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創造世界の英雄譚 ~魔法使いへ祝福を~  作者: 八又ナガト
第三章 -永遠の契約-
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第二十五話 黒水を払う輝き 終

 ソラの手から灰霧線グレイラインが放射される。

 絶大なエネルギーによる余波が周囲一帯を巻き込み破壊し尽くす。

 それほどの威力の一撃の矛先が、壁に囲まれたレイに向かっていた。


 灰霧線が壁ごとレイを貫き、伶奈たちの勝利が確定する――直前。


 十メートル程前方、レイを囲った壁を中心に旋風が吹き荒れる。

 刹那、通常の数百倍の硬度を誇る壁は数十の破片に分裂され吹き飛んでいく。

 その場に残るのは、騎士剣を振り切った構えのまま立ち尽くすレイの姿のみ。


 断ち切られた。

 彼の動きを止める堅牢の防壁が。

 伶奈が最大限の魔力を込めて作り上げたそれが、いとも呆気なく。


 さらに絶望的なのはタイミング。

 既にレイは完全に自由の身だ。

 迫る灰霧線を躱す余裕は優にある。


「遅いよ」


 その推測通り、彼は身軽な動きでステップを踏み横にずれる。

 ソラの予想通り、レイはソラがその魔法を自由自在に操れないことを分かっているのだろう。灰霧線の進路のすぐ傍、だが絶対に当たらない箇所で嘲笑うかのように立ち尽くす。

 ソラの全身全霊の一撃は、レイに掠ることすらなく真横を通り過ぎ――――






「フレイム・ド・ゼクラリス」






 ――――ることなく、暴の蒼炎へと姿を変える。


「なっ」


 その事実に、レイは大きく目を見開いた。


 その隙を――彼の余裕によって生じたチャンスを逃しはしない!


「舞え、蒼炎!」


 その伶奈の叫びに応えるように。

 質量、密度――さらには体積まで爆増した蒼炎が舞う。瞬く間に蒼炎は数百の膨大な龍にへと変貌し、全方向からレイに迫る。

 ソラの付け焼刃の魔法とは違う。

 伶奈が過去より最も使用し慣れ親しんだ最強の魔術を、未だ驚愕の表情を張り付けたままのレイに、“彼の意識の埒外”より叩き込む!



 つまり、簡単な話だ。

 伶奈は“左手”で大地操作の魔術を使用し、

 “右手”で蒼炎の魔術を使用していた。

 なぜそれをこのタイミングまでレイが気づかなかったのか。

 それは、その魔術がその瞬間まで隠されていたからだ。


 ――――“ソラの魔法の内部”で。


 初めから伶奈の大地操作による壁が破壊されることなど、分かり切っていた。

 そしてその後放たれる灰霧線も、レイは余裕を持って躱せると予想できていた。

 そう、余裕……それは冷静に祝福が必要ないと分析し、身のこなしだけで躱せるだけの余裕だ。

 その余裕に、彼が予想もしなかった通常の魔術を叩き込むのだ。


 そのためには、ソラの魔法と伶奈の魔術が全く同時に行使されなければならなかった。ソラの魔法に触れれば、伶奈の魔術は消滅してしまうからだ。

 寸分狂わないタイミングで攻撃を行い、レイが躱した瞬間にソラの魔法だけを消し内部から伶奈の魔術が姿を現す。

 そんな神業を、伶奈とソラは成し遂げたのだ。


(いけっ……)


 ぐっと、右手に力を入れる。

 伶奈のものではない華奢なその手を強く握る。


 見据える先は一つ。

 蒼炎がレイの身を燃やす、その瞬間を――――



「嘗められたものだね。この程度でどうにかなると思われていたとは」



 ――――蒼炎がレイに触れようとした刹那、膨大な魔力の奔流が彼を中心に暴れだす。祝福でも魔術でもない純粋な魔力の暴風は瞬く間に伶奈の全身全霊の魔術を掻き消した。レイがその魔術を認識してからまだコンマ数秒も経っていないはずだ。対応が、早すぎる――――


「瞬け、剣閃」


 二振りの剣撃が迫る。

 思考の暇すらない。

 防御を、せねば。


 詠唱破棄。

 ジ・シウォール。

 強固な透明の壁を小面積超密度で発動。


 伶奈の前方に出現したその防壁と剣撃が接触する。

 耳を劈く衝撃音と摩擦音、そして火花が散った。

 無色透明の斬断は壁の半分まで到達するも、なんとかその地点で食い止めることに成功する。

 伶奈には届かない。


 伶奈がそう理解した瞬間。

 彼女の隣から、血が舞った。


「――――」


 水色のセミロングの。

 白色の羽織を着た。

 華奢な身体つきの。

 今も伶奈が手を握ったままの、その身体が。



 腹部に横一線の斬り痕と、そこから噴き出す大量の血液と共に目の前に倒れていった。



「ソラさん!」


 それを理解した瞬間、伶奈は思わずその少女の名を叫んだ。


「……これで、一人目だね」


 既にレイの呟きなど、どうでもよかった。


 伶奈の視線はただ一つ。

 “数秒前からずっと”。

 その少女に、向けられていたのだから。


 そして、叫んだ。


「今です!」


 隣を、でも。

 レイを、でもなく。

 彼の上空から落ちてくる、一人の少女に向けて。


「いっけぇぇぇぇええええええ!」


 そこには。

 強烈な光を発する太陽の中から急降下する、水色の少女・ソラの姿があった。


「――――!?」


 数瞬遅れて、レイもさっと真上を振り仰ぐ。

 眩しい陽光に一瞬目を細めるが、そこにいる少女の存在にはすぐに気付けたのだろう。

 これまでの余裕を持った様子とは一変、本当の意味での驚愕を顔に張り付ける。


「なぜ君がそこにッ? いや、ならアレは――――」


 顔は上に向けたまま、目だけで地に伏せるソラを見る。

 それとほぼ同時、“ソラだった何か”は魔力へと還元され消えていった。

 


 ――つまり、偽物。


 伶奈の大地操作の魔術による土壁の一番の目的は、レイの動きを止めることではなかった。ソラが創造の魔法によって、自身の分身を創る場面を見せないためだけにあったのだ。


 レイが土壁から抜け出したときにはもう、入れ替わりは済んでいた。

 ソラは名の通り、空高く飛翔していた。

 この一瞬のためだけに。


 ソラの魔法を浴びせられる決定的瞬間を、作り出すためだけに!


「【創造】――――消滅」


 無防備な姿を見せるレイの上空。

 ソラはかつてない大量の濃霧を両手に集う。

 遠慮も手加減もいらない。その願望を、想いのまま叫んだ。


灰霧膨砲グレイレスト!」


 灰霧線グレイラインとは比べ物にならない規模。

 周囲一帯を巻き込むほどの圧倒的な破壊。

 灰色の死が、レイに迫る。


 祝福でも魔術でも対抗する手段は持たない。

 それは既に証明済みだ。

 故に、レイがその身を守るためには躱すしか方法がない。


 そんな伶奈の予想通り、レイは地を蹴り高速移動を行おうと――


「――――!?」


 だが、その考えが実行されることはない。

 レイもようやくその要因に気付いたのだろう。

 視線を地面に下ろし、自分の両足を絡みつく大地の蔦を睨み付ける。


(――――グランデッド)


 レイが上空のソラに意識を割かれている間に、既にその魔術行使は終えていた。

 時すでに遅し。彼はもう躱すという手段を取ることも出来ない。

 チェックメイト。詰みだ。


 レイに為す術はなく、消滅の魔法はそのまま彼を呑み込んでいった――――



 ◇



 灰色の霧。

 大地から吹き荒れる粉塵。

 様々な要因によってレイの姿は隠され、結果を見届けることは出来ない。


 そんな中、ソラは空を蹴り軽やかに回転し伶奈の横に降り立った。

 相変わらずの無表情だが、緊張のせいか汗をかいている。

 そして真剣な目で、今もレイのいる箇所を見つめていた。


「手応えは?」


「ある」


 その返答に安堵を抱き、期待の視線を粉塵の奥に向ける。

 常軌を逸した能力と反射速度を誇るレイ。

 彼に一撃を当てるためにここまでの策を弄した。

 一つ一つの策が成功する可能性は十パーセントに満たなかったはずだ。

 それが数個重なればどれだけの難易度に跳ね上がるかなど、想像に難くない。

 全てが成功したのは、まさしく奇跡と呼ぶ他ないだろう。


 しかし喜んでばかりはいられない。

 重要なのは過程ではなく結果だ。

 ソラの魔法がレイに直撃しているかどうかを確かめなければならない。


 尤も、あれだけの絶対的な状況を作り上げたのだ。

 彼は躱すことも出来なかったはず。

 その証拠に、今も粉塵の中心には彼の魔力が存在し……


「――――」


 瞬間、思考の中からその事実に気付く。

 レイの魔力が、今も存在している……?


「……ソラさん、手加減しましたか?」


「……? どういう、こと?」


「この戦いの条件を守るために、彼を殺さないためにの手加減をしたのか聞いてるんです」


「ううん、していない。そんなことすれば、アレに攻撃は届かない」


 なら、アレはなんだ。

 何故、レイの魔力を感じる?

 彼の形があることが分かる?

 ソラが創造した魔法の効果は消滅。

 まともに浴びれば、塵一つ残らず消滅して当然のはず――――


「まさか……」


 感じる。

 粉塵の中心から、圧倒的な魔力を。

 その身に大量の魔力を秘める伶奈でさえ身震いを起こしてしまうほどに、膨大な魔力を。

 比較することすらままならない。

 それほどまでに、絶対的な差が存在する。


 その発信源――レイがいるはずの場所から、突如として眩い光が天高く昇る。

 粉塵と灰霧を吹き飛ばし、雲を貫き、最後には天そのものを穿つ。

 大地が激しく振動し、大気に数十の亀裂が入る。

 既にこの場の物理法則は崩壊し、常識の全てが消失している。

 伶奈とソラはその光景を前に何も、言葉を漏らすことすら出来なかった。

 自分に手の届く現象ではないと、そう本能が告げていた。


 眩い光。

 膨大な魔力。

 絶大な鬼気。

 それら全てを引き起こすのは、純白の鎧を身に纏う銀髪の青年。




 そして、その手に握る一振りの輝く灰色の剣。




 この世全ての闇を呑み込み、この世全ての光を纏ったかのような。

 神話世界の矛盾を現世に投影したかのような、あまりにも現実とは逸脱した光景。

 奇跡と称される祝福や魔法が馬鹿らしく思える程の存在。

 人の身で触れることなど許されない絶対的な姿。



 世界そのものを閉じ込めた一振りの剣――祝魔剣しゅくまけんを、レイは静かに構えていた。



「……これだけは、本当は使いたくはなかった」


 感情は、ない。

 信託の如き無機質な呟きが、伶奈の耳元に届く。


「称賛しよう、君たちは強い。僕が戦いの場でこの剣を抜くのは、これで二度目だ」


 その声に驕りは存在しない。

 ただの事実を、彼は告げているだけ。


「そしてたった今、僕の勝利が確定した」


 故にそれも、絶対に覆ることのない未来でしかなく。






「世界を背負う僕に、敗北はない」






 全てが終わりを告げた。

次回

第三章『第二十六話 慈愛の少女』

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