29.インターバル:接近と褒美
「――あぁー、あったまるぅー」
いい感じに情け無い声を出した。
俺は今、露天風呂に入っている。一人で。
ファイアエレメント戦から一夜明け、昼過ぎにラインマインズに帰還した俺達。
どうやって戻ってきたかというと、過去に人が通ったであろう洞窟を、坑道には戻らずにそのまま進むと、出口があったのだ。まったく人目につかないところであり、これなら一般人も踏み入れて来ないだろうと思ったが、念のため、凶悪な魔物注意という看板だけは作って立ててきた。
そのままギルドへ坑道の崩落を知らせ、宿へと向かった。
残念ながら前と同じ宿は満員で取れなかった。仕方が無いため、他の宿に泊まったのだ。
町の中でもはずれの方にあるこの宿は、大浴場という物はないが、個別のゲストルームに風呂場、おまけに露天風呂が備わっている。
入ってみれば温度も日本のそれに近い感じで懐かしさを感じる。
ちなみに今の俺は全裸だ。煩わしい布など不要。
景色も町のはずれだからか、自然が垣間見れて良い。風流がある。
水着の代わりに、スキルで創造した手拭いを頭に載せればもう完全に日本という感じだ。見える風景は全然違うが。
「これなら頻繁に、とはいかないけど、暇になったら遊びに来ても良いかもしれないなぁ……」
ラインアルストの自分の部屋はシャワーしかないので、物足りないのだ。
今度はレオとか連れてきてもいいかもしれない。一人で入るのもいいが、多人数で和気藹々と入るのもまた一興だ。
「あんまり長風呂するとリーシャに悪いし、それなりに堪能したら出るか……」
先にリーシャに入浴を勧めたら、なんだかやることがあるとか何とか言って先に済ませていいといわれたので、甘えさせてもらった。
どうせあと数日は滞在する訳だが、昨日の一件もある。リーシャだって早く入浴したいだろう。
「――ん?」
今の今まで気づかなかったが、後ろの方、入り口側で物音が聞こえる。
リーシャだろうか。否、彼女には俺が入浴すると事前に伝えているから入ってこないはずだが。
がらっと。引き戸が開き、誰かが入ってきた。泥棒という線もあるため、いつでも迎撃できるようにしておく。
誰だ、俺の入浴に介入するのは。
「失礼します、ジュンイチさん」
「おー、リーシャ……はうえ!? リーシャさん!?」
「はい、リーシャですが」
当然の答えが返ってきた。本人確定です。勢いよく振り返ってみれば水着を着ているようだ。まぁそうだよね。
「ど、どうしてここに?」
「どうしてと言われましても。お風呂は入浴するために来るものだと思いますが」
「いや、それはそうなんだけど……」
正論も返ってきた。
「俺がいるんだよ? 別に混浴禁止じゃないはずだけど、そのー、男と一緒に風呂に入るのは嫌じゃないの?」
「それは嫌ですよ、知らない方でしたら。……でも、ジュンイチさんは知らない方ではありませんし……その、一緒に入っても大丈夫かな、と思っただけです」
……デレ期きた?
いやいや、今はそれどころではない。
おそらくリーシャは『俺が水着を穿いて入浴している』と勘違いしている。リーシャが俺と風呂に入ってもいいと思っているのはあくまで全裸でないことが前提だろう。
しかし、現実として俺は全裸だ。これはまずい。こっちに寄られてきて覗き込まれたら警備に突き出されても文句は言えない。いや、警備どころかその場で天誅が。
さらに困ったこと。リーシャは水着を着ているとしても、普段と比べて布面積など無いような物だ。どうしても見てしまう。そう、胸とか太ももとかオパー(敬略)とか色々。
そうなってくると人体とは奇怪なもの。
反応してしまうわけですよ、僕の心と身体は。
これまでもほとんど直に彼女に触れる機会は割りとあったのだが、水着とは言え、彼女の身体をまじまじと見ることはなかった。シチュエーションも相まって、ボルテージがあがる。なんのだよ。へへへ。
などと考えている間にリーシャはすでに入り口からこちらに近づいてきている。
どうする……!?
ストックスから先日作った水着を取って風呂の中で穿けばよかったが、判断が遅れた。今からでは、発光現象で不審がられる。湯気が目隠しになるかと思ったが、エルフ特有の視力とかあったらだめだ。
穏便に、かつ温泉に入り続けるには、余裕を見て十秒間だけ、リーシャを俺から遠ざけなくては。
「リーシャ! 風呂に入る前にまず身体を洗わなきゃ!」
「はい、ですから入り口のシャワーで済ませてきました」
そうでしたー。この宿だけでなく、他でもそうだが、風呂場と脱衣所の間にシャワールームがあり、身体はそこで洗うことになっている。真面目なリーシャならば、もう済ませているだろう。
ならば、
「あー、そうだ! 着替えをベッドの上に忘れてきたからちょっと取りに行ってもらいたいんだけど……」
冷静に考えると親類でも恋人でもない女性に着替えを取りに行って欲しいとか普通は頼まないのだが、そこはもう仕方がない。
しかし、これもだめだった。
「ベッドの上には何もありませんでしたし、ジュンイチさんはストックスを習得してから楽だ楽だと言って着替え等は全部収納していると前に仰っていたはずですが」
――くっ、万事休すか!?
諦めにも似た覚悟を決めたとき、ふいにリーシャが表情を曇らせた。
「……やはり、私みたいな混血と一緒に入浴するのは嫌――」
「そんなわけない!」
そうではない。金髪巨乳でハーフエルフの美少女と一緒にお風呂に入るなど、数多いる世の中の男性でも体験できるものではない。そう考えると宝くじに当たるより珍しいことを俺は今体験している。
というかたぶんだけど俺はリーシャが好きだ。たぶんね。異性として意識している時点で、そこまでいっていなくても、いずれそこにいきつく。故にこういうことはまだ早いと思うのだ。奥手男子というのかなこれ。
「でしたら何故そうまで拒むのですか」
「いや、俺もリーシャとお風呂入りたいんだけどね?」
それは本心だ。何かすごいことを喋っている気がするが、
「だけど、今はちょっと具合が悪いと言うか間が悪いというか……」
そこで、具合が悪い、という言葉を使ったのがいけなかった。
具合がわるいのですか、と心配したリーシャがスタスタと急ぎ足でこちらに寄ってきた。
あ、そこ段差になって……。
「あっ――」
忠告する前にリーシャがそこに足を引っ掛けた。
「ちょっ!?」
リーシャがこちらに倒れこんでくる。わぁ、おっきい。
刹那、俺は受け止める姿勢をとった。浴槽はそこまで深いわけではないので、万一でも頭を打てば大事だ。
ザバーンと。音を立てて俺とリーシャが湯に呑まれる。
「――っぅー、リーシャ大丈夫か?」
尻餅をついた姿勢でリーシャに問いかけた。
よくこのような場合にラッキスケベ展開で胸を鷲掴みしてビンタを喰らうとかあるけど、俺はそんなヘマはしない。したかったけど。
俺は彼女の肩を押さえるようにして勢いを殺したのだ。
俺の前、リーシャは手を浴槽の底について四つん這いになっており、どこかを強打した、ということもなさそうだ。
「うぅ、はい。ありがとうございます――」
油断した。
俺の股関節が沈んでいるその水面上空にリーシャの顔がある。ということは彼女が目を開けて下を見れば、自然とご対面するのだ。
「――!?」
ご対面した。
●●●
俺はリーシャの顔が熱を帯びるのを間近で見た。
へえ、人って本当にあんな感じに赤くなるんだね。
勢いよく立ち上がったリーシャは俺が何か言う前にストックスから剣を抜いた。
金髪ハーフエルフに水着剣士の属性が追加されて、もうてんこ盛りだ。問題はその切っ先が俺に向けられていることだが。
リーシャは顔を背けながら、
「……死ぬ前に言い残すことはありませんか」
「わー、待って! これには事情があるんだよ!?」
疑問系で言い訳を開始する。
「お、俺の世界じゃ温泉は裸で入るものなの! 自宅の風呂とかシャワーと一緒!」
この世界でも自宅などのプライベートな物の延長だ、と説明する。
というより、ここだって大浴場ではなくてプライベートな空間だから裸で良いんじゃ……。
だが、未だにリーシャは訝しんでいる。
何か、証拠があれば……。
旅番組のようにタオルを巻いて入る、とも考えたが、あれは特別なもので、基本的にはよろしくない。
ではどうする。そもそも日本において、混浴の温泉なんてそう数があるわけでもない。
そこで思いついたのが、アニメなどでよくある風呂場で主人公とヒロインがばったりあって、結果的に背中合わせで入浴するあれだ。
――でっちあげるしかない……!
どうやって。
無いなら作るしかない。
《創造者》――!
要は俺が持つスマートフォンに動画データを作り、入れればいい。俺のスキルはそんな事もできる。
ストックスから出したスマートフォンに対し、瞬時に防水加工と脳内想像データをいれた俺は左手でブツを隠し、右手に持つスマートフォンの画面をリーシャに向ける。
「こ、これこれ。男女が一緒に温泉はいるならこういうのもあるんだ――」
「なんですかこれ。箱の中に人が……」
そういうよくある時代跳躍ネタはいいから、納得してくれ。
「とにかく、俺がここで全裸で居たのは別にそういう性癖とかじゃないから落ち着いてくれ!」
変態扱いされても困るので、さりげなく言い訳を追加しておく。
「……はぁ、わかりました。ジュンイチさんにはいつもこんな感じで丸め込まれている気がしますが」
確かに……。
だが、納得はしてくれた。このままちょん切られることはないようだ。
「――では、ジュンイチさんはあちらを向いていてください」
「はい……え?」
唐突な要求が来た。
「いいから!」
「はい!」
素直に従った。
後ろを向くと、すぐにぴちゃっと何かが水面に落ちる音が聞こえた。
なんだろうか。否、だいたいはわかっているのだが。
流石にそこまで鈍感ではない。
「――おうふ」
いきなり背中に柔らかい肌の感触がきた。
びっくりして声が上擦った。
「変な声を出さないでください」
「すみません……」
首筋に髪の感触もある。
これは、やはり、
「あのー、リーシャさん?」
「……なんでしょうか」
「もしかして、今背中合わせで……?」
「……ジュンイチさんが言ったのではありませんか。私はそれに合わせただけです」
ということは、やっぱり。
やばい、心臓ドキドキしてきた……。
今までもかなりだったが、さらに早くなる。寿命縮まるよこれ。
この状況、つまりリーシャは俺の言うことを信じてくれたということだ。
ほっと、一安心と同時に少し疑問も湧いてくる。
「リーシャって割と人のいうこと信じちゃうタイプ?」
監視されていた初めの三日間でも思ったが、ちょろいタイプじゃないだろうか。
「違いますよ。姉さんや両親から人はそんな簡単に信用するな、とも言われてますし、私自身、経験から赤の他人の事は信用しません」
「じゃあ、なんで」
「――……ジュンイチさんは私から見て他人じゃないってことです」
それって……。
「……というよりそんなことを訊いてくるのは、あれでしょうか。嘘だったと言うことでしょうか?」
「嘘じゃない嘘じゃない!」
否、嘘に近いが、世界中探せばどこかにそういうところはあると思うので、広義的に嘘ではない。
「なら、今はこの温泉を楽しめばいいんです」
「……そうだなー」
火山まで行って、いろいろあったのだ。
ご褒美があってもいい。
最後に一つ思ったのは。
というかこれ、出る時どうするんだ……?
温泉街でのお話はここまで、次回はラインアルストへ




