42.極東都市ラインベルニカⅡ
俺とリーシャはラインベルニカの中央通ともいえる大きな道を東に向かって歩いていた。
道の両側には商店などがずっと続いており、行きかう人々が興味を引いた店の前で足を止め、店主と話している光景をよく目にする。
今まで町という町はラインアルストとラインマインズ、そしてその間にある小さな町しか訪れた事が無い俺にとっては中々に新鮮なものだ。
ラインアルストは買い物をするときでも市場というものがなく、リリエが営んでいるアルガドのように商店という形式が主流だったため、このような市場形式のものを見るのは珍しい。
「なんというか、所謂ファンタジーの市場って感じだよなー」
「何です? それ」
「あ、いや、こっちの話」
俺の横、リーシャがフードを被った頭をかしげて問うて来る。
俺としては見慣れたものだが、リーシャは己がエルフであることを基本的には隠している。
よくある話だ。エルフなどの亜人が人間から特異な目、または差別を受けると言う話は。
政府からはそのような差別は許さないという勅令じみたものが下されているようだが、それでも馬鹿なやつとはいるものだ。
ラインアルストでは既に彼女は『仲間』の一人であるし、そんな馬鹿をする町民は居ない。居たらミストに殺されてそうだ。
しかし、ここは別だ。最大クラスの大都市ともなれば、いろんな人間がいるだろう。
リーシャはエルフの特徴である長耳を隠すために長髪でいるわけだが、それでもふと露出してしまう事は多々あるし、正直言ってこの見事な金髪と美貌だと逆に人目につく。それゆえ、ラインアルストから出るときはそれらを覆うようにフードを被っているのだ。
リーシャ曰く、ハーフエルフであるため、耳はこれでも短い方らしく、本来のエルフはもっと長いらしい。確かに漫画などで見るものよりは短い。
「髪もボリュームあるし、大変だろ、それ」
長髪を隠すことになるので、必然的に髪もフードの中、コートの背中側に収納されている。
「夏は暑いので大変ですが魔法で何とかできますし、今のような冬なんて逆に暖かくて良いですよ」
「そんなもんかぁ……」
「そんなものです」
本人が良いなら特に何も言う事はない。
「――ところで、どうやってノードゥスの情報を集めるのですか?」
「……どうやって集めるかなぁ……」
俺の言葉にリーシャがじとーっと視線を送ってくるが、それは非難の目としては逆効果だぜ!
実際、どうしたものかわからない。
ラインベルニカに住んでいたミストやリーシャが知らないとなると、日本での知名度はアテにならない。そもそも俺の知っているノードゥスかはまだわからないのだ。
「俺の予想だと機械を売ってる……とは思うんだけど……」
周囲、見渡す範囲には機械、それも電気機械らしいものはまったく見当たらない。
日本では家電製品などを造っていたはずだが、世界が変わっても同じとは限らないか。そもそも需要が無ければモノが売れないから供給も出来なくなるのだ。魔法が存在しているこの世界で家電製品が需要を満たすかはわからない。
もしくは、市場が開拓されていないか。機械そのものを知らないであれば、需要以前の話だ。存在を知っていてその便利具合をわかっている俺は必要だと判断できるが、この世界の住人はそうではない。
しかし、この世界に存在するノードゥスは少なくとも、ガリウスの補佐であるメニアが持っていたような、この世界の一般的な銃よりも先進的な、そして現代的な銃を造っているはずだ。となれば、それを公に販売しているかはわからないが、少なくともその手の技術は保有しているはずだ。
「うーん、機械……ですか」
「なんか心当たりとかあるか?」
闇雲にあたるよりはラインベルニカを知っているリーシャを頼りにしたいところだ。
彼女はフードの中、口下に手を当て数秒考えてから、
「正直に言えば心当たりは無いです――」
しかし、と一息ついたリーシャは言葉を続ける。
「ここ西区の一画に鍛冶職人が集まる地区があります。機械、というよりは銃からの関連になりますがそこであれば、何か情報が得られるかもしれません」
●●●
「――まったく成果がありませんでしたね……」
リーシャの言葉通り、鍛冶職人が集まっている区画を3時間ほど聞き取りなどして探索してまわった訳だが、特にめぼしい情報は得られず、宿がある地区へ戻る最中だった。
「そうだなー……あ、リーシャ、ここに入ってちょっと休もう」
リーシャに声をかけて、目に入った喫茶店のドアを開ける。
流石に歩きつかれた。もっと言うと寒い。緯度的な観点からみれば俺たちがいる西区はラインアルストよりも南に位置しているが、それでも海が近いからか、気温は高くは無い。
「いらっしゃいませー」
入ってみれば中々落ち着いた雰囲気で当たりという感じの店だ。
カウンター席に座り、メニューをとる。
「……どれにする?」
「……」
メニュー表をリーシャに見えるようにすれば、彼女が指をさしてこちらに伝えてくる。
「んじゃぁ、この紅茶2つください」
「はーい、少々お待ちをー」
店員であろう女性が厨房の方に歩いていく。
俺はそれを何気なしに目で追っていて、そして厨房にある物に気づいた。
銀の箱。
それは俺の記憶の中でだいたいの御家庭に備わっている家電製品。紛れも無い、『冷蔵庫』だ。
「ちょっ! ちょっといいですか!?」
俺は慌てて店員を呼び止める。
「何でしょうか?」
「あの――厨房にある銀色の箱。あれ、どこで!?」
店員は振り向いて、あぁ、と声をあげて、
「あれ便利ですよねぇ、魔法なしでも物を冷やせておけて。結果、魔石は使っちゃうみたいですけど。うちのマスターが知り合いの伝手で手に入れたものらしいんですけど、生憎マスター出払ってまして……」
くそ、タイミングが悪い。
最悪、そのマスターが帰って来るまで待つか……?
「――帰ってくるのもおそらく四日後になると思うんです」
そんなに店を開けてて良いのかマスター。店員を信頼しているということか。
だが、どうしたものか。四日後に訊ねに来るしかないだろうか。
「あ、でも前にちょっと聞いたことがあります。えーと、確か……中央区の北西にあるナントカ特区……? ちょっと名前は忘れてしまったんですけどそこから持ってくるのが大変だったって言ってましたからたぶんそこで手に入れたと思うんですけど」
中央区のナントカ特区。あいまいだが、ラインベルニカの地図は既に持っている。
ストックスから地図を取り出して開く。
え、どこから……!? という周囲の目を無視して、中央区の北西に当たる部分を精査する。
「――これですね」
リーシャがぼそっと言いながら指で指し示す。
確かにあった。ミロモルデア特区。知らない文字でも意味は魔法でわかる。『異世界特区』だ。
そのまんまだな……。
目的地は決まった。名前からもわかるとおり、ここに行けばノードゥスの事が、うまくいけば俺の世界の事がわかるかもしれない。
しかし、
「――ここからだと少しかかりますね……、今から急いで行っても夜になりますよ」
ということは、少なくとも三時間はかかると言う事。帰って来る時間も考えると深夜になってしまう。ラインベルニカの治安がいかほどのものか知らないが、ミストに心配をかけるのは良くない。良くないというか俺の身が危ない。
となれば、明日に持ち越しだ。早朝出れば、じっくりと調べる時間もある。
「はい、どうぞー」
「あ、どうも」
出された紅茶を一口飲んでみればおいしかった。
●●●
「まさか喫茶店で情報が見つかるとはなー」
喫茶店を後にし、俺達はまた外を歩いていた。
「とは言え、明日ですね。……この後はどうするんですか?」
「んー? そうだなぁ、これといって急ぐ用事もないし、観光とかそういうのは後でも出来るしなー。今日はもう宿に戻ろうかと思ってたんだけど、なんか用事あるのか?」
リーシャが落ち着かないような雰囲気を出しているので、とりあえず訊いてみる。
「いえ、用事というほどではないのですが……。私の両親がこの近くに住んでいまして。できれば、ラインベルニカにきていることだけでも伝えようかな、と……」
「ああ……」
確かにラインアルストからこっちに来るまで手紙を送る暇も無かった。
話を聞く限り、久しぶりに会うみたいだし、俺がそれを止める理由も無い。
おそらくリーシャは、俺一人で宿に戻れるかが心配なんだろう。それなりに距離もあるし。
「ああ、大丈夫だ。問題は無いよ」
子どもではないのだ、地図を見れば帰れる。
「ありがとうございます。では……こちらです」
「うん。――うん?」




