第五話 会えない大切に願う
美しい純白の長髪を靡かせ、微笑みながら礼を告げる少女。
何も言葉にできないままその姿を眺めていると、少女は何かを思いついたのかのようにポンッと自分の手を叩く。
「そうだ、助けてもらったんだからちゃんとお礼しなくちゃね! ついてきてよ、お兄さん!」
「ちょっ、おまえ」
反抗しようとするが、問答無用と少女は俺の手を掴み身を翻す。
ずんずんと前に進んでいく少女に、俺はついていくしかない。
周りの人からの不思議なものを見るような視線が痛い。
「はあ」
溜め息を一つ。
けどまあ、急ぎの用事がないのも事実。
俺は少女に連れられるままに歩を進めていった。
「いやー、楽しんじゃったね!」
「お前一人でな」
前で飛び跳ねるように歩いていた少女が、俺の言葉を聞くとピタリと止まる。
そしてギギギとまるでロボットのように振り返る。
「もしかして私、お兄さんを放ってはしゃいじゃってた?」
「かなり」
屋台で食べ物を買って(何故か俺が奢らされた)食べるのも。
衣料店で真剣な眼差しで自分に似合う服を探し出すのも。
中央広場で行われている芸を夢中になって眺めるのも。
全てこの少女が一人で楽しんでいた。
俺は後ろをついていっただけ、いやストーカーではない。
「えっと、ごめんねお兄さん?」
少女は顔の前で両手を合わせながら、申し訳なさそうに頭を下げる。
先程からも思っていたが、高貴そうな見た目に反して世俗的な行動だ。
「まあ、別にそれはいいよ。いやお礼をするって言われたのに何で俺が奢ってんの? とかいう疑問はあるけど、とにかく俺が言いたいのは」
言いながら空を見上げる。
太陽は既に頭上にはなく、間もなく城壁の向こうに消えていくだろう。
「もう結構な時間だってことだ」
伝令は頼んであるが、許可もとらず飛び出してきたような立場だ。
あまり遅くならないうちに城に戻っておきたいところだが。
「ええっ、もうそんな時間!?」
少女はその事実に驚いたのか、落ちていく太陽に手を伸ばしながら「待ってー」と呟いていた。なんだこいつ。
「あーもう、ここにくるの久しぶりだったから、色々と懐かしくてつい時間忘れちゃってたよ!」
「久しぶりって、前に来たのはいつなんだ?」
「うーん、数百年くらい前かな!」
「へー」
ちょっと何を言ってるのか分からなかったので相槌だけしておいた。
「ちょっとちょっとお兄さん、そこはちゃんとツッコまないと! 昔すぎやないかーい! ってさ!」
「何故ここで関西弁……」
出身地を聞きたくなったが、多分聞いてもこの世界の地名なんて分からないので止めておく。
などと考えていると、俺のリアクションが望んだものではなかったのか少女はぷくーっと頬を丸く膨らませる。
「まったくもう、つまらないなぁお兄さんは」
「あ、そう。で、実際はどれくらい前なの?」
「三年かな」
「すげぇサバ読んだなお前」
「てへっ」
「いや急にそんなかかわい子ぶられても」
頭に拳をこつんと当て、少し舌を出す少女。
それを見て変な奴だなと思いつつも律儀に返事をする。
俺の優しさに感謝してひれ伏してほしい。
「ねぇ、お兄さん」
などと考えていると、突然少女は俺を呼ぶ。
先程までのお茶目な様子はどこにいったのか。
そこには少女の微笑みの表情と、優しい赤色の瞳があった。
「来てよ、お気に入りの場所があるんだ。今度こそちゃんとお礼するからさ」
そう言い残すと、少女は颯爽と歩いていく。
今度は俺の手を握ることはない。
強制ではないということだろか。
「…………」
それでも、何故か俺は彼女の小さな背を追っていた。
「ぱーらだーいす!」
少女と共に都市を囲む城壁を出て、歩くこと暫く。
都市近くにある小さな丘の上に俺達は来ていた。
まさか外に連れられるとは思っていなかった。
間もなく太陽は地平線の向こうに消えていく。
どうして少女が俺をそんなところまで連れてきたのか。
その答えは目の前に広がっていた。
「どう、お兄さん。素敵でしょ?」
その丘では、見渡す限りに色鮮やかな花々が咲き乱れていた。
何十種類もの豊富な形、色、香りが同時に俺の五感を刺激する。
こういったものに興味のない俺が見とれてしまうほどには美しい光景だった。
俺のそんな姿を見て、少女も満足そうに鼻を高くしている。
「すごいでしょ?」
「ああ、思ったよりよくて驚いた。てっきりなんかこう、秘密基地にでも連れていかれるかと」
「なっ、私はそんな子供じゃないよ! 見れば分かるでしょ!」
「いや知らんし。え、お前何歳なの?」
「はぁっ!? 乙女に年齢訊くとかありえないよ!」
「さいですか」
まあ本当は見た目から十四、五くらいだということは分かっているのだが。
たしかに秘密基地を作るほど子供じゃないか。そもそも女子だし。
いやでも、今日一日のこいつの行動を見てたらそれもあり得る気が……
「何か失礼なこと考えてるよね?」
「考えてない」
「嘘だよね」
「嘘じゃない」
「……ふーん」
何とか言明をやりすごすと、少女は興味をなくしたのか視線を花畑に向ける。
「私、好きなんだ、ここ」
ぽつりと、そう零す。
「…………」
まただ。
突然、雰囲気が変わるものだから対応に困る。
夕日に照らされて輝く赤い瞳。
だけどその色とは対照的な、静かで深い慈しみのような感情が秘められているように見える。
少女は、何を想いこの光景を眺めているのか。
「何かここで思い出でもあるのか?」
それが気になり、俺は声をかける。
「うん、あるよ。人から見たらとっても小さなことかもしれないけど、私にとってはとても大切なこと」
言いながら少女は腰を下ろし、足元に生える丸い赤色の苞を持つ花を摘む。
「昔、ここでよく大切な人と語り合ったんだよ。何気ない日常の出来事から将来について。本当に色々なこと、たくさん」
「…………」
暖かな風が花々の香りと共に運ぶ少女の言葉は、俺の耳に届くたびに一つ一つが溶け込んでいく気がした。
少女の悲しげな横顔が、不思議と俺の心を揺さぶる。
「……もしかして、その大切な人ってのはもう」
だからふと、俺は核心に迫るような問いを投げかける。
それに対し少女はふふっと小さく笑い。
「大丈夫、生きてるよ。ただ事情があって今は会えないの。だから少しあの人のことが懐かしくなって、こうやって思い出の場所に来ただけなんだよ」
「そうか」
俺が考えていた最悪の想定とは異なった返答に微かに安堵する。
大切な人を失う辛さは俺も十分に知っているはず。
だからきっと、この安堵は僅かとはいえ関わりを持った少女が同じ苦しみを味わっていないことに対する感情だ。
……いや、それでも少女にとっては辛いのだろう。
たとえ相手が死んでいなくても、会えないだけで違った種類の苦しみは存在するものだ。
ああ、そうだ。
俺はその苦しみを知っている。
だから今、少女が浮かべる悲しげな表情も理解できる。
もう一度だけでいい。
もう一度だけでも、君に会えることが出来たなら、俺は――――
「ごめんね、付き合わせちゃって」
――――思考は、いつの間にか立ち上がり此方に身体を向け謝る少女によって遮られた。
「結局お礼なんて言いながら、私の都合に付き合わせる形になっちゃったからさ」
「い、いや、別にそんなこと……俺も好きだ」
この丘の花畑が気に入った。
だからちゃんとお礼にはなっているし気にしなくていい。
そういった想いを込めて言った言葉だったのだが。
「……へ?」
目の前の少女は顔を真っ赤にし、驚いた表情で立ち尽くしていた。
「――――ッ」
そこで俺は先程の発言を思い出し、自分の失言を理解する。
「ち、違う、今の好きはお前ではなくこの花畑のことで、だから礼はもう十分だからという意味で……お前のことは全然好きじゃないから安心してくれ」
「そ、そうなんだ! あはは、いきなりだったからちょっと驚いちゃったよ……待って、最後なんて言った?」
「お前のことは全然好きじゃない」
「やっぱりそう言ったよね!? 失言を撤回するためとはいえ、そんな言い方するとかありえないよ!」
「いやその、動揺してつい」
「そんな理由で許されるかー! お詫びをしてもらいます!」
「あ、うん……ん?」
何だか不思議な流れになっている気がする。
確かに失言したのは俺だけどさ。
お詫びって何をやらされるのだろうか……
「む」
ポンッと、少女は俺の胸元を人差し指で押す。
「名前、教えてよ」
そのまま上目遣いになり、にこりと微笑む。
「それで許して差し上げよう」
そして、下から見上げているにも関わらず、やたらと上から目線でそう言った。
「……白崎 修」
仰け反った体勢のまま、俺は自分の名を告げる。
「……シラサキ シュウ、だね。うん、覚えたよ。なんて呼んでほしい?」
「何でもいいけど」
「欲がないねー、ご主人様とかパパとか、色々あると思うんだけど」
「それ名前聞いた意味ある? てかそういうの有りなのか? ちょっと待て今すぐ考え――」
「じゃあ、シュウくんで!」
「――あ、うん、結局普通のになるのね」
別に期待していた訳じゃないから。
ほんとほんと。
「で、お前の名前は教えてくれるのか?」
「え、秘密だよ? こっちも教えちゃったらお詫びにならないでしょ、だから言わないでおこうと思うんだ!」
「まじかよ」
これ完全に教え損じゃ。
いや、別にこいつの名前を知ったところでどうにかなるなんて思ってないけど。
「大丈夫だよ」
だけどそんな俺の考えなどお構いなしといったふうに、少女は笑う。
一歩二歩と後方へ下がり、両手を身体の後ろで組む。
丘の向こうから夕陽が彼女を射し、どこか幻想的な雰囲気を纏う。
「きっとすぐに、貴方は私のことを知るから」
少女から紡がれる一つ一つの言葉は、やはり俺の心に深く染み込む。
「会いにくるから、だから待っててよ――シュウくん」
そんな意味深な言葉を最後に残し、少女は歩み俺の横を通り過ぎていく。
「おい、おま――――」
咄嗟に振り返り、少女を呼び止めようとして――俺は驚愕する。
「いな……い?」
そこには既に誰もいなかった。
丘から首都へと戻る一本道のどこにも少女の姿は見当たらない。
「お前、は……」
絞り出すように零した俺の言葉は、夜が迫り冷え込んできた空気に運ばれ空虚へ溶けていく。
それが俺と彼女の出会い、そして別れまでの出来事だった。




