第七話 魔物を滅ぼすのに魔法はいらない
階段を駆け上ること一分、俺と逢ヶ瀬は三十メートルを軽く超える高さの門壁の上に到着した。
想像以上に大面積の足場があるこの場には数十の騎士が立ち、真剣な表情で眼前の出来事に集中していた。
そして俺達も自然と彼らと同様にその光景に目を奪われた。
鮮やかな緑が消え去った荒涼たる原野がどこまでも広がる。
砦を一つ挟むだけでこうも景色が変わるものなのか。
自然環境一つとっても驚愕の光景。しかし俺達が一番真剣に捉える必要があるのはそんなものではなかった。
「妖魔……」
俺の直ぐ隣にいた逢ヶ瀬が小さく呟く。彼女の言う通り、この世界では魔物と呼ばれる人間の脅威がそこには大量に存在していた。
一番多いのが四肢で地を踏み締める獣型の魔物。サイズは様々で子犬からライオンの間程度に収まるだろうか。大地に降り立つ騎士達が中心に討伐に励んでいる。
次に多いのが空を飛ぶ鳥型の魔物。此方は怪鳥と呼ぶに相応しい形も大きさも異常な姿をしており、門壁の上に立つ騎士達による魔術で撃ち落とすように対処している。
他に存在するのは、そもそも現代の生物を例に出して説明するのが出来ないような異形の魔物。
そんな、一目見て戦場であると理解できる光景だった。
「これがこの砦の現状です、勇者様」
先に駆けてきた俺達から数十秒遅れて現れたのはルミナリア王国近衛騎士団副団長ジンクだ。彼は畏まった表情で俺達にそう告げる。
「魔物しかいないんだな」
俺はふと気になった疑問を彼にぶつける。
「はい、今回の侵攻の指揮をとるのは魔王軍幹部リーベ。しかし彼女の配下には人間はおらず、魔物を利用するのです。本人が姿を現すことは非常に稀だと言われています」
「魔物を利用する? 魔物は自然発生的なもんじゃないのか?」
「本来はそうなのですが、魔王軍には自分たちの意思で魔物を発生させ使役する手段が存在するのです」
「そんなこと出来んのかよ」
これは素直に驚きだ。向こうの世界では妖魔を故意に発生させるなんて、相当の条件が合わなければ不可能だ。
「それで、この魔物達を殲滅すればいいのですか?」
魔王軍の構成についてもっと詳しく聞いておけばよかったなと反省していると、隣からなかなか物騒な言葉が聞こえてくる。いや言ってる内容自体は間違えていないが。
「はい、昨日お伝えした通り魔物の軍勢は定期的にこの砦に攻撃してきます。より短い時間でその侵攻を撃退できるに越したことはありません」
「分かりました。今すぐ向かいます」
そう言うと逢ヶ瀬は門壁すれすれにまで歩を進める。高所恐怖症なら間違いなく腰を抜かす行為だ。
さて、リリスと約束してしまった以上、逢ヶ瀬だけに任せる訳にはいかない。
「んじゃ、俺も参戦しま」
「必要ありません」
と、思ったが何故か逢ヶ瀬に腕を翳され止められた。
なんでやねん。
「いや、おい待てよお前。せっかく来てるんだから協力の一つくらいさせろよ」
「今日一日だけ協力するつもりの人の手助けなど必要ありません。それにあの程度、私一人で十分です」
そう言い残すと、逢ヶ瀬は有無を言わさず大胆に飛び降りていく。
三十メートルの落下を危なげなく着地した彼女は恐れることなく悠然と歩き始める。
「強引すぎるだろう」
不満を呟きながらも、俺は自信満々な彼女に任せようと思いその後姿を視界に収める。
数十……いや、百にまで達しそうな魔物を前にして彼女はどんな活躍を見せてくれるのだろうか。
「おい、あれ見ろよ」
「なんであんなところに女性が……いや、勇者様だ! 援軍に来ると言っていた!」
「あれがか!? あんな子が、そんな実力を持ってるっていうのか」
不意に、鼓膜が様々な人物の声を捕らえる。
門壁の上にいる騎士達が、戦場の中を颯爽と歩く一人の少女を見つけ次々と感想を口にしているのだ。
ここにいる騎士だけじゃない。真下の戦場で魔物と剣や牙を交わす彼らさえ、その存在に目を奪われる。
彼女は何をするのかと。
勇者とはどれだけの強さを誇るのかと。
その数々の視線に気付いていないわけではないだろう。
しかしそれらを全く気にする素振りも見せず、彼女はまるで朝の散歩のような身軽さで魔物に囲まれた戦場を歩き、そして顔見知りに挨拶するかのような柔らかな声のまま呟いた。
「フレイム・ド・ゼクラリス」
そして蹂躙が始まった。
彼女の掲げた右手から、思わず息を呑む程に美しいと感じる透き通るような蒼炎が燃え盛る。右手から右腕、肩、胴、足へとその発現箇所は拡大していき、それに伴い蒼炎の勢いも格段に増していく。
蒼い炎は彼女を中心に縦横無尽に戦場を駆け巡っていく。通る過ぎる空間全てを燃やし尽くし、後には一切の存在も許すことはない。地に這う獣も、空に舞う鳥も、自分に襲い掛かる神秘的な災厄を防ぐ術はなく一瞬のうちに呑まれていく。
無論、それによって騎士達を巻き込むことはない。敵味方入り乱れる中から的確に滅ぼすべき魔物を見つけ出し蒼炎が舞う。その一連の流れには、きっと俺だけではなくここにいる全ての者が見とれ引き込まれただろう。
全ての魔物を殲滅し、世界に広がる蒼炎を消した逢ヶ瀬が此方に振り向いたとき、彼女の表情には全く色が感じられなかった。葛藤も満足も栄光も、何一つ。
「終わりました」
そしていつも通りの様子のまま、彼女はそう告げた。
彼女の行為を眺めていた騎士達は数秒間のうちは目の前の出来事が信じられず唖然としていたが、誰かの歓声につられるようにして勝利の雄叫びが次々と木霊する。
そんな光景を見てもなお、逢ヶ瀬が表情を変えることはなかった。
「てか、やべぇ」
俺、全く活躍してねぇ!
◇
「素晴らしい!」
魔物による脅威が去り、砦の中で休息をとることになった俺達だったが、逢ヶ瀬の元には多くの騎士達が感謝と称賛の言葉を告げに来ていた。
砦に滞在している騎士達が総出で一時間は掛かる魔物討伐をたった三十秒でやってのけた逢ヶ瀬は、一瞬にして彼らに受け入れられていた。遠目に逢ヶ瀬を見るだけで直接言葉を掛けられない騎士達も何人かいるように思うが、それは彼女の美貌故に近寄り難さもあるのだろう。
そして俺はというと、逢ヶ瀬を囲む円の外で一人来るときにも食べた果実を齧っていた。超うまいし全然寂しくないし。
「聞くところによると貴方様も勇者のようですが、彼女と同じようことが出来るんですか?」
と思ったが、一人でいた俺を見つけた騎士の一人がそう尋ねてきてくれた。よし親友になろうぜ!
「まあやろうと思えば出来ますよ。楽勝っす」
「凄い!」
彼は尊敬の目を向けてくれる。ふむふむ。
だけど一言褒めたらすぐに逢ヶ瀬のもとに行ってしまった。
え、なにこれ悲しい。
「…………」
果実を齧りながらも一人思考する。
先程の魔物の軍勢。逢ヶ瀬は一瞬で倒したし、正直俺でも簡単に殲滅できただろうが、それでも元の世界に比べて随分水準が高いように思えた。挙動一つとってもそれくらい分かる。そしてそんな魔物を食い止めることの出来る騎士達も、向こうの魔術師の平均を軽く超えているのだろう。
しかしそんな彼らが力を合わせても魔法使い一人に遠く及ばない。それが現実だ。
……まあ、正直に言うとさっき逢ヶ瀬が魔法を使ったようには見えなかった。となると彼女は純粋に魔術の力だけで魔物を圧倒したことなるのだが。
まあ、今そんなことを考えても仕方がないか。とりあえず目先のことだ。
俺はリリスと約束した。今日一日だけリリス達の役に立ってやると。魔物の侵攻は日に数度あるらしいから、逢ヶ瀬が許してくれたら次は俺が戦うとしよう。騎士達も俺と逢ヶ瀬に任せて今日一日安心して休めるだけで、体力も士気も十分に回復するだろう。
さて、今日の予定の確認は以上。次の侵攻があるまでは俺も休息しよう。
「大変です! 魔物が!」
と、その瞬間砦に姿を現したのは一人の騎士だった。汗をかき焦燥に満ちた表情で彼は叫んでいた。
「どうした! まさかもう次の魔物が現れたというのか!? まだ一時間も経っていないぞ!」
その騎士に対応したのは副団長ジンク。戦勝ムードだった空気は一瞬のうちに張り詰め誰もがすぐに対応できる構えを取る。だから俺達に任せておけばいいのに。
そんな風に思っていたのだが、その騎士は全力で首を横に振る。
では一体何が、誰もが疑問を思ったであろうところに、彼はその危機を告げた。
「魔物が現れたのはここではありません! 王都ルミナダ――王城に襲撃があり、救援を求める伝令が届きました!」
妖魔→現実世界にいた敵と主張したいとき。
魔物→異世界にいる敵と主張したいとき。
煩わしいので今後はそんな感じで、主人公の心情描写でも基本的には魔物で統一します。




