第二十四話 黒水を払う輝き 中
【消滅】
それは本来、魔法軍幹部アトロスの魔法。
ソラはその力を自身の魔法によって再現しているに過ぎない。
そしてその魔法が、今回の状況には見事に適していた。
滅歴・零隔・反消・擦無・動無
以上の能力から分かるように、消滅の魔法を工夫し扱うことによって、アトロスは様々な超常現象を引き起こすことを可能にしていた。
しかしソラに使用できるのはそれらの力でなく、基本の灰色の濃霧のみ。
だが、それだけで問題はなかった。
複数の工夫した姿が概念的何かを引き起こすものだとするならば。
あの灰色の濃霧は、眼前に立ちはだかる、そういった一切合切を消滅するものだから。
つまり。
レイが概念的な何かで守られていようと――ソラ(アトロス)の魔法は、それすら壊し尽くす。
伶奈はそこまで深い説明を聞いていたわけではなかったが、ソラの言葉を信じることにした。
そしてその決断が間違いではなかったことを、目の前の光景が証明していた。
「ふんっ」
「――くっ」
灰色の拳が、次々とレイの防御を打ち砕き彼の身に迫る。
レイには既に余裕はなく、その攻撃を全て紙一重で躱すのが精一杯のようだ。
「グランデッド」
さらに、そこに追い打ちがかかる。
伶奈は両手を地面に置き魔力を流す。
膨大な魔力は地中を伝導し、レイの足元に届く。
「いけっ!」
伶奈の叫びに応えるように、レイの足元の大地が数十の槍に変化し突き上げる。
足場を崩され、さらには自分の命を狙う攻撃にレイは目を小さく見開いていた。
「無駄だよ」
だが、ソラのとは違い伶奈の攻撃はただの魔術だ。
数十の槍はレイの身体から円状に逸れていく。
まるで槍の花弁の中心にレイが立っているかのようだ。
完全に防がれた――
だが無論、ここで生じた隙を見逃すほど彼女は生温くなかった。
「喰らえ」
数メートル離れた場所からソラは灰色の濃霧を“放った”。人一人を呑み込むには頼りない直径十五センチ程の大きさの灰霧線。しかしこれまでの近距離戦とは打って変わっての遠距離使用、さらには防御不可の攻撃に、今度こそレイの対処が遅れる。
下は土槍の花。
前方は灰霧線。
躱すべきは上空か左右――レイは横に躱すことを決断したようで、力強く空を蹴り横に跳ぶ。
が、完全に躱しきるには至らない。
一筋の灰霧線が、純白の鎧ごとレイの左横腹を撃ち抜いた。
相当なダメージを負ったのか、右肩から倒れ込むように地上に落ちていく。
「ソラさん!」
「うん」
ダメージを与え体勢も崩した。
これ以上の勝機は存在しない。
伶奈の呼び声に、ソラも頷き応える。
空中で体勢を崩すレイに向け、ソラもまた灰色の濃霧を纏った状態のまま、力強く地を蹴り瞬く間に距離を詰め――――
「……え?」
鮮血が舞った。
レイではなく、ソラから。
斬り裂かれた左横腹から、血が噴き出す。
何が起きたのか。
簡単な話だ。
レイは自身に迫るソラに対して、頭上が右斜め下を向いている状態から剣を振るったのだ。
しかしソラは濃霧の防具を纏っていたはず、なのにどうして――
「くっ」
そしてソラは横腹を抑え、それ以上追撃することなく下降。
既に身体を纏っていた濃霧は掻き消えている。
対するレイは空中でくるりと半回転した後、華麗にその場に着地する。
両足で血を踏みしめ、両手で強く剣を握りしめる。
鎧の一部が破損しているものの、ダメージを負っている様子はない。
「どうして……」
そんな光景をソラの十数メートル後方から眺めていた伶奈の呟きに、レイは爽やかに反応する。
「簡単なことだよ。彼女の纏う灰色の魔力は驚異的なものだ。防御に関しては身のこなしでどうにか躱せるが、攻撃に関しては完全に防がれてしまう。だからあえて隙を見せ、彼女の思考を攻撃だけに染めさせてもらった。そして灰色の鎧に生じた僅かな隙間に攻撃を浴びせた、それだけだよ」
「ソラさんの攻撃を鎧に浴びたのも、その後体勢を崩したのもわざとだと?」
「もちろん、彼女を誘い出すためさ」
「――――」
強い。
能力だけでなく、精神的にもだ。
自分の祝福を打ち破られてなお、冷静に現状を分析し反撃してみせる。
数々の歴戦を潜り抜けてきたが故の対応力か。
一気に、こちらの劣勢に変わった。
ソラの魔法は確かにレイの祝福に通じる。
だが、肝心のレイ自身の対処によってその事実は逆に利用され、ソラにも傷を与えられてしまった。
……勝ち目が消えていく。
彼女を守れないという現実が近付いてくる。
その現実が、伶奈という存在を責め立てる。
「っ、大丈夫ですかソラさん?」
思考の途中、バックステップで伶奈のもとにまで下がってきたソラにそう安否を尋ねる。
ソラは右手で左横腹を抑えながらこくりと頷く。
「平気。見た目ほど、深くない。それに……」
瞬間、ソラの身体の魔力が傷ついた部分に集まっていくのを感じる。
数秒後、彼女が手を離すと既に負傷は消えていた。
「この程度ならすぐ治せる」
「そうですか……」
その事実を聞き安堵の息を漏らす。
まだ大丈夫、まだ戦える。
考えろ、取るべき手段を。
「ソラさん、彼が躱せないように、今の魔法を途中で方向を変えるなどの操作は出来ませんか?」
ソラの魔法が彼の祝福に勝てるという一点に賭け、そう提案する。
「……難しい。私は全然、この力に慣れてないから。身体に纏ったり、ただ放つしかできない」
しかし、その作戦は一蹴される。
「それに、多分それはもう、向こうにバレてる」
さらに、突き付けられたのは最悪の事実。
確かに、伶奈の提案内容が可能ならばもっと前に実行に移していたはずだ。
それが出来ないからこそ中途半端な攻撃をするしかなかった。
ソラの魔法一つでは、もうどうしようもできない。
何を考えているのか、二人で言葉を交わす伶奈たちにレイは追撃してこようとはしない。
微笑を浮かべながら、伶奈たちの行動を静かに待ち構えている。
そんな行動をしても問題ないという余裕の現れだ。
余裕、の……
「――――――」
瞬間。
一つ、思い付いた。
彼を倒せるかもしれない方法を。
だけどそれが可能なのか、伶奈一人では判断することができない。
「……ソラさん」
「?」
だから、その方法にどれだけの可能性が秘められているか、ソラと共に考えることにした。レイには聞こえないよう、小声で、簡潔に、その考えを告げる。全てを語るまで十秒もかかっていない。
それを最後まで聞いたソラは目を見開く。
「それは、難しい。普通に考えて、成功する可能性は一パーセント以下」
その返答に伶奈は眉をひそめる。
やはり、無理なのだろうか。
その思い付きを実行するなんて無謀なのだろうか。
そんな風に諦めかける伶奈に――なぜか、ソラは。
「けど、大丈夫」
「……ソラ、さん?」
悲しそうに微笑みながら、
「成功率が一パーセント以下の作戦の成功率は、百パーセントだって決まってるから」
そんな意味不明なことを、宣言してみせた。
伶奈にはソラがなぜそう宣言できるのかは分からない。
微かに潤う青色の瞳の奥に、どんな想いが隠されているかなんて知らない。
だけど……分かることは一つだけある。
「勝ちましょう、ソラさん」
「うん、レナ」
前に進まないことには、何も掴めないということだけは。
伶奈とソラは二人、深呼吸を行い集中力を高める。
タイミング、それが何よりも重要だった。
伶奈は目を細め眼前を見据える。
そこにいるのは、鎧の一部を破損しながらほとんど傷を負っていないレイ。
騎士剣を下段に構えながら、相変わらず追撃もせず此方を眺めていた。
「べつに、君たちを馬鹿にしているわけじゃないんだよ」
その視線に何を感じたのか、レイは弁解を口にする。
「今回の決闘の目的は、世界中の人々にどちらがより強く正しい存在かを見極めてもらうためだ。だから、不意打ちのように君たちを倒してしまってはその目的は果たされないだろう。全力の君たちを倒して初めて、僕の願いは叶う」
ふざけたことに、その言葉に嘘偽りが含まれていないということは伶奈にも分かった。
だからこそ、そんなレイの在り方が頭にくる。
けれど今回に限っては感謝しよう。
その彼の余裕を、伶奈たちが利用できるのだから。
さあ。
始めよう。
「グランデッド」
伶奈は“左手のみ”を地につけ魔力を流し込む。
先刻利用したのと同じ魔術だ。
猛烈な勢いで、魔力は地中を伝導しレイの足元に迫る。
「……またそれかい?」
しかしレイは焦ることはない。
一度は防いだ攻撃だ。
例え数十から数百の土槍に増えようと、彼は祝福を利用し防げると考えているのだろう。
けれど……もしその攻撃が、彼を狙っていないとすればどうか。
「……なに?」
そのタイミングでようやくレイは違和感に気付いたのだろう。
彼の周囲から盛り上がった大地は槍の形を成さず、それどころかレイにすら向かっていない。
レイを中心とした半径二メートル外側の大地は、真っ直ぐ上に伸びていた。
「囲え」
大地の壁が完全にレイの姿を隠した瞬間、伶奈は魔力の流れを操る。
まっすぐ伸びていた大地は急激に角度を変え、レイの真上で集う。
そして――四方八方を大地で囲まれた防壁がレイを包み込んだ。
(――よし)
その光景を見て、伶奈は安堵の息を漏らす。
これまでレイの祝福の影響を受けたのは、どれもが彼に直接触れようとした攻撃ばかりだった。
ソラの攻撃に関しても、彼女の身体をまるごと動かせば効率が良いのに、実際に動かされたのは拳を含んだ腕までだった。それが能力上の制限か、彼自身があえてそうしているのかは分からないが、伶奈はそこに違和感を感じていた。
その違和感に従うまま、伶奈は作戦を実行した。
つまり、レイを直接狙っていない攻撃ならば通じるのではないか――と。
その結果が、目の前に広がる光景だった。
「今です!」
そしてその方法が成功するより前に、既に“その攻撃準備”は整っていた。
「【創造】」
ソラは両手を前に差し伸べる。
その先に集うは、圧倒的な破壊の灰色。
「――――消滅」
膨大な破壊の魔力が凝縮された灰霧線を、ソラは放射した。
高速放射の余波が周囲の大地を捲りあげ、盛大に粉塵が巻き上がる。
それほどの絶大なエネルギーが、壁に囲まれ身動きの取れないレイに迫る。
彼はこれを防ぐ手段を持たない。
故に、当たれば勝利が確定するはずだ。
決着は、近い。




