第二話 事後報告とその後
◇
アトロスを討伐し宿屋で一夜を過ごした後。
俺、リリス、ソラは宙を駆けスーリカに帰還した。
俺達を迎えたのは、完全とはいえ復旧に成功した王城と、逢ヶ瀬やレイなどの待機組だった。
その流れのまま俺達は魔道具で既に伝えていたアトロスやリーベがどうなったかについて、より詳しく報告する。
それにて一件落着――とはいかなかった。
俺達がアトロス達と戦っている裏側で、なんと世界中で魔王軍に動きがあったらしい。
各地に滞在する者達から、魔道具を用いラルクやフリード、アドルフに伝令が入る。
各国内外から届くその知らせへの対応に彼らは追われていたらしい。
魔王軍が現れたとされる場所は、どこもスーリカから遠い。
逢ヶ瀬やレイをその場に向かわせれば、彼女達の本来の目的であった各国の主の護衛が消えてしまう。
故にラルク達が出来るのは精々が指示ばかりで、肝心の戦闘などにおいては各地の兵士や冒険者などが遣わされたのだとか。
せめてもの救いだったのは、各地の襲撃には魔王軍幹部クラスは存在せず下っ端ばかりだったことか。
兵士や冒険者で十分に対応が可能な程度の敵しか現れなかったらしく、ほとんどの地域は間もなく魔王軍の制圧に成功する。
それでも、兵士達の助けが間に合わず死人が出た地域もあるらしい。
ルミナリア王国内もその例に漏れず、ラルクの表情には陰りがあった。
リリスが無事助かったことに関しても、一言リリスを労っただけで余裕は存在しなかった。
そして不満が広がる国内に王が不在なのはよくないと、それから翌日には王都ルミナダに帰還することになった。
その際に、エルトリア帝国皇帝フリードからこんな申し出があった。
『そちの国に、我が国の騎士を幾らか貸そう』
曰く、今回の魔王軍の襲撃によってルミナリア王国に少なくない被害が出たのは、国に仕える実力を持った兵士の不足であると。今回の襲撃で死者が出た地域も、彼が言う通り十分に兵士が滞在していない場所ばかりだった。さらに言うなら、兵士が十分に存在するエルトリア帝国ではほとんど被害が出ていなかったらしい。
政治的な理由に関しても、調印の儀を行い共闘を約束したばかりであるため、それを示す行為が必要であるという意図もあったらしい。ラルクとフリードの二人による長い会話の後、ラルクはその申し出に頷いた。
そして、これからが俺に大きく関係する話。
『その代わりと言ってはなんだが……君たちの国から、勇者を一人借り受けたい』
そう提言したのはフリードではなくレイだ。
彼は俺や逢ヶ瀬の前でそう告げた。
その理由を訊くと、彼は真剣な眼差しで答えた。
『エルトリア帝国内にある遺跡にとある魔物が現れてね。僕一人では倒すことが出来ないから、協力してほしいんだ』
なんでそんな魔物を放置しているんだ、とか。
お前で倒せない魔物ってどんな化物なんだ、とか。
色々な疑問はあったけれど、結局俺達はその提案を受け入れた。
それから馬車での移動や帝国首都滞在などを含め二週間後。
こうして俺はレイと共に、砂漠地帯の中にあるジュレーニヤ遺跡に赴いているのだった。
◇
俺とレイは地下へと続く階段を一段ずつ降りていく。
深さが増すごとに外からの光は届かなくなり、景色は暗闇に変わっていく。
そんなことを考えていると、前で歩くレイの手から白い光の球体が現れる。
「ここから先はより複雑になってくる。視界が明瞭じゃないと歩きづらいと思うよ」
前方の道を照らしながらレイは俺にそう告げる。
だけど俺は問題ないと首を振る。
「大丈夫だ、強化すればこの程度普通に見える」
茶色の外装とは違い、中の通路は黒色の石で造られていた。
凸凹な壁も、大小さまざまな石が落ちている道幅二メートル程の通路もしっかり見えている。
それに……
一本道から数本の脇道が現れる区域にまで進むと、俺はおもむろに右手を振り上げた。
「グギュォォォ」
すると俺の拳によって顔面を打ち抜かれた獣型の魔物が断末魔と共に消滅していく。
「襲い来る魔物も大した強さじゃないしな」
「そうか、ならこのまま進もう」
そのまま俺達は最深部に向かい歩いていく。
横から出てくる獣型の魔物を殴り、壁と同化してる魔物も殴り、真っ正面から出てくる巨大な二足歩行の魔物もこれまた殴り、地中からいきなり出てくるモグラみたいな魔物に関しては踏み潰す。
どれもこれも強敵ではないが、数だけは目を見張るものがあった。
遺跡には魔力や人の怨念が溜まりやすいことが関係しているのだろう。
数日前、俺はこの遺跡についてレイから話を聞き、その内容と自分の知識を関連付けまとめていた。
遺跡内に紛れ込んだ魔力は外に逃れにくくなり、そのまま鉱物などに宿る。
すると鉱物の魔力の質や密度が向上し、魔道具や武器を作る際の優れた素材となるのだ。
その素材を入手するために多くの人々が足を踏み入れるのだが、魔力が充満する空間では強力な妖魔……魔物が生まれやすいため運悪く命を落とすこともある。
そういった経緯で、無念の末に死んでいった人々の負の感情と魔力がどんどん溜まっていくのだろう。
元の世界にもそういった特徴を持つ場所は存在していた。
だが、この世界のように人が自由に出入り出来る場所は少数だったはずだ。
基本的には協会の派閥ごとにそういった重要な場所は管理されていた。
出現する魔物の強さに適した新人を送る、実戦演習などに利用されていた。
素材が欲しい時は優れた魔術師が複数名で潜り込むため、死者が出ることなどはほとんどない。
少数の魔術師全体に管理が行き届いている地球と、誰もが魔術を使えるこの世界の差異というものが、その辺りにも表れているのだろう。
情報伝達や移動手段が限られ、国によっては紛争などが普通に行われるこの世界では、精々が数国規模の組織運営しかできない。
地球における協会のような世界全体を制御の対象とする組織は存在しないのだ。
だからこそ自由に活動できる冒険者なんて職業も現れるのだろう。
地球のように雁字搦がんじがらめになることがないだけ、この世界の力ある魔術師の自由と権限は大きいのだろう。
だけどそれは、その身一つで簡単に誰かを殺すことの出来る力を持つ者達を制御できていないも同義だ。
どちらの世界が優れているかなんて、今の俺にはまだ分からない。
「到着したよ」
歩き続けること三十分弱、俺達はようやくその場所に到着した。
これまでの入り組んだ道とは一転、数十人は寛げそうなスペースが目の前に広がる。かつての休息ポイントか何かだったのかもしれない。ただ俺が注目するのはその空間そのものではない――その奥にある、荘厳な両開きの扉。その奥から強力な魔力を感じる。
「じゃあ開けるね」
そしてレイはそのまま迷うことなくその扉を押し開けた。
「躊躇なしかよ」
文句を口にしつつ、俺はレイに続いてその空間に足を踏み入れる。
――――広い。
扉の前にあったスペースの数倍はある。
見渡すと、どんな意味があるのか複雑な壁画が描かれ、大層な祭壇も存在する。
尤も、俺が何より意識を奪われたのはその空間の有り様にではなかった。
巨大な空間の中心にいる、馬鹿げた大きさを誇る一体の魔物が放つ圧倒的存在感に、俺の全神経は引き寄せられた。
人の数倍――全長四、五メートルはありそうな鼠色の体躯。
ゲームの様に都合よく着衣しているということもなく、身体中が岩石の様に筋骨隆々と膨れ上がる。その中心には赤い宝石のような物が埋め込まれていた。
巨大な足を一歩動かすごとに、頑丈な地面が苛烈な爆裂音と共に破砕されその破片を俺達がいるところまで吹き飛ばす。
その左手には、壁から力づく削り取ったのではないかと窺える武骨な石の棍棒が備わっていた。
「グギョォォガァァァアアアアアアア!!!」
その化物は俺達の姿を視認するやいなや、この遺跡が崩壊するのではないかと思うほどの音量で叫ぶ。間違いなく敵対者を目撃した生物の本能的反応だった。
その叫びを聞きながら俺は魔物の分析を始める。
強い。これまで相手にしてきた魔物の中でも上位に入る。
一度ルミナダの王城に現れた、四足獣型の魔物に匹敵する雰囲気を纏っている。
まあいい。
とりあえずあれを倒せばいいのだろう。
そう思った瞬間、隣にいるレイの右腕が霞んだ。
「剣閃」
レイは腰に携えた二本の剣のうち、祝魔剣ではない騎士剣を力強く振るう。
刹那、目の前にいる魔物の身体に埋まっていた赤色の宝石が木っ端微塵に破壊される。
「……ん?」
レイの攻撃は続く。
俺が頭を傾げている間に振るわれた数百の剣撃は、あっという間に魔物の身体を断裁していく。
数秒後、そこには数百の欠片に別れた魔物の身体が地面に散らばっていた。
「……あれ?」
その光景を見た俺は現状を理解しきれず疑問を口にする。
そんな俺に対し、剣を鞘に戻したレイはゆっくりと視線を向け、
「とまあ、こういった感じで倒すのは簡単なんだけど」
小さく微笑みながら、そう言った。
……おい待て。
俺の出番どこいったんだよ。




