第六話 二人の共通認識
◇
「………………」
「………………」
「……どうしているんですか?」
「暇潰し」
「…………」
「おい止めろそんな目で見るな」
俺が異世界ジオ・ストラルダに召喚された翌日、早朝六時過ぎ。
ルミナリア王国国境沿いにある砦にまで続く一本の巨大な街道が存在し、辺り一帯は最低限整備が施された程度の草花が咲き乱れる。
その街道を通る十数機の馬に乗った騎士と、六台の馬車。その中の一台に俺と逢ヶ瀬は二人仲良く向かい合って座っていた。
逢ヶ瀬は納得いかないと言いたげな様子で、目を細め嫌そうな顔で俺を見ていた。
集合場所に普通にいた俺を見つけた時からこんな感じだ。
「ほら、お前も食えよ」
気まずくなった俺は身近にあった木箱の中から赤色の丸い果実を取り出すと逢ヶ瀬に放り投げる。今回の作戦は援軍だけでなく物資の補給も兼ねているため食料や衣服やらを馬車に積んで持って行っているらしい。
逢ヶ瀬は不満げな顔のまま飛んできた果実を受け止めるとそのまま齧り始めた。普通に食うのかよ。
「む、おいしいです」
そして満足気である。
「……あの」
蜜柑のようなパイナップルのような初恋のような甘酸っぱさを感じる果実を齧っていること(三個目)数分、静かな空気に耐えられなくなったのか逢ヶ瀬は言葉を俺に投げかける。
「どうして此方の馬車に乗ってきたんですか? 別のに乗ればよかったのにと思います?」
何だか刺々しいんけど。
まあ素直に答えるか。
「お前と一緒に乗るために決まってんだろ」
「っっっ!!!」
俺の返答を聞いた逢ヶ瀬は顔を赤めると凄まじい勢いで顔を横に、いやもはや完全に後ろに、あっ今ごきってなった。
「い、痛いです……」
そして泣きそうな顔で再度前を向く。
なんだこいつポンコツキャラだったのかよ。
「言っとくけどアレだからな、単純に情報交換しようと思ってるだけで、お前が考えてるようなことは何もないからな」
「そ、そんな! 勝手に決めつけないでください! 私は貴方が嫌いなんです!」
「全力で墓穴を掘っていくスタイルは嫌いじゃない」
まあいいや、それに関しては放っとこう。
「じゃあ本題に入るぞ」
「どうぞご勝手に」
「そんなに拗ねなくてもいいぞ」
「拗ねてません」
「嘘つくなよ」
「嘘じゃないです」
嘘じゃないらしい。
「じゃあそういうことでいいよ。で、お前って協会に所属してんの?」
流れるように零れた質問を聞いた逢ヶ瀬は衝撃を受けたように綺麗な黒色の瞳を大きく見開く。一般人が耳にしても要領を得ない単語だとは思うが、予想通り俺と逢ヶ瀬にとっては共通認識のようだ。
動揺しながらも何とか冷静さを取り戻した様子で、逢ヶ瀬は目を細め驚愕から真剣な表情にへと一瞬で変貌する。そのまま桜色の唇は小さく開かれた。
「確かに私は協会に所属しています。貴方も、ですか?」
「いや、昔は一時期所属していたけど、今は野良だ」
「そうなんですか……でも、“あの力”は持っているんですよね?」
「まあな。けど俺はそれを隠してたし、そもそもそれのせいかは知らんが魔術はほとんど使えないから」
「ッ、そんなことがあるんですね」
俺の発言に対し逢ヶ瀬は驚きながらも納得する。
突然の話になるが、俺がリリスの言葉を信じようと思ったのは元々“そういった物”に関わりのある生活を送っていたからだ。
協会。正式名称・世界魔術師協会とは名の通り世界中の魔術師が所属している協会のことである。
欧州に本部を置き、世界各国に支部がある巨大組織だ。
魔術師と呼ばれる存在がいる。特別な力を持ち魔術を扱える者達のことだ。一括りに魔術とはいっても強弱種類様々なのだが、漫画などに出てくるそれらとは対して相違は存在しない。そんな彼らの中から実力ある者(全魔術師の三割強)を集め、人類の外敵と戦うために存在するのが協会だ。
人類の外敵とは何か? それは妖魔と呼ばれる魔力と悪意の集体。形態は様々、虫から巨龍レベルまで何でもござれだ。ただ共通点として軽く人を殺す力を持つ。
で、その妖魔のことをきっとこの世界ではこう呼ぶのだろう。
「魔物ってのが、この世界にいるんだよな」
リリスの説明の中にあった単語を思い出しながらそう呟く。
「はい、詳細を聞いたんですが、妖魔と同等の存在だと思います」
逢ヶ瀬も俺と同じ結論に至っていたのだろう。すんなりと会話が進む。
「そうか。となるとやっぱり、祝福っていうのは」
「“魔法”、ひいては“魔法使い”のことですね」
結局のところ、俺がリリスの言葉を信じた理由の一番はこれだ。
創作物でよく出てくる魔法や魔術、簡単に説明すると魔力を持った者が修練やらなんやらで学び扱えるようになる理論・技術体系のことを俺達は魔術と呼んでいる。これだけならば少し中二病要素の入った方ならすぐ思いつく程度の内容だ。簡単に聞き流すだろう。
だけど彼女は祝福、もとい魔法のことも知っていた。
世界に愛された者に与えられる力を。
万物を凌駕する奇跡の力を。
こんな突拍子のない力のことを、普通は人を騙すのに利用したりはしない。
俺はこれまで異世界の存在なんて全く知らなかったが、その力があれば見知りもしない異世界に移動できると言われても信じざるを得ない、それこそが魔法なのだ。
まあ異世界ということを信じることが出来たところで、他には不可解な点が多数存在するのだが。
しかし最低限の確認事項は済んだ。
その他についてはもう少し自分で情報を集めてから考えることにするとしよう。
……色々とな。
◇
「これはなかなか」
馬車に乗ること六時間。
頭上で太陽がサンサンと照り映える中で、俺達は目的地の砦に無事到着した。
一言で表現するなら壮大だった。
縦には見上げる程に高く、横には終わりが見えない程遠く広がっている。本来は魔物を食い止めるために築かれたというこの砦は今では魔王軍の侵攻に対して重要な役目を果たしている。
しかしそんな風に悠々と眺めていられる暇もないのか、馬車から降ろされた俺達は砦の中に入ると石造りの階段を登り門壁の上に向かっていた。
「というか、本当に何で来たんですか?」
「だから暇つぶ……」
「そういうのはいいですから」
どうやら逢ヶ瀬は俺が言った理由に納得していなかったらしく、ここに来てしつこく尋ねてくる。
「貴方は昨日、協力しないとはっきり宣言していましたよね。騎士の方々が自然に受け入れていたので事前に彼らに伝えられていたとは思うのですが、どういった心変わりなんですか?」
「リリスとちょっとした約束をな」
「約束?」
きょとんとした逢ヶ瀬に対し、俺は昨日のリリスとの会話を思い出しながら質問に答えるべく口を開く。
「ああ、本当は協力する気はなかったんだけど、この世界の魔王軍がどれくらいの強さなのかは知っておきたいと思ってさ。だから今日一日だけリリス達の役に立ってやる代わりに、この作戦に参加させてくれって頼んだんだよ。要するに見学するために参加するって感じ?」
他にも理由はあるが、逢ヶ瀬に言う必要はない。
「はぁ、そうですか」
いまいち納得いかなかったのか、逢ヶ瀬は適当に相槌を打つ。聞いてきたのこいつなのにナチュラルに失礼。
「というか貴方、彼女のことリリスって呼び捨てで呼んでるんですね」
それいま言う必要ないと思う。




