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創造世界の英雄譚 ~魔法使いへ祝福を~  作者: 八又ナガト
第三章 -永遠の契約-
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第九話 静かに時を刻み

 サクッとした歯応えのあるクッキーを口に運び、手に持つティーカップを口元に寄せ傾ける。地球では紅茶など安いティーバッグでしか飲まなかった俺でも分かる程の芳醇な旨味が広がる。


「それで、こんなところで何してたの?」


 音を鳴らさないようにカップを静かに机に置くと、それに合わせたようにリーシャから先刻と同じ疑問を投げかけられる。特別な理由があって来たわけではなかったのだが、少し逡巡し、答えを告げる。


「ルミナリア王国に戻る前に、自分が滞在してた場所を散策したくなっただけだ」


「なによその言い方。まるですぐにでもここから出て行っちゃうみたいじゃない」


「いやだからそう言ってるんだけど。俺、今日の正午過ぎには出発するぞ」


「なっ……」


 俺の言葉を聞き、リーシャは驚いたように声を漏らす。

 彼女の美しい翡翠の瞳は大きく見開き、水面のように小さく揺れる。

 クッキーをつまみながらその様子を眺めていると、彼女はバンッ、と机を叩く。


「聞いてないわよ、そんなこと!」


「……たしかに、俺からは言ってないな」


 ここ数日の記憶を遡っても、そういった心当たりはない。

 しかし、そもそも俺がここに来た理由が、魔物討伐に協力するためというのは周知の事実のはず。

 それを終えればすぐにでも帰還するとは考えなかったのだろうか。

 ……レイの奴も、そのくらい伝えておけばいいのに。


 しかし、少しだけ驚きだ。

 リーシャは俺が帝国城に滞在することに嫌悪していたと思っていたのだが。

 まるでこの反応だと、俺がいなくなるのが嫌みたいな……


「貴方がいなくなったら、誰が私の修練に付き合ってくれるのよ!」


 ただの技術目的だった。


「いや、それなら騎士団の人とか、それこそあそこにいる護衛の人達に鍛えてもらえばいいだろ」


 リーシャの指示によって、机から離れた庭園の端に立つ二人の騎士に視線を向けながら、そう告げる。


「それは……たしかに騎士団の中には私より強い人もいっぱいいるわ。けれどやっぱり、祝福者に敵うだけの人物はいない。つまり貴方に敵う存在はいないということ。だからこそ貴方と修練するのが、私にとって最も効率的だと思うのよ」


「……祝福者と同等の奴に相手してもらいたいんだったら、お前の兄――」


 言いかけて、言葉を止める。

 昨日アイツから言われたことを思い出したのだ。

 それを踏まえた上で、これ以上言葉を紡ぐのは褒められた行為ではないだろう。


 不意に俺が言葉を途切らせたことによって、会話が中断される。

 少し気まずい静寂が俺達二人の間を支配する中――それを破ったのは、少し想定外の人物だった。


「リーシャ、ここにいたか」


 その声は俺の背後から聞こえた。

 力強く、重く、貫禄のある声。

 聞き慣れた白銀の青年のものではない。

 となると、皇位継承権第二位である皇女リーシャ・ジオ・エルトリアをその名で呼べるのは残り一人しか――


「お、お父様!?」


 そんな俺の推測を証明するように、リーシャは勢いよく立ち上がると、俺の後方にいるであろう人物に一礼する。

 そんな彼女の行動につられるように、俺も身体を捻り後ろを向く。

 

 質の良い白の布地に、金の刺繍がふんだんに施された豪奢なマントがまず目に入る。

 視線を上げると、レイに比べ少し輝きの衰えた白色の髪と、しかしそれと対比して強靭な意思と深い知性を窺える金色の眼が視界に飛び込む。大国の主に相応しい貫禄を纏う男性が、そこに立っていた。


 覇者の国と呼ばれる、エルトリア帝国の皇帝フリード・ジオ・エルトリア。

 聞くところよると祝福者ではないようだが、彼が纏う空気は常人とは一線を画す。

 無論、武力に限定すれば俺やレイの相手ではないだろうが、スーリカでアトロスの襲撃を受けた際の落ち着きぶりと言い、心理的な面では敵う気がしない。


 などと冷静に分析を続けていると、突然机の下にある俺の脚に石礫のようなものがぶつかる。

 現在は強化を行っていないため微かな痛みを感じながら視線を前方に戻すと、顔を髪と同色に染め、焦ったような表情を浮かべるリーシャが俺を睨んでいた。彼女の口元が、言葉を発さず動く。


 ――た・い・ど!


 態度。

 つまり皇帝陛下を前にして、何を優雅に座っているんだ――ということだろう。

 そう理解した俺は仕方なくゆっくりと立ち上がる。

 その間にも、早くー! とでも言いたげなリーシャの鋭い視線が飛んでくる。


「そう焦らずともよい、大層な要件を告げに来たわけでもない」


 そんな俺達のやり取りを目の前で眺めていたはずのフリードは、しかし苛立ちを見せる様子もなく俺に向けそう言った。


「強者に対して敬意を払うのは、我が国では当然のことである」


 そのままフリードはリーシャに視線を移すと、小さく口を開く。


「リーシャ、こちらの客人に、失礼な振舞いをしてはおらぬな」


「は、はい、勿論ですお父様!」


 緊張した様子で、少しつまりながらもリーシャは大声で返答する。

 マジかよ、今まで失礼な振舞いされてなかったんだ……と驚きつつも、その親子のやりとりを見届ける。


「ならばよい――さて、本題に戻る。リーシャ、“例の遠征”に関して詳細を決める。三十分後、我の下に来い」


「――――ッ」


 フリードの言葉……“例の遠征”の部分を聞いた途端、リーシャの眼は大きく見開き、少しの苦渋を味わったかのような表情を見せる。しかしそれも一瞬で、すぐに真剣な眼差しでフリードを見つめる。


「はい、分かりました」


「では、要件は以上だ」


 最後にそう言い残すと、フリードは背後にいた一人の護衛を引き連れ城へと戻っていく。今の言葉だけを伝えるために、わざわざここまで来たのか。


 結局二人の会話が何を指し示すのか俺にはさっぱりだったが、気にしても仕方ないと結論付け、今も一人立ち尽くすリーシャに向き直る。彼女はフリードがいなくなってから、沈痛な面立ちを浮かべていた。


 どう声をかけるべきなのかが分からない。

 状況の把握さえ出来ていない俺が、彼女に何かをしてやろうと思うことさえ、きっと間違いなのだろう。


「……御手洗いに少々」


 結果的に、俺はそう告げて逃げるようにその場から去った。



 一時的に、庭園から城内に戻る。

 残念ながらというべきか良かったというべきか、御手洗いは庭園には存在しなかった。


 などと考えながら、俺は御手洗いに続く曲がり角に至り――


「それは本当かい?」


 その声を聞き、反射的に動きを止めた。


 何故止まったのかは自分でも分からない。

 ただ俺は壁に張り付くようにもたれかかると、向こうから聞こえる声に耳を傾けた。


「は、はい! 現地の騎士からの知らせでは、確かにその通り!」


「想定していたより随分と早いね。父上もそれは知っているのかい?」


「はい、陛下も存じ上げております。その際に、殿下に伝言として、陛下のもとに赴かれるよう仰られていました」


「……なるほど」


 その声のうちの一人は、聞き慣れたレイのもの。

 もう一つはおそらく騎士団の中の見知らぬ誰かだろう。

 二人は真剣に何かを話し合っていた。


「しかし、やはりどれだけ考えても早すぎる……影響も強すぎる気が……いや、今はそれを気にしても仕方ないか。伝えてくれてありがとう、感謝する。僕は今から父上の下に向かう。君はこれまで通り任務にあたってくれ」


「はっ!」


 それで会話は終了したのか、騎士が鎧を鳴らしながら駆けていく音がする。

 出ていくべきか戻るべきか、そんなことを考えていると。


「いるのは分かってる、出てきなよ」


 曲がり角の奥から、俺に向けて言葉が投げかけられる。

 どうやら普通にバレていたみたいだ。

 俺は歩を進め、レイの前に姿を見せる。


「なんだか昨日と真逆だな」


 修練場での事を思い出しながら、俺はそう告げた。

 盗み聞きをしていたことを責められたらどうしようかとも考えながら。


「そうだね。君ほどじゃないけれど、僕でもこの距離なら他者の存在くらい気付けるよ。というよりも、そんなことは君が一番分かっていたと思うけれどね」


「ん……まあな」


 俺がここに来た瞬間に会話を打ち切らない時点で、聞いても問題ない話なのではないかと推測は付いた。話の流れ的に、重要な内容も俺が来る前に語られていたようだし、俺の考えは間違ってないだろう。


「で、何の話してたんだ?」


 故に俺は誤魔化すよりも、真っ直ぐ踏み込んだ。

 その問いを聞き、レイは少し驚いたように表情を固めると、すぐにふっと笑う。


「大したことじゃない……というわけでもないんだけど。魔王軍討伐に向けて、ある計画を進めていてね。その進捗を聞いていたんだよ」


「にしては、随分ときな臭い会話だったな。その計画がなんだかは知らないけど、順調なら普通に喜んどけばいいだろ」


 たしかレイは、早いだとか、影響が強いだとか言っていた。

 何をしでかそうとしているかは知らないが、悪いことのようには思えない。


「そうだね……うん、君の言う通りだ」


 少し考える素振りを見せつつも頷くレイの姿を見ていると、頭にピリッとした嫌な感覚が走るような気がした。しかしその違和感は瞬時に掻き消えていき、気のせいだったのだと俺は無理やり納得する。


 ふと意識を前方に集中させると、そこにはやはり普段と変わりない様子のレイが立っていた。


「それよりも、君はもう帰る準備を済ませているのかい? 案内はさせてもらうけれど、その前に食事などは済ませておいた方がいいと思うよ」


「ああ、それは大丈夫だ」


 レイがいま述べたのは、俺がルミナリア王国に戻る手段に関係する。


 地図があっても道に迷わない保証はない。正式に客人として勇者を借り受けた以上、無事に送り返す義務がある。などと言った理由から、俺はエルトリア帝国が出す馬車に乗って帰還することになっていた。


 国境まで一週間、そこから王都まで一週間といったところか。

 正直、空を跳べばその十分の一の期間で辿り着けるだろうが、こればっかりはもう致し方ない。

 食事や寝床も付き添いの人が用意してくれるとのことだから、俺に出来ることなど優雅に過ごす他ない。


「ならよかった」


 そして、この会話に終わりを告げるように――レイは最後にそう告げた。



 ◇



 あの後庭園に戻った俺は、放っていかれたと思ったリーシャから小言を聞き(御手洗いと告げた時には放心していたらしい)、幾つかの言葉を交わしてから解散した。彼女の怒った表情には、どこか本心を隠すような陰りを感じたが……やはり、俺はそれに関して何も言ってやることは出来なかった。


 そして、そのまま数時間が過ぎ、俺は帝国城の城門の手前に立っていた。

 前にはレイとリーシャ、そして数人の騎士が並ぶ。

 たかが一人の帰還に、大層な見送りだ。


 その中で最初に前に出てきたのは、白銀の騎士レイだった。


「では、またいずれ……尤も、すぐ会うことになるかもしれないけどね。それと、彼女達によろしく」


「……ああ」


 すぐ会うことになるとは、同じ勇者として協力関係にあるから、ということだろうか。

 そして彼女達とはもちろん、リリスや逢ヶ瀬、ソラのことだろう。

 昨日のコイツとの会話を思い出し少し気分が下がるが、忘れるべきだと首を横に振る。


 レイは簡単にそれだけを告げると後ろに下がる。

 その際に視界を掠めていった鋭い金色の眼光が、何故か嫌に網膜に焼き付く。

 次いで俺の視線は彼の腰に携わる剣に落とされた。


 この二週間、ついにレイがあの祝魔剣を抜くところを見ることはなかった。

 アトロスに襲撃された時にすら使用しなかっただけで、何らかの制限があるのではないかと推測は付くが、それを理解していても少しだけ心残り――――


 いや、それとも、もしかしたら。

 この感情は、安堵とでも呼ぶべきものなのかもしれない。


「シラサキ」


 そんな俺の思考の隙間を突くように、鋭くも優しさを含んだ声が響く。

 赤色の長髪を靡かせる少女リーシャは、目を伏せ少しだけ複雑な表情をしていた。

 それはまるで、何か大切な事を告げなければならないのに、言うことの出来ないもどかしさにも似た――


「頑張ってね」


 彼女が最後に零したのは、そんな一言だった。


 そこに込められた意味は、今の俺にはまだ分からないけれど。


「おう」


 最後こそはと。応えるように力強く頷いた。



 俺は数名の騎士を連れエルトリア帝国を出発した。



 ◇











『世界が“彼女”を殺したら……貴方は、どうするの?』


 不意に、そんな言葉を思い出したんだ。

次回

第三章『第十話 世界の悪意』

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