36.魔獣討伐戦Ⅰ
「なぜ――」
ここまで近づかれていて、こんなに強大な魔力。どうして、誰も気がつかなかったのか。否、それさえも隠して近づいてきた?
どちらにしろ誰も責められない。何しろ自分さえ気づかなかったのだから。
瞬間、岩陰から出現したキメラが咆哮した。
その圧力に身体が痺れるような感覚に襲われる。
ふと、後ろの方で動きが生じたのを感じた。
――しまった……!
今まで対峙していた魔物が動いたのだろう。
距離的に言えば、そちらの方がずっと近く、脅威だ。
すぐに対処しようと体勢を戻そうとする。
だが、ミストの思惑とは別に、魔物はよれよれと視界の右側、ラインアルスト北西部に向かって走り出した。
逃走だ。
残存するガルフがそれに追従する。
「――そういうことですか……」
ミストは理解した。
自分の違和感の正体に、だ。
先ほどまで自分が戦っていた、キメラだと思っていた魔物はそうではなかったのだ。
おそらく、ガルフ。それも一個体で進化した『ハイガルフ』。それならば、多くのガルフを配下にしていたのも納得できる。
それがどうしてこんなところに出現したのかはわからないが、あのキメラと無関係、ということはないだろう。
配下であるガルフのほとんどが討たれ、自身も大きな傷を負い、そしてキメラが現れた。勝ち目が無いと判断したのだろう。
ラインアルスト北西部はロント山脈というライン地方を囲う大山脈が近いこともあり、森林が多い。
追撃をかけるか迷うところだ。これ以上無駄に戦闘したくはないし、あのキメラの存在もある。しかし見逃して再度町の脅威と成り得る可能性も大きいのだ。
だが、迷ったミストに対し、キメラの動きは早かった。
ミストたちから離れていくガルフの集団に高速で接近したのだ。
キメラは小さなガルフたちを無視し、ハイガルフに近づく。
大きなダメージを負うハイガルフはそれに対応できず、喉元に噛み付かれる。
キメラの大きく鋭い牙がハイガルフの肉に食い込んだ。ハイガルフの方もガルフとしてみれば、かなり大きい方だが、キメラの体格はそれを上回っていた。
即死だろう。断末魔の叫びを上げることもできずに、ハイガルフはその身体の活動を停止させていく。
キメラに噛み付いていたガルフたちがそれを見て、徐々に逃走を開始する。
賢明な判断だ。リーダーがやられたのだ。
「――今のうちに、皆さんを町の南側に退避させてください、できるだけアレを刺激しないように」
キメラに気づかれないように徐々に後退し、ギルドメンバーに合流したミストは耳打ちをした。
「っ! それって……」
「急いでください。深手を負っていたとはいえ、あの魔物を一撃で殺したのです」
それだけ言えば、理解するだろう。
頷いたメンバーがゆっくりと後退を開始する。
……さて、どうしたものでしょうか……。
どう考えても今の状態で勝てる気はしないが、本部からの救援も未だ到着の連絡は無い。
だが、なんとしても一般人への被害だけは避けねばならない。
ここで食い止めるしかないだろう。
そう思いながら、視線をキメラに戻した時だ。
「!」
キメラがこちらを見ていた。
文字通り、目が合ったのだ。
直後、キメラが動いた。
一瞬だった。一気に距離を詰めてきたキメラからその勢いのまま、横薙ぎの攻撃がきた。
「ぐっ!?」
回避は間に合わない。
ミストは左から来る力に対し、剣を立て、左腕で抑えた。
だが、
「なっ……!?」
剣が砕かれた。
おそらく、先ほどのハイガルフの牙が剣身に傷を入れていたのだろう。
そこに強烈な打撃だ。
結果は明らかだった。
ミストが吹き飛ばされた。
●●●
「姉さん!?」
リーシャは防衛戦近くでミストが倒れたのを見た。
それを見ていたのはリーシャだけではなかった。
「支部長が!?」
「終わりだ……」
周囲、動揺が広がっていく。
――いけない……!
このままではパニックが発生する。否、もう起こっているといっても言いだろう。
なにより、ミストが危険だ。あのままでは追撃される。
「ケインさん、あとはまかせます!
ランクEの皆さんはケインさんの指示に従ってください。私はキメラを抑えます! ランクDのメンバーで動ける方は援護を、精鋭隊の方は支部長を連れて後退を!」
最低限の事だけを言い放ち、キメラに向かう。
キメラの意識をミストから動かさなければならない。
左手に意識を集中させる。
下級風属性魔法、フーバルフ。
風を魔力で押さえつけて空気弾をつくるものだ。ファイアーボールほどの破壊力は無いが、確かな打撃力はある。
放たれたフーバルフがキメラの横顔に直撃した。
目で見える傷はない、だが効果はあった。
リーシャの方に振り向いたキメラは咆哮すると、突進してきた。
すんでのところで横に避けたリーシャはすぐに起き上がり、キメラを視界に捉える。
キメラは既に姿勢を戻してこちらを向いている。
勝ち目の無い戦いが、始まった。
●●●
俺はラインアルスト中央街道を歩いていた。
キメラの出現が報告されたから避難所を出発し、もう少しでラインアルスト北門にさしかかるというところだ。
あれから幾分か、時間が経ったように思うが、キメラは討伐されたのだろうか。
「ん……?」
何か騒がしい。
戦場が近いからそれも当たり前か、と思った時、前から集団が走ってきたのを見た。ギルドの人間だ。
戦闘が終了したのだろうか、それなりの人数が来る。
見てみれば、見知ったギルドメンバーも混じっている。
「おーい、終わったのかぁー?」
手を振って声をかける。
そんな俺を無視して人が駆け抜けていく。
「おいおいおい! 無視は悲しい!」
丁度、俺の横に来た知り合いの肩を掴んで引き止める。
一体なんだと言うのか。
だが、俺はそこで様子がおかしい事に気づいた。戦闘が終わった、という雰囲気ではない。
「キメラが現れたと思ったら違って! またキメラが現れて! 支部長がやられて!」
完全に興奮状態だ。
それに支部長がやられた? ランク的にはキメラはB相当でミストよりは格上だが、ランクDの人間が数名ついていたはずだ。
それほどまでに強力な魔物なのか?
どちらにしろ、これではパニック状態だ。
戦線はどうなっているのだろうか。
「じゃあ戦線は? どうなってるんだ?」
「い、今はランクDのリーシャさんを中心に数名のランクDの人たちが戦ってるけど……あれじゃあもう……」
「!」
ミストがいても勝てなかった相手だぞ。数人のランクDだけで勝てるわけが無い。
「――くそっ! ヴィエラ!」
叫ぶと同時、俺の横に光の中から黒銀のフレームが顔を出した。
そのままヴィエラに飛び乗った俺はエンジンを始動させる。
見た事のない物体と轟音に周囲がざわめき立つ。
「ちょっとっ!? ジュンイチちゃん!?」
一緒に物資を運んでいた中年の女性がうろたえながら声をかけてきた。
「すみません、先に行きます!」
言い残して発進した。
数秒で時速80キロほどに加速したヴィエラであれば、戦線までは数分で到着する。
「無事でいてくれよ……!」
俺が行ってどうにかなるとは思えない。思えないが、だからと言ってじっとしている訳にもいかない。
防衛戦からは次々と人が避難してきていた。
道を塞ぐほどの渋滞ではないが、はっきり言えば邪魔だ。
「どいてくれ!」
魔流活性により増幅された声を聞いたからか、ヴィエラの駆動音に恐怖したからか、人々が道をあける。
高台が見えた。射撃隊が使っていたものだろう。まだそこにも十数人が残っている。
その時、レオの姿が見えた。
負傷したミストの救護に参加しているようだった。
向こうもこちらに気づいたようだ。
状況を詳しく聞きたいが、止まっていられない。
「――お願い!」
交差したとき、そう聞こえたような気がした。
それに頷く暇も無く、俺は戦場に飛び込んだ。
視界にキメラと、そしてリーシャが映った。
リーシャは地に倒れている。他に戦っている者は見られない。
……リーシャ一人で戦ってたのか!? 他のやつらは!?
否、あんな怪物相手に臆せず戦えと言う方が無理なものか。
そして今まさに、キメラがリーシャをその鋭い爪で引き裂こうとしていた。
「っち! やらせるかよぉ!」
右手をハンドルから離し、横の空間に突っ込む。
引き抜かれるはヴィエラと同じ、黒と銀を持つ長銃。Velialと刻印された、レイ・ウィングズに似合わない近未来的な造形をしたそれを、俺はキメラに向けた同時、引き金を引いた。
放たれたのは数発の魔弾。実弾よりも貫通力は低く、殺傷能力は乏しい。だが、今はキメラの動きを止めれれば良い。
リーシャに当たらないように調整した魔弾はキメラ顔面上部に着弾した。結果、キメラは仰け反る事になる。
「ヴィエラ、速度低下、姿勢制御、オートドライブモード!」
先日付け加えた機能を起動させながら、俺は空いている左手を地面の方に伸ばした。
「リーシャっ!」
「ジュンイチさん!?」
声に反応し、リーシャが俺の手を掴んだ。
ぐいっと引き上げればリーシャがそのまま俺の後ろに飛び乗る形となる。
リーシャの救出に成功した。




