41.極東都市ラインベルニカⅠ
俺はガタゴトと揺れる馬車の中に居た。久々に乗った馬車の乗り心地は良くない。しかもそれが一ヶ月近く続くとなれば、ストレスも溜まる。
馬車の中には俺の他、ミスト、リーシャ、そしてレイガルフのネインが乗っていた。三人とも、こんなものは慣れっこだという風にしているが、よく耐えられたものだ。俺なんてやはり慣れなくて創造者で酔い止め薬を作成して飲んだいたぐらいだ。
加えて、馬車の中は自動車と違ってエアコンも無ければ、暖炉なんてものも無く、壁があるだけ外よりはマシという具合だ。着込んでなければ凍死している。あまりの寒さに手持ちの素材を使って《作成者》でカイロを作った。
ネインがラインアルストにやってきてから既に三週間以上経っていた。あの日、ミストに召集が下り、次の日にはラインアルストを出発していた。
俺は約束どおり、同行させてもらっている。リーシャに関して言えば、ミストが補佐が欲しいという理由で連れてきている。
これだけの人数ならば、サイドカーを作ってヴィエラで移動しても良かったのだが、リーシャとは異なり、ミストはバイクに慣れていないことを考えてそれは断念した。
よくよく考えてみれば、手持ちの魔石も余裕があるわけではなかった。半年前に手に入れた魔石は既に半分以下の量だ。使いすぎか否かは基準がわからないので、なんとも言えないが、リーシャの機嫌を取るためにスイーツ作ったり、役に立ちそうだなと思って作った道具が魔石の変わりにストックスに入っていたりする現状を考えると前者な気がする。
――まぁ、ヴィエラのエネルギーに関して言えば、もう自分の魔力でどうにかできるんだけど……。
俺一人でもそうなのだ。リーシャとミストが魔力を提供してくれれば、ヴィエラを動かすなんて容易なことだ。だが、たまには異世界の旅を味わうのも良かろうと馬車で行く事に賛同したわけだが、失敗だったことが身に染みてわかったので、今後の教訓にする。
「――しかし、そろそろラインベルニカって割にはここら辺、何も無くないか?」
馬車の中から外を覗いて見ても見えるのは一面の雪景色だ。ちらほらと建物が建っているのも確認できるが、形状や大きさからして住居というよりは作業小屋に近い感じがする。
寒いので顔を戻すと前に座っているミストが口を開く。
「ラインベルニカは先の戦争から中央政府が置かれていた関係もあってアーインスキア軍に攻められる場所でしたからね、実際に攻められた事もありましたし。
故に他のライン地方の村や都市などと一緒で、民間人などの住居等は全て都市壁の中にあるんですよ。壁の外にあるのは田畑ぐらいです」
ということはこの雪の下が田畑か。
「そろそろ門が見えるはずです。中に入ったら少し早いですが、昼食を取りましょう。良い店を知っているので奢りますよ」
「おー、ありがとうございます、とりあえず暖かいものでも欲しいですね」
歳下に奢られると言うのもあれな話だが、俺は今見た目二十歳前後の好青年なので、ここは話に乗っておく。
そんなやり取りをしていると黒の色が眼に入った。
「うわ、すごいな……」
壮観だった。高さ数メートルはある黒い壁がずらっと建っていた。
「あんなの作るのにどれくらいかかったんだ……」
「あの壁ですか? あれは数ヶ月で出来たものですよ」
「……は? 数ヶ月?」
建設車両等がないこの世界でどうやって、と思っていると、横にいたリーシャが補足してきた。
「あれは魔法でできているんですよ。当時、四大貴族の一人にして、魔力を持っていらっしゃるジャミル・マジル・ノーライト様が魔法師団を従えてあの壁を作られたのです」
「へえー、それはまた……」
と、俺は今のやり取りで気になっている事が二つ。
「そういや、前にも四大貴族って聞いたけどやっぱり貴族って居るものなんだな。それに――ラグラノルト? って何だ?」
ファンタジーあふれる世界なのだから貴族はいると聞いていたが、四大とは何か。特別なのだろうか。
「四大貴族とは貴族の中でも王族の血縁でいらっしゃる方々の事ですよ。私は実際にお目にかかったことは無いのですが。
そして魔力ですが――王権の一つだと言われています」
「……王権?」
何故、王ではなく、貴族が王権を持っているのか。
「遠い昔、初代レイ・ウィングズ王が神々の大戦に参加した際に褒美としてもらった力を、彼に力を貸していた5人の乙女が初代王とそのー――交合ったことで力を継承、王族とそれを支える4つの柱として四大貴族が生まれたというのが一般的な通説ですね」
5人の乙女って……。ハーレムかよ。
否、昔ならば、そういうのも普通にあったのだろう。こんな世界ならば今でもありそうだが。
というか神々の大戦って、いよいよ神話めいた話になってきた。
「でも、神からもらった力ってすごそうだな」
「そうですね、故にレガリアはスキルの中で最上位に位置していると言われています」
「――やっぱりスキルなのか?」
この半年を過ごし、俺もある程度『スキル』については調べたりした。
まず、スキルそれ自体を持つ者は本当に少ない。何万人、何十万人に一人とかそんなレベルなのだと。
しかも、後天的に取得できるものはほとんど無い。加えて言えば、既存スキルの大半がごく限定された小さな機能ばかりなのだ。俺のように限界はあれど好きな物を作り出せるとかそういうのではなく、例えば『この後雨が降るのがわかる』とかそういうものだ。もしかしたら日本の卑弥呼などの特異な存在はそのようなスキルを持っていたのかもしれない。
しかし、俺ほどに効果の大きい、またははっきりとしたものが今まで出現した事はないのだという、例外を除いては。
それがレガリア。名前だけはちらっと聞いていたが、それが結局何なのかは調べないでいた。
「スキルだとは言われています。ただ、既存のスキルとは異なる事が多くて……。四大貴族のそれぞれが身体強化、美、魔力、従獣というレガリアをお持ちなのですが、それぞれが大きな力を持つ点、そしてその全てが遺伝する点など……。
特別――という点では、ジュンイチさんのスキルに通じたものがありますね」
確かに。俺の《作成者》と《創造者》が遺伝するかはわからないが、話を聞くだけなら相当に強そうなものだ。なにせ、この世界を統治している者たちなのだから。
『――一般人の知識だとそれぐらいだろうな』
ここで、ずっと黙っていたネインが話しかけてきた。
そういえば、こいつは王様達に仕えているんだっけ。
「……何か秘密でもあるのか?」
『余計な事は喋るなと言われているのでな。どうしても知りたいならガリウスのやつにでも聞いてみたらどうだ、答えてくれるかわからんが』
「ギルドマスター、ですか?」
気になったのか、リーシャもネインに訊ねた。
『ああ、なにせガリウスは――十蒼希の一人である烈の実父にして、先代蒼王であるレイア様の育ての親なのだからな』
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壁の中と外でここまで風景が異なると笑えてくるものだ。
この世界最大クラスの都市というのは嘘ではないらしい。都市の最も外側にあたるだろう壁付近でも人の密集具合が今まで見てきたそれと違う。東京などのそれに近いものを感じる。これなら中央に近づけば近づくほどすごいことになっていそうだ。
しかも広さは日本の小さな県ほど。つまり、東京二十三区がそのまま東京全域に広がったものと言えば良いだろうか。
「大陸南方の最大都市ウェルーはさらに広く、全世界で最も大きいなんて言われていますね」
「まじか……」
電車交通網が発達していないこの世界でその広さは大変だろうな……。
最初に浮かぶ事がそれなのもどうかと思うが、実際都市間だけでなく都市内の移動も大変だろう。
と思った時、すっとネインが立ち上がった。
『それでは私はガリウスにラインアルスト組が到着した事を伝えるために戻る。会議の日付が決まったら伝えに来るからそれまでは観光でもしてるが良い』
ギルドマスターからの召集内容は極秘の会議らしいのだが、出席するものが様々なところから来るため、召集完了まで時間がかかるようだ。
「では、私達の居場所ですが、西区の――」
『ああ、よい。お前達のニオイは既に覚えた。どこに居ても見つけるから心配ない』
やっぱり犬じゃないのかこいつ……。
俺たちが何か言う前にネインは馬車の中から飛び出した。
そのまま路地裏に消えるかと思えば、跳躍して民家の屋根に跳び乗り、それを伝って消えていった。そこらへんは犬ではなく、魔物なんだなぁと思わざるおえない。
「では私達も当面の宿に向かいましょう。昼食もそこで取れるはずですから」
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「はぁー、食った食った。なかなかいけますね」
丁度正午ごろ、俺達は昼食を終えていた。
「ここはラインベルニカでも食事が美味しい穴場ですからね」
フォークをおいたミストが紙で口を拭いた。
同じライン地方でもラインアルストで食べていたものとはまた毛色が違う食事だった。
どちらかと言えば日本食のような懐かしさを感じるのは偶然だろうか。
「それで、先ほどの事ですが、言われたとおり件の日までは時間がありますから自由行動を許可しようと思いますが一応、監督責任の問題がありますので」
何をしてもいいが、面倒は起こすな、とそう言いたいのだろう。
「んー、そうですね。とりあえず観光がてら、ノードゥスについての情報集めようかと」
結局詳しい事はガリウスに聞くのが一番手っ取り早い訳だが、この状況で乗り込むという訳にもいくまい。
もし仮にノードゥスが俺の知っている――俺の親戚が経営している会社なのであれば、こんな異世界という、ある意味においては新天地ともいえる場所でなんらアクションを起こさないわけがない。
ガリウスの他、日本を知っているという人が居るかもしれないし、商業という関連性から商人連合を当たってみるのがベストだろうか。
「私はここで最近のラインベルニカについて情報を集めていますが……リーシャはどうする?」
支部長とその部下、というよりは姉妹と言った感じでミストがリーシャに問うた。
「そうですね……ひとまずジュンイチさんについて行こうかと。何か問題を起こしてもダメですし、迷子になったらそれはそれで困りますから」
迷子って……。まぁ、この広い都市ならば、迷子になる可能性も高いと言えば高い。GPSだってないし。
「そうですか……わかりました」
何かミストがジト目で俺を睨んでくるのは気のせいだろうか、否、気のせいじゃないな。
「あのー、何か……?」
「いえ、別に何でもありませんよ? ええ、特に何も」
そんなわけないだろう。
特に何も悪い事をしていないし、あるとすれば――、
……リーシャか?
最近は俺から頼まなくてもよく手伝ったりついてきてくれたりするし、今回もそうなった訳だが、それがミストは気に食わなかったのだろう。
「ははは、特に何も無いですよ」
あったらいいなぁ。
「……はぁ、もういいです」
「???」
リーシャだけ訳のわからない顔をしているが、可愛いやつ。
「んじゃ、行ってきますわ」
俺は席から離れ、宿の入り口に向かって歩き始めた。
それをリーシャが慌てて追う。
「あ、ちょっと。待ってください!」




