28.対ファイアエレメント戦Ⅱ
始めの行動として、リーシャはあえてファイアエレメントに見える形で岩陰から飛び出した。
外見もさることながら、エレメントはエルフの高い魔力を気にせざるおえない。それはハーフエルフとて同じだ。
そう、リーシャは囮だ。
ファイアエレメントがリーシャに反応し、活性化した。半透明の身体は橙の色を得る。
――食いついた……!
ファイアエレメントが洞窟で入り口からリーシャの方に移動したと同時に、俺は岩陰からそろりと抜け出して入り口に移動する。
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リーシャはファイアエレメントと正面から対峙していた。
目の前の敵はすべてを焦がす炎そのものであり、霧の結界を再度発動させていなければ、熱で自分の身体も持たないだろう。
予想通り、ファイアエレメントは自分の魔力に惹かれ、純一の存在に気づいていない。もしくは、無視しているか。
自らの領域に侵入した自分に対し、強い攻撃意志をもったファイアエレメントが、炎の塊を飛ばしてきた。
「っ!」
横に避けたリーシャは、一度では止まらない炎の連続攻撃を魔流活性した脚力を用いて間一髪ながらも駆け抜けることですべてを避ける。だが、
これは、思ったよりも……、長くはもちませんね……。
霧の結界を張っていても直撃すれば、どうなるかわからない。しかも、この場所はファイアエレメントにとって、常時再生効果があるようなものであり、仮に水属性魔法で対応しても、圧倒的な力で一度に倒しきれないのでは、あまり意味を成さない。
つまり、現状は逃げの一手しかないのだ。それも長くは待たない。
だが今はジュンイチを信じて待つ他ない。
話を聞いた限りでは、本人が言うとおり、賭けではあると思うが、それぐらいしなければこの窮地、抜けられないだろう。
「リーシャ!」
己を呼ぶ、声が来た。
●●●
俺は、洞窟の入り口からリーシャの名を呼んだ。
俺の声に反応し、リーシャが次の行動に移ったのを見た。
ファイアエレメントに対し、彼女が使える最大の水魔法を放ったのだ。
直撃する前に半分が気化しってしまったそれは、しかし、ファイアエレメントの認識からリーシャを少しの間でも外せる。
リーシャはその隙にファイアエレメントの横を抜け、こちらに向けて全力疾走。すぐに俺の元まで来る。
「よし、いくぞ!」
ファイアエレメントは既に体勢を戻してこちらに向かってきている。
俺とリーシャはそのまま坑道側に向かって逃げ出す。
ファイアエレメントとの間はざっと二十メートルほどだろうか。エレメントと言うからふよふよと移動が遅いと思ったが、予想よりも動きが素早い。
それゆえ、俺はすぐに次のステップに移った。
ぽちっと。手に持っていたスイッチを押したのだ。
それは、岩陰から移動する際に《創造者》で作ったもの。無線式でつながり、起動されるそれは、今まさに走っている赤の光が走る壁の洞窟の天井にあるプラスチックの小さな箱。魔石があった広間の出入り口天井に設置された、俗にC4爆弾と呼ばれるそれは、轟音と確かな威力を持って、洞窟の天井を崩し、俺たちとファイアエレメントの間に瓦礫を積む。
「……うまくいったっぽいな」
下手をすれば、俺たちすら崩落に巻き込まれる可能性があったが、全体的に頑丈であるせいか、衝撃は一定に留まり、全体が崩れると言ったことはないようだ。
「とは言え、ファイアエレメントも沈静化すれば、瓦礫を通り抜けてくる可能性もあります。急ぎましょう」
「そうだ――なっ!?」
洞窟を塞いだ瓦礫が吹き飛ばされた。
土煙の中から、橙から真紅に色を変えたファイアエレメントがゆらりと出現した。
「――あー、なんか怒ってる?」
「怒ってますね、あれは。沈静化どころか暴走化してないでしょうか。魔石をとられただけでなく、目の前で洞窟を爆破されたからでしょうか」
「……逃げろー!」
全力疾走だ。魔流活性により、短距離走でしか出せないような速度で逃げ出した俺たちだが、ファイアエレメントはそれに着かず離れず追随してきていた。おまけに炎の玉を飛ばしてくるから性質が悪い。
「基本的に魔物は自分の領域から出ることはありませんから坑道につながる洞窟まで行けばファイアエレメントもそこまでは追ってこないでしょう! 断定は出来ませんが!」
「断定してくれー!」
炎の玉を避けながらそんなことを言っている間に石橋が見えてきた。歩いて数十分の道もこの速さであれば、すぐだ。
「もうちょっとで洞窟です――っ!」
そこで、気が少しだけ緩んだのだろうか。
炎の玉と言えど、破壊力はある。
「……くぅ……」
「リーシャ!?」
石橋に伏したリーシャに駆け寄る。
炎の玉が直撃したわけではない。だが、リーシャの足は流血していた。
おそらく、炎の玉が石橋の表面を砕き、衝撃で飛んだ破片が彼女の足を切り裂いたのだろう。
「――逃げてください、この足では……」
「馬鹿言うな!」
ここまで来たのだ。
しかし、どうする。
ファイアエレメントは轟々と燃え上がっており、まるで火事のようだ。あれが動けなくなった標的をどのように仕留めるか知らないが、考えるだけでろくなものが無い。
……火事?
火事には消火、それは当たり前だ。問題はどうやって消火するか。
消防車は呼べない。異世界だからな。
ならば、自分で消化するしかない。しかし、自分は水属性魔法は使えないし、使えてもちょろっと水鉄砲を放ったところで、文字通りの焼け石に水。
そこで俺はある物を思い出す。各御家庭にある、とまではいかないが、公共の施設やショッピングセンター、学校などにも設置されている、赤い筒。
消火器だ。
純水を放射するタイプがあるが、その他にも様々な種類があるはずだ。
「いけるか……!?」
迷ってる暇は無い。ファイアエレメントはもうそこまで迫っている。
ストックスから先ほど採取したばかりの魔石を取り出す。水に関係するものを作るのに、火属性の魔石を使うのはいかがなものだが、俺のスキルには関係の無いことだ。
だから、俺は創造した。
両手に持つのは消火器。そこから放射されるのは、大量の泡だった。
動物は、初めて見るものには警戒を抱く。それは魔物とて同じことだった。
大量の白い泡に全身を覆われたファイアエレメントはすぐには対処できていないようだった。
これで時間は稼げる。
「悪い!」
そう宣言した俺は、動けないリーシャを抱きかかえた。
「えっ!?」
俗に言うお姫様抱っこの構図で身体を抱かれたリーシャは驚きの声をあげる。
「うおおおおおぉぉぉぉ!」
残る全力で俺は走った。洞窟への裂け目は見えている。後ろのファイアエレメントはまだ完全には動いていない。
「いっけぇぇぇ」
リーシャを抱いたまま、穴に突入した。
●●●
洞窟に戻ってからも俺は走り続けていた。ファイアエレメントが火山内部から洞窟側までこちらを追ってくる可能性もあったからだ。
「――はぁ、はぁ……追ってこない、か?」
息を切らしながら振り向いてみるが、赤の色が追ってくる様子は無い。
「……大丈夫みたいですね……」
「――はぁ、怖かったぁー」
恐怖だった。毒蜘蛛が一斉に襲ってきたときもなかなかだったが、今回は対応できないレベルの相手だった。
「……あの、ジュンイチさん、そろそろ」
「え、あっ、悪い!」
「いえ、私の方こそ、ご迷惑をおかけしました」
半日前のやり取りを再度やるような感覚になった。
「足、大丈夫か?」
リーシャを地面にゆっくり降ろした俺は彼女の脚を見る。
「はい、それほど深くはありませんし、魔流活性と回復魔法を併用すれば、治療は容易だと思います……とは言え、申し訳ありませんが、すぐに歩くのはちょっと難しいです」
「そうか、わかった。それじゃあ今日はもうこの辺で休もう。時間もだいぶ遅いし」
俺はスマートフォンを取り出して時間を確かめた。表示される時間は日本時間だが、だいたい朝か夜かぐらいは計算すればわかる。そして今は夜。深夜までは差し掛かってはないが、休んでもいい頃合だ。
見張りも交代ですれば、問題はないだろう。
リーシャが治療をしている間に、俺はストックスからござを取り出して休憩スペースをつくりあげていく。
「なあリーシャ」
「なんでしょうか?」
「提案なんだけどさ、魔石も集まったし、資金も余裕あるし、もう少し、ラインマインズで休んでいかないか?」
本来魔石を買うために貯めていた資金が余分にある。これを使えば、あと数泊してもお釣りが来るだろう。
「……そうですね。それなりに疲労もしましたし、賛成です」
俺達はあと数日をラインマインズで過ごすことに決めたのだった。




