リリエだった。
「んー? ちょっと用事があってね。二人は? デート?」
なんだそのテンプレみたいな質問。
「まあそんなところです」
横、リーシャは口を開こうとしたが何か諦めたように黙った。
「ただ、行きたいデートスポットが封鎖されちゃってて。
――あそこなんですけど」
リリエにわかるようにミロモルデア特区の方を指した。
ここで俺はあることを思案していた。
リリエはギルドマスターとも知り合いであり、噂では政府と関係のある人間ではないか、という話があった。
もし仮にそれが本当であれば、ミロモルデア特区へ入る事も容易いのではないか、俺はそう考えたのである。
「……なるほどね、そういうことかー」
俺が異世界――日本について情報を集めるために異世界特区に行きたい事が伝わったらしい。
ふと、リリエがこちらを見返した。
「――ふふ、ジュン坊もずる賢いねぇー」
あれ? バレた……?
その言葉の意味は俺の考えを察しなければ出ない言葉だ。
「しょうがない。お姉ちゃんに任せなさいー」
お姉ちゃんって……、あんた俺より年下だろうに。まあ、リリエには俺の若返りの方は伝えていないので、知らないのも仕方が無い。
それに、年下のお姉さんも悪くない、うん。
「ちょーど私も用事あったしねー」
なんて言いながら、リリエが特区入り口に歩いていった。
どうするのだろうかと、リーシャと二人で遠めに見ていると、入区管理官の男に話しかけたリリエは少し話した後、ストックスで収納空間から何かを引っ張り出した。
それを見るや否や、男は慌ててリリエに対し敬礼したのだ。
そしてリリエがこちらを見た瞬間だ。
『二人ともいいよー』
頭の中に声が響いた。
「これは――」
魔流通話。魔流活技のひとつで、魔力を使って会話することで、実際に声を出す事無く情報のやり取りが出来るものだが、そう簡単なものではなく、使用できる人間は限られるものだ。
「ほんと何者だよあの人は……」
言いながら俺とリーシャはリリエの元に向かった。




