43.極東都市ラインベルニカⅢ
そこは閑静な住宅街の一画、俺とリーシャは一軒の家の前に居た。
鍛冶職人が集まる区画もそうであったが、騒がしい中央通りなどとは異なり、この辺りはラインアルストでもよく見るような光景だ。
俺の眼前、ドアのノッカーを鳴らそうとしているリーシャに俺は問いかけた。
「――なあ、本当に俺が居ても良いのか?」
問われ、振り返ったリーシャはフードの中から答えを返す。
「大丈夫と言ったのはジュンイチさんではないですか。それに両親には仕事の同僚を紹介したいとは思ってましたから、居てもらわなければそれはそれで困ります」
「いやぁ、それは……」
ノッカーを鳴らしながら答えたリーシャに強くは言い返せない。
確かに最近はほとんどリーシャと仕事をしているので、もはやワンセット扱いされる事も多くなってきてはいるが。
彼女は気づいているのだろうか。娘が両親に対し、同僚とは言え男を紹介する。その意味を。
……気づいてないだろうなぁ、これは。
ため息をついた、その時だ。ドアの向こうから男の声が聞こえた。
「どちら様かな?」
「リーシャです、父さん」
返答は簡潔だが、それだけに相手には伝わりやすい。
すぐにドアが開いた。
「おお! リーシャ! おかえり!」
出迎えたのはリーシャの父親だった。
●●●
……居辛ぇー!
俺は俯いて椅子に座っていた。
横目で見れば、リーシャが両親と談笑している。久しぶりだ、などというよくある会話だ。
テーブルを挟んで俺の目の前に座っている男性。痩せた中年だが、活力が無いという感じではなく、むしろ活き活きしてるのがリーシャの父親だ。
その横、リーシャと同じ金の髪を持つ女性が座っている。状況からして彼女がリーシャの母親だろう。
なにしろ、
……でかい……!
リーシャは母親似なんだなぁ……、全体的に。
服の上からの目視だが、リーシャと同じぐらいか。外見も二十代前半と言う感じで、知らない人間から見れば、姉妹と言ったほうが通じるだろう。
それもエルフの血によるものか。だが、俺は気づいた。エルフの特徴である長耳が母親に見当たらないのだ。
リーシャのように髪で見えないのではない。俺の目には人間の、普通の耳にしか見えない。その辺り、何かあるのだろうか。
しかし、まぁ……
いずれにしろ、現状家族の団欒に巻き込まれて蚊帳の外であり、きっかけが無ければこのままだ。
俺が横目でリーシャに助けを求めていると、それは正面から来た。
「そういえばリーシャ、彼はいったい?」
助かった、これでまともに会話できる。というか俺の身分は家に入れる前に聞くべきではなかろうか。
「あ、すみません。実は父さんたちに彼を紹介しようと思いまして……」
あー、リーシャさん、その言い方は大変まずいですよ!? ほらやっぱり、お父さんすごい顔で俺の事見てる……。
母親はと言えば、あらあらと頬に手を当てて微笑している。
「あ、いや、ちょっと……」
誤解を解かねば。
だが、俺がはっきりと何かを言う前に、
「――リーシャ、一つ訊いていいかい?」
「はい、何でしょうか?」
「それはつまり……彼は(生涯の)パートナーということでいいのかい!?」
ああ、思ったよりも展開が速い。
問われ、リーシャは少し考えてから、
「――はい、(仕事をよく一緒にするので)私のパートナーです」
おーい、この親子、意思疎通できてないのでは!?
「……そうか……、騙されてる、というわけでもなさそうだし……そうか……」
リーシャの父親がぶつぶつとつぶやいている。
「――よし、わかった! これからリーシャをよろしく頼むよ君! 名前もまだ聞いてないが!」
いいのか……。
「何か父さん大げさではないですか……?」
「そりゃー、君のお父さんは俺を仕事じゃなくて恋人的な意味合いでパートナーだと思ってるからじゃないか?」
色々気づいてないリーシャに耳打ちで説明する。
「――え」
やはり気づいていなかった。
リーシャが慌てて誤解を解いた。
●●●
「なんだー、父さんの勘違いかー、ははは!」
「あなたったら、昔からあわてんぼうさんなんだから」
それにしても大概だとは思うのだが。
どちらにしろ、誤解が解けてよかった。あのままでは、俺はリーシャの恋人で立ち回らなければならなかった。否、別に良いんですけどね? 俺は。
「そうですよ、まったく……。ジュンイチさんとはそういう関係ではありませんから……まだ」
「まだ!?」
「あー! それよりいい時間になってきたなリーシャ!」
また話が戻りそうだったので、強引に話題を切り替える。
……え? ていうか、『まだ』?
自分で切っておいてなんだが、気になるぞ。
だが、
「そうですね、姉さんを心配させてはいけませんし、そろそろ戻りましょうか」
「えっ!? もう行っちゃうのかい?」
父親が残念そうな声をあげる。
「今日は本当に寄っただけですから。ラインベルニカには長い間居る事になると思いますし、また後日来ますから」
それでも落ち込む父親を母親が宥める。
ほんと、娘大好きだな……。
――否、
それが、普通か……。
一応の別れの挨拶をして、玄関から外に出れば空は黒の色だ。
そして、
「さむっ……」
後ろの方、いつまでも別れの声を聞きながら中央通に足を向ける。
「――まあ、良いご両親じゃないか」
「すみません、慌しくて……」
皮肉に聞こえたのか、リーシャが謝罪してくる。
「いやいや、大切にされてるってわかったし、良いじゃん」
でも、と俺は疑問を呈した。少しボリュームを下げた声で、
「お母さんの耳、普通の耳だったけど……」
以前、リーシャには母親がエルフだと聞いていたが、ぱっと見では普通の人間だった。
疑問に頷いたリーシャが口を開く。
「母さんは普段から魔法で耳をヒューマンのそれに見えるようにしているんです。私や父さんなど、家族しか居ない時は解いていますが」
なるほど、俺が居たから魔法を行使していたのか。
しかしそれならば、
「リーシャもそうすればいいんじゃないのか? そうすればフードだって被らなくて良いだろ」
当然の指摘をする。金髪とて目立つには目立つが、別段珍しいという訳でもない。フードを被って行動を制限されるよりはマシだと思うが、しかし、リーシャは少し間を空けてから、
「……そのぉ……、何というかですね? あの魔法は結構難しいと言いますか……」
「――めんどくさい?」
「……はい」
恥ずかしそうに答えるリーシャだが、わからないでもない。実際、魔法の使用というのはそれなりの負担になる。最近になって、ようやく俺も多少の簡単な魔法は使えるようになったが、持続系のものなど徐々に魔力を削られていくため、しんどいと言うのが本音だ。
『魔流活性を普段から使用して魔力量を鍛える』なんて荒業が存在するとリリエから聞いたことがあるが、正直言って魔流活性も魔力消費量は魔法と大差ないため、そんなことできるのはそれこそ化け物か何かだ。否、それ以上か。魔物ですら、そんなことはできないだろう。
「ま、リーシャがそれでいいならかまわないんだけどさ」
結局それに尽きる。
「……ジュンイチさんは、その……見たい、ですか?」
うわぁ、すごい魅惑的な台詞。録音しておけば良かった。
意味はわかっている。普通の人間の――ヒューマンのような耳がいいか、と問われたのだ。
「――そうだなぁ……俺は別に。リーシャが好きなようにしてるのが一番良いかな」
若干気取った感じになったが、事実だ。
耳がどうだろうと俺のリーシャに対しての見方は変わらない。
「そうですか……」
何か、安心したような残念そうな声に聞こえるのは気のせいか。
と、そんなやり取りをしている間に人気が多くなってきた。
中央通りに戻ってきたのだ。
「とりあえず、明日は朝からミロモルデア特区、だな」
そこで、何かしらわかるだろう。
そう思いながら、俺達は宿に向かった。




