第二十二話 見届けよう
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――――伶奈とソラがレイと戦うことを決意した日から三日が経った。
王都から馬車で二時間ほど離れた、辺り一面に砂塵が散る荒れ地――アルダード荒野に二人の姿はあった。登ったばかりの太陽の日が強く射す。
伶奈はこの世界に召喚された当時に来ていた黒のブレザーを、ソラは純白の羽織に身を包む。
伶奈たちにとって最も動きやすい服装を選択した結果がそれだった。
「――来たね」
その二人の前には、輝く純白の鎧を纏った白銀の騎士レイが立っていた。
腰には二本の剣を携えている。
二十メートル程の距離を開けて両側は向かい合っていた。
そこから数百メートル離れたところに、各国の騎士達が隊列している。
ルミナリア王国側は百名余り、エルトリア帝国側は十名余り。
その中に一人、場に適さない存在として赤髪のリーシャが思案気の表情を浮かべ立っている。
「……リリス王女は連れてきていないのかい?」
騎士達の集った付近を見回したレイは、そんな疑問を口にする。
「彼女には王城で待機してもらっています。血の流れる戦いを見せる必要はありません」
「そうか、ならば構わない。君が言うのならば本当の事なんだろう」
「随分と簡単に信じるんですね」
「ああ、疑う様な箇所はどこにも見当たらないからね……ところで、君達は本当に二人だけで僕の相手をするつもりなのかな?」
レイの問いの意味は、伶奈にもすぐに理解することができた。
「……彼なら来ません。今回は戦わないと、そう言っていました」
「……なるほどね」
その言葉だけで納得したのか、レイはそれ以上問いを重ねることはなかった。
「なら、すぐにでも始めよう――と言いたいところなんだけど、その前に一つだけ準備をしておかなくてはいけない」
「準備ですか?」
「ああ、これだよ」
言いながら、レイは小さく透明な球体を一つ取り出す。
大気中の光を吸収し輝いている。
「これは対となる魔道具に映像を伝えるものだよ。まあ、口で言うより実際に使用した方が早いね」
レイは力強くその球体を上に投げ飛ばす。
上空八メートル程で急停止すると、何の力が働いているのかそこから落ちてくることはない。
「そして、これがその対となる魔道具だ」
言って、今度は黒色の球体を伶奈の方向に投げる。
その球体は両者の中間地点に辿り着くと停止し、新たな現象を生み出した。
球体を中心に直径二メートル程の平面が生じる。
そこに映し出されていたのは、向かい合うレイと伶奈たちの姿だった。
「これは……」
伶奈は似たような物を以前見たことがあった。
リリスがアトロスによって攫われた際に、リーベが使用していた物と同じだ。
映像を投影する魔道具、というわけか。
そしてその映像を捉えているのが、おそらく頭上に浮かぶ透明の球体。
しかし、そうなると疑問点も生じる。
この平面に映し出されている映像は、伶奈たちを真上から映したものではなく、まるで遠くから横向きに映しているかのような映像だった。
「頭上に浮かぶあの魔道具が、ここら一帯の魔力を感知し風景を再現しているんだよ。指定してある物が一番見やすくなる構図でね」
「なるほど、そういうことですか」
レイの説明を聞き納得する。
魔道具の仕組みに関しては理解できた。
ただ……
「何の目的でこんな物を?」
「人々に見てもらうためさ、どちらがより英雄に相応しいかを」
そのような準備をしていた意図を問いかけると、躊躇うことなくレイはそう告げた。
「……ということは、この光景を国民達も見ているということですか?」
「そういうことになるね。こちらの受信用魔道具は各地に数個は配備されている。特定の魔力信号を捉え映し出すことができるようになっているんだよ。これで、この戦いは世界中で見られることになる……力のない者達をこの場に連れてきて観戦させるわけにはいかなかったからね」
「……正気ですか?」
レイの言葉の意味を理解し、伶奈はさらに驚く。
予め相手の命を奪うことは禁じられているが、大量の血が流れる戦いになる。
そんな光景を世界規模で映し出そうなど、正気の沙汰とは思えない。
「もちろん。これは僕にとって必要な過程だ。君たちにしても、その力を世界に知らしめるいい機会になるんじゃないかな。それこそ、もし君たちが勝った暁には逆らおうと思う者が一人もいなくなるほどにね」
「…………」
あれだけ伶奈たちでは勝てないと宣言しておきながら、随分な言い草だ。
これ以上、言葉を交わしても無駄だということだけは分かった。
「御託はいい。早く、始めよう」
そんな伶奈の考えを代弁したのは、隣にいるソラだった。
「そうだね、そろそろ頃合いか」
その申し出にレイも賛同し――腰から剣を抜く。
降り注ぐ陽光を、その剣の刃がきらりと反射する。
彼がいま握っているのは、間違いなくただの騎士剣だった。
「祝魔剣は使わないんですね」
「必要ないよ……今はまだ、ね」
伶奈自身、レイの主張には納得できる要素がなかったがひとまずそれで納得していく。
これは大切な物を賭けた戦いだ。相手が弱くなるだけなら否定する必要はない。
「ソラさん、事前に話していた通り」
「……うん」
伶奈の言葉に、ソラは無言で頷く。
作戦と呼べるほどの物ではない。
が、レイを倒すために考えてきたことは少しある。
それをソラが忘れていないかどうか確認したのだ。
厳しい戦いになる。
そんなものは分かっている。
既に覚悟も済ませてある。
それでも、戦わなければならない。
彼女の……リリスのために。
「それじゃ――始めようか」
そして、静かに。
その戦いが火蓋を切って落とされようとしていた。
◆
――――そろそろ、始まっている頃だろうか。
無論、それは逢ヶ瀬達とレイの戦いについてだ。
俺は現地ではなく王城の自室で結果を待っていた。
行く必要はないと考えていたから。
向こうには王国の騎士達が大量にいる。
決着がつけば、その結果はすぐに伝令されることだろう。
俺が行動を起こすのはそれからでも間に合う。
――そんなことを考えている途中、俺は部屋に飛び込んでくるノックの音に気が付いた。ベッドから体を起こす。
「誰だ?」
「私です――リリスです。入ってもよろしいでしょうか?」
そのノックを生み出したのは予想通り、王城に残っているリリスだった。
正直いま顔を合わせる気などなかったが、それでも応答しないのは不自然だ。
「ああ、入っていいぞ」
「失礼いたします」
その言葉と共に、見慣れた少女が足を踏み入れてくる。
床にまで届く流れるような美しい金髪。
深い海を閉じ込めたような蒼色の双眸。
眼と同じ優しい蒼色のドレスによってその身を包まれる。
とても美しく、とても幼い。
なのに、纏う雰囲気はとても大人びている少女。
今の俺にその姿はあまりにも眩しい。
「どうしたんだ? 何か用か?」
「はい」
自分の命運を左右する戦いが今も行われているのに、よく俺のところまで来る余裕があったものだ。
俺のそんな思いを知ってか知らずか、リリスは小さく頷いた後、俺のすぐ側にまでやってくる。
「隣に座らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「……いいけど」
「ありがとうございます」
ちょこんと、小さな体を俺の隣に落とす。
ベッドに二人が腰掛けている形になる。
一体何を……そう考えていると、彼女はおもむろに黒色の球体を取り出す。
「それは何だ?」
「こういう物です」
言いながら、ポンッと前に放る。
するとすぐに直径二メートル程の正方形の中に映像が生み出される。
その映像の中にいるのは……向かい合う、伶奈・ソラとレイの姿だった。
「今の、アルダード荒野での様子です」
「……まだ始まってなかったのか」
仕組みはともかく、リリスの言葉が嘘ではないことは分かった。
疑うことなく俺はそう呟いた。
「で、何でそんなもんをここで……」
「……申し訳ありません。シュウさんにはご迷惑かもしれないと思いましたが、どうしてもここでシュウさんと一緒に結果を見届けたいと思ったんです。許して、頂けないでしょうか?」
「――――」
上目遣いと潤んだ瞳でリリスはそう懇願する。
居たたまれないと思いながらも、俺は目を逸らしながら小さく頷いた。
「……別に、それくらいなら」
「……はい、ありがとうございます」
結果がすぐにわかるのは俺にとってもいいことだ。
そう無理やり自分を納得させ、俺はリリスのお願いを受け入れる。
……彼女が本当に考えていることを、確かめようともしないまま。
俺とリリスは二人。
これ以上会話を重ねることもなく。
静かに、その結果を見届ける――――




