40.召集命令
「はぁー、寒い寒い」
頭に白い雪を載せながら、俺はギルド、ラインアルスト支部のフロントに入った。
季節は冬。
手持ちの携帯端末は2012年2月9日12:29と表示している。これはあくまで日本時間な訳だが、外の様子を見るに、そう日本と変わらないようだ。
「――ジュンイチー! こっちこっち!」
食堂に行ってみれば、そこにはレオが座っていた。
レオは俺が渡した赤の双剣を腰に帯剣しながらも、上手く椅子に座っていた。
「おーっす」
「おーっす、では無いですよ、まったく……」
レオに手を振った俺の横、金の髪を持ったハーフエルフがつぶやく。
リーシャだ。
厚着をした彼女はため息をついて続けた。
「ジュンイチさんが寝坊しなければもっと早く終わってたでしょう」
「それを言うな……人間は寒いと布団から出られないんだ……」
今日は朝からリーシャと共に、ラインアルスト近くの森に現れた猪型の魔物を討伐しに行っていたのだ。
だが俺も人間だ。目覚ましの音で一度は起きるも、「あと五分……」という典型的な二度寝をした。そうしたら思ったより眠ってしまい、ふと気づいたらベッド横に笑顔のリーシャが立っていた時は、今日で俺は死ぬのか……とも思ったものだ。
「というかリーシャさん、普通にジュンイチの部屋に出入りしてるけどそれはいいの?」
君が言うのはリーシャの体外的な面と俺のプライバシー的な面のどちらを言っているかで俺への見ている眼がわかってしまうぞレオ君。
「かまいませんよ、起こしに行かなきゃ何時まで経っても仕事が始まらないんですから」
この黄金メロン、俺の扱いに手馴れてきてやがる。
そもそも俺の部屋の合鍵をどうやって手に入れたのか。
「そうなんだけど……。ジュンイチとリーシャさんが付き合ってるって専らの噂だよ?」
まぁ、そうなるよなぁ……。
女が男の部屋に出入りしていればそんな話が出てくるのが普通だ。
しかし悲しいかな。
「残念だけど付き合ってないんだよ。だがレオよ、今にリーシャを口説き落として見せるぞ……!」
「ははは、がんばってー」
「馬鹿を言っていないで、私達も昼食を買わないと!」
そう言ってリーシャがカウンターの方に歩いていくが、俺は顔に赤の色があるのを見逃さなかった。
と、まぁこんな風に過ごしている。
実は俺がレイ・ウィングズに着てから半年と少し経っていた。
つまり、ラインアルスト魔獣襲来事件から五ヶ月ほどだ。
その間、ラインベルニカには行けていない。
理由はあった。
まず、俺が忙しかったということだ。キメラ討伐で金は入っただろうと思われるが、問題はそこではなった。
俺はあのキメラ討伐の功績でランクDに飛び級していた。さらに、2ヶ月前にリーシャがランクCへの昇格試験を受けるとなった時、俺も試しに受けてみたら相手がエレメンタルだったので、俺の魔銃の魔弾がクリティカルでヒットして試験が数秒で終わったのには笑うしかなかった。
ちゃんとリーシャもランクCに昇格している。前に対峙したファイアエレメンタルは、リーシャにとって魔力属性的に辛い環境とあのエレメンタル自体がランクCの範疇を超えた魔物だったのもあって、思ったより難しいものではなかったと言うのが、俺達の見解だ。
ちなみにレオもランクDになったし、ミストもあのキメラとの戦いで思うところがあったのか、ランクBへと昇格している。ただ、ミストに関して言えば、実はキメラを倒す事は容易だったのではないか、という噂も立っていてなかなかわからない人だ。リーシャに聞いてみても、そこら辺りについてはわからないということだった。
さて、そうなってくると受けることが出来る仕事が増えるのだが、実は、頼まれる形の仕事も多くなってくる。それは実力ある者にしかまかせられないという仕事ばかりなのだが、なにぶんこのラインアルスト支部には高ランクのメンバーが少ないので、個人の負担も大きくなるわけだ。
あれよあれよと言ううちに季節は冬。
ラインアルストとラインベルニカ含め、間の地域は、日本で言えば北海道の辺りの緯度だ。それゆえ、寒いしなにより行進を雪が邪魔する。バイクのホバーモードで行けなくも無いが、燃費最悪で断念した。
そして最大の理由。
「――それにしても、ジュンイチが言ってたギルドマスターの召集? って来てないよねー」
レオが食器返却から戻ってきて言う。
あの事は他言無用とミストに言われたのだが、レオにだけは話していた。また町から出かけるとなれば、レオにも言っておかねばならない。友人だしね。
「あぁ、もう半年も待ってるんだけどな。春になったらヴィエラの通常モードで走れるようになるし、そしたら俺から行こうと思ってるけど」
半年も待ったのだ。もし、すぐには会えないとか言われてもラインベルニカに長期間滞在するだけの資金はある。
その時はレオも連れて行って観光してみてもいいかもしれない。
そう思った時、ふと気づいた。
「……ん? なんかフロントのほうが騒がしくないか?」
食堂はいつも騒がしいのだが、フロントは何かあったとき以外はいつも静かだ。
つまりは何かあったのか。
食事を終えたため、三人でフロントに移動してみた。
「何かあったのかー?」
そこには戸惑う受付嬢と、白い犬が居た。
●●●
犬はフロントの床に腰を下ろし、受付嬢をじっと見ていた。大きさは中型犬ぐらいか。
毛並みは美しく、また装飾の入った首輪をしているため野良犬という風には見えない。
――誰かの飼い犬か……?
そして見られている受付嬢といえば、何故か混乱していた。
「え、何……? 誰……!?」と怯えているようにも見える。
「おい、どうした?」
受付嬢は俺達を見て、
「声が……声が聞こえるんです……。でも、誰も居なくて……」
なんだそのホラー。
「もしかしたら呪いの一種かもしれません。検知にかけてみましょうか?」
リーシャが一歩前に出る。
と、その時だ。
『ええい、呪いとは何だ! 失礼だぞ、貴様ら!』
声が聞こえた。
若い、女の声のようだ。
しかし、フロントを見回してみても、そんな風な人はいない。
『どこを見ている、下だ、下!』
下? 下には何も……。
犬が居た。しかもこちらを見ている。
「えっ……? まさかこの犬が……?」
犬が喋るとかファンタジーだろう。
『誰が犬だ! 私はガルフの頂点にして蒼王に仕えし『レイガルフ』の一体、ネインである!』
犬がワンワンと吼える。
こいつ、直接脳内に……!?
「ネイン……レイガルフ……もしかして十蒼希に付き従っていたとされる……?」
「知っているのか、リーシャ!? この犬を!」
俺の横、リーシャがつぶやいたので、聞いてみた。
それを聞いたネインと名乗る犬が尻尾を振る。
『犬ではない、レイガルフだ! 貴様噛むぞ! しかし、そこの女は物を知っているようだな! この男と違って良いぞ!』
この犬腹立つ。
「……てか、十蒼希って?」
「以前、ラインマインズで話したアーインスキアを撃退した十人の英雄のことです」
「ああ、王様パーティーのことか」
十蒼希。数年前に異世界アーインスキアにこの世界が侵略されていたのを撃退した十人。蒼王レイア・アジュア・レーベンケーニッヒをはじめとして、強者ばかりだったと聞く。
それに付き従っていたのならば、こいつも強いのだろうか。
というかガルフの頂点って言っていたな……、つまり、
「魔物か!?」
警戒を強める。例え中型犬でも人をかみ殺すぐらいの力はある。魔物ならば、それ以上だろう。
「あぁ、ジュンイチさん、大丈夫です。レイガルフは人間の味方ですから」
「そ、そうなのか……?」
『そうだぞ男。レイガルフは蒼王の加護を受け、蒼王とその庇護にある者を守護する存在だ』
「で、そのレイガルフ様がこんなところに何の用だ?」
話を聞いた限りでは思ったより大物のこいつが田舎のギルドに来た理由が気になる。
『ガリウスからミスト・リアウェイという女に言伝を頼まれたからやってきたのだ。だと言うのに、誰もレイガルフを知らないし、魔流通話すら理解しておらんとは!』
「魔流通話……?」
名前からすると魔力を使った通話だろうか。
それまで話を聞いていたレオが疑問に答えた。
「あ、それ前に図書館の文献で読んだことあるよ。魔力を使って会話することで、実際に声を出さないで情報のやり取りが出来るって言う」
念話みたいなものか。
「ただ、魔流活技のひとつで難しいみたいだから、わかる人ってそんなに多くないんじゃないかなぁ……」
『……』
ネインが黙った。理由を聞いてはっとなったのだろうか。
「と、とにかくネインさん、でよろしいでしょうか? 姉さん――ミスト支部長なら、支部長室にいるはずですので、ご案内しますが」
リーシャが急いで取り繕う。
それを聞いたネインがわんっ、と吼えて頷く。やっぱり犬じゃないのか?
「私はネインさんを案内してきますから二人はここで待っていてください」
●●●
その日の夜、ミストに呼び出された俺はガリウスがミストに対し、招集をかけたことを聞いた。ネインがガリウスからの伝言を持ってきたと聞いた時点でうすうすわかってはいたが。
約束どおり、俺も同行できるらしい。
ただし、と前置きされてミストはこう言った。
「極秘の召集らしいので、他言は無用です。こればかりはレオ君にも話さないように」
ああ、また何か面倒ごとが始まるのではないか。
そう思わざるおえなかった。




