第四話 この手を交わしたから
地上に出るために遺跡内を駆ける。
来た道を記憶してはいなかったが、強化中の今なら風の動きなどでどこが出口か分かる。
走ること数十秒、とうとう地上に到着する。
扉を蹴り開け、俺はそのまま砂石が広がる地面に足を踏み出した。
空から眩い光が目を射す。
強化された視力と、遺跡内との明暗差によって影響は甚大。
思わず目を瞑りそうになるが、気を引き締め直すと目の前の景色を見据えた。
「シラサキ、こっちだ」
既に地上に戻っていたらしいレイが俺を手招く。
その背後には待機していた数人の騎士達が一様に驚いた様子で立って――――
「ッ」
瞬間、俺の背後から鼓膜を破るような爆音と、常人では立っていられないほどの激震が発生する。ちなみに俺は身動き一つしなかった。自分の才能が怖い。
などと場違いなことを考えるのも程々に。
振動の勢いが緩まる場所まで避難した後、俺はゆっくりと後ろに振り返る。
「うわぁ……」
そこに広がる光景を見て、思わず眉を顰める。
「どうなってんだこれ」
俺が眺める先、つまりは遺跡に繋がる扉を飾る建造物は既にそこにはない。
原因は不明だが木っ端微塵に破砕され、陥没している地面の中に沈んでいた。
そんな風に二百メートルトラック級の大穴が一瞬で生じたことにも驚くが、最も俺達の注意を注意を惹き付けたのはそのどれでもなかった。
鼠色の岩石が激しく隆起する巨躯。その上半身が目の前の大穴から出現する。
ゴツゴツとした落ち着きのない顔面には赤黒く染まる眼と、引き裂かれた口元に鋭い二本の巨牙を携えている。
その身に纏う魔力量と威圧感は、先程まで相対していた際の比ではない。
先刻の数倍――視認できる部分から推測するに全長二十メートルに至りそうな体躯に変貌した魔物の姿がそこにはあった。
「すまない、僕の予想は間違いだったようだ」
いつの間にか俺の隣にいたレイが、申し訳なさそうに告げる。
「つまり?」
「僕は二体の魔物を同時に倒すことによって、お互いに魔力供給が出来なくなり消滅させることが出来ると考えていたが違ったようだ。両者が同時に倒されたことによって、共鳴するかのように二つのコアと破片が引き寄せ合い、さらに遺跡内の魔力と魔物を取り込んで肥大化してしまった。つまりアレは、この遺跡すべての魔力を含んだ化物だ」
「なるほどな」
要するに第二形態らしい。
まあ、どのみち倒さなければならないことには変わらない。
狙うなら、下半身が遺跡があった地下に埋まっている無様な姿を披露する今が一番だろう。
「よーし、その無様な顔面に一発いれてやろ――」
「待ってくれ。いま倒してしまうと、あの魔物が持つ魔力が周囲に拡散する」
「――っと、そうだったな」
言われて思い直す。
そもそも俺がここに呼ばれた理由も二次災害を防ぐためだ。
この程度の相手なら、レイの実力があれば倒すこと自体は楽勝だろうし。
さて、どうするか。
問題は魔物を討伐した後に、魔物を構成する魔力が周囲に散ること。
それによって魔物が発生するのが今なら俺達が倒せるが、帰還したすぐ後とかだったら目も当てられない。
となると、残る手段は一つだ。
「おい、一つだけ方法思い付いたんだけど」
「本当かい?」
「ああ。その代わりこの遺跡、跡形一つ残らないかもしれないけどいいか?」
「それは少し残念ではあるけれど、既にこの様だからね。遺跡の有無にはこだわらない、任せたよ」
「了解」
許可を貰った俺は、今も鋭い眼光を飛ばす魔物に目を向ける。
「グラァァァアアア」
唸りながら大木のような腕で周囲の地面を力強く押し、大穴から足を出し抜けようとしている。早めに済ませておいた方が良さそうだ。
そう判断した俺は力強く地を蹴り、大量の砂塵を撒きながら空高く跳び上がる。
三十メートル程上空でその勢いは衰え、上から魔物を見下ろす形になる。
さあ、始めるか。
意識を身体の内側に向ける。
ドス黒い感情を引っ張り出す。
身体中から黒の焔が漏れ出し、魔物に伸ばされた右手に纏わりつく。
魔物を討伐し魔力が溢れるというのなら、解決策は簡単だ。
魔力すら残さない一撃を放ってしまえばいい。
そう、全ての魔力や願いを奪い取る俺の魔法を。
「【虚無】」
勢いを増した黒焔が俺の右手から放射される。
禍々しい絶望の黒は、瞬く間に眼前の魔物と遺跡を呑み込んでいく。
魔物は断末魔さえあげることはなかった。ただ為す術もなく、その巨躯を俺の魔法に奪われていく。
全てを奪い尽くすには、一秒すら必要なかった。
俺の意思が収まるとともに黒の焔は薄れ消え去っていく。
胸の中に生じる魔力を感じながら焔が消えた痕を見るが、既にそこには何も残っていない。
魔物も遺跡も全てが消え失せていた。
「終わったぞ」
ゆっくりと地面に着地しながら、俺はそう呟いた。
「一瞬だったね」
そんな俺に対しにこりと笑いかけてくるレイ。
背後にいる騎士の方々は暫く何が起きたのか理解できないといった呆然とした表情を浮かべた後、真っ先に硬直が解かれた一人の叫びに追随するように歓声をあげていった。
こうして、俺とレイによる魔物討伐は見事幕を閉じた。
「魔力さえ消し去る力……か」
その時にレイが小さく呟いた言葉は、不思議と耳に残り続ける気がした。
◇
魔物討伐後。
近隣の町に赴きその報告と、暫くの期間騎士の駐在人数を増やすことを告げた。
砂漠地帯にある貧しい町に暮らしている者達は、それでもレイを含む騎士団の偉業に感謝し喜んでいた。
みすぼらしい格好をした子供達。
中途半端に崩れた土壁で出来た家々。
貧困さが目立つ町だった。
自分の周りには化物じみた魔術師や魔法使いしかいないため忘れそうになる。
たしかにこの世界では誰もが魔術を使えるが、こんな都市部から離れた地方に優れた魔術師はいない。
魔術によって水を生み出すのも建物を補強するのも、数少ない人材では限界があるということだ。
そんなふうに抱いた感想を帝国首都へと帰還する馬車の中で小さく零すと、向かいに座るレイが反応する。
「君がこの世界に来てから、どれだけの街に訪れたのかな?」
思い出しながら返答する。
ルミナリア王国では王都ルミナダや商業都市サンリアラ。
スアレル王国では王都のスーリカ。
エルトリア帝国でも首都とさっきの町くらい。
他にも移動中に幾つかの街を通ることはあったが、例を挙げるならその程度だ。
「そうか、なら覚えておいた方がいい。君がこれまで歩んできた道は丁重に整備され、足を踏み入れた街は貴族を含む上流階級が暮らす都市ばかりだ。反面、この世界のほとんどの地域が先程の街のように豊かさを失っているということを」
馬車の壁に背を寄りかけたまま、レイの言葉を聞き続ける。
「もちろんそれは国家全体として隆盛し豊かであってもだ。このエルトリア帝国だってそうだし……君が呼び出されたルミナリア王国も例に漏れない。それだけは、理解しておいた方が良いと思うよ」
「……ああ」
そして最後には、俺も小さく彼の提言に頷いた。
◇
エルトリア帝国首都アートレアル。
俺達は街全体を囲む巨大な城壁に備え付けられた大門から中に入る。
雑多な感じがする街並みだった。
大門から一番近くの南区は商業区となっている。
様々な商店が立ち並び、都市内で最も住民や冒険者が入り混じる場所だ。
大門からは貴族達が暮らす北区まで真っ直ぐと大道が引かれ、その中心を商人達の馬車が、端の道には徒歩の者達がいる。
そんな馬車や人々は俺達の姿を――正確には、少し前に馬車から一匹の馬に乗り換え、一番前を単騎で颯爽と進む白銀の騎士の姿を見た瞬間、皆は嬉しそうな表情でレイの下に駆け寄ってくる。
当然レイの周囲にいる騎士達は、レイに近付く人々を止めようとするが。
「構わない。こうして民と言葉を交わすのも僕の役目だ」
当の本人であるレイの言葉によって、騎士達は身を引く。
すると、すぐさまレイの周りには人だかりが生じる。
老若男女は関係なかった。
「勇者様! お帰りなさい!」
「ああレイ様の堂々たる振舞い! 今日も素敵!」
「魔物討伐は無事に成功したのですか!?」
そして敬意や好意を含んだ言葉をレイに投げかける。
対してレイは微笑みながらその一つ一つの言葉に応えていく。
出発するときもこうだった。
砂漠地帯にあったあの町を救うため、近隣の魔物を討伐することを国民に告げた上で俺達は出発した。その時も、今の様に民衆は賑わい応援の言葉を投げかけた。
それは、国民からのレイに対する敬意を感じさせる光景。
それは、決してルミナリア王国では見ることのなかった光景。
ルミナリア王国では俺達の行動はあくまでも秘密裏に……国民達を救う作戦も、魔王軍幹部を討伐する行為も、全てを国民に明かさないままに行われてきた。
「…………俺、勝手に戻っていいか?」
「戻るとは、帝城にですか?」
「ああ、なんか道も塞がって移動できなくなってるし、一回くらいこの街を散策しとこうかなって思って」
「か、畏まりました。レイ殿下にもそう伝えておきます」
「助かる」
馬車に同乗していた人にそう告げると、俺は窓から身を投げ外に降りる。
しかし人が賑わっているため普通に歩いてこの群衆を抜けるのは難しそう。
とはいえこんなところで空を駆けようとは思わないしな……
結局、俺は人の流れが少し収まり馬車が前に進みだしてから動き始めた。
「本末転倒だな」
人々が散らばり始めるのを眺めながら呟く。
さて、そろそろ動き始めるとしよう。
どこに行こうかと考えながら、俺はゆっくりと歩を進め――――
「きゃっ」
目の前で、近くにいた男性にぶつかり尻もちをつく少女を見て動きを止めた。
人が密集しているためそういった事故が起こるのは仕方ないためか、少女にぶつかった男性も、周りにいる人々も、地面に座り痛そうにする少女を気にする素振りは見せなかった。
「大丈夫か?」
見て見ぬふりをするのもなんだったので、俺は少女の下に向かうと手を伸ばした。
そして少女がゆっくりと顔をあげる。
綺麗な少女だった。
美しい白色の長髪が、陽光を反射し照り映える。
雪のように白く清らかな肌に、すっと通った鼻梁。
――――宝石のように透き通る、輝きを秘めた赤い瞳。
「えへへ、ありがとう」
その美貌に見惚れていると、少女は俺を見上げながら微笑む。
「っ」
何故だろうか。俺はその笑顔を見た瞬間、反射的に差し伸べた手を引き――
「よっ」
――終えるより早く、少女は俺の手を強く握りしめる。
そのままぐっと引っ張られるような感覚がしたかと思えば、少女は既に立ち上がっていた。
俺よりも頭一つ分ほど小さな背丈。
その身体は穢れの一切を取り除いた純白のワンピースのような服装に包まれる。
コツンと、右足を後ろに回しつま先で地面を叩く。
両手を後ろで組み、身体を斜めに傾ける。
そのまま前屈みになりながら、少女は満面の笑みを浮かべた。
「起こしてくれてありがとね、お兄さん」
――――その出会いを。
交わされたこの手の意味を。
今の俺は、まだ知らない。




